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うそつきはどろぼうのはじまり。

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うそつきはどろぼうのはじまり。
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リアクション



12


「春季限定のケーキってありますか?」
 カウンターにいたフィルに尋ねると、「ありますよ」とにこやかに返された。
「じゃあそれで」
 なので、ミミ・マリー(みみ・まりー)も笑顔で応えてキャッシュトレイにお金を置く。
「お持ち帰りで?」
「今日は店内で」
「かしこまりました」
 やり取りの後、手馴れた動作でフィルがアングレーズソースとチョコレートソースで皿を飾り、桜色のケーキを乗せるのを見ていた。
「お待たせしました、どうぞ」
「ありがとう。あと」
「うん?」
「この間、手紙渡してくれてありがとう」
「こちらこそ。ロシュカ、喜んでたよ」
 営業用の笑みとは違った表情を浮かべ、フィルが言った。ちょっと待ってね、と断ってから彼は振り返り、棚の引き出しを開ける。そうして再びミミに向き直ると、フィルは一通の白い封筒を差し出した。
「これ、お返事だって」
「ロシュカさんから?」
 まさか返事があるとは思わなかったので、つい、そう口走る。答えのわかりきった言葉に、フィルがくすくすと笑った。
「ありがとう」
 お礼を言って、頭を下げて、ケーキと紅茶の乗ったトレイを持って、窓際の席に座る。日当たりのいい席は暖かく、浮かれ気味の気分がさらにふわふわと高揚した。
 ケーキを一口食べてから、お菓子を模したシールで留められた封筒を開いて便箋を取り出す。封筒と同じ、白い便箋のほとんどは空白だった。几帳面で細く小さな字が、罫線に沿って左上に固まっている。
『ありがとう。
 上手く言えないけど、嬉しかった。
 それは本当。
 また来て欲しい』
 たった四行の、短い返事。
 だけど、とても嬉しかった。嬉しい気持ちを抱いたまま、返事を書こうと持参した桜色のレターパッドから便箋を一枚取り出す。
 返事に対する返事と、今日のケーキに対する感想をしたため、折り畳んで皿の下に置いた。
 一息ついて、春に彩られた大通りの景色を見る。大通りにはたくさんの人がいた。待ち合わせに向かう人。ひとり気ままに歩く人。手を取り合って笑う、恋人たち。
 そんな、今日をこれから楽しむ人たちを見ていたら、瀬島 壮太(せじま・そうた)のことを思い浮かべた。
(壮太、今日ソワソワしてたな)
 起きてすぐは、なんともなかったと思う。昼食を前にしたあたりから落ち着きをなくし、どうしたのと尋ねる前に家を出て行った。
(何かあったのかな)
 最近いろいろと吹っ切れたような態度を取っていたし、心配だ。
(何も問題ないといいんだけど)
 心の中で呟いて、席を立つ。
 店を出る直前、なんの気なしに振り向くと、厨房に繋がる扉が少しだけ開いていた。


*...***...*


 たとえ何千年生きていようと、刹那で傷ついて平気なはずはない。
 嘘をつくなら、あの優しい嘘つき魔女に見合った可愛い嘘を。


 ケーキを一口食べたディリアーが、ふふ、と楽しげに笑うのをマナ・マクリルナーン(まな・まくりるなーん)は見逃さなかった。
「何か、ねェ? 嘘をつくとは思っていたのよ」
「お見通しでしたか」
「挙動不審だったしねェ」
 一体この人はどれだけ相手を見ているのかと苦笑する。上手に隠したつもりだったのに。
「面白いケーキねェ」
 上機嫌に笑いながら、ディリアーは再びケーキを食む。彼女が食べているのは、レアチーズケーキに見立てたショートケーキだ。こんな嘘なら、騙されて嫌な気分にはなるまい。現に彼女は楽しそうだ。
「マナ」
「はい」
「お客様が来るわよ」
 言葉に、視線を扉へ向ける。白い空間に、ぼんやり浮かんだ両開きの扉。それが、音もなく開かれる。扉の向こうに立っていたのは、ウルス・アヴァローン(うるす・あばろーん)リィナ・レイス(りぃな・れいす)だった。
「よォこそ」
 魔女が微笑むと、リィナが一歩、前に出た。何か言おうと口を動かし、けれど視線がマナを捉えたとき、唇は音を奏でぬまま閉じた。
 それでいい。マナは無言のまま目を瞑る。
 マナがここへ来た当初の理由は、リィナの身代わりだった。代償として、優しさとして、魔女の許に身を寄せていたリィナが、自由に出歩けるようになるための身代わり。
「いいのかよ」
 ウルスの声に、目を開けた。
「戻ってこなくて」
 彼は、そのことに気付いている。気付いて、だからこそ自分がマナの立場にあるべきだと考えている。
 だけど、そんなの。
(ご免こうむる)
「始まりはなんであれ、ここにいることは既に私の意志です」
「…………」
「私がいたいんですよ。あの人の傍に」
 嘘だ。ウルスの小さな呟きが、マナの耳に届く。
(……と、言われましても)
 苦笑いひとつ、心中で零してから、口元に笑みを浮かべた。
「誰も傷つかない、ついた本人すら騙し込んで丸く収まる嘘ならば、それは真実って言うべきなんですよ」


 魔女のいる間から追い出されるようにして出て行くと、そこはフィルの店だった。あちらへと繋がっていた扉は、いつの間にか消えている。リィナはウルスと顔を見合わせた。
「これからどうしよっか」
「天気もいいし、どっか外でケーキ食べようぜ」
 フィルにもう、ケーキ頼んであるんだ。そう言って、ウルスはリィナの手を引いた。
 ウルスの手は温かい。『昔』はそれをわかっても、熱を共有することはできなかった。
「嬉しいものだね」
「何が? ケーキ?」
「ううん。でも、なんでもないよ」


 いつもの丘と、樹の傍で。
「人形工房さ、新しくどっかに建てようか」
 腰を落ち着けるや否や、ウルスはリィナを見て言った。言葉を受けて、リィナは目を瞬かせる。それは、どういうことを意味するのだろうと。
(まさかね)
 すぐに至った都合のいい考えはしまって、「どうして?」と尋ねた。
「そろそろ弟の家に間借りするのもな」
 確かに、と思う。自分がいない間に、工房にはクロエという家族が増えていて、だからか少し、勝手も違って。
 それはもちろん、嫌ではないし当然の変化とは思うけれど、でも。
「リィナさえよかったら、俺んとこの工房でもいいんだぜ?」
 照れたように視線を逸らしながら、ウルスは呟く。
(いいの?)
 だって、それは、先ほど思い浮かべた都合のいい考えに繋がるもので。
「本当はもうちょっと早く言いたかったんだけど、急に帰ってきたから今まで色々準備もあって……」
 ウルスの言葉は尻すぼみとなって消えた。リィナも何も言えず、静けさが満ちる。逸らされていた目がこちらを見た。数秒間、見詰め合う。
 ウルスくん、と呼びかけようとしたタイミングで、『Sweet Illusion』の箱が向けられた。
「よし! ケーキ食べようケーキ! そしたら、俺の工房にふたりで住むことになんの問題もないだろ」
「? どういうこと?」
「すぐわかる!」
 箱の中のケーキは春季限定らしく桜色で、春の訪れを表していた。


 その、ケーキの中の。
 秘められた指輪に気がついて、先の言葉はプロポーズだと確信して、肯定的な返事をするのはもう少しだけ先の話。