イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

はっぴーめりーくりすます。3

リアクション公開中!

はっぴーめりーくりすます。3

リアクション



4


 ネロ・オクタヴィア・カエサル・アウグスタ(ねろおくたう゛ぃあ・かえさるあうぐすた)が気付いた時既に、織田 帰蝶(おだ・きちょう)は所謂『リア充』になっていた。相手は、織田 信長(おだ・のぶなが)公である。
 祝ってやろうと思ったのは、ただの気まぐれか面白いもの見たさかはたまた純粋な好意からか。どれが原動力だったのかはネロももう覚えていない。
 すぐさまレストランを貸切で予約し、来るクリスマスに向けて準備した。といっても、料理や会場の飾りつけ等は当然レストラン任せなので、やったことといえば参加者へ向けて招待状を送ったことくらいなのだが。
 まず、今回のパーティの中心である帰蝶・信長夫妻。
 それから、多比良 幽那(たひら・ゆうな)桜葉 忍(さくらば・しのぶ)桜葉 香奈(さくらば・かな)ノア・アーク・アダムズ(のあ・あーくあだむず)ら、ふたりのパートナーたち。
 総勢七名でのパーティと、少人数かもしれないがまあ構わないだろう。
(当日が楽しみじゃな)
 ネロはひとり、くつくつと笑った。
 出欠を取り終えた、パーティ直前のある夜のことだった。


 当日。
 広いレストランを貸し切る、というのは気分のいいものだった。
「のう、帰蝶。そう思わんか」
「わたくしは、信長様と一緒ならそこが死地でも楽しめますわ」
「真か?」
「貴方様に一度でも嘘をついたことがありましょうか」
 少し考えてから、信長は「ないな」と言って帰蝶を抱き寄せた。腰に手を回し、口付ける。拒絶はなかった。唇を離した後、「……もう」と抗議めいた声を出されはしたけれど。
「不満か」
「杯を交わしてもいないのに」
 それは言外に、交わしてからなら良いと言っているようなものだが。信長がにやにやと笑みを浮かべると、意図に気付いたらしく帰蝶は頬を朱色に染めた。もうそれなりの付き合いになるが、たまに見せるこういった初心な反応がたまらなく好きだった。
「お酌させていただきますわ」
 話を変えるように、帰蝶が言った。信長は素直に杯を差し出し、それを受ける。また、帰蝶にも注いでやった。
「メリークリスマス」
「貴方様に幸あらんことを」


「リア充たちめ……」
 帰蝶のヒロイックアサルト、『第六天魔王冥土隊』が注いでくれた酒を、幽那はぐいと呷った。視線の先には、異様に近距離で酒を飲み交わす帰蝶と信長の姿がある。仲睦まじい、などというものではない。蜜月真っ只中のふたりの様子は、一人者が見るにはかなり、つらい。
 ふざけて騒ぐにも騒ぎきれず、かといってぽつんとしているのも寂しい。そんな微妙な心情で、ひとり、酒を飲む。
(む、空しい……)
 なまじ、料理や酒が美味しい分、空しさが際立った。
 冥土隊に給仕されつつ料理を食べていると、忍と香奈の様子が目に留まった。
「しーちゃん、ほっぺにクリーム付いてるよ」
「え、どこ?」
「ほら、ここ」
 ケーキを食べる忍の頬についたクリームを、香奈が舐め取る。
 そんな、叫び出したくなるような光景が。
(私は大人。私は大人。…………)
 言い聞かせ、幽那は静かに背を向けた。背を向けた先にはノアが居た。若干、涙目だった。きっと、たった今幽那が見たものと同じ光景を目にしたに違いない。顔が赤いのは恥じらいからか、はたまた相当に酒を飲んでいるのか。
 どちらからともなく傍により、互いに酒を注ぎあった。
「どうせっ……どうせあたしには恋人なんていないわよ……!」
「私だってねえっ……なれるもんならなりたいわよ! リア充にっ!」
「ふんっ、リア充なんてならなくてもいいわよ! 全員爆発しちゃいなさいよ……!」
「ええそうね、爆発すればいいわ! 私たちどうせ、なれないんだから!」
 それは、クリスマスに発するにはあまりに悲しい心の叫び。
 幽那が連れてきたニンフたちが、おろおろしながらふたりの傍を駆け回った。傍に寄り、頬擦りをし、頭を撫で……と、慰めてくれている。しかしそれすら悲しかった。さらに、酒を呷る。
 どう慰めても立ち直らない幽那とノアを見て、ニンフたちが二組のカップルに向かっていった。蹴ったり叩いたりをはじめている。
「なんじゃ、おまえら」
「きゃっ……えっ、幽那様のニンフたち?」
「いたた、痛い」
「香奈、俺の後ろへ来るんだ」
 普段なら慌てて止めるところだが。
 酔っ払った幽那は、それを見て笑った。
「あはははは! もっとやっちゃえー!」
「そうよそうよ! リア充なんてねリア充なんてね、蹴られて叩かれてすればいいのよ!」
 しかし、こういったことは大概逆効果になるものだ。今回も例に漏れることはなかった。
「香奈!」
「しーちゃんっ」
「来い、帰蝶」
「信長様」
 妻を庇う夫、というのはどうしてこうも格好いいのか。いや、大切な者を守る人が、と言い換えるべきだろうか。
「…………」
 見ていたら、今日一番の空しさに襲われた。
「もういい……飲む」
 ノアも同じだったらしい。ぐすぐすと洟を鳴らしてワインを空けた。
「付き合うわ……」
 幽那もグラスを差し出し、再び互いに注ぎあった。
 その後のことは、よく覚えていない。
 ただ、あのレストランには二度と入れなくなった。