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リアクション
●開拓時代アメリカ 3
「あっちよ!」
救援を求めて酒場に現れた少女ルーネを案内役とし、セリスとアルクラントは馬を走らせた。
ローン・アスプはカリフォルニアへ向かう行程のちょうど半分すぎたくらいの位置にある。鉄道も走っているが、それは金を十分持った人の使用する乗り物だ。大多数の者は町と町をつなぐ乗合馬車を使う。
乗合馬車はインディアンたちの格好の獲物となった。決まった時間、決まったルートを用いて走る獲物。
インディアンの襲撃を恐れて人々は少々高くてもガンマンたちを護衛に雇う。そしてそれすらも雇えない者たちは、せめてもの自衛手段として仲間たちで集まって移動する。
それは小鳥や小動物、あるいは被捕食動物たちが群れを作るのと同じだ。そうすればおいそれと襲われずにすむかもしれないし、襲われたとしても最小の被害――自分でないだれか――ですむかもしれない。
ともかく、日本からの開拓移民たち7家族は5台の幌馬車でカリフォルニアのロサンゼルスを目指し、この地でアパッチ族の襲撃を受けたのだった。
「待ってー。ねえ、待って、待ってよ」
マイキー・ウォーリー(まいきー・うぉーりー)は必死で周囲にいる者たちに向かって訴えかけた。
今、彼は目隠しをされて何も見えない上、棒と一緒にぐるぐる巻きにされていて、腕1本上げられないでいる。使えるのは口だけだ。
「お願いだから待ってってば! そりゃーボクはたしかにカウボーイならぬチキンボーイだって言われてるよ? でもね、だからって味までチキンだなんて保障した覚えはないよー?」
HA・HA・HA、とできるだけ親近感と敵意のなさを訴えるように笑ってみたがどこからも反応は返ってこなかった。
それどころか、よっこらしょ、といった感じで背中の棒が立たされた。マイキーは体のどこにも地面らしい感触がなくなったのに気付く。体が少し棒からずり下がった。そして足元で何かが踏み固められているような土のこすれる音がして、草みたいなものが積み重ねられる音がして、しかもパチパチなんて火のはぜる音なんかしてきちゃったりしたらもうそれはアレしかない。
うきゃーーーっ! とマイキーの甲高い悲鳴が上がるのとライフルの銃声が響き渡るのがほぼ同時に起きた。
しかも続けざまに連射される銃声は、それが1人でないことを物語っている。
「やった! 味方だ! ありがとう、ボクの運の神様!」
ばたばたと周囲から走り去る人の気配がした。馬がいななき、複数のひづめの音が遠ざかる。それと入れ替わるように現れた人の気配が、すぐさま足元でくすぶっていた火を消してマイキーを助け下ろした。
「大丈夫か、きみ? どこかけがは――」
「助かったー、キミたちはボクの恩人だよー! 何かお礼をしたいんだけど、ロバが荷物ごと逃げちゃったからボク一文なしなんだよね。あ、そうだ! ボクの得意のダンスを披露するよ! ボクが作ったんだ。まだだれにも見せていない新作だよ! 名前もまだなんだ。うーんとそうだなあ、スウィートハッピービターラブライフなんてどう? いいよね! 見て!」
太陽のような笑顔ですらすらすらマシンガントークをしたマイキーは、言葉の散弾をアルクラントが理解できないでいるうちに立ち上がり、いきなりその甘いんだか苦いんだか分からない不思議な踊りを踊り始めた。
シャウ! とかフォー! とか奇声を発しながら体をくねくねくねらせているマイキーにアルクラントは思考が停止してしまったようだが、セリスはむむむと目をすがめた。
何か、どこかで見たような気がする。でも頭が必死に思い出すんじゃないとも言ってるような…………
「っておまえ、幼なじみのマイキーか!?」
「あ。やっほーセリス! うわー何十年ぶりだろ!? まさかこんな所で会うなんてねえ! はっ! まさかこれってボクたちが運命の――」
