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種もみ女学院血風録

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種もみ女学院血風録

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第5章 不動産屋への挑戦

「こりゃまた派手にやられたなぁ」
 種もみの塔46階まで登ってきた弁天屋 菊(べんてんや・きく)は、目の前の光景を見るなり呆れとも感心ともつかないため息をもらした。
 一緒に来た泉 椿(いずみ・つばき)も何とも言えない表情で嘆息する。
 そこには、不動産屋に返り討ちにあったパラ実生の山、山、山。
 彼らを呼び集めたカンゾーはと言うと、さすがにこれ以上の力押しはできず別の手を模索している様子。
「確実なカネったってよぅ……カツアゲじゃ安定の金額は集まらねぇしなぁ」
 などと、隅っこでブツブツ呟いている。
 菊はカンゾーに近づき、声をかけた。
「よう。不動産屋を潰すのは諦めたのかい?」
「誰だ!? ……ああ、弁当屋か」
「一応言っとくけど、それ、本名じゃないからな」
「何? 違うのか! ……いや、今はそれはいい。お前も不動産屋に用か? 48階の家賃滞納の件か?」
「してねーよ。おまえと違ってショバ代くらい払ってるさ」
 カンゾーはチッと舌打ちした。
 菊はそんなカンゾーを冷めた目で見る。
「おまえ、不動産屋をノシた後はどうするんだい? この塔の地回り的な仕事をキチッとこなすんだろうな?」
「……たりめーだろ」
「何だよ、その微妙な間は」
 菊は胡乱気な目でカンゾーを見た。
「やれやれ。そんなことじゃ、不動産屋に味方するしかないねぇ」
「何だと!? あのエロジジイに味方なんかいらねぇだろ!」
 あれを見ろ、と倒されたパラ実生達を指さすカンゾー。
「まあ落ち着けよ」
 いきり立つカンゾーを、椿が宥めにかかる。
「要は、家賃をしっかり払って生徒も集まればいいんだろ?」
「そうなんだがよ、あの不動産屋は手ごわいぜ。さっきバーンハートって奴が来たんだが、生徒会長の言葉も信用しきれねぇような反応だったんだ」
「そうか……」
「それと、もう一個許せねぇのは美緒ちゃんへのお触りだ!」
 カンゾーが憎々しげに睨みつけるカウンターを見れば、鼻の下を伸ばした不動産屋と泉 美緒(いずみ・みお)がぴったりくっついてお茶していた。
 美緒は若干引き気味だ。
「見ろ、あの二人の距離! ゼロだぜ! 俺なんか指一本触れたことねぇってのに……許せねぇ!」
「おまえ、神楽崎優子を嫁にするんじゃなかったのか?」
「もちろんだ。だが、美緒ちゃんもかわいいだろ?」
「いきなり二股かよ」
「人聞きの悪いこと言うんじゃねぇ。俺は嫁さん以外に手ぇ出す気はねぇ!」
 カッと目を見開いたカンゾーに、椿は肩をすくめて「ごめん」と言った。
「とにかく、美緒があそこにいたんじゃ気になって仕方ねぇんだろ。あたしがちょっと行って話してくるよ」
 そう言って、椿はカウンターのほうへ行く。
「おや、お嬢ちゃん。何か用かね?」
 誰が見てもかわいいと思える容姿の椿に、不動産屋も笑顔を見せた。
 椿はそれに愛想笑いで応えると、視線を美緒に向けた。
「おまえ、こんなとこで何してんだ?」
「あの、それがわたくしにもよくわからなくて……」
「は?」
「わたくし、種もみ女学院がどんな学校なのか見に来たんです。まだ開校前なのは存じてますが、準備の様子だけでも見てみようかと。そうしたら、こちらの不動産屋さんが詳しく教えてくださるとおっしゃってくれて……」
 騙されてる。
 椿はすぐにそう思った。
 不動産屋を見れば、とぼけた顔でタバコをふかしていた。
