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比丘尼ガールと恋するお寺

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chapter.2 挑発 


 長い階段を上り、門へと向かう謙二たち。その階段の中程に差し掛かった頃だろうか。謙二が、異変に気付いた。
「前方に、不自然な石垣があるな」
 弟子たちも声を聞いて上を見る。確かに、通せんぼをするような形で階段の途中に石が幾重にも積まれている。
「これを無理に崩せば、俺たちの方に落ちてきますね……」
 不安そうにひとりの弟子が口にしたが、謙二は特に慌てた様子もなく、石垣へと接近した。
「高低差を使って進路を塞ごうという算段であろうが、拙者には通じぬ」
 す、と刀を引いた謙二が正面にそれを構えた。そして次の瞬間、彼の刀は閃光を放ち、見事石と石の隙間を通すように振り下ろされた。そしてすぐに、柄をくるりと回すと気合いと共に斬り上げる。Vの字を描いた謙二の刀は、最小限の石だけを崩落させ、通路を文字通り切り開いた。
「師匠、さすがです!」
「さあいざ門へと進もうぞ」
 鞘に刀を収め、謙二が先頭となってさらに進む。そうして彼らはついに、門を視界へと入れたのだった。
 同時に、門の前に待機し、謙二らを待ち構えていた者たちもまた、彼らを視認した。
「やっぱり、要塞化してもあれだけ簡単なものだと突破されちゃうか」
 門番のごとくずらりと並んだ一同の中で最初にそう口を開いたのは、大岡 永谷(おおおか・とと)だった。その口ぶりから、どうやら先程の石垣を仕掛けたのは永谷で間違いなさそうだ。
 さらに、永谷の横には騎沙良 詩穂(きさら・しほ)とパートナーの清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)、逆側にはリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)、さらにリカインのパートナーである魔道書、禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)も並んでいる。
「お主らはなんだ。道を空けてもらおうか」
 階段を上り終えた謙二が、一同に向かって言う。それに真っ向から言葉をぶつけたのは、永谷だった。
「謙二さん。俺は神社の娘で、加えて軍人だ。だからそういう古風な人の考えも分からなくもないんだけどさ」
 目の前の男性への理解を示しつつも、永谷は「でも」と言葉を繋げた。
「自分の考えと合わないからって、襲撃をかけようとするのは許せないな」
「いきなり襲撃をするつもりはない。拙者は、ここの尼僧共に本来の女のあるべき姿を言ってきかせにきたのだ」
「あるべき姿とは……なんだ?」
 ここで、河馬吸虎が口を挟んだ。
 ちなみにこの河馬吸虎、現在の姿は人型のそれではなく、魔道書のままである。おまけにどういうわけか天狗のお面を装着し、本から何かをぶらぶらと風になびかせている。さらにそのぶらぶらとなびかせた何かには、ご丁寧に光学モザイクが施されていた。
 こっちがそれを聞きたいわ、とその場の誰しもが思ったが、当の本人は「良いタイミングで会話入ったな」とむしろご満悦だ。
「尼僧というものは、もっと品位がなければならぬ。愛だ恋だと浮つかず、もっと淑やかであるべきなのだ」
「でも、女性がそういう存在であるべきだというなら、そんな相手を襲おうとしてる謙二さんたちは、とんでもないことをしてるってことになるよね。そういう自覚はあるの?」
 自らの女性像を語る謙二に、永谷が食ってかかる。
 一瞬言葉を出せなかった謙二に、さらに永谷は問いかけた。
「力で抑えつけてか弱くするなんて、それモテないから僻みで、とか言わないよね?」
「貴様、拙者を愚弄する気か……!」
 永谷にそのつもりがあったのかどうかは定かではないが、少なくとも挑発と受け取った謙二は怒りを露にした。さらに追い打ちをかけるように、河馬吸虎が謙二に言う。
「女は品位がとか、しとやかさがとか言うのは間違いだ!」
 きっぱりと謙二の考えを否定する河馬吸虎を、謙二が睨みつけた。
「そうだ、もっと言ってやってくれ」
