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はっぴーめりーくりすます。3

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はっぴーめりーくりすます。3

リアクション



7


 髪型よし。
 服装よし。
「笑顔もよし! ほな行くでぇ〜!」
 ハイテンションな独り言を鏡の前で決めてから、日下部 社(くさかべ・やしろ)は玄関に向かった。
 今日は、クリスマスイブ。
 そんな素敵な日に、五月葉 終夏(さつきば・おりが)とのデートが叶った。
(パラミタ一の幸せモンやな、俺)
 付き合い始めてからの初クリスマス。
 良い思い出を作らんと、いざ参らん。


 社が嬉しそうにしていることは、日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)にとってとても嬉しいことだった。
 うきうきと鼻唄交じりに出かけていく兄の背に、いってらっしゃーいと手を振って、見送る。
「クロエちゃんたちとのクリスマスパーティにもちゃんと来てねー」
 忘れないように声をかけ、部屋に戻る。と、響 未来(ひびき・みらい)が不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「さぁ千尋ちゃん……行くわよ……!」
「え? 行くってどこにー?」
「それはもちろんっ!」
 ばっ、と未来が片手を広げた。
「マスターとオリバーちゃんのデートを見届けるのよ〜!!」
 きらきら輝く素敵な笑顔で言い放つ。
 対して千尋は、頬を膨らませた。
「やー兄たちのデートを邪魔しちゃメッ! だよー!」
「えっ、邪魔なんて……!」
「ミクちゃん、こっそり覗いたりするつもりなんでしょ。そういうの、良くないと思う!」
「ち、違うわよ〜!」
 違うと言うわりに、慌てているように見える。千尋は腰に両手を当てて、未来に詰め寄った。一層焦った様子で、未来は「え、えっと……」と続く言葉を探していた。
「! そ、そう! これはね、実地調査よ!」
 聞き慣れない言葉だ。千尋は首を傾げた。
「実地調査……?」
「そうよ!」
 未来が身を乗り出すようにして千尋の肩を掴んだ。「今時の若いカップルが」と話を始める。言っていることは、わかるような、わからないような、そんな内容だ。いつの間にか話は飛んで、芸能界を生き抜くためのどうたら、という話に変わっていた。
「と、ともかく! 千尋ちゃんもここでしっかり勉強しておけば将来役に立つはずよ!」
 多少どもっているのは、演説に力が入りすぎて疲れてしまったのだろう。息を切らせるほど熱く教えてくれた未来に、千尋は素直に頷いた。
「うん! ちーちゃんもデートのお勉強するー♪」
 未来がほっと、一息ついた。
「千尋ちゃんが純粋素直ないい子で助かったわ……」
 よくわからないが、褒められたらしい。「うん」と千尋が頷くと、未来は千尋の頭を撫でた。
「それじゃあ、支度しましょうか」