「それはない! 偶然だ偶然!」
「だーよねー」
誤解の入る余地もないほどどきっぱり言うセリスにマイキーも笑う。
そこに、急行するセリスたちから遠く離れて一番後ろをポニーでカッポカッポしていたマネキが到着した。なぜか出発時には連れていなかったロバをひいている。
「おお、うまく追い払ったようだな、セリスよ」
「今ごろかよ…。というか、後ろのロバは何だ?」
「む? これか。これは先ほど見つけた――」
「ボクのロバちゃん! もう二度と会えないと思っていたよ!」
歓喜の声を上げ、マイキーが2人の間へ正座スライディングをしてきた。自分の愛ロバをキラキラ目で見つめていたマイキーが礼を言おうとポニーの上のマネキを見上げたとき。
はっと目を瞠り、言葉が途切れた。凍りついてしまったかのように動きを止める。
(そりゃまあ置き物がポニーを操っていればそうなるよな)
そう思っていたセリスの前で。
「……ダーリン…」
「マイハニー」
2人は同時につぶやいた。
「なんだそりゃ!? つーか置き物! おまえ女だったのかよ!?」
「目と目が合ったその日から恋の花咲くこともある」
「ああ、スウィートハート! 死を覚悟したその直後にまさかこんな出会いがボクに用意されているなんて思ってもみなかったよ! 運命の女神ってほんっとおちゃめさんだよね、スウィーティー!」
HA・HA・HAと笑うマイキーに思わずセリスが顔をおおっていると、再びルーネの呼ぶ声が聞こえてきた。
「みんな、こっち! こっちに倒れている子がいるわよー! まだ生きてる!」
『母さん。オレ、カリフォルニアなんか行きたくないよ。ここを離れたくないんだ』
想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)は必死に母に訴えていた。母はとまどったような表情で彼を見つめている。
母を困らせているのは分かっていたがそれでも言わずにいられなかった。
『母さんたちも行っちゃだめだ。そんなことをしたら――』
母さんたち、殺されちゃう…!
そのとき、びゅうと強い風が吹きつけてきて、夢悠を翻弄した。一瞬目を閉じただけなのに、もう暗闇にまぎれて母の姿が分からなくなる。
『母さん!? 母さ――』
「――はっ」
次の瞬間、夢悠はベッドの上で目を開いていた。
「ここは……ううっ」
身を起こした彼を激しい背中の痛みが襲った。それと同時に意識が途切れた瞬間を思い出す。
「そうだ。オレ、インディアンに襲われて…」
「あ。目が覚めた? よかった!」
かちりとドアノブの回る音がして、部屋に入ってきた見知らぬ少女が彼を見てうれしげに笑った。水の張った洗面器をサイドテーブルの上のものと交換する。
「でもまだ起きちゃだめよ。安静にしてなきゃ」
「ここはどこ!? 母さんたちは――」
「きゃっ!」
彼女の方を向き、その手を取ろうとした瞬間目の前がすうっと暗くなった。目測を誤った手はサイドテーブルにぶつかって揺らし、水をこぼす。そのまま床に転がり落ちかけた夢悠を支えたのは少女だった。
自分に触れた両手をひんやりと気持ちよく感じるのは、熱が出ているからか。ぼんやりとしかけた頭で、無意識的に夢悠は涼を求めるように彼女の手を握り締めていた。
「大丈夫?」
「……オレ…。母さんたちは…?」
声はかすれて途切れた。唾を飲み、カラカラののどを少しでもしめらせる。
死んだ。
少女の暗く沈んだ目とどう知らせるべきかためらう素振りが言葉よりも明確にそのことを彼に知らせる。
夢悠は知っていた。その光景を目撃したのだから。
幌馬車隊はインディアンの奇襲を受けた。弓矢の雨が降るなか父や祖父たちがライフル銃で応戦していたが、しょせん多勢に無勢だった。
異常事態に混乱した馬たちが神経質にいなないて暴走しようとするのを止めるため、なだめながら目隠しをしていた夢悠に、父が叫んだ。
