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胸に響くはきみの歌声(第1回/全2回)

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胸に響くはきみの歌声(第1回/全2回)

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 JJからの砲撃はいずれもルドラによるバリヤで防がれて、だれもけがを負うことはなかった。
 しかし間近でそんな爆発音を聞いたフラルはたまったものではなかったらしい。
 宙で、ぐらっと大きく傾いだ。
「フラル? フラル!? ――わーっ! 目を回してるっ!?」
 クルクル目が渦巻になっているフラルに気づいて、ティエンは必死にぺちぺち目元をたたいたが、反応はなかった。
 傾いたまま、ひょろろろろ〜〜〜〜と墜落していく。
「う、うわ! どうしよう……」
 あせるティエンの後ろで、ルドラはカタクリズムを発動させる。しかし人間3人+フラルは重すぎて、カタクリズムによる上昇気流でも落下速度を少し緩めるのが精いっぱいだ。むしろ強風にあおられたせいで、顔に巻きついてきた髪をはずそうとしたアストー01の手がルドラのコートからはずれてしまった。
「あっ……」
「アっちゃん!!」
 ティエンは手を伸ばしたが、アストー01はとうに手の届く域を抜けてしまっていた。
「きゃあああああああっ!」
 悲鳴をあげながら、アストー01は背中から落下していく。
 ルドラはカタクリズムをアスト−01に集中させた。だか風の力はやはり落下速度を少し軽減させただけだ。そのまま地面にたたきつけられるかと思われたアストー01の体は、しかし次の瞬間下に走り込んだ南條 託(なんじょう・たく)によって抱き止められ、事なきを得た。
「うっはぁ! ギリセーフ!」
 たたきつけられるのを覚悟していたアストー01は、痛みに耐えようとぎゅっとつぶっていた目を開ける。
「あ、あの……すみません……」
 彼女が目を開けたのを見て、託はニカッとヒーローのように笑ってみせた。
「何でもないよ。それより、きみの方こそ大丈夫? どこも痛いところはない?」
「あ、はい……大丈夫です……」
 言葉ではそう答えつつも、体はまだ恐怖が抜けきらず、がくがく震えていた。抱いた腕からその震えを感じ取った託はすぐに手を放すようなことはせず、体を支えながらゆっくりとアストー01の両足を地面に下ろす。
「すみません……」
 己の不甲斐なさを恥じ入るような表情で託から目をそらしたアストー01は、目の前にたくさんの人が集まっていることに気づいて息を飲んだ。
「あ、あの……あなたたち、は……」
 そのなかに、左右で目の色が違う少年に肩を抱かれたアストー12の姿を見つけて目を瞠る。
「12!? あなた、どうしてここに――」
「……アストー、さま……」
 アストー01の言葉にかぶさって、正面に立つ、茶色の髪を肩の少し上で切りそろえた少女がぶるぶる震えながら言葉を発する。
「ほら」
 後ろに立つ朝霧 垂(あさぎり・しづり)にそっと前に押し出されて。ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)は駆け寄ると、感極まったように飛びついた。
「アストーさま! 今度こそお助けします!」
「あ、あの……あの……?」
 アストー01は目をパチパチさせながら、しがみついてくるライゼから垂へと目を移す。意味が分からない、と目で訴えてくるアストー01に、垂が答えた。
「そいつも分かってはいるんだ。だけどいざあんたを見て、あまりにあんたがそっくりだから、つい出ちゃったんだろう。しばらくそうしてやっててくれ」
「はい……」
 分からないながらも、ライゼの強い思いが伝わってきて。アストー01はそっと小さな肩を抱いた。




 集まった彼らは、順々に簡単な自己紹介とあいさつをした。
 そのなかには榊 朝斗(さかき・あさと)ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)ちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)の姿もある。
 朝斗はアストー01とルドラをなんとも言えない目をして見つめていたが、いざ自分の番がくると、そんな思いを払しょくするように笑顔で彼女と向き合い、名乗った。
「天御柱学院所属の榊 朝斗といいます。こちらはパートナーのルシェン・グライシスとアイビス・エメラルド」
「は、はじめまして。アイビスです」
「ルシェンといいます。よろしくお願いしますわ」
