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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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第47章


 朝日が降り注いでいた。


「よっこいしょーっと!!」
 すっかり倒壊し、やっと炎も治まったハッピークローバー社、本社ビル。
 本社ビル、だった後の瓦礫の山。

 そこから這い出てきたのは琳 鳳明のパートナー、南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)である。

「っぷはぁっ!!
 さすがに危なかったわい……」

 と、そこにビルから脱出してきたツァンダ付近の山 カメリアが通りがかる。
「お、なんじゃヒラニィ。お主おったのか」
「おったのかはないだろう、こちとら命からがら逃げ出してきたというのに!!」
 胸を張るヒラニィ、カメリアと永遠のライバルを自称する彼女としては、まさか生き埋めになりかかっていたとは言い難い。

「そうかそうか。それじゃまずその瓦礫に埋まった下半身を掘り出してからもう一度聞こうか?」
 涼しく応対するカメリアに対し、ヒラニィはじたじたと動いて脱出を試みた。
「ぬぅ、言われるまでも……そりゃ、ほりゃあ!! つぅか見てないで手伝っても良かろうが!!」
 だが、瓦礫のどこかに引っかかりがあるらしく、なかなか脱出できない。
 見かねたカメリアが、ヒラニィの手を取る。
「ああ、すまなかった。あまりに面白くて……」
 聞き捨てならない言葉を口走りながら、カメリアはヒラニィの手を取る。

「ふん……なかなか抜けんな……ところでヒラニィ、お主、あれほどの事件があったというのに……どこでどうしておったのじゃ」
 カメリアの問いに、ヒラニィは応える。
「ん? いやなに、特にすべきこともなかろうと、パーティ料理を愉しんでおったぞ。
 いやいや、あの状況から難なく脱出できてしまえるあたり、さすがはわしじゃ、真に幸運に愛されておるの!!」
「……」
 カメリアはふと、ヒラニィの衣服を見た。よく見ると上着のポケットが異常に膨らんでいる。
 それが瓦礫に引っかかって、なかなか出てこられないのだ。
「ヒラニィ……まさかそれ……」
「ん? おお、もちろんみやげに失敬したパーティ料理だ。鳳明たちにも食わせてやろうと思ってな。
 なんだ、カメリアも欲しいのか?」

「……」
 カメリアはそっと目頭を押さえた。
「ん、なんじゃ? 泣いておるのか?」
 ヒラニィはその様子を不思議そうに眺めた。

「……あまり泣かせてくれるな、ライバルよ」
 その涙は、その日はあまり見られなかった性質のものだった。


 ――情けなくて、出る類の。


                    ☆


「それじゃ、あんたは今後どうするの……?」
 ローザマリア・クライツァールは未来からの使者 フューチャーXに問うた。
「ん? さあな……とりあえず依頼は果たした。
 もとより未来に帰る気も、その手段もない……まぁ、とりあえず街を目指すとしよう
 ……これからは、自分の人生を続けるとするさ。元々、儂はこの時代の人間だしな」
 その視線の先には、ブレイズ・ブラスがいた。

 彼は先輩ヒーロー、そして仲間である武神 牙竜やレン・オズワルドと話している。
「それじゃ……あの爺さんとの関係は、分からずじまいか」
 牙竜は横目でフューチャーXを眺めながら、ブレイズに聞く。
「……そうっすね。まぁ……何となく、予想はついてるっすけど……」
 ブレイズは胸元から金色のペンダントを取り出した。それと全く同じものを、フューチャーXも持っている。
「……怖いのか、その結論を目の当たりにするのが」
 レンの問いかけには、首を横に振った。
「……わからねぇ……今はちょっと混乱してるところもあるし……いつかは、はっきりさせねぇといけねぇんだけど。
 どうしてこの『覇邪の紋章』と同じ物をあの爺さんが持っているのか……。だとすれば、あの爺さんは、俺の知っているあの人なのか……?
 でも、あの人は死んだ筈なんだ……」
 そんなブレイズの肩に手を置いて、レンは軽く笑った。
「まぁ、焦るな。まだ時間はあるだろう――フューチャーXとやらも行くアテもないようだし」


 ローザマリアのパートナー、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダーは亡霊に憑依されていたアン・ブーリンをパートナーの狩生 乱世に引き渡していた。
「すまねぇ……世話をかけたな」
 乱世がそう言うと、グロリアーナもまた深く頭を下げた。
「いや……前世の記憶から、亡霊に操られたのは母様の心に隙があったため……かえって心配をかけた。すまない」


 他にも、憑依から解かれたコントラクター達がいた。その多くが疲弊し、辛うじてビルから脱出してきたのだった。
 博季・アシュリングもその一人。
「まったく……最後まで面倒かけんなよ、テメェは」
 憑依された時には、その暴走を食い止めてくれたレイナ・ミルトリアとそのパートナー、ウルフィオナ・ガルムに支えられて瓦礫から姿を現す。
「はは……面目ないです」
 その横顔を見て、レイナは微笑んだ。
「お疲れ様でした……思い通りではなかったでしょうけど……満足する結果は得られましたか?」
 その問いに、博季は応えた。

「そうですね……彼女達の想いを、完全には受け止めてあげられなかったかもしれない……でも……」
 視線を移すと、そこには四葉 恋歌がいた。
 その中には、確実に彼らと魂を通じ合った『恋歌』がいる。

