校長室
うそつきはどろぼうのはじまり。
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17 今日がエイプリルフールだということは、少し前から意識していた。 意識して、パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)が取った行動は。 「私、リンスのことが好きよ」 真っ直ぐリンスに気持ちをぶつけることだった。 嘘をついても許される日。 (それならきっと、たくさんの人があなたに嘘を言ったでしょう) そしてそれを、信じては嘘だと言われてきたのでしょう。 ならばそろそろ、疑うはずだろう。 エイプリルフールだからでしょ? 騙されないよ。 そう返されるならそれでいい。現に、茅野 菫(ちの・すみれ)からは「今日なら冗談にできるじゃない」と言われている。 違うの、この気持ちは本当なの。握った手に、知らず力がこもった。 ただ、何かがないと、思い切りがつかないだけ。 それで今日を選んだだけ。 (ねえ、どう取る?) じっ、とリンスを見ると、色違いの目もパビェーダを見た。どきりと、心臓が跳ねる。 「ありがとう。俺も好きだよ」 その言葉は、たぶん、誰にでも向けられるものだ。 自分の持っている『好き』の意味とは違う『好き』。 「そう、光栄ね。……でもリンス、今日はエイプリルフールよ」 「うん、……ああ。そっか嘘か」 違う。 嘘じゃない。 だけどそうしておけば、まだ、笑える気がする。 (嘘と取られなかった方が、ダメージが大きいなんて思わなかったわ) 用事を思い出したから、とパビェーダが席を立ってから十数分。 菫は、どうしようか考えていた。 このままだと、パビェーダの告白は嘘と取られるのだろうか。嘘じゃないことなんて、菫が一番よくわかっているのに。 だけど本当だと知ってもらって、それでどうなる。それに、『本当』を『嘘』に変えたのはリンスではなくパビェーダなのだ。 予想では、たくさんの嘘をつかれたリンスはパビェーダの言葉を信じない。 パビェーダもそれでいいと笑って流す。 最後に自分が『嘘の嘘の新年』を教えて、あの告白は本当だったのよと示唆するつもりだった。 (だけどこれじゃ、言うべき言葉がないわね) ふたりの仲が進展すればいいと思っていたのに。 (むしろ後退したんじゃないの、これ) 菫は、リンスに気付かれないようにそっと、小さく息を吐いた。 *...***...* 工房のドアが開いた。音に反応して顔を上げると、入り口でセラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)が微笑んでいる。軽く頭を下げると、セラフィーナも微笑んで会釈した。微笑んでいるのに、その表情は心なしか暗い。 「お久しぶりです、リンスさん」 「久しぶり。元気だった?」 「…………」 何気ない世間話に、間が空いた。嫌な空き方だ。胸の内がざわつくような。 セラフィーナの表情が、沈痛なものとなった。その先の言葉を聞きたくないと、反射的に思った。 「しばらく顔をお見せできなかったのは、その……事情がありまして」 「何?」 「……鳳明が任務中に大怪我を負いまして……」 琳 鳳明(りん・ほうめい)は軍人だ。身を置いている場所が、平和ボケしている自分なんかとは違う。わかっていたつもりだったが、それは本当に『つもり』だけだったようだ。 いざ言われてみると、声が出なくなった。聞きたいことは色々あるのに。 「後遺症が思いのほか重く……」 「…………」 「それで、せめてリンスさんには、と」 せめて、なんなのだろう。 伝えて、どうする。見舞いに行けばいい? それとも、覚悟をしておけということ? 何か言葉をかけないと。そう思っているのに、相変わらず喉がひりついて声が出ない。 「……リンスさん?」 心配そうな顔で、セラフィーナが声をかけてきた。 (答えないと) 「――あの、」 ようやく声が出た時、再び工房のドアが開いた。ゆっくりと見遣る。そこには、鳳明が立っていた。 「こんにちはー。リンスくん、クロエちゃん、久しぶり!」 元気な声で、明るい笑顔で。 前に見たときと変わらぬ姿で、そこに。 「…………」 「……え? 何この雰囲気? もしかして私、来ちゃまずかった? 