『夢悠、戻れ! なかで母さんを護れ!』
『う、うん!』
最後の馬に目隠しをして、車体のステップに足をかける。そのとき、なかから悲鳴が上がった。
『母さん!』
あわてて車体内を覗き込んだ夢悠は、その光景を見てしまった。反対側から押し入ったインディアンが背中に手斧を振り下ろす――母は激痛に顔をゆがませた。びくりと跳ねた体が周囲の荷物にぶつかり、がらがら倒しながら一緒に床に転がる。
ざんばらの髪、顔に塗られた色砂。露出した浅黒い肌には砂埃が貼りついている。左肩に黒いガラガラヘビのような刺青があった。
その異様な姿と憎悪をたぎらせた視線が夢悠を縛った。インディアンは彼の前、死んだ母親の髪を掴んで引き上げ、頭皮の一部をそいだ。そして戦利品のように腰のベルトにはさむ。
悲鳴が上がってからほんの数秒の出来事。
次は夢悠の番だった。
インディアンは彼に向かい、何事かを口にしていたが、夢悠にインディアンの言葉など分かるはずがない。夢悠が答えないことでインディアンはさらにいら立ったようだった。
邪魔な障害物を腕で払い、蹴り飛ばしながら来るインディアンを見て、必死に武器となる物がないか探す。御者席の裏に固定されていた日本刀のことを思い出してそれを取ろうとかがんだとき、焼けつくような痛みが背中で起きた。
それでも母のように即死しなかったのは、父の射撃のおかげだ。ほおをかすめた銃弾にインディアンはひるんだ。
『逃げろ夢悠!!』
それが父の最期の言葉だった。自分に向かって振り下ろされる手斧から身をかばうよりも息子を助ける方を選んだのだ。
背中が割れるほどの痛みが逆に夢悠を動かした。襲撃の場から少しでも遠ざかろうとするのは生物の本能か。何をどうしたのか覚えていないが、気がつけば夢悠はいつ手にしたとも覚えていない日本刀を胸に抱いて、どことも知れない場所を走っていた。――あとで見つかった場所に連れて行ってもらったとき、その距離から実際にはよろよろと歩いていただけだったようだが。
家族はみんな死んだ。自分だけが生き残った。
「あ、あのね…」
ためらいがちに少女がゆっくりと話し始める。
夢悠は過酷な現実を受け止めるべく、息を殺した。
「どうやらあの子ども、目を覚ましたようだぞ」
テーブルの上で茶菓子をつまんでいたマネキが告げる。
「そうだね、シュガー。はい、あーんして」
セリスやアルクラントたちは今、1階のダイニングにいた。重傷を負った唯一の生き残りである夢悠は、現場から一番近い距離にあるルーネの牧場へ運び込まれた。彼らは夢悠の荷物を運んできてやったのだ。
とはいえ、たいした物は残っていなかった。馬は持ち去られていたし、車体は火をつけられて燃やされていた。馬車から転がり落ちたか何かして、地面に転がっていた物で使えそうな物を持ってきたが。
1カ所にまとめて下ろしていたアルクラントは、荷物がどれも破かれ、なかが荒らされていたように見えたのを思い出してつぶやいた。
「一体あいつらの目的は何だろう」
「目的? インディアンは白人を憎んでいる。殺すこと以外にあるのか?」
セリスの質問に答えたのはマネキだった。
「あいつらは神を捜しておるのだ」
「神?」
「古来から伝わる呪術用の道具の1つよ。やつらの偉大な指導者、祈祷師グレイテスト・ホースがそれを見つけ、神と呼んだ。以来あのアパッチたちはその物体を神として崇めてきた。
ところがある日、それが忽然と祭壇から姿を消したのだ。やつらはこんなことをしたのは白人に違いないと思い込んだ。土地や誇りのように神までも自分たちから盗んだのだと」
「……ずい分詳しいな。まさかおまえが盗んだんじゃないだろうな?」
「…………」
むっしゃむっしゃむっしゃむっしゃ。
「おいしい? マイハート。もっと食べる?」
「盗んで売り払ったな!? それで政府にやつらを始末させようとたくらんだのか!!」
うわー! おにー! あくまー! サイテー!