 河馬吸虎の言葉を横で聞きながら、永谷が後押しした。自分もおしとやかとは言えないけれど、なんてことをこっそり思いながら。
 その期待に応え、河馬吸虎はさらに自らの主張を続けた。が、その内容は、周りの者が思っていたのと少し違っていた。
「そもそも、女に対するイメージがおかしい! いいか、よく考えてみるんだ! 男女間において物理的に『食う』のはどっちだ? 女だ! ということは女はその肉体が」
 河馬吸虎が言い終える前に、ぐしゃっと鈍い音がして言葉は遮られた。何か危ないことを言い出しそうだと察したリカインが、持っていた盾で河馬吸虎を地面に押し付けたのだ。
 ぐえっ、という小さな悲鳴をあげた河馬吸虎の視界がぼやける。完全に意識を失う前に、河馬吸虎は遺言を残した。
「男の……強さは……筋力だけじゃない……Can閣寺に対抗するなら……精進するための組織を……」
 そこで、河馬吸虎はがくりと倒れた。
「ふう、危ないところだったわね」
 尊い犠牲はあったものの、どうにかこの世界の倫理を守れたと安堵しリカインは息を吐きながら呟いた。そのままリカインは、ぽかんと口を空けて見ていた謙二らへと話しかける。
「まあ、この有害指定魔道書の表現はともかく、訴えてること自体はそう間違ってないのかもね」
「訴えていることだと?」
 謙二が反芻する。正直、なんらかの下ネタを言おうとしていたのだろうということくらいしか記憶になく、何を主張していたのかよく掴めていなかった。
 謙二のそんな感情を察したのか、リカインが改めて話をする。
「いくら強くあるべしといっても、勢い任せの暴力ではただのドメスティックバイオレンス。やっぱり腕力や筋力だけでなく、精神力とか知識も必要だし、財力だって立派な武器になるのが現実よ」
「侍である拙者に、強さを説くと申すか?」
「まあまあ、話は最後まで聞いて」
 謙二をなだめながらリカインは続けた。
「謙二くん、強さにも色々あるって知りたくない?」
 言うとリカインは、すっと両手を広げた。
「何の因果か、ここは空京。すなわり空京歌劇団のホームグラウンドよ」
「……?」
 いまいち話の流れが把握できていない謙二に、リカインはストレートな言葉を投げかける。
「謙二くん、あと後ろにいる弟子の人たちも、歌劇団に入ったらどう?」
「は?」
「古今東西、様々な話に触れることで、教養だけじゃなく恋の駆け引きなんかも学べるし、舞台で輝けばそれだけ知名度やコネに繋がっていく。もちろんただ働きじゃないんだから、お金も出るし」
 額は保証できないけどね、と付け加え、リカインが少し笑った。
 なるほど、彼女は、自らが所属する劇団のスカウトをしたかったらしい。あるいは、そうすることで謙二の考えを少しでも変化させようとしたのかもしれないが。
「ペンは剣よりも強し、っていうけど、実際馬鹿にはできないものよ。なんだったら、この場で試してみる?」
「……拙者の刀よりも強い自信があると?」
 謙二の言葉に再び小さく笑うと、リカインはすう、と息を吸い込んで、大声を上げた。
「このチ……」
「ちょっと待ってくれ、それは言って大丈夫なことか!?」
 咄嗟に危機感を覚えた永谷がリカインの口を塞ぎ、彼女の言葉はすぐに途切れた。河馬吸虎のくだりを間近で見ていて、念のため警戒していた永谷のファインプレーである。
 が、永谷のせっかくの好プレイを、台無しにする人物がいた。青白磁だ。
「渡辺謙二、おぬしを最後の侍の魂を持つ漢とお見受けした。腹を割って話しあおう」
 ドタバタしているリカインと永谷を尻目に、ずいと前に進み出た青白磁は、最初こそ無難な語り口であった。
「わしも、侍ではないが『任侠』の魂を持っておる。任侠とは、本来は仁義を重んじ、困っていたり苦しんでいる人を助けるために体を張る、自己犠牲的精神をさす語じゃけんのう」
 言ってから、自らの姿を自嘲するように見下ろし、先を続けた。
「『仁侠』の志を知らずにヤクザやチンピラなどと勘違いして馬鹿にする輩がおるが、悲しいことよのう」
「お主の任侠にかける思いは分かった。しかし拙者にも侍として引けぬ思いがあるゆえ、そこを通してもらおうか」
 これ以上青白磁の身の上話に付き合う気はない、とでも言いたげな様子で、謙二が歩を進めた。
 その時だった。
「渡辺謙二」
 青白磁が、謙二を強く呼び止めた。その表情は真剣そのものだ。
「確かにおぬしは侍じゃ。しかし、ここにいる詩穂もまた、侍じゃ」