 事実、この不動産屋は美緒を利用していた。
 種もみ女学院開校の動きを知った時、厄介事が起こる予感がしたのだ。
 そして対策を練っている時に美緒が訪ねてきた。
 パラ実生の憧れのこの子を捕まえておけば、荒事になっても美緒を傷つけまいと彼らの攻撃の手は鈍るだろうと踏んだ。
 それは大当たりだった。
 不動産屋のこのようないきさつは椿にはわからなかったけれど。
「あのさ、いつからここにいたか知らねぇけど、いったん百合園のみんなのとこに戻ったらどうだ? 心配してんじゃねぇの?」
「あ……そうかもしれませんわね。──あの、不動産屋さん。申し訳ありませんけれど、一度帰りますわね」
「えー、行っちゃうの? 百合園には俺が連絡入れとくから、もう少しいようぜ」
「ありがとうございます。ですが、そんなお手数はかけられませんわ。お茶、ごちそうさまでした」
 美緒は優雅にお礼をすると、46階を出て行ってしまった。
 その後ろ姿を見送った椿は、ホッと安堵の息をつく。
 視界の端でそんなやり取りを確認しながら、菊は菊でカンゾーにある提案をしていた。
「48階を種女の教室に? だが、そこは四十八星華劇場になるはずだろ」
「それが、なかなか再開の見込みが立たなくてさ。『種もみ女学院』改め『種もみ歌劇団』付属の『種もみ音楽学校』ってことにするのはどうだ? 生徒の公演であがりを出せれば、家賃も払えると思うんだけど」
「いや、なんつーか……悪い話じゃねぇな。悪い話じゃねぇんだが、俺も何も考えずに屋上を狙ってるわけじゃねぇんだ」
 カンゾーはその理由を熱く語り始めた。
「女の子は高くて眺めのいいところが好きだろ? 屋上なら文句なしだ。それにすげぇ高性能な望遠鏡もある。女の子と親密になる絶好の場所だと思わねぇか?」
「でも、このままじゃ開校できないだろ。48階からの眺めも悪くないよ」
「う〜ん……音楽部の部室とかならいいんだけどなぁ」
 カンゾーはどうしても屋上がいいようだ。
 菊はいったん引くと、カンゾーのモヒカンを見上げた。
「……種女は基本、女子生徒を募集してるんだろ? おまえはいいのか?」
 視線をモヒカンのてっぺんからつま先まで移すが、カンゾーはまったく女装していない。
 すると、カンゾーはポケットから真っ赤なリボンを取り出した。
 そして、頭頂部の髪をまとめると、そのリボンでキュッと結ぶ。
「これで完璧だ」
「……」
 菊は目をそらさない代わりに言葉を失った。
 予想はしていたが、とても残念な女装だ。
 カンゾーは男の娘になれるような容姿ではないし、かといって薔薇学の生徒のように見目麗しいわけでもない。
(何か、この女装のせいで計画のすべてが頓挫する気がする……)
 これを口にするのは気の毒に思ったので、菊はやはり何も言わなかった。
 ふと、何か思いついたようにカンゾーが菊を見た。
「四十八星華劇場、屋上に移さねぇか?」
「ちょっと待ってくれ」
 菊が返事をする前に、別の声が割り込んできた。
 カンゾーはその人物を目に止めるなり、探るように目を細くする。
 現れた国頭 武尊(くにがみ・たける)はカンゾーの前に立つと、
「カネならある。オレに交渉させてくれ。オレが屋上を借りてやる」
「S級四天王サマがそんなお金持ちだなんて、聞いたことねぇが?」
「オレじゃない。又吉だ」
 紹介された猫井 又吉(ねこい・またきち)の両手には、闇のスーツケースがあった。
 又吉はそれの一つを開けてみせる。
 そこにぎっしり詰まっていたゴルダにカンゾーは息を飲んだ。
 しかし、なおもカンゾーは疑り深い目で武尊を睨む。
「おまえが屋上を借りて種女のために貸してくれるのか? ……見返りは何だ?」
「話が早いのはいいことだ」
 武尊は一枚の紙切れをカンゾーに見せた。
 そこには以下のような条件が書かれていた。

