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エデンのゴッドファーザー(後編)

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エデンのゴッドファーザー(後編)

リアクション

「何で引いたの!? マルコの資金源を得ないとエデンで立場を築けないのにッ!」

 マルコ達が脱出した方向とは反対側から外へ向かう途中、アナスタシアは明らかに苛立ちを隠せず、ロミオとマリオに詰め寄った。
 土壇場で敬一達の邪魔が入ったものの、それは十分計算のうちで、だからこそ荒神達にマルコを仕留めさせようとした。
 そこで彼らを犠牲にロミオとマリオが加勢に出れば、それで詰んでいた可能性がある。
 否、間違いなくチェック・メイトだっただろう。
 だが、そうはしなかった。
 それはロミオとマリオがアナスタシアを守るという強い意識が成せる業だったのか――、


「ロメロに協力的だったオールドの連中を洗い出そう。いずれ必要になるかもしれない」
 まずは――と最初に回った住民区画の路地裏――。
 『ふっかけてきた』マフィアの1人を叩きのめし、アームロックでそのマフィアの顔を持ち上げながら和輝は言った。
 数が数だけに、4人だけで動くには少し心もとないと思ったからだ。
「では街の人間から何人か見繕って久秀の駒となってもらいましょうか。できるだけオツムが大変な子を選んでおきますわ。ふふ、そうすればおかしなことをおかしくないように見せられでしょう?」
「ふむ、では私は診療所へ戻って情報収集かな――。男ってのはプライドが高くてダメだ。性病の1つ2つでポロポロと涙の代わりに弱音と本音が漏れてくる」
「あまり下品なことはしないでもらえれば久秀としても助かりますわ。リモンの趣味はひどいので――」
「何を言う。私の胸を見ておったてた方が悪い。つい『もぎたく』なるではないか――」
「オ……おまえら……何者だ……っ……ど、どこの組……だ……だ……だ……」
 住民区画内に断末魔が響き渡る。
 今度からもう少し静かな場所を選ぼうと心に決め、アニスを見た。
「ぜーんぜんっ! 何もひっかからないよ!」
「そうか――」
 アニスが神降ろしで憑依させた『何か』で相手を見定めただけなのだが、その力の反動で弱い相手は精神的に壊されてしまう。
「今更だけど、アンタの質問に答えるぜ。俺達はロメロの跡を継ぐゴッドファーザーを見分ける――選定者だッ」


 ロメロの後釜を彼の遺言通りに見つけ出そうとする佐野 和輝(さの・かずき)の気配に気付いたからだ。

「ご機嫌麗しゅう、ロメロの血が流れるお嬢さん」
「……貴方は誰です? そして今の私がハッピーに見えますか?」
「失礼、可愛い顔がむくれてるな。そして俺はあんたの親父から頼まれた男だよ」
「……お父様から?」
「ああ、次のゴッドファーザーを見定めてくれ……だとよ。全く――」
「成る程。では、私に手を貸して下さるためにきてくれたのですね? それにしては些か乱暴ですね。私が集めた兵隊さん達が血だまりを作ってますが……」

 カーズの事務所はアナスタシア達が完全に制圧していた。
 だからここで生を持って活動しているのは全て彼女の手駒達であるはずなのだが、目の前にいるのは和輝達と、顔を見たこともないマフィア達だ。
 ただ酷く醜い。
 まるで継ぎ接ぎを施した衣類のような顔をしていた。

「ふふっ……ここにいるマフィア達は、カジノの抗争で契約者共に潰された者達の一部だよ。私は医者だからなあ……解剖も大好きで得意だが、人を治すこともそれなりなのだよ。だから――」
「リモンが酷い趣味を発揮する前に久秀も一肌脱いだわ。こやつ等の気持ちを慮れば、当然意趣返ししたいはず。治療の間、静かに確かに聞こえる様に甘い声で囁いたわ。その復讐心に火をつけるために」
「ふふっ……どっちも趣味が悪いかなど、聞くまでもないだろう?」
「くすくす、久秀でないのは確かよ」