「えっ?」
 指をさされ、いきなり名前を呼ばれた詩穂は、驚き青白磁に顔を向ける。同時に謙二も詩穂へと視線を向けた。目の前の人物は、どう見ても女性に見える。
 一体青白磁は何を言っているのだろうか。誰しもがそう思った次の瞬間。
「ほれ、ここにちょんまげが……」
 言いながら、青白磁はあろうことか、自らのチャックを下げ、股間から何かを出そうとした。何かというかまあ、ちょんまげから連想されるのはアレしかなかった。
「何しようとしてるんだ!?」
 リカインの口を塞いでいた永谷が、ダッシュで青白磁の動きを抑えようとする。と、今度はその隙にリカインが、またもや放送禁止用語を大声で言おうとしていた。
「俺が止めにきたのは謙二さんたちであって、こっちじゃないんだって!」
 このままでは収拾がつかなくなると判断した永谷は、強引にリカインと青白磁、そして気絶したままの河馬吸虎を門の前からどかし退場させたのだった。

「あ、危なかったな……」
 危うく頭の上に危険なブツを乗せられそうになった詩穂に声をかける永谷。だが肝心の彼女は、自分の身に何が起ころうとしていたのか、よく把握していないようだった。詩穂の瞳は、まっすぐ謙二だけを捉えていたのだ。
「謙二さん!」
 その詩穂が、謙二の名を呼ぶ。
「こんなことして、何になるって言うんですか!?」
「お主らには関係のないことだ。拙者は侍として意志を貫くのみ。そこをどかれよ」
 声を荒らげたわけではないが、謙二の言葉にはただならぬ気迫が込められていた。詩穂はその雰囲気に、思わずたじろぐ。しかし、怯えている場合ではないと自分を奮い立たせ、詩穂は謙二を止めるべく、行動に出た。
「リサちゃん! こっち!」
 詩穂に呼ばれ、どこからともなく現れたのは、水着姿の若い女性だった。おそらく詩穂の従者なのだろう。整った顔立ちとスレンダーなボディ、胸はそこまで大きくないものの、それを補ってあまりあるお尻のボリュームは成人男性なら誰しもが目を向けてしまう魅力を持っていた。
 リサと呼ばれた従者を横に並べた詩穂は、「いくよリサちゃん!」と威勢のよい掛け声と共に、謙二へと走りだした。
「っ!」
 咄嗟に謙二が距離を開けようとしたが、彼女らは何も、謙二に攻撃を加えようとしたわけではない。そう、彼女らが謙二に放ったのは、色仕掛けだ。
 メイド装備に身を包んだ詩穂もまた、ひらひら揺れるスカートから太ももをのぞかせており、謙二を挑発しているようだ。性的に。
「な、何を……」
 リサの豊満なヒップと詩穂の華麗なチラリズム。これにはさすがの謙二も戸惑いを隠せなかったのか、汗を垂らしながら小さく呟いた。
 それを好機と見た詩穂は、謙二の背後に回りこみ、そっと肩に手を添えた。そして優しくマッサージする。それは詩穂にとって、紛れもない「ご奉仕」であった。
「は、離せ!」
 慌てて謙二が体をねじらせ、詩穂を振り払う。
「この謙二、侍として色香などに惑わされはせん!」
 自らに気合いを入れ直すように言った彼に、詩穂は負けじと立ち向かう。
「謙二さんに侍の魂があるように、詩穂にも給仕の家系としての誇りがあるんです!」
 一歩も引かない姿勢を見せる詩穂は、リサと共に再度謙二への接近を試みる。
 詩穂は、目の前の彼を女性の素晴らしさに目覚めさせてあげたかった。そうすれば、こんなことはしなくなると思っていたからだ。
 でも。
 さっき、確実に背中に密着したはずなのに。全然ときめいてくれないなんて。ううん、それだけじゃない。
 これだけ夏風のチラリズムを披露して、リサちゃんもお尻アピールしてるのに、全然食いついてくれない。
「もしかしてっ……!」
 ここで詩穂は、ある不安を抱いた。
「あまりに詩穂の胸がちっぱいだから、女装少年と勘違いされているっ……!?」
 このままではまずい。女性に目覚めさせるつもりが、違う方に目覚めさせてしまうかもしれない。
「ううん、もう既に……?」
 となると、これは危険だ。女装少年にもし見られているなら、そういう狙われ方をされてもおかしくない。
「リサちゃんごめん、逃げるよ!!」
 詩穂は、もうお寺とかどうでもよくなって、全力で階段を駆け下りた。リサも慌てて後を追う。
「……なんだったのだ、あやつらは」
 好き放題暴れていって消えていった詩穂らに、謙二はただ不可解な目線を送るしか出来なかった。