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【四州島記 外伝】 ~ひとひらの花に、『希望』を乗せて~

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【四州島記 外伝】 ~ひとひらの花に、『希望』を乗せて~

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第五章  第五日目 〜 一般登山、開始 〜

「さぁ、皆さま!お腹いっぱい食べてくださいましね!今日はいよいよ、白峰に登る日でございますよですよ!」

 一抱えはありそうな大きな釜の前で、これまた大きな杓を振るいながら、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)が釜に負けぬ大声を張り上げる。
 ジーナが杓でひとすくいするたびに、どんぶりのような大きさの椀が、ジーナ手ずから【晩餐の準備】で作った野菜たっぷりの卵粥で満たされていく。
 ミヤマヒメユキソウへと向かう最後の大仕事を前に、しっかり力をつけてもらおうという、ジーナの心配りだ。
 《家令のカレイピン》の効果で、食事に一服盛ろうという不逞の輩に対する備えも、バッチリである。

「粥はたっぷり用意してございますので、好きなだけお代わりしてくださいましね!でも、山に登れなくなるほど食べ過ぎて
はダメでございますですよ!」
 
 ジーナの声に、お代わりの列に並ぶ人たちがどっと沸き返った。

(見やがれでございますよ、バカ餅!皆さまのこの活気、この笑顔を!ワタシの方が、バカ餅よりもずっと役に立つでございます!)

 表面上にこやかな笑みを振りまきながら、内心では緒方 章(おがた・あきら)への対抗心をむき出しにするジーナ。
 しかし、今こうして振舞っている粥を作るための食材も、釜も杓も、そして大釜を煮るためのかまどや燃料さえも、章の差配によって整えられ、滞り無く山に運び込まれているという事実を、ジーナはすっかり忘れている。

「よろしいでございますか皆さま!お弁当のオニギリを忘れないでくださいましね!おかずの、卵焼きとお漬物もお忘れなく!」

 ジーナと章の確執はともかく、この朝餉がジーナの狙い通り、いやそれ以上に皆を元気づけたのだけは、間違いなかった。




 登山道の前に集う人々の間を、精妙な調べが流れ、シャン、シャンという規則正しい鈴の音が、皆の心に染み渡っていく。

 白峰への入山を前に、大岡 永谷(おおおか・とと)が神楽舞を奉納しているのだ。
 この舞は、山の神に登山の安全を祈願するために行なっているのだが、あともう一つ、これから入山する人々に、ここが神域であることを強く意識させる意味合いもあった。
 永谷は、「ここが神域であることをしっかり認識すれば、山を汚すようなことはしないのではないか」と、考えたのだ。
 神楽舞の奉納が終わると、人々は永谷の先導に従って、白峰に一斉に拝礼する。
 その後人々は、厳粛な雰囲気の元、まさに巡礼者の如く粛々と、登山道を登っていく。
 永谷の狙いは見事に当たったようだった。


 武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は、自分の主宰する『魁!四州塾』のメンバーと共に、一般参加者の一人としてこの登山行に参加していた。
 塾生が全員参加できた訳ではないが、それでも牙竜にとっては、とても嬉しいことであるのは変わりがない。
 この日の牙竜は、いつになく饒舌に、生徒たちに語りかけていた。
 話しているのは、白峰や白峰輝姫にまつわる伝説や白峰大社の由来、それに白峰輝姫を祀る巫女たちの祭祀についてや、神域での振る舞いで気をつけねばならないことなど。
 いずれも、牙竜が白峰大社の巫女から直接聴きだし、要点を整理したものだ。
 【記憶術】を身につけた牙竜は、それを一字一句完璧に記憶していた。

(人にはそれぞれ、大切な物、決して人には荒らされたくない物がある。そう、子供にとってのヒーローのように……。それを理解し、敬意を払うのは大切な事だ)

 それは、正義のヒーロー『バイフーガ』として、数えきれない位多くの子供たちと接してきた牙竜ならではの信念である。

「先生の話は、ためになりますねぇ。同じ四州の人間なのに、自分も知らないことばかりで……。お恥ずかしい限りです」
「ワタシもです。こんなに近くに、こんなに素晴らしい所があることすら知りませんでした」
「知らないことは、恥ではないよ。本当に恥ずかしいのは、知ろうとしないことだ。知らないことがあるのに気づいたなら、知る努力をすればいいだけさ」
「「ハイ!」」