 2人ともアストー01をとまどわせないよう、こみ上げてくる喜びと安堵の涙を必死に押し殺し、できるだけ自然な態度で初対面を装った。
「にゃ……、うにゃ〜」
「それに、ちびあさ」
 猫耳をピクピクさせながら朝斗の髪の間から顔を上げた、朝斗そっくりのお人形が動くのを見て、アストー01は口元をほころばせる。
「なんてかわいいの。よろしくね、ちびあさちゃん」
 それまで不安におびえていたちびあさだったが、アストー01にほほ笑まれたことにとたん機嫌を良くして、積極的に握手の手を伸ばした。
 楽しそうに笑顔をかわす2人のあたたかな交流を間近で見て、朝斗も自分のなかの不安が晴れていくのを感じる。
 この人は大丈夫だ。きっと、もうあんなことは起きない、と。
 確信を持って思うことができたことが、何よりうれしかった。




「僕が考えるに、あんたが追われるんはその歌の希少性からや」
 大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は自己紹介を終えると、ずばりと本題を切り出した。
「SAOっちゅうやつらも大概やけど、あんたが所属しとるDivasのやつらも、なーんも分かっとらへん! 音楽は歌われるために、1人でも多くの者に聴かれるために、存在するんや! そこに制限なんか設けたらだいなしや! せやろ、フランツ」
「うん」
 フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)はにこりともせず、いつになく真剣な面持ちでうなずいた。
「アストー01さん。僕もきみの歌を幾度か拝聴したよ。きみのデビュー曲【Astres】は文句なしにいい曲だと思う。荘厳で、格調高く、畏敬の念すら覚える。
 でも、だれにも歌えない曲に、何の価値があるのかな?」
「価値……?」
「Divasはその曲を「アストー」以外、だれにも歌わせないようにしている。気付いていた? これだけ話題の曲なのに、どの音楽番組でもきみ以外歌っていないんだよ。楽譜の提供もされていないから、音楽家は演奏することもできない。Divasが圧力をかけているのは間違いないね。たぶん、きみとセットで売り出すためだろう。こんな難しい曲でも難なく歌いこなせているというアピールのためだと思う。
 でもさっき言ったけど、だれにも歌えない、ただ1人しか歌うことのできない曲に価値なんかないと、僕は思う。泰輔が言ったように、音楽は万民の喜びのためにあるんだから」
「万民の、喜び……」
 アストー01は己のなかにある、マスターデータチップに問いかけるように胸に手をあてた。
 その姿に、讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)が落ち着き払った態度で前に出る。
「我は讃岐院 顕仁。と言うてもそなたには分からぬであろうが、我もまたかつてそなたのような歌人(かじん)であった。我の詠んだ歌なぞは、どれほど古今の恋人たちの間で引用され、使われたことか。
 だが、それほどに人々の口にのぼったは、我の感じた感情を、そして感傷を、うたを通じて「だれか」と共有しえたということでもある。
 詠み手(歌い手)として、これほどうれしいことがあろうか?」
「アストー01さん、【Astres】を歌ってください」
 レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)もまた、切に訴える。
「アストーさんの声で歌われず、不完全なものとなったとしても、それは「歌」には違いないんです。どうかみんなに共有させてください。そしてフランツさんに楽譜を作らせてあげてください」
 アストー01は必死に考えた。
 【Astres】の著作権は発掘した団体Vendidadとその傘下の芸能事務所Divasが持っている。しかしそれは微妙にアレンジを加えたもので、このマスターデータチップに入っているオリジナルの【Astres】は、まだ1度も披露されたことはなかった。
 この曲もまた、彼らのものなのだろうか? オリジナルを作ったのは5000年も前の人物だとは聞いているけれど……。
 アストー01は判断がつかず、指示を求めるようにルドラを見た。
 彼がなぜ自分の守護者を買って出てくれているかはいまだに分からない。けれど、それがアストー01自身ではなく、このマスターデータチップ、あるいは【Astres】という曲そのものにあるのはうすうす感じ取れていた。
 彼は自分より、この曲について知っている気がする……。
 そんな思いで見つめるアストー01の心の内を知ってか知らずか、ルドラはついと視線をはずし、目を伏せた。
 黙認、だろうか?