「少なくとも……その想いを繋ぐことは、できたと思います……」

 そう言うと、博季もまた微笑むのだった。


                    ☆


「それでは、恋歌はツァンダへ向かうのか」
 茅野瀬 衿栖のパートナー、レオン・カシミールは尋ねた。
 瓦礫の山に立った恋歌は、こくりと頷く。
「うん……色々あったけど、やっぱり長く過ごした街のほうが落ち着くし……ハッピークローバー社の後始末は、会社の人が勝手にするだろうし」
 事の良し悪しはともかく、四葉 幸輝は死んだのだ。会社としてはその社員として残された者がどうにかすべき問題だろう。
 そもそも戸籍上は幸輝の娘として偽造されていた恋歌だが、この会社に関わる気はもうなかった。

「その方が……アニーも早く目覚めてくれるだろうし」

 その言葉に、エヴァルト・マルトリッツも軽く微笑む。
「そうかもしれないな。どうせツァンダに帰る者も多かろうしな。――良ければ送っていこう」
 アニーはエヴァルトにその力を託した後、再び深い眠りについていた。今は会場にあった布をかけられ、エヴァルトが両手で抱えている。

「……本当なら、恋歌ともどもしばらく病院で治療すべきではないかと思うのだが、な」
 ルカルカ・ルーのパートナー、ダリル・ガイザックは軽いため息と共に恋歌に告げる。
 命に別状はないとはいえ、アニーの意識が戻っていないことは事実だし、医療技術としては地球に近い空京の病院の方がいいのではないか、とダリルは考えているのだ。
 しかし、恋歌の意志は固い。
「ありがと、ダリルさん。
 でも、アニーは身体に悪いところがあって目を覚まさないんじゃないと思うの。
 まだその時じゃないのかも……いずれ、ツァンダでゆっくり静養させるわ」
 その様子を見て、ダリルは再びため息をついた。
「……恋歌がそういうなら、仕方がないな」
「ごめんね。アニーのことは、なんか分かるんだ……パートナー、だからかな……」

 そこに、小鳥遊 美羽とベアトリーチェ・アイブリンガー、コハク・ソーロッドもやって来る。
「そうですね……恋歌さんはご自分の人生と向き合い、立ち直った……それによって、ようやくアニーさんと本当の意味でパートナーになれたのかもしれませんね。
 それならば、ムリにアニーさんを地球に帰さなくてもいいのではありませんか?」
 ベアトリーチェの言葉に、恋歌は大きく頷いた。
 確かにアニーにとって地球は故郷だ。しかしそこには娘を売り飛ばすような家族しかいないのだ。
 もちろん、アニーが回復した時にはまた考え直さなければいけない問題だが、とりあえず今すぐ地球に帰すことは得策ではないとベアトリーチャは進言した。
「うん、あたしもそう思うんだ。
 だからあの時、あたしに小さな力が目覚めたんだと思うの。
 アニーや、パラミタや、自分の人生から逃げるんじゃなくて……苦しくても、立ち向かうことに、アニーも力を貸してくれたんだと思う。
 だから、あたしはこれからもアニーと一緒にいるよ」
 恋歌の表情にコハクも満足そうだ。
「うん、きっとそうだよ。恋歌とアニーのパラミタでの生活はこれからさ。
 恋歌が今までみんなのことを、本当の友達だと思っていなかったのなら……」
 コハクは、そっと右手を差し出した。
「これから、本当の友達になればいいよ」
 恋歌もまたその手を取る。
「うん……ありがとう、コハクさん」

「……ハッピークローバー社のことは、こっちに任せて。
 恋歌は自分とアニーのことだけ考えればいいのよ」
 ルカルカ・ルーはそう告げた。
 事件の裏側で幸輝の悪事の証拠をいくつか押さえた彼女は、今後それらを活用して裏社会のいくつかの組織へとたどり着くだろう。
 これでしばらく、恋歌の安全を確保することも可能に思えた。
「うん、ありがと、ルカルカさん。ダリルさんも」
 恋歌も素直に礼を言い、ルカルカとダリルと共に握手を交わした。
「それについては、私も協力するわ。
 そのほかにも何か困ったことがあったら、遠慮せず頼ってきてね
 もう、あなたはあなたの人生を歩むべきなんだから」
 同様にハッピークローバー社の悪事の証拠について根回ししていたフレデリカ・ベレッタも、恋歌に告げた。
 パートナーのルイーザ・ルイシュタインも、また同意見だ。
「ええ、そう思います……もう、誰かの道具として扱われることはないのです」
 恋歌は嬉しそうに、二人に礼を述べた。
「ありがとう……何かあったら、必ず」

「そうそう。未練があるうちはそう簡単には死ねない――生きないと、ダメだよ」
 優しく微笑むのは、南條 託だ。
「ん、そうだね」
 笑みで返した恋歌の視線は、託の脚に注がれている。
「ああ、これ……心配しなくていいよ、かすり傷だから」
 下手な嘘に、恋歌は苦笑いした。託が『恋歌』の憑依から精神を回復するために、自らつけた傷。
「本当に……ごめんね。それに……」
 恋歌の呟きに、託は手を振って答える。
「いや、礼には及ばないよ」
 そっと、自らの胸に手を置いて。
 託は心のうちに響く言葉に、耳を傾けた。
「礼を言われるべきは君じゃない……もう、お礼なららったしね」
 恋歌の瞳の奥で、もうじき消えてしまうだろう輝きが瞬く。
 託の耳に、聞こえるはずのない囁きが届いた。


『わたしのこと、わすれないでね。……ありがと』