「そんなことはしておらん」
けぷー。
「第一おまえも口にしたとおり、やつらは白人を憎んでいる。神の像の一件があろうとなかろうと自分たちの縄張りであるこの一帯で、よそ者を見つければ殺すさ。分かるな? 小僧」
マネキの最後のひと言にはっとして、全員が戸口を振り返った。
ドアのないそこには、気遣うルーネに支えられながら夢悠が立っている。
「……肩に、ヘビのマークを入れてた……あいつはだれか分かる…?」
「ふむ。ブラック・スネークだな。アパッチの勇者だ」
「オレは…」夢悠は一時目を伏せ、開いた。「オレは、あいつを倒す」
酒場へアルクラントが戻ったのは夜も大分遅くなってからだった。
1階はいつものように盛況で騒がしく、ペトラもシルフィアもてんてこまいしていたが、タチの悪い客はいなさそうだ。疲れた体で2階に上がり、部屋へ入って服を脱いでいるとエメリアーヌがすべり込んできた。
「どうだった?」
「ああ…」
アルクラントはベッドを椅子がわりにして腰かけ、大きくため息をつくと事のあらましを話した。
「とりあえず死体を荒らされないようにはしてきた。明日、町の者たちから募って彼らを埋葬する」
「生き残ったのはその子だけ? つらいわね」
「ああ。とりあえずあの娘の牧場でしばらく面倒を見るそうだ」
「アパッチ討伐の方は?」
「それもあったか」
マネキの話を聞いた限りでは一番の解決法は神の像を見つけて返すかわりにここから出て行ってもらうよう交渉することだが、神の像がどんな物でどこにあるのか皆目見当がつかない以上、無理だろう。
まったく頭の痛いことばかりだ。
いつものように、近付いてきたエメリアーヌを抱いてベッドに転がろうとし――押し返された。
「エメリー?」
「考えてたんだけど、もう終わりにしましょ」
ペトラやシルフィアとのやりとりをエメリアーヌも見ていた。ペトラはいい。あれは恋に恋している類いだから。けれどシルフィアは違う。自分とアルクラントの関係を知ったら傷つく。
エメリアーヌは頼れる男がほしいと思った。自分のためにも、店のためにも。アルクラントは男が何を必要としているか理解していて、それ以上を求めない相手がほしかった。流れ者に家庭や約束を期待しない相手。関係を終わらせても、ああそうかと思うだけだ。少し残念に思うかもしれないが、どちらも傷ついたりはしない。
でも……あの様子だと、もしかしたら彼もシルフィアに対してはちょっぴり違うかもしれない。シルフィアは男に期待する女性だが、同時に夢を見させてくれる女性でもあるから。
(それが分かっているから、防衛本能で私にきたのかもしれないわね)
じっとアルクラントを見つめる。
「どうした?」
「ううん。何でもない。言いたいことは言ったから、下に戻って2人を手伝わなくちゃ。今夜はあんたがいなくても大丈夫そうだし。
じゃね、またあした」
そう言って、エメリアーヌは静かに部屋のドアを閉めて出た。
翌日、町の有志たちの手で移民者たちの埋葬が行われた。
セリスはその後、調査報告書を出しに駅へ向かった。同時に最も近い騎兵隊駐屯地へ騎兵隊の出動要請を乞う電報を出す。できればワシントンにいる自分の部下たちを呼び寄せたかったが、予算的にも日数的にも厳しいだろう。人々に聞き込みをした結果、かなりアパッチの襲撃頻度は増していた。到着が間に合うのを祈るしかない。
夢悠はルーネの家族の手を借りて、どうにか式に参列した。最後まで立派にやり遂げたが、全てが終わると張りつめていた意識が緩んだのか、牧場に帰り着くなり昏倒してしまった。
高熱を発し、意識不明となった夢悠の姿に彼の命を危ぶむ者もいた。たった1人生き残った幼い少年は、天国の家族の元へ行きたいと願っているのではないかと。しかし熱がひいて、ようやく意識を取り戻した夢悠が最初に望んだのは、銃を覚えることだった。
「待ちなさい。きみは死にかけたんだぞ? まだ寝ていなくちゃだめだ」
ルーネの父が起き上がろうとする夢悠を押し戻し、さとした。