「……分かりました」
 この判断が本当に正しいかどうか、分からないままアストー01はうなずく。
「ありがとうございます!」
 レイチェルはうれしそうに礼を言った。
「いいえ……。ただ念のため、それをしたのがあなた方であるとは知られないように、十分気をつけて広めてください」
「分かっています」
「よっしゃあ!」
 泰輔はぱしんと手を打ち合わせ、快哉を叫ぶ。
「楽譜に落とし込んだら、著作権フリーでばらまきまくったれ、フランツ!」
「うん」
(アストー01、きみは僕にとってのフォーグルかい?)
 準備を整え、眼差しで問いかけるフランツの前、厳かにアストー01は歌い始めた。



 歌声がアストー01の唇から発せられた瞬間、左之助は電流を受けたような強烈な痺れを魂に感じた。
(……くそっ。声までアストレースそっくりじゃねぇか)
 かつてあの古代遺跡でマナフに見せられた幻のアストレースの姿とアストー01の姿が重なった。
 どこからともなく湧き上がってくる、彼女を守りたいという想いが強烈すぎて、目まいを感じた。全身から吹き出しているような気までする。
 これはマナフの想いか。まだ宙のどこかに彼の残留意思の欠片が漂っていて、左之助に寄ってきたのか?
(――いいや、これは俺の意思だ!)
 今度こそ目の前にいる女性を守りぬく。
 ますます決意を固める左之助からは死角となった位置から、真がほんの少し心配そうに自分を見つめていることに、左之助は気づいていなかった。
 


(ああ、やっぱり。この歌だわ)
 アストー01の歌を聴いて、シルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)は確信した。
 目を閉じ、耳を澄ます。間違いない。
 あたたかな波動のようなものが押し寄せてきて、ほんの一時ではあるが、うっとりとシルフィアは魂になじむかのような感覚を受けて、身をゆだねる。
(どうしてこんな気持ちになるのかな? あったかくて、ふんわりしてて、どこか懐かしい……)
 シルフィアにドルグワントとして動いていた当時の記憶はない。後日アルクラントに訊いたりもしたが、ただ操られていただけとして、深くは教えてくれなかった。
(悲しくもあるんだけど、それを超えて優しい気持ちになれる……。
 ね? アルくん)
 シルフィアは問いかけるようにとなりのアルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)を見る。
「ん? どうかした? シルフィア」
「ううん」
 シルフィアは首を振る。
「ただ、思ったの。やっぱりここへ来たのは正しかったんだ、って。
 何も説明できなかったのに、黙ってついて来てくれてありがとう、3人とも」
「なによ、そんなあらたまって」
「にゃ、にゃ〜。シルフィアにそんなこと言われると、なんだか照れちゃうなっ」
 エメリアーヌ・エメラルダ(えめりあーぬ・えめらるだ)完全魔動人形 ペトラ(ぱーふぇくとえれめんとらべじゃー・ぺとら)がそれぞれ応じた。
 3人の様子を見て、ふとアルクラントは思う。
(そういえば、あのときはまだエメリーともペトラとも出会っていなかったんだな)
 まだわずか2年に満たないというのに、あれからさまざまなことがあった。
 しかし考えてみれば、シルフィアがこうして自分を引っ張っていくというようなことは、これまで1度もなかった気がした。
 いつだってアルクラントの希望が優先で、アルクラントがしたいようにとシルフィアは後ろについてきてくれ、ただ彼の背後を守ってくれているだけで……。
(そんなのが当たり前になっていたんだな……これはいかん。正しい恋人同士のあり方とは到底言えないぞ)
 今さらながら気付いて、がーんがーんと少なからずショックを受けているアルクラントに気づいて、シルフィアは首を傾げる。
「どうかしたの? アルくん」
「……いや、何でも……」
「って――あ、そっか。アルくんには、あまりいい思い出がないんだったね」
