校長室
うそつきはどろぼうのはじまり。
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19 四月一日にパーティをやる、と聞いてルカルカ・ルー(るかるか・るー)が思ったのは、少し早い誕生日パーティかな? だった。 勝手に期待してしまうのは、去年も一昨年も祝ってもらったからだろう。これで違かったらひとりで勘違いして恥ずかしいなあ、と思いながらパーティ会場であるリビングに入る。 テーブルに広がる料理。壁や天井に、少しの装飾。 (……パーティ、よね?) 予想以上に小規模な様子に、軽く首を傾げた。 「どうした、ルカ」 「う、ううん」 声をかけてきたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)へと平静を装い、適当に座る。 まさか本当に勘違いだったのだろうか。そうかもしれない。だってまだ「誕生日おめでとう」とも言われてないし。そもそもこんな小規模な祝われ方をされたことはない。これはたぶん、ホームパーティなのだろう。そういえばプレゼントらしきものもない。そうだきっとそうだ。 そう判断した時、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が言った。 「よお。誕生日おめでとう」 「……じゃあやっぱり、これルカの誕生日パーティ?」 「そうだって言ったろ? なんだよ何か不満か」 「規模、小さくない?」 ぽそりと零した言葉に、夏侯 淵(かこう・えん)が笑う。 「いつまでも子供みたいなことを言うでない」 子供。確かに、誕生日を盛大に祝って欲しいなんて、子供みたいだけれど。 「…………」 「物より思い出。それでは駄目か?」 肩を落としたけれど、そんな風に言われてはもうそれ以上は言えまい。 「ダリルの言う通りね」 祝ってくれる気持ちは本物。だから今日を楽しもう。 数日後。 ルカルカが仕事の資料を見ていると、ダリルが部屋に入ってきた。 「寺院の手配犯の情報を得た。捕縛しに行く、来い」 「わかった」 簡潔な物言いに、ルカルカはすぐに資料を閉じて立ち上がる。装備を整え、淵とカルキによって準備されていた高速飛空艇に乗り込んだ。 高速飛空艇はパラミタ内海を進み、ある一艇のクルーザーの傍で止まった。 「ここ?」 「ああ。犯人は食堂に潜んでいるらしい。手分けし、全員で囲んで突入する」 クルーザーの見取り図を四人で囲み、誰がどこから入るかを決める。ルカルカは、正面からの突撃役だ。危険だろうが不安はない。 「武器はこれを使え。特殊麻酔弾が入っている」 「オーケー」 ダリルから渡された銃を構え、ばらける。 ドアの傍に立ち、突入の合図を息を潜めて待つ。 『GO』 サングラス通信機から聞こえてきたダリルの合図に、「フリーズ!」と声を張って部屋に飛び込んだ。室内は真っ暗だ。通信機の存在もあって何も見えない。神経を尖らせていると、何かが動く気配がした。ルカルカが動くより早く、部屋の電気が点く。身構える。 「……え?」 しかし眼前に広がっていたものは、犯行グループが立てこもっていたような現場ではなく、豪華なパーティの様相で。 「……え?」 ルカルカは、あちこちに視線をめぐらせて、戸惑う。 そんなルカルカを、ダリルが、淵が、カルキが、笑って見ていた。 これはもしや。 三人が同時に、突入直前ダリルから配られた銃をルカルカへと向けた。引き金に手を掛け、引く。ぱん、と音が響いた。銃口から飛び出したのは、きらきら輝くテープや紙吹雪。どうやらこれはクラッカーだったらしい。よくできている。 「ハッピーバースデー、ルカルカ」 ああ、もう、そんなことを言われたら。 「あは、は」 嬉しすぎて、驚きすぎて、なんだか泣きそうになった。 構えたままだった銃を、三人に向けて撃つ。