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種もみ女学院血風録

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種もみ女学院血風録

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 その種もみじいさん達は、コハクによって離れたところに避難させられていた。
「いろんな人が来たし、もうしばらくここにいれば、また種まきできると思うよ」
「そうか? おぬし、やさしいのう。お礼に種もみをやろう」
 コハクは、にこにこ顔の種もみじいさんから種もみ袋を一つもらった。
 その時、大勢の足音が近づいてきて声をかけられた。
「こんなところに種もみじいさんが集まって何やってんだ?」
 ドキッとして振り向いたコハクの目に入ってきたのは、パラ実生徒会長の姫宮 和希(ひめみや・かずき)とパラ実生の集団だった。
 和希は不思議そうにしているが、後ろのパラ実生達は獲物を前にした狩人のような目つきになった。
 それに気づいた和希が、彼らを手で制した。
「ちょっと待ってくれ。──なあおまえ、ここで何やってんだ?」
「実は……」
 コハクはこれまでにあったことを和希に話した。
 チョウコ達と種もみじいさんの乱闘のくだりになると、和希は苦笑を浮かべた。
「そういうことか。じいさん達、畑は別のところに作るから、そっちに蒔いてくんねぇか? 植林もするが、畑も作るつもりだからさ」
「ほう、畑も作るか。さっきは追い出されてしまったが、約束してくれるなら待とうかのぅ」
「勝手に乱入してきたクセによく言うぜ。念のため、俺らの邪魔しねぇようにその種もみ渡してもらおうか」
 パラ実生の一人が進み出て、種もみじいさんに凄む。
 しかし、すぐに襟首を和希に引っ張られてもとの位置に戻された。
「おまえ、ここに百合園のお嬢様方がいるのを忘れたのか? いいトコ見せれば、そのお嬢様と一緒に造園や畑仕事をできるんだぜ。得意だろ? ここを綺麗な庭園やウマいモンが採れる畑にしたら、お嬢様達も見直してモテるようになる。嫁さんにだってなってくれるかもしれねぇぜ」
 だから短気は起こすな、と和希は睨みをきかせて言った。
「コハク、悪いんだけど種もみじいさん達をこいつらの目の届かないところに連れてってくれねぇか?」
「いいよ。……あ、畑ができたら呼んで」
「ああ。ありがとな」
 種もみじいさんを率いたコハクが離れていくと、和希はさっそくパラ実生達に指示を出した。
 いくつかの班に分けて、木の苗を植えるところ、畑にするところ、花を植えるところと区割りして土を耕す。
 和希もそれに参加するつもりだが、その前にチョウコに挨拶に行くことにした。
 和希とチョウコは、ほぼ塔の反対側にいたので、ぐるっと回って会いに行くと、鮪達と何やら話し合っているところだった。
「どうしたんだ?」
 和希が声をかけると、振り向いたチョウコは嬉しそうに笑顔を見せた。
 そして和希の前まで駆け寄ると、両手を取って握りしめる。
「アンタ、種もみ女学院の生徒希望か? 生徒会長だろうがイリヤ分校生だろうがかまわねぇよ!」
「いや、手伝いに来たんだけど、どうしたんだ? 何かあったのか?」
「ああ……あのな」
 チョウコは鮪達に言われたことについて話した。
「種女の開校は諦めねぇけど、この分校の未来を考えてみようかなーなんてさ」
「姉妹校にもまだ未練があるし、迷ってるってトコか」
 チョウコは気まずそうに頷く。
 和希は励ますようにチョウコの肩を叩いた。
「焦って答えを出さなくてもいいんじゃねえか? 俺も希望を言えば、女限定の女学院じゃなくて、若葉分校みたいに来たい奴は誰でも気軽に来られる場所になってほしいな」
「う〜ん……ぬあーッ! いろいろいっぺんに言われてワケわかんねー!」
 頭を抱えて叫び出したチョウコに、和希は笑って言った。
「だから、焦ることないだろって。まだ決められねぇなら、決まってることから片づけていこうぜ」
「……そうだな」
 ため息をついたチョウコは、ふと和希の隣にいる女の子に気がついた。
「こんにちは! 姫やんを手伝おうと思って百合園から来たんだ。よろしくな!」
