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リアクション
■ 蝉時雨の墓参り ■
現在富永 佐那(とみなが・さな)は、海京の天御柱学院を休学し、イタリアの聖カテリーナアカデミーに留学している。
その兼ね合いもあって、なかなか帰ることもできなかったけれど、ここにきてようやく時間を取ることが出来た。これで墓参りも出来るし祖母にも会えると、佐那は飛び立つように日本に向かった。
佐那はまず車を手配すると、成田空港に父の富永 政勝を迎えに行った。
政勝は佐那を見付けると、嬉しそうに笑った。
「しばらくぶりだね、佐那。元気そうで安心したよ」
「お久し振りです、お父様。お店の方は順調ですか?」
佐那がお店と言うのは、父と母がウラジオストックで切り盛りしている副業の食堂のことだ。
「ああ、有り難いことにね」
「それは何よりです」
日本の企業を脱サラした後、ブラジル人としての第二の人生を大いに満喫している様子の政勝に、佐那も笑顔を誘われた。
父と合流した後は、高速道を経由して市川駅へ。
そこで待ち合わせをしている祖母の富永 迦楼良と合流するためだ。
「お祖母様っ! なかなか帰れず申し訳ありません」
会いたくてたまらなかった迦楼良に、佐那は駆け寄った。
「いいや、何を謝ることがあるものかね。佐那が頑張っていることは、私だって良く知っているからねぇ」
迦楼良は会うたびに成長してゆく孫の姿に目を細めた。
その後3人が向かったのは、佐那の祖父……政勝にとっては父であり、迦楼良にとっては夫である直康の墓だった。
「お祖父様が亡くなってもう9年……早いものですね」
直康の墓の前で、佐那は懐かしくありし日の祖父を思い出す。
「どこか、私のパートナーの方々と通じる、古武士のような、それでいて温かみのある方でした」
「僕が子供の頃は厳しい人だったよ」
政勝は苦笑混じりに父の思い出を回想する。
「副業で食堂をする傍ら、輸入業を継ぎたいと僕が言った時なんて、『生まれて間もない佐那を誰が構ってやるんだっ!』と殴り飛ばされたよ。それも、はずみでぶつかった障子が吹き飛んだぐらいの勢いでね」
あの時のことは今も忘れられない、と政勝は殴られた場所に手をやった。
「あの人は佐那のことを随分と可愛がっていたからねぇ」
こうして成長した佐那を見たら、どれほど喜ぶだろうかと迦楼良も直康を懐かしんだ。
何を語り合っているのか、迦楼良は長い間墓と向き合っていた。
それが終わると迦楼良は佐那を手招きし、古いくすんだ銀製のロザリオを渡した。
「お祖母様、これは……? 由緒ある品のようですけれど」
佐那がロザリオをひっくり返してみると、そこには『13.10.1534.Alessandro Farnese Paulus?』という文字が刻まれていた。
「それは、代々ブラジルの実家に受け継がれてきたロザリオでねぇ。南欧にルーツを持つ始祖アレッサンドロ様が身に着けていたものだと言われているんだよ。佐那がイタリアへ行くなんて、これも何かの縁と思ってねぇ。始祖様の御加護がありますよう、お守りとして持ってお行き」
「ありがとうございます。大切にいたします」
歴史の重みを感じさせるロザリオを、佐那はしっかりと手に握り込んだ。
「あれは……」
佐那とは別に里帰りをしていた北条 氏康(ほうじょう・うじやす)は、北条ゆかりの菩提寺等を巡り、最後にやってきた墓で佐那の姿を見付けた。
祖母と父が共にある時には声をかけずにそっと見守り、佐那が1人になったのを見計らい、氏康は佐那に声を掛けた。
話があると、人目に付かない木陰に誘うと、氏康はこれまでなかなか話す機会が無かった、契約の理由を明かす。
「今だから話そう……佐那、お前は私の血を引いているのだ」
いきなりの話に、佐那は驚いた。
「私が、ですか?」
「そうだ。武田勝頼と私の娘の間には、子がいないと一般的には言われている。だが、実際には娘が1人、居たのだ」
氏康はかつての日々を思い起こすかのように、視線を遠くへ飛ばす。
「武田が天目山で滅びた後、その娘は我が息子が保護し、家臣の1人の息子の側室とした。その末裔が、お前なのだ、佐那よ。私もナラカで我が叔父から初めて聞き、信じられない思いだった。しかし……」
そこで氏康は視線を佐那に戻した。
「こうして此処に、お前は富永佐那として存在している」
どうりで、佐那を見たときに自分の娘の生き写しだと感じたわけだと、氏康は懐かしげに佐那を見直し、破顔したのだった。
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