 牙竜の言葉に、深い感銘を受けた生徒たち。
 その瞳は、まるで炎が、メラメラと燃え盛っているようにも見える。
 それは、牙竜のつけた向上心の炎だった。



 牙竜が生徒たちと白峰を登っているちょうどその頃、四州塾のもう一人の発起人樹月 刀真(きづき・とうま)は、やはり四州塾の生徒と共に、白峰に連なる、北嶺山脈の別峰の麓にいた。
 と言ってもこちらの生徒たちは、刀真が北嶺藩で勧誘した、入塾したての生徒ばかり。
 彼等が昨日初めて受けた授業は、次のようなものだった。


「みなさんよくお分かりの事と思いますが、この北嶺藩は領地の大半を山が占める国。であれば、この山を活用した産業――わかりやすく言えば『商い』です――を興さねばなりません。例えば南濘藩では、領内に広がる広大な湿地から取れる特別な薬草を珍しい動植物を盛んに海外に輸出していますし、私たちの故郷、地球では、高山にのみ生息する特別なヤギ、『カシミア』から取れる毛を利用して、織物を作っています。これが、そうです」

 刀真は用意しておいたカシミアのマフラーやセーターを生徒たちに配る。

「このカシミアで出来た商品は大変人気があり、他の商品の数倍から数十倍の値段で取引されます。国土が山で覆われているという事実は、一見すると非常に不利に感じるかもしれません。確かに、山では穀物を作ることは難しいかもしれません。でも、ここにしかないモノ、この北嶺山脈でしか取れないモノを利用すれば、穀物を作るよりも何倍、いや何十倍も豊かになることは可能なのです」
「でも先生。それじゃあ俺らは、何を売ったらいいですか?」

 生徒の一人が、手を上げて質問する。

「それを、これから探すのです。この北嶺藩にしか無い物、それを探すのが、四州塾の最初の授業になります」


 初めのうちこそ、狐につままれたような顔をしていた生徒たちも、徐々勘所がわかってきたらしく、盛んに発言するように
なった。
 刀真はその一つ一つに耳を傾け、傍らの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)はそれらを全て【記憶術】で頭の中に叩きこみ、そして《銃型HC弐式》に記録していった。

 こうしたディスカッションに続き、今日はフィールドワークとして、昨日名前が上がった動植物を、実際に山に探しに来たのである。
 だが――。

「――ん?なんだか騒がしいな……」

 生徒たちと共に手分けして薬草を探していた刀真は、背後からの声に振り返った。
 見ると、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)を乗せた《白虎》が、こちらにやって来る所だった。二人は、何事か言い争いをしている。

「どうしたんだ二人共、喧嘩なんて?」

 この二人が喧嘩をするなんて、滅多にないことだ。

「刀真が悪いのよっ!」
「は、ハイ!?」

 トラから降りるなりスゴイ勢いで刀真に詰め寄ってきた月夜は、顔を真っ赤にして――しかも目尻に涙まで浮かべている――言った。

「いいえ!悪いのは刀真さんと月夜さんです!天罰てきめ〜ん!!」
「イテッ!イテテテッ!!な、何なんだ一体!?」

 いきなり面と向かって非難されたと思ったら、今度は白花が差し向けた《青い鳥》に突き回される――。
 なんだか訳がわからないまま、刀真はたっぷり5分以上逃げまわった。
 そして――。

「で……。何がどうしたっていうんだ一体。わかるように説明してみろ」

 顔中バンソウコウを貼りまくった、今ひとつ締まらない格好のまま、刀真は月夜と白花に訊ねた。
 しかし月夜はブスくれたそっぽを向き、何かを話す素振りすら見せない。
 刀真は一つ大きなため息を吐くと、一言、「白花?」とだけ言った。

「じ、実は――」

 ためらいながら、口を開く白花。

「私と月夜さんで、昨日聞いた草を探してたんです。そしたら、急に月夜さんが……」
「月夜が、どうした?」
「月夜さんが、急にあの、その……。私の……」

 何故か急にもじもじし始める白花。
 その声も急にか細くなり、最後の方はまるで聞き取れない。

「なんだ白花。もっと大きな声で言ってくれないと、聞こえないぞ?」
「わ、私の……ムネを、その、む、ムニュッと、揉んできて……」
「あ……?胸を……、揉んだ……?」