「何? 百合園から手伝いに!? 会長、ナンパしたのか。やるなぁ!」
「ナンパじゃねぇ!」
 思わずチョウコをド突く和希と、笑ってしまうミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)
「ま、姉妹校ってのはどうかと思うけど、百合園とパラ実が仲良くなるのはいいことだと思うよ」
「ここを両校の共同作業の拠点にできたらいいよな。俺がミュウと仲良くなれたみたいに、みんなもそうなれたら、この荒野も昔のように豊かになってくと思うんだ」
「パラ実の奴らも見た目がヤンキーなだけで良い奴とかいっぱいいるしな。姫やんみたいな超素敵な人だっているわけで」
 和希とミューレリアは仲の良さを示すように手を繋いでいる。
 話の中で時折目を合わせていた二人からは、お互いの想いの深さが充分に感じ取れた。
 それを見てしまったチョウコは少し照れてしまった。
「仲いいんだな。そっか、百合園の子にそう言われるとやる気が出てくるな。よし、じゃあまずは目の前のことからやってくか! 鮪、もう少し考える時間をくれ」
「いっぱい悩んでいいんだぜ」
 寛大な笑顔を見せた鮪に頷くと、チョウコ達は再び鍬を手に取った。
 ずっと黙って見ていた祥子も、もう少し様子を見てみることにした。

 和希が開墾を任せてきたパラ実生達のところに戻ると、彼らは真面目に土を耕していた。
 百合園と姉妹校というエサは、それほどまでに強力だったのだ。
「俺、後でギャルんとこ行って化粧の仕方教えてもらおう」
「リボンも選んでもらうかー」
 なりふり構わない彼らのセリフに苦笑しつつ、和希も作業に加わった。
「おう、会長! ここは何を植えるんだ?」
「食えるモンだな」
「なるほど……俺らが育てて収穫したモンを、調理実習で百合園の子においしい料理にしてもらうんだな。さすが計画的!」
 ズバンッと背を叩かれ、和希はむせた。
「そういや、ここ、水はどうなってんだ?」
「あそこに井戸があるぜ」
 彼が指さした日陰のほうに、確かに井戸があった。
「じゃあ井戸掘りはしなくていいな。野菜の種は……今からなら夏野菜がいいな」
 トマト、ナス、キュウリ……と種類を挙げていく。
「ミュウは花木を頼むぜ」
「任せとけ。なあ、ピーマンも育てられるか?」
「ああ。じゃあそれも追加だ」
「スイカは?」
「あっ、忘れてたぜ! 立派に育てて、井戸水で冷やして食おうな」
「やっぱ夏はスイカだよな!」
 和希とミューレリアは、大きく育ったスイカを想像して微笑み合った。
 次に和希は花についてミューレリアに尋ねた。和希は花にはあまり詳しくない。
「どんな花を育てるんだ?」
「これから暑くなるだろ。だから暑さや乾燥に強い花にしようと思うんだ。ガザニア、百日草、センニチコウ、トレニア、ニチニチソウ、ペチュニア……他にもインパチエンスも育てて鉢植えにして壁に掛けても綺麗だぜ」
「おお……よくわかんねぇけど、ミュウが綺麗だと思うならやってみてくれ」
「教室にも置きたいんだ。なかなか素敵だろ?」
「いいなそれ! 教室が明るくなりそうだ。そうだ、アサガオは?」
「教室ん中、蔓だらけになるぞ」
 想像して、同時に吹き出す。
 その時、こんにちは、と幼い女の子の声がした。
 顔を向けると、ピンクのツインテールを揺らしたネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)が塔の陰からひょこっと顔を覗かせていた。
「あっ、ネージュ……」
 同じ学校の生徒でもあり、生徒会執行部白百合団のメンバーということもあり、顔を知っていたミューレリアが声をかけようとしたのだが。
「うおおおおお! 女の子一人追加ァ!」
「なんだなんだ、百合園も姉妹校歓迎なのか!?」
「何なら合併も──」
「あ、それはダメ」
 盛り上がるパラ実生に、ネージュはきっぱりと言った。
 ガックリと肩を落とす彼らに、ネージュは続ける。
「でもね、種もみ女学院はいいと思うよ。若葉分校もあるし、みんなで楽しくやれるところがあるのっていいよね」
 ネージュのほっこりした笑顔に、パラ実生は脳みそまでとろけそうになるくらい幸せになった。
「小さい女の子もいいな……」
 そんな呟きさえ聞こえてくる。
 ミューレリアは何となくネージュを自分達のほうに引き寄せてしまった。
