イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

はっぴーめりーくりすます。3

リアクション公開中!

はっぴーめりーくりすます。3

リアクション



1


 今日という日を、どれほど楽しみにしたことか。
 佐々木 樹(ささき・いつき)は、カレンダーに記されたハートマークを指でなぞった。
 ハートマークがある日付。すなわち今日は、十二月二十四日。
 クリスマスイブだ。
 今日、あともう一時間とせずに、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)がやってくる。樹を尋ねて。樹と一緒にクリスマスを過ごすために。
(どうしよう)
 待っていることにも、どきどきしてきた。
 胸の前で両手を握り、時計をちらちら窺って。
 十分と経過する前に鳴ったチャイムの音に、自分でも驚くほど弾んだ声で返事をしていた。


 イルミンスールの寮、調理場にて。
 弥十郎がエプロンを着けていると、樹からの視線を感じた。顔を上げ、樹ににこりと微笑みかける。頬を少し赤くしてはにかむ妻が愛らしい。それに、エプロン姿というのも新鮮だ。樹も同じように思っているのだろうか。つい、見つめ合ってしまった。
(……いけない)
 このままでは、樹を見ているだけであっという間に今日が終わってしまう。弥十郎は手元に視線を戻した。ケーキを作るための準備をしなければ。
 意図を察した樹も料理をせんと隣に立った。お互い、しばし無言で調理を進める。
 氷水で冷やしながら、生クリームを泡立てた。ホイッパーとボウルが擦れ合う、かしゅかしゅという音が響く。一定の速度で混ぜながら、弥十郎の意識は樹に向いていた。
 鍋に、水とコーン缶の中身を入れて火をつけて。
 その間に、チキンの準備をこなす。
 鍋の前に戻って、様子を見て、火加減を調節しながら煮込み。
 丁度良くなったところで、バターと溶き卵を入れる。
「いいなぁ」
 無意識に、呟いていた。
 だって、なんだか、すごく『夫婦』だと思えて。
 独り言を聞き逃した樹が、「え?」と弥十郎を見た。思ったことを言って、どういう反応をするのか見ても良かったけれど、そうするとまた彼女を愛でてしまいそうだったので「なんでもないよ」とお茶を濁した。再び手元に意識を戻し、集中する。あまり見惚れていると、泡立てすぎてしまう。注意しながら混ぜて、満足いくところで手を止めた。
「ねぇ樹。七分立てはこんな感じかな」
 そして、ひと匙すくって樹の口元へ運ぶ。素直に口を開ける様が、またなんともいとおしい。照れたように眉を寄せ、こちらを見る目も。
「どう?」
「……美味しい。でも、不意打ちすぎです」
「ごめんね」
 大して悪びれた様子もなく言って、手にしたスプーンをナイフに持ち替える。用意しておいたスポンジケーキを取り出して、ナイフで水平に三等分した。
「弥十郎さん」
「うん?」
 クリームを塗ろうとしたときに、声を掛けられた。
「私のスープも、味見してください」
 すい、とスプーンが向けられる。小さく頷いてから、スプーンに口を近づけた。ふう、と息を吹きかけて、冷ます。
「念入りに冷ましますね」
「猫舌だからねぇ」
「冷ましてあげればよかった」
「ふふ。じゃあ次は、そうしてもらおう」
 言葉を交わしている間に冷めただろうと、スプーンに口をつけた。樹が、「どうかな?」という表情をで弥十郎を見ている。スープを味わい、「…………」困ったような顔をしてみせた。
「えっ……」
 途端、うろたえる。一々リアクションが可愛くて仕方ない。堪能したので、意地悪はもうおしまい。弥十郎は、一転して笑顔を向けた。
「いいんじゃないかな」
「……! からかいましたね!?」
「ワタシの奥さんは可愛いなぁ」
 くすくす笑いながら、ケーキのデコレーションをはじめた。三等分したスポンジケーキの断面にイチゴジャムを塗り、生クリームとスライスしたイチゴを挟む。そうして重ねたら、周りを生クリームで整形する。
 きれいにお化粧が済んだら、クッキーで作ったログハウスを組み立てて、完成。
 テーブルに運び、しばらく目を閉じる。
「何してるんですか?」
 遅れて料理を運んできた樹が、弥十郎の様子に気付いて声をかけてきた。
「願い事」
「願い事?」
「そう」
 頷いて、ケーキを指差した。正確には、ケーキの上のログハウスを。
「今は離れているけど、将来はこんな家に住みたいねぇ」
「……一緒に?」
「うん、ずぅっと一緒に」
 こてん、と樹が弥十郎の胸に頭を預けてきた。その髪を撫で、瞼にキスを落とす。
「座ろう。それで、乾杯しよう」
「はい」
 ワインの入ったグラスを傾け、乾杯。
 夫婦水入らずの幸せな時間を過ごすことが、どれほどの喜びだろう。
 他愛もない話を愛しみ、互いに互いのことを想って作った料理を堪能する。
 ワインは、弥十郎が樹を酔わせたくて持ってきたのだけれど。
(こっちの方が、呑まれちゃってるねぇ)
 酔いが回っているらしく、思考がふわふわとしていた。一方で樹は、平然とグラスを空けている。
「ねぇ、樹さん」
 空のグラスにワインを注いでやりながら、弥十郎は思考と同じくふわふわとした声で、樹に笑いかけた。
「ワタシを酔わせてどうする気?」
「え、えぇ!?」
 くすくすと悪戯っぽく笑って訊くと、顔を真っ赤にして慌てはじめた。
「ああ、本当、可愛いなぁ」
「酔ってますね!」
「酔ってるよ。樹さんに」
「〜〜っ、もうっ!」
 今度はぷいっとそっぽを向いてしまった。
 ああ、本当、どんな反応も。
「可愛い」
 愛を囁くように言った。樹が椅子から立ち上がる。
「樹さん?」
 どこかへ行ってしまうのか、と手を伸ばす。樹は、弥十郎の傍に来てくれた。伸ばした手に、樹の手が絡まる。温かかった。
「弥十郎さんの方が、可愛い」
 どこか熱っぽい声で樹が言った。次いで、視界が揺れた。ぎゅっと抱きしめられたのだと気付いて、彼女の背中に手を回す。
 耳元で、樹の声がした。
「メリークリスマス。
 愛するあなたと過ごせるこの時間、とっても幸せです……」