・カンゾーとチョウコはスポンサーのオレと又吉に従う事
・困った事が起きたら直ぐに相談する事
・女学院はパラ実生だけでなく近隣の荒野の民にも開放する事
・カンゾーは神楽崎を嫁にするとか世迷言は云わない事

 カンゾーはカッと目を見開いた。
「何で俺の名前が二度も出てるんだ!」
「うるせぇ。この条件を飲むのか飲まねぇのか」
「神楽崎を嫁にするのは諦めねぇぞ! 元祖だろうがS級だろうが関係ねぇ!」
「バカか。神楽崎はオレの嫁(予定)だ」
「おまえら話がそれてるぞ。そんなことよりさ、この三番目のやつ」
 と、紙をのぞき込んできた椿が指をさす。
「共学がいいな。イケメンもいたほうがいいだろ。カンガンとかもったいねぇし。それにさ、百合園だけあてにしなくても、他の学校とだって仲良くして、転入生を受け入れればいいじゃねぇか」
「百合園の女の子は格別なんだよ。だが……婿も迎えるべきか……」
 眉間にしわを寄せて考え込むカンゾーに、少し言いにくそうに武尊が言った。
「女学院を開校しても、オアシスを救うことは難しいかもしれない」
「……どういう意味だよ」
「睨むなよ。百合園との姉妹校化や合併話が無理ゲーってレベルじゃないからな。だから、別の方法で人を集めればいいと思う」
「共学だろ?」
 イケメンの入学に期待を寄せる椿が、ウキウキした表情で武尊を見た。
「もっとでかい話だ。──要するに、オアシスっていうか大荒野に入植者を集めればいいだろ? 確か、何年か前に中国で棄民計画ってのがあったな。最近だと、日本を含む地球の環太平洋諸国が、いろんな事情から大規模な疎開とか避難とかやってたはず」
「つまり、そいつらをここに連れてきちまえと……?」
 カンゾーが思いもしなかった提案に、彼は呆然としてしまった。
 全員が来ることはないにしても、その何割かでも来たらオアシスも賑やかになるだろう。
 どうせ連れてくるなら若いのがいい、とカンゾーは思った。
「昔と違って、小型結界装置も個人で買える値段になったし。……まぁ、これも難しい話だが、百合園との合併よりは現実的だと思うぜ」
「そうか、そういう手もあるのか……」
「感心してるとこ悪いんだがよ」
 と、又吉が割り込む。
「屋上はどうするんだ? このスーツケースけっこう重いんだがな!」
 下ろしておけばいいだろ、とは言わずにカンゾーは一つ頷いた。
「カネは石原財団からも条件付きで援助が出ると聞いた。だが、おまえもついてくれるなら心強い。その条件、飲もう。神楽崎は諦めねぇけど」
「……まあ、思うのは自由だな。じゃあ行くか」
 武尊に促され、又吉に続きシーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)も歩き出す。
 その後にカンゾー、椿、菊がついて行った。
 又吉が二つの闇のスーツケースを開けると、不動産屋はやや目を丸くしてじっとそれを見つめた。
「敷金、礼金。それと当面の家賃だ」
「……そうか。屋上だな。じゃ、こいつにサインしな」
 不動産屋は言葉少なに言って、引き出しから書類を出した。
 それに目を通したのはシーリルだった。
 判官として修行中の彼女の目が、厳しく文面を追っていく。
 すべてを読み終えると、さっそく不審な点について質問を始めた。
「あなたに塔の管理を任せたパラ実農業科ですが、実態がないのですよね。それに今は石原校長も不在です。種もみの塔評議会も機能していません。──これでは塔の所有者が不明瞭ですね。そんな状態で賃貸業をしているのですか?」
 不動産屋はシーリルを冷たい目で見た。
 反論できなかったせいもある。
 シーリルは容赦なく続ける。
「今後、塔の所有権を主張する者があらわれては厄介です。そこでどうでしょう。次期校長が確定するまでは、便宜上のオーナーを立て、その人物に塔の管理を委託されている形で賃貸業務を行っては?」
「難癖つけてくる奴は俺が滅ぼす。ここを借りている奴らは俺が守る。……が、あんたの言うことももっともだ。ちょっと待ってろ」
 不機嫌を隠しもせず言うと、不動産屋は電話の受話器を手にすると素早く番号を押した。
「種もみの塔の管理人だが──」
 幾分、改まった口調になった不動産屋。気を遣う相手であることをうかがわせた。
 やがて話はまとまったのか、受話器を置いた彼は言った。
「キマク家当主のガズラ・キマクが引き受けてくれた」
 なるほど、身元はしっかりしている。
 シーリルも頷くと書類を又吉の前に置いた。
 又吉が肉球をハンコ代わりにペタンと押して終了だ。

 このことをチョウコに知らせるために階段を下りている時、又吉がカンゾーに言った。
「住人の募集だが、オアシスの現状とおまえらがどうしたいのかを、このデジタルビデオカメラに向かってしゃべってくれ。それから、舎弟に現地の画像や住民の様子を携帯でも使って撮って来させるんだ。必要なものがそろったら、俺が装輪装甲通信車で編集してやる。美談ぽくな。プロジェクト風に仕上げたらネット経由で全世界に公開するんだ」
「おまえ、すげぇな。ネコなのに」
「ゆる族だと思ってなめんじゃねーぞ」
「そういう意味じゃねぇよ。そうだ。開校したら、力を入れてる部活は音楽部にしよう。オーケストラ、やりてぇな! 四十八星華劇場でアイドルと共演するんだ!」
「ハハッ。レベルの低い演奏するなよ?」
 菊が挑発的に笑うと、カンゾーも似たように笑った。
 それからふと真面目な表情になって武尊を見る。
「あの条件の最初の項目については、ちょっとチョウコと話し合いてぇことがある」
 武尊は黙って頷いた。