 1人納得したようにうんうんうなずいたあと、シルフィアはそっとアルクラントの右手をとり、そっと両手で上下にはさみ込んだ。
「それなのに、ワタシが行きたいっていうの、1度も止めようとしたりしなかったんだよね……。
 ありがとう、アルくん」
 ふんわりとほほ笑むシルフィア。
 触れ合った手から、彼女の気持ちが流れ込んでくる気がして、それを放すまいとするように、アルクラントは彼女と手をつなげた。
 指を絡め、大切そうに握る。
「きみは私の人生のパートナーだからね。健やかなるときも、病めるときも」
 まさしく。あのときがそうだった。
 あのときに気づけなかったのが今では不思議に思える。
 正直、あの事件には苦い思い出があるのは事実だ。シルフィアが目指しているのがシャンバラ大荒野で、馬場校長からの依頼文にあったルドラやアストー01の元へ向かっているのだと気づいたときは、足が重くなり、幾度となく止めたい気持ちにかられた。
 しかしそれはシルフィアのためというより、自分の弱さからなのだと気付いた。
(苦い記憶……それは、私が1度立ち止まってしまったからだ。だからといって、ここで足を止めてしまったら、状況は違えどまた同じになってしまう)
 そう思い、アルクラントはあの日以来ずっと持ち歩いているポケットのなかのお守りをぎゅっと握った。
(こいつを裏切るわけにはいかない。何よりも、これをくれたシルフィア自身を)
 そうしてここまで来たのだ。一歩一歩、前へ踏み出し、決して立ち止まることなく。
「連れてきてくれて、ありがとう、シルフィア」
 今、身も心も横に並んでいると信じられた瞬間だった。
 アルクラントに真正面から礼を言われて、シルフィアは面はゆそうに下を向く。
 手をつなぎ、歌に耳を傾けている2人を、エメリアーヌは後ろから見ていた。
 アルクラントはまるで気づいていなかったが、エメリアーヌにはエメリアーヌなりにあの事件については思いがある。なにしろ彼女は魔道書。アルクラントの見聞録『素敵八卦』の化身なのだから。
(そういえば、アルクの日記としての私の記憶って、あの日で終わってるのよね)
『シルフィアを迎えに行く』
 とアルクラントが口にした、そこで記憶は途切れている。
 そこから何があったのかは知らない。アルクラントが何を思い、どうしたのかも。
(ま、目の前にこの子がいるんだから、ちゃんと帰ってきたのは分かってるんだけど)
 『素敵八卦』では途切れてしまっている出来事。はじまりしか記されていなかった出来事の、もしかしたら、結末を知ることができるのかもしれない。それも、自分自身で体験して。
 そう思うと、不思議な感覚を覚えずにいられなかった。
 やがて、歌が唐突に終わる。
 フランツが不思議そうに顔を上げた。
「……すみません。この歌は、ここまでしか修復できてなくて……」
「いや。うん。大丈夫。作曲にはきちんとした法則があるからね。ここまであれば、続きは僕の知識と技術で十分補える。ただ、歌詞の方は無理だけど。
 ……そうか、つまりここをこうすれば……いや、こっちが……」
 ぶつぶつつぶやきながら、フランツは続きの部分を作曲していく。
 申し訳なさそうに俯いているアストー01に、ひょこひょこ猫耳フードを目深にかぶった少女ペトラが近付いた。
「にゃ〜。
 おねーさんも機晶姫なんだって? 僕もだよー。僕、ペトラっていうの。よろしくね〜」
「……アストー01、です。よろしくお願いします……」
 アストー01は深々と頭を下げる。
「えっとね、僕、結構昔に空の上で? 作られたんだって。全然そのころのこととか覚えてないんだけどね。おねーさんは何か覚えてる?」
「わたしは……初めて見たのは、博士のお顔でした。そして、データを渡されて、歌ってみろと……」
「ふーん。
 あ、でもでも、僕、歌うのも好きなんだー。にゃんにゃーはらー♪ ……ねぇ、あとで僕にも歌を教えてほしいなー。この先の遺跡? に行ったあとでいいからさ」
「行ったあと