 ネージュはスコップを手にして言った。
「あたしもお手伝いするね」
 和希はきょとんとした目でネージュを見つめる。
「白百合団なのに? ……いや、所属にこだわるわけじゃねぇけど、意外というか」
「ふふっ。あのね、これはチャンスだと思うの。ヒャッハーするだけのパラ実生に、和の心や協調性を知ってもらうの。あたし、力では何も解決しないと思うから。だから、こうしてみんなで一つのことをやるのはいいことだと思うよ」
「身内を悪く言うわけじゃねぇけど、あいつら、そんな綺麗な心じゃないと思うぜ」
「うん。今はそうかもしれないけど。でも、わかってくれる人もいるんじゃないかな。ヒャッハー一辺倒じゃないって信じてるよ」
「ありがとな」
 和希は、種もみ女学院の未来について悩んでいたチョウコを思った。
 少なくとも彼女は、いきなり百合園に大軍で迫ることはせず、わざわざイメージアップから始めたのだ。
 もしかしたら、ネージュの期待に応えられる人かもしれない。
「後でチョウコに会いに行こうぜ」
「うん。今はみんなで土を耕しているんだね? あたしもやる?」
「う〜ん、鍬が重いんじゃねぇかな。耕し終わったとこから種を蒔いてくれるか? ミュウが花を育てるんだ」
「わかった。綺麗に咲かせようね」
 ミューレリアとネージュは、教室をどんなふうに飾ろうかと楽しそうに話し合った。
 そして、そのおしゃべりに加わろうと、パラ実生が入れ代わり立ち代わり二人を訪れていたのだった。

 しばらく作業を続けた後の休憩時。
 不動産屋に行っていたガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)が戻ってきた。
 どうだったと問う和希に、ガイウスは重いうなり声を返す。
 ドラゴニュート故、はっきりと表情はわからないが、パートナーの和希にはあまり良い結果ではなかったのだと察知できた。
「なかなか疑り深い不動産屋でな。いや、それ自体は不動産屋として間違いではないのだが」
「何かまずいことでもあったのか?」
「和希のことは彼もよく知ってるそうだ。お前の人柄も、この荒野に対する思いもな。だが、パラ実生全体となると難しいそうだ」
 不動産屋も長年ここでパラ実生を見てきた。
 今は順調に見える作業も、パラ実生自身で壊す可能性も充分にある。
「石原財団だがな、援助が出るには出るらしい」
「……どういう意味だ?」
 ガイウスは再び低くうなった。
「不動産屋と同じようなことを心配していた。つまり、自分達でめちゃくちゃにするなら、即刻援助は断ち切ると」
 和希は思い思いに休んでいるパラ実生達を見た。
「……ま、そりゃそうか。カネは使えばなくなるんだ。無駄金は出したくねぇよな」
「女王のほうも、急に言われても対処できないということだった」
「アンタ、女王にまで相談に行ったのか……」
 チョウコが和希に驚きの目を向けた。
「荒野の未来がかかってんだ。何だってやるぜ。ダメだったなら、また他の手を考えるまでだ」
「じゃあ、まずは種女とこの周辺の緑化を成功させて、石原財団に認めさせねぇとな。カンゾーが不動産屋を何とかしてくれるといいんだけどな」
「俺が言った時、奴は空高く舞い上がっていたな」
 何だそりゃ、とガイウスを見るチョウコ。
 ガイウスが46階の不動産屋を訪れた時、ちょうどカンゾーは不動産屋に返り討ちにあっていたと言うのだ。
 チョウコは「うぅん」とうなってこめかみのあたりを揉んだ。
 と、それまでパラ実生と騒いでいた鮪がやって来て言った。
「右府様曰く、国頭も動いてるそうだぜ。ま、次の知らせを待とうや」
 な、とチョウコの肩を叩いた去り際、チョウコの手がその手をガッチリ掴んだ。
「アンタ、その手に握ってるのは何だ?」
「お? おお? いつの間に! 不思議なこともあるもんだ」
「すっとぼけてんじゃねぇ!」
 鮪の手にはチョウコのパンツが握られていた。
 ちなみに、今チョウコがはいているのはどうやったのか新品のパンツである。
 二人で騒いでいると賑やかさにつられて種もみじいさんがやって来た。
 そして、『畑』と書かれた立札の農地に種もみを蒔き始め……。
「略奪じゃあ! 種もみを奪いつくせェ!」
「おいっ、やめろって!」
 和希は止めに入るが、そのうち手や足が出てしまったのは仕方がない。