 顔を真っ赤にしながら、ようやく絞りだすように言う白花。
 その言葉にただ呆然となる刀真。

 ――月夜が、白花の胸を揉む。

 正直、何の事やらさっぱりわからない。

「刀真がいけないのよ」

 月夜が、相変わらずそっぽを向いたまま、言った。

「――刀真がいけないのよ。『大きい胸が好きだ』なんて言うから!だから、その……どのくらい気持ちのいいものかなって、気になって……。『ちょっと、確かめて見ようかな』って……」
「は、はあ……」

 全く想像だにしなかったしょーもない理由に、流石の刀真も間抜けな声しかでない。

「そんな理由で、突っつき回されたのか、オレ……」
「そんな理由とは何よ!だいたい刀真がデリカシーが無いからいけないんじゃない!人がこんなに悩んでるのに!!」
「そうですよ刀真さん!女の子の気にしてる、しかも身体のコトをアレコレ言うなんてサイテーです!」
「お、俺はあくまで一般論として『大きい方が好き』と言っただけであって、別に月夜のコトを言った訳じゃ――」
「ほら!やっぱり大きい方がいいんじゃない!どうせ私のムネは小さいですよ!そりゃ確かに私も触ってみて『気持ちいいかも?』ってちょっとは思ったわよ――?」
「いいえ月夜さん。あれは触ったなんてもんじゃありません。しっかり揉んでました」
「そんなコトは今どうでもいいの!刀真、あなたが大きいムネの方が気持ちいいから好きなのはわかったわ。でもムネの大きさで女の子を選ぶなんて――」
「どうでもよくありません!」
「だから俺は別にムネの大きさなんて――」

 延々と続く言い争いを収拾する事も出来ず、ただただ辟易するばかりの刀真。

「な、なんじゃ、ありゃ……」
「ま、要するに、だ。ウチの先生も、女の扱いはまだまだ半人前ってこった」
「……そうね」

 塾生たちに覗かれている事を知ってか知らずか、3人は、いつ終わるかもしれぬ痴話喧嘩を、延々と続けるのだった。




 一行は、先発隊が整備した山道を順調に進み、予定よりも早く午後三時頃には、アタックキャンプにたどり着いた。
 この早さは無論、先発隊の仕事が的確だったお陰である。

「よろしいですか皆様!このキャンプでもこれまで同様、ゴミは必ず決められた場所に、決められた通りに捨てて下さい。お手洗いも、必ず同様に、必ず決められた場所でお願いします。また、動物植物かかわらず、一切の採取殺生は禁止。それとこれが一番重要なのですが、山内での飲酒喫煙は厳禁です!ここは神域です。禁を破った方は、事情の如何にかかわらず、山を降りて頂くことになります!くれぐれも、気をつけて下さい!」

 キャンプにたどり着き、一服ついた参加者たちに、大声で規則を説明する隠代 銀澄(おぬしろ・ぎすみ)
 その顔は、真剣そのものだ。

 銀澄は、主である樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)の命を受け、この登山行に参加していた。
 白姫は、以前のマレンツ山への登山行に参加し、自らの思いの込めた花を、マホロバ幕府前将軍鬼城 貞継に贈っている。
 その事で円華に恩を感じている白姫は、「自分の代わりに、少しでも円華の役に立って欲しい」と、銀澄を送り込んのだ。
 白姫は、参加者が神域である山を穢すことによって、責任者である円華に災いが振りかかる事をひどく恐れていた。
 そのため銀澄は、万が一にもそうした事が起こらないよう、自らこの仕事を買ってでたのだが、幸いにして今のところ、そうした事は一切起こっていない。


(しかし、四州の人たちのモラルがこれ程高いとは……正直驚いたな……)

 その日の夜。
 一人キャンプ内の見回りを終えた銀澄は、規則が正しく守られていることに、深く満足していた。
 銀澄は、昔『初めて日本人を見たペリーが、日本人の礼儀正しさに驚いた』という話を聞いたコトがあるが、きっと今の自分とペリーの驚きは、同じ類のモノなのではないかと思う。
 常に他者に敬意を払い、慎み深く、真面目で信心深かった昔の日本人。
 その昔の日本人と同じ『徳』を、この四州の人たちはまだ失わずに保ち続けているのだと思うと、銀澄の中にも四州の人々を敬う気持ちが、自然と沸き上がってくる。

(四州に来て、良かったな……)

 銀澄は今、しみじみとその思いを噛み締めていた。