 何て事を――とアナスタシアが絶句したが、リモン・ミュラー(りもん・みゅらー)松永 久秀(まつなが・ひさひで)は作り上げた復讐鬼の肩に妖しく手を置いて笑った。
 それを見てロミオとマリオがアナスタシアの前に立った。

「こんな奴ら――頭を下げられてもアナスタシアの傍にいさせるわけにはいかないッ」
「へへっ、だねぇッ。ちょっとイカれてんよ?」
「……牙を剥くつもりはないが――。アナスタシアがゴッドファーザーたる器なら俺達は見届け、力を貸そう。だから――」

 両軍が同時に武器を手に仕掛けた――。
 リモンと久秀が兵隊に命令し彼らを一番槍とするが、いくら復讐に駆られたところでロミオとマリオに敵うはずもなく、刀で斬り落とされ、ショットガンで吹き飛ばされた。

「お父様に認められた選定者にしては、随分と血生臭い行いをするんですね」

 戦いを見守りながらアナスタシアは和輝に言った。

「……そうだな。ロメロが死んで、またこういう大きい抗争が起きてよくわかったよ。どいつもこいつもロメロの影を追っている。ロメロの亡霊を振り払えない」
「貴方もそうでしょう?」
「さて、どうだろう。どちらにせよ、新しいゴッドファーザーは必要だ」

 それでもロメロの何々という肩書が邪魔をしてくるのだろうとアナスタシアは思った。
 新しいゴッドファーザーや環境、体制を求めてはいるが、それがロメロに少しでも通ずれば尚良いと相反するものを強引に受け止めようとしているのだろう、と。
 だから狙われたのだ。

「で、どうやって選定するのかしら。腕っぷし? 仲間の強さ?」
「にゃはは〜、それはアニスがやるの」

 突然アナスタシアはアニス・パラス(あにす・ぱらす)に後ろから抱きつかれた。
 気付かなかったのは殺意や攻撃性が全くなかったせいで、アニスはまるで人形を愛でるかのように彼女の頭を撫ででいた。

「アニスがねぇ〜、ズババババ〜って神様を降ろすから、その神様にふんむふんむってアナスタシアちゃんを見てもらうの」
「……何神を降ろすの?」
「さぁ? 開けてお楽しみ〜」
「安心しろ。変な神が降りてきたら俺が止める――」

 アニスが目を閉じ、神を降ろす――。
 その身とアナスタシアの身を落雷のような閃光が貫き、ついで地面を隆起させんばかりの振動と光の輪っかが広がり放たれ、じわりじわり、ゆっくり地を這うようにその光がエデンに広がっていった。



●シェリー誕生日当日・午前0時



 ――明日のチェック・アウトはキアラ殿自身でお願いしますぞ。
 颯馬の別れ際の言葉である。
 キアラは1人、用意してもらった部屋でエリザベートの椅子にふんぞって座り、天井の模様を迷路のように眺めていた。
 天井以外見るにないからだ。
 綺麗な調度品もソファーやベッドも全て撤去され、颯馬がまるで子を迎えるように用意、設置した防衛計画のトラップ――といっても電流でのものが精精――でいっぱいだからだ。

「2人共、こんな女とようやく縁を切れるってのに……なんであんな泣きそうな顔したかなぁ……。ふふ、おかしいんだ」

 だから見れない。
 執拗にキアラを武装させようとした颯馬や、ちょっとの間にこしらえてきていたお弁当を美味しそうに食べるフィーアを思い出してしまうからだ。
 2人は既にラズィーヤを守れという名目で遠ざけた。
 あるのは契約者の足止めにもならないトラップと、部屋の前をまるで目印のように防衛する特戦隊にオールドの下っ端構成員がいくらかだ。
 感傷はいらない。
 だからさあ、鍵を取りに来い。
 ゴッドファーザーを見定めてやる――!