久しぶりすぎて私、忘れられてる?」 おろおろと、見当違いに心配するところもまったく同じ。 「……メルファ」 セラフィーナを呼ぶ自分の声が、予想以上に低くて驚いた。少しだけ、怒っているようだ。 「ふふ、ごめんなさい」 けれど彼女は悪びれた様子もなく、むしろ嬉しそうに笑った。ばつが悪い。リンスは口を閉ざした。 「心配したこと、鳳明に言ってあげてくださいな」 「…………」 「きっと、喜びます。女の子とはそういうものなのですよ」 よい茶葉が手に入ったので、お茶を淹れてきます。 そう言い残し、セラフィーナはキッチンへと消えた。 「あの……リンスくん?」 「…………」 「どうかした?」 不安そうにこちらを見る鳳明に、言うべきだろうか。 「琳」 「は、はい?」 「おかえり」 「……ただいまっ!」 天気がいいし、花も芽吹きはじめたし、みんなで外の景色を見ながらお茶しよう。 そう、提案して工房を出てきた。外についてすぐ、セラフィーナがクロエに花冠を作ろう、と誘って離れていった。今、ここには鳳明とリンス、ふたりしかいない。 「えっと。本当に久しぶり、だね」 リンスに会うのは、一年ぶりだった。自分でもまさかこれほどまでに時間が空いているとは思わず、驚いている。 「だね。忙しかった?」 「うん。もうここ最近ずっと、日常的に世界の危機! って状態でさ。色々大変だったんだよー」 問いに、すらすらと答えが出た。だけどこれは、半分本当で半分嘘だ。 忙しかったのは、本当。だけど、工房に来る時間をかけらほども取れない忙しさではなかった。無理をすれば、来れたのだ。 (怖かったんだ。私は) 少し会わない間に、『答え』が出ていたらどうしよう。 居場所がなくなっていたらどうしよう。 考えて、怖くて、脚が動かなかった。 「それにしてもさ、治癒魔法ってすごいね。よほどの怪我じゃなければ傷跡だって残らないんだよ」 「怪我? したの?」 「うん、でも大丈夫だよ。私、頑丈さだけが取り柄だし。心配なんていらないよ!」 これはほとんどが嘘。 (心配されたら泣きそうなほど嬉しいくせに) テンションがおかしいという自覚はあった。久しぶりに話せた嬉しさと、咄嗟についた嘘への後ろめたさからだろう。だけど、上手く制御ができない。 (バレる) 強がりを見透かされるのは、嫌? 嘘がバレるのは、嫌? わからなかった。 見栄を張って、かっこつけてることがバレたら恥ずかしいと思う。 だけど、見透かしてほしいとも、思う。 (何を求めているんだろう) わかりきっているような、全然わからないような。 頭の中でぐるぐると考えを巡らせながら、不自然なテンションのまま喋り続ける。 「琳」 静かにリンスが制したのは、それから間もなくのことだった。 「な、何?」 「俺、言葉にある嘘をきちんと見破れるほど賢くない」 「…………」 「だから、できれば真っ直ぐ教えて欲しい」 紅茶の入ったカップを、両手でぎゅっと握り締めた。 真っ直ぐ。ちゃんと。嘘なんてつかないで、自分の気持ちを。 「笑わないでね」 リンスが笑わないということは、わかっているのに前置きをした。わかった、と頷くのを見てから、ぽつりぽつりと本音を零す。リンスはただ、静かに聞いていた。 「……私だけ全部話すのは、不公平だよ」 最後にそう呟くと、一呼吸の間を置いてからリンスは口を開いた。 「心配、してなかったと思う?」 「……わかんない」 「メルファが琳より先にいたでしょう? あの時、嘘つかれた」 「嘘?」 「琳が大怪我したって。俺、それ聞いたら怖くなった。ずっと顔見せてくれなかったし、連絡なかったし、何かあったのかなって、思ってたから」 それは、つまり、心配していてくれたということだろうか。 (素直に捉えたら、そう、だよね?) だったらいいなと思っていたことが本当になって、じわりと涙が滲んだ。 「無事で良かった」 「……うん。ありがとう」 「……なんで泣いてるの」 「泣くほど嬉しかったから」 「何が」 「リンスくんと、またこうして話せたこと」 今日、ここに、来れてよかった。 ちゃんと本音を、話せてよかった。 「ねえ、リンスくん。 私だけ全部話すのは不公平だよ。リンスくんのことも、聞かせてよ」 会えなかった一年の月日を埋めるように。 少しでも相手のことを知れるように。 「私の知らないリンスくんのこと、教えてよ」