夢悠も少し突かれただけであっさりベッドへ倒れてしまった自分の体に、不承不承うなずく。
「じゃあ、もう少し回復したらいいですか?」
「…………」
彼は答えるのをしぶった。夢悠が復讐を望んでいるのは聞いている。しかしまだ子どもの彼がそんな理由で銃を覚えていいものだろうか。
黙り込んでいる彼から目を離し、夢悠は反対側のルーネを向いた。
「教えてくれる? ルーネ」
「ええ。いいわよ」
ルーネはあっさり答えた。それが彼の生きる力になるなら。
「そのためにもまずはしっかり食べて、体力を取り戻しなさい! そんな細腕じゃあ銃を持ち上げることだってできないわよ!」
ずいっとサイドテーブルに置いてあった病人食の乗ったトレイを差し出した。
「今のあんた見なさいよ。スプーンだって持てそうにないじゃない。なんならワタシが食べさせてあげようか?」
と、率先してスプーンを取ろうとする彼女に、まるで姉みたいだと夢悠は失笑してしまった。姉はもったことないけど。
それから数日、夢悠は体力を取り戻すことに専念した。そして負担とならない程度に腕の筋トレをする。ルーネは牧場仕事の合間に足しげく夢悠の部屋を訪れて、なるべく彼が1人にならないよう気遣った。
「ね? ユメチカ。どうしてそんなに銃を覚えたいの?」
ある日、拳銃を一定時間ホールドできるか試していた夢悠に、ルーネが訊いた。
「……あのとき、オレが銃を持っていたら、母さんも父さんも死なずにすんだかもしれなかったから…」
両親はまだ子どもの夢悠が危険な武器を持つことをよく思わなかった。だがあのとき、もし銃があったら。母が殺される前にあのインディアンを撃ち殺せたし、父も助かっていたかもしれない。今もそばにいてくれたかも…。
2人の姿が脳裏に浮かんだ瞬間どす黒いものが一気にせり上がり、頭のなかが真っ暗な闇に浸食されそうになって、夢悠はぐっと歯を食いしばった。
指先から血の気がひいて、感覚がにぶくなっている。
震える手でそっと銃をテーブルに戻した。
「今まで銃持ったことなかったの?」
「うん」
「どうして? 西部では普通だよ? ワタシはユメチカぐらいの歳にはもう持ってたし。――あ、東部では違うとか?」
「そんなことないけど…。オレはアメリカ人じゃないから」
夢悠は静かに答えた。
「違うの?」
「母はそうだけど、父は違う。父は侍だった」
「サムライ?」
「うん。えーとね…」
と、部屋を見渡して、壁に立てかけてあった、今では父の形見となってしまった日本刀を手に取った。それは銃よりもずっと夢悠の手にしっくりなじむ。
小さなころから言い聞かされてきた武士道の心得をルーネに説明しながら、よく手入れされた美しい白刃に自身も見入った。
「ふーん。大事な人を守るための武器ねえ。でもサムライは日本の仕事でしょ? アメリカにはサムライのユメチカが守るような相手はいないんじゃないの?」
ルーネからの質問に夢悠はうつむき、そっと彼女を盗み見た。無邪気に見つめている彼女に、ほんのりとほおを染める。
そんな夢悠の想いも知らず、ルーネは自分の銃を抜いて見せた。
「でも、大切な人を守るっていうのは分かるわ! ワタシと同じね! ワタシの銃も、大切なものを守るためにあるの! ワタシもパパやママ、みんな、そして大切な牧場の牛や馬たちを守ってるのよ? もちろんワタシ自身もね! だからユメチカもワタシが守ってあげる!」
「じゃ、じゃあオレはルーネを守るよ」
「本当? うれしい。約束ね」
ルーネは夢悠の胸をどきりとさせる満面の笑顔でそう言うと、夢悠の手を握った。
ルーネたちの牧場が襲撃を受けたのは約1週間後だった。
アルクラント、セリスたちのいる酒場へ牧童が転がるように駆け込んできてそれを伝える。
「アパッチか!」
「くそっ、やっぱり間に合わなかったか…!」
牧場は移民たちが襲撃された場所から近い。次にねらわれる可能性で最も高い場所だと2人も予想はたてていた。
ガチャンとガラスが床に落ちて割れる音が背後で起きる。
「ペトラ?」
「大変だよ! あそこ、今シルフィアがお見舞いに行ってるんだ!」