*

 ――ロメロの墓は荒らされていてもう罰当たりが街に溢れてますよ。
 一応とロメロの墓を捜索させておいた構成員からホテルの前で丁度報告を受けたラルクは、彼らを顎で率いてきた一団――キアラ側と報告をなしに勝手に行動している契約者中心、以外の全てのオールド人員に向き直って陣頭指揮をとった。

「よく聞け、エデンで最も力を持つマフィアの兄弟達ッ! 俺達はファミリーだッ。そして、このエデン全ての住民もまた、家族だッ。いいか、子をブって教育は最後――そう武力は、最終手段だ。だがッ、俺が撃てと言えば、兄弟よ、お前達は撃たねばならない。それが――マフィアたるもの、オールドという歴史を持つ構成員の最大の忠誠だ」

 誰も顔を背けない。
 ロッソを殺ってオールドのボスという座を射止めた裏切り者に過ぎず、王様気質の命令を下す横暴な人間でも、だ。
 それはラルクの傍でガイが目を光らせているからではない。
 それこそが『マフィア・オールド』なのだ。
 それでこそ『マフィア・オールド』なのだ。
 統制統率の軍隊マフィアとは違う。
 金持ちに命を懸けて笑うマフィアとも違う。
 やれ信念だ、やれ意志だなどと能書きを垂れるマフィアとも違う。
 汚く、嘘に塗れ、不恰好ながら人を踏み越えていく清く正しいマフィアの姿をしているからだ。
 だからこそ、誰も文句を言わない。
 文句を言う暇があれば、今すぐにでも出し抜く算段を企てるべきだ。

「では行こう、ブラザーッ! これ以上エデンを、俺達の楽園を荒らされては許せねェからなァッ! じゃじゃ馬をハンティングする時間だぜッ!」
「下っ端連絡員どもは交通整理とバリケードでもやってこいッ! カタギを近づけさせるな、後々面倒になるからよッ」

 ラルクの士気高揚の合図と同時にガイは指示を飛ばし、遂にオールドが総力をあげてホテルに飛び込んでいった。



●シェリー誕生日当日・午前0時過ぎ



 日付が変わって次にやってきたのはマルコだった。
 いつから自分はアスリートになったのか、逸る心臓に、荒い呼吸の口元から垂れる涎を拭いながら、スーツの襟を直してよたよたとホテルの中に入って行った。
 それからすぐ、アドラマリアによってばら撒かれた紙を握りしめた落ちぶれた小悪党共が一攫千金を狙いに入り、市民団体が突入していった。

「おやおや、深夜のホテルに揃いも揃ってぞろぞろと――」

 そんな様子を悠然と歩みながら見ていたファンタスティック・ボスのアルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)はホテルの前で立ち止まって帽子の位置を直しながら仰いだ。

「この街、エデンを恐怖から解き放つため、我らファンタスティックの名を知らしめるため、火を放て。この炎こそが、最後の戦いの始まりを告げる、狼煙だ――」

 アルクラントは同行した仲間に炎の道を、炎の城を作らせた後、ゆっくりとした足取りでホテルに入って行った。

*

「きっとザカコさんが……契約者を止めてくれたわ……。だから……もうシェリー……貴方が生きているのをその目で見て、仕掛けてくる人はいないはず……」

 数多いマフィアを全員倒し、ここまでくるには少々骨が折れた。
 戦闘能力が全くないシェリーを守りながらということは、想像以上に大きなハンデで、カジノのように多数から狙われていた方がまだマシであった。
 今回は完全にシェリーのみに全員が意識を向け狩りにくる上、道連れで上等だとの精神力にも押された結果、今無傷なのはシェリーだけだ。
 血に塗れてるのは全て返り血と、仲間をここまで担いできたという証拠でしかない。

「シェリー、聞いて……この街では『最後に笑う』のが誰か分からないのよ……。急いでも敵に狙われ疲労するだけ……待てば待つほど……勝手に数は減ってくれるわ。だから……」

 オリヴィアはシェリーの手を握りしめて、

「出来れば貴方には……これが終われば引退して欲しい……わ」

 目を閉じた――。
 シェリーは大きく息を吐きいて唇を噛み締めると、彼女達を壁に寄りかからせてから、ゆっくりとホテルの中に最後のマフィアのボスとして入って行った。