(クリスマスに、社君と……)
 『デート』。
 そう、改めて意識すると、それだけで顔に熱が集まるのを感じた。顔から火が出る、とよく言うが、まさしく今火を出せそうだと終夏は思った。歩いているうちに収まってくれることを願いながら、待ち合わせ場所に向かう。
 待ち合わせ場所に着いてなお、そわそわとした気持ちになるのはどうしようもなかった。ショーウインドウに映る自分の姿を、何度も確認してしまう。ロングスカートとコート。地味でもないし派手でもない。自分らしい格好だと思う。
(もっと、おしゃれしてきた方が良かったかな……?)
 何せ今日は、クリスマスなのだし。
 だけど、変に気合を入れてきても恥ずかしい。結局のところ、この格好でよかったと帰結した。一番大事なペンダントもつけているし。
 時計を見た。待ち合わせまであと五分。もうすぐ来るかな、と思ったあたりで、社が走ってくるのが見えた。遅れたわけじゃないのだから、走らなくてもいいのに。
「アカン〜、待たせてしもた」
「そんなに待ってないよ」
「今日は俺のが早く来たかったんよ。いや今日に限らないねんけど」
「気にしないのに」
 他愛のない話をしながら歩きだした。肩を並べて、同じ歩調で。ただそれだけなのに心地よく、終夏はふっと微笑んだ。
「何?」
「なんでもないよ」
 ゆるく、時間が流れていく。
 ヴァイシャリーの街を見て、気になったお店に入って。
「これ、千尋ちゃんに似合いそう」
「ほんまや」
 今日という日をふたりで過ごさせてくれた、千尋と未来へのプレゼントを考えた。
「こっち、未来ちゃん」
「えー、可愛すぎへん?」
「そんなことないよ。それでねこれは」
 社君に、似合うと思う。
 全部、言えなかった。なんだか急に恥ずかしくなって。言わずとも察したのか、社が照れ笑いのようなものを浮かべて、別の棚の前に立った。
「こんなん、どや?」
 振り返った社が持っていたのは、ストールだった。終夏に当ててみせ、頷いている。
「似合う?」
「似合うで。オリバーは? 気に入った?」
「うん」
 雪の結晶をモチーフとした柄も、柔らかな色合いも、とても好みだ。よくわかってくれている。そのことが嬉しくて、笑った。
「せや。リンぷーやクロエちゃんにもプレゼント贈ろ?」
「あ。そうだね!」
 今日はこの後、人形工房で行われるクリスマスパーティに参加する予定だった。とあらば、プレゼントを持っていきたい。きっと、喜んでくれるだろう。
「リンぷーにはひざ掛けとかどうやろ」
「いいんじゃないかな? クロエちゃんにはどうしよう」
「台所関係?」
「キッチングッズとか? 便利系」
「それ喜びそうやね」
「アイディアグッズとかって面白いから、そういうのでも笑ってもらえるかも」
「ほな、便利系と面白系両方買ってこ」
 四人へのプレゼントと、お互いに贈り合うプレゼントを選び、きれいに包んでもらって店を出た。次の目的地は、小洒落たカフェだ。最近雑誌に載ったところで、気になるねと以前話した場所だった。
 飲み物とケーキのセットをふたつ頼むと、ほどなくしてセットが運ばれてきた。社の前にはコーヒーと季節のケーキが、終夏の前には紅茶と苺のタルトが並べられた。
「「いただきまーす」」
 仲良くそろって声を上げ、フォークを取った。一口食べる。バターたっぷりのタルト生地と、甘酸っぱい苺はとても合っている。美味しい。
「むっちゃ美味い、これ。オリバーのは?」
「こっちもすごく美味しいよ。食べる?」
「食べる食べる」
 人前であーん、とやるのはさすがに恥ずかしかったので、皿ごと交換することにした。一口食べる。季節のケーキことガトーショコラはずっしりとしていて甘く、チョコレート好きにはたまらない一品だった。
「美味しい〜!」
「苺うっま! ええもん頼んだなぁオリバー」
「やっしーもね。幸せ〜」
 ケーキを食べながら、最近の出来事を話した。
 仕事で行った場所だとか、覚えたばかりの曲の話だとか。
 どこで何がきれいだった、素敵だった。いつか一緒に行こう。
 派生して、付き合い始めの頃の話に跳んだ。まだ付き合って一年も経っていないのになんだか懐かしく思える。「あったあった」と相槌を打って笑うと、社も笑った。
 話している最中、窓に反射して映る、後ろの席の二人組に注意が向いた。やたらとぴょこぴょこ動いている。それに、とても見覚えがあった。
 社も気付いているらしく、彼女らが座っている席を見て呆れとも苦笑いともつかぬ表情を浮かべていた。が、何も言わない。だから、終夏からも何も言わないことにした。ただ、顔を見合わせて笑った。
「そろそろ行こか」
「うん」
 カフェを出、人形工房への道を歩く。
 ふたりの間には、拳ひとつ分のスペースがある。
 終夏は、その隙間をなんとなく見た。手を伸ばせば手を繋げる距離だけど、空いてしまった、隙間。すっと、手を伸ばす。指先が、社の手に触れた。そっと忍び込ませ、指を絡ませる。
「っ」
 驚いた顔で、社が終夏を見た。こんな風に社が驚いた顔を見せるのは珍しい。してやったりと、終夏は笑いかけた。
「年上だからね」
「年上関係あるん?」
「あるよ。年上らしく、ドキッとさせてみたかった」
「俺だってドキッとさせたりたいし」
「楽しみにしてます」
 含み笑いで答えると、「今に見とれよ〜!」とやる気を込めた声を、社は出した。これは本当に、ドキッとさせられてしまうかもしれない。そのことを考えるとそわそわしたので、後のお楽しみ、と心の奥にしまっておいた。
 手を繋いで、道を歩く。
 繋がった手から伝わる相手の体温は暖かく、なんだかとても幸せな気持ちになった。


 夕暮れを迎え、パーティは終息へと向かう。
 片付けを手伝う終夏の横に立ち、一緒に掃除をした。
「いつもと同じくバタバタな一日やったな」
 社が笑いかけると、終夏は「特別だったよ」と言った。とくべつ。何か、特別なことはできていただろうか。終夏の記憶に残るような、素敵な日にできていただろうか。
「やっしーと一緒にクリスマスを過ごせて、楽しかった。プレゼント交換だってしたし、一緒にケーキも食べた。手を繋いだりもできたよ」
「特別かな?」
「特別だよ。今日は今日しかないんだよ」
 そうか。それもそうだ。だけどそう考えたら毎日が特別だ。それはそれで素敵だと思うけれど。
(だってオリバーと居るのは、いつだって楽しいもんなぁ)
 自分にとって、相手にとって、特別であるのなら。
(幸せやんな)
「なぁ、オリバー」
「うん?」
「今日はありがとな」
 一緒に居てくれて。
 一緒に過ごしてくれて。
 特別だと言ってくれて。
「ありがとな」
 すぐ傍に、終夏の顔がある。
 真っ直ぐに目を見ていると、まだ言い足りない言葉があることに気付いた。
「あんな」
 言ってもいいだろうか。いいか。今ここには、自分たち以外誰もいないのだし。
「好きやで」
 終夏は、何も言わなかった。ただ小さく頷いて、半歩近付いてきた。手を伸ばして、抱きしめる。身を任せてくれているのがわかる。右手で終夏の頬を撫でた。終夏が、目を閉じる。社も、目を閉じた。
 口付けが交わされる間、世界からは音が消えたようで。
 ふたりだけしか、いないように思えて。
 腕の中のこの人が、とても愛しく、大切な存在だということに、改めて気付いた。