やはりこれも、クラッカーだった。 「がっつり騙してくれちゃって。ルカのお願い事、きいてくれるまで許さないんだから」 手間隙かけて作ったことがよくわかる、豪華なケーキの蝋燭を吹き消すと、カルキノスが動いた。不自然置かれていたワゴンの覆いを取り払う。そこには、プレゼントの山があった。 『獅子のチョコ』、『手作りマカロン』、『金・鋭フォン』。 それらに続き、数々の武器や服、食べ物。ひとつひとつ、誰からのものだとカルキノスは説明してくれた。ひとつひとつを手にとって、ルカルカは幸せそうに微笑む。 獅子のチョコは見事な出来で、薔薇の砂糖菓子が添えられていたり味が選べたりとぬかりなく。 反対に、手作り感満載の不器用な形のマカロンにはほっこりし。 金・鋭フォンという携帯電話には、様々なプライベート写真が収められていて。 「こ、これは……軍事秘密レベルね」 「門外不出だな。合意するぜ……」 思わずそんなことを呟いてしまうほどだったり。 「そっちばかりに構っているなよ。俺たちからもプレゼントはある」 淵の言葉に振り向くと、眼前に輝く鍵が突きつけられた。黄金の鍵だ。 「び、びっくりした」 「俺からはこれをやろう。くれぐれも犯罪には使わぬように」 くすくすと笑う淵に、「使わないわよ」と頬を膨らませる。 「それから、これを預かっておる」 「手紙? ……あ」 差し出された一通の手紙を受け取り、差出人を見る。愛しい恋人の名前が、あった。それだけで心が温かくなる。 手紙の内容は、デートの誘いだった。早く返事を書きたい、連絡したいという想いに駆られる。 「あとこれもな」 次いで手向けられたのは、万葉の花束だった。アプリコットオレンジの、美しい薔薇。 咲いている姿はどこか和風で、ボタンを思わせた。 「綺麗」 芳しい香りを楽しみながら、添えられたメッセージカードに目を通す。読んで、頬が熱くなった。 (末永くお幸せに、だなんて) ああ本当に、そうなったらどれほど嬉しいだろう。 カルキからのプレゼント、『ミルバス』に明日早速乗ろうとはしゃいでいると、ダリルが見ていることに気付いた。どことなく優しい目をしている。 「ダリル」 「なんだ?」 「ううん、なんでもない」 ルカルカの言葉に、ダリルは「そうか」と頷いた。 「俺からのプレゼントをまだ渡していなかったな。受け取ってくれ」 これだ、と紹介されたものは、猫だった。 「ルカ用にAIを組んだホームロボットだ」 「ルカのために?」 「もちろん。簡単な意思疎通も図れる。猫の首輪についている機晶ジュエリーのペンダントごと全部、ルカのものだ」 猫を抱き上げ、抱きしめる。腕の中で、ニァ、と鳴いた。本物の猫のようだった。 「すまなかった」 「え? 何が?」 「四月一日に騙したことだ」 「あれ! もう、すごくしょぼーんってなったんだからね」 あれは本当に、驚いた。がっかりもした。テンションは下がったし、もやもやも溜まった。だけどそれ以上に今日が嬉しかったから、別にもう怒ってなどいない。 だから、いいよと言おうとしたのだけれど。 「すまん」 真摯に謝られてしまった。一瞬言葉に詰まっている間に、ダリルがさらに言葉を重ねる。 「驚かせて、喜ばせてやりたくて」 「…………」 その言葉に、胸を打たれたようだった。 (喜ばせてあげたい?) ダリルが自然にそう言うので。 まさかそんなに、暖かな気持ちを持ってくれるなんて。向けてくれるなんて。 (今日には、たくさんの意味があったんだわ) 改めてそのことを確認し、胸がいっぱいになった。さっきは我慢できたのに、今度こそ泣きそうになる。 (泣いたら驚かれるかな?) それでもいいか。泣いてしまおうか。こっちだって、散々驚かされたのだし。 それに、素直に感情を出したかったから。 「ねえ、ダリル。……ありがとう」 泣いているルカルカを見たとき、ねえ、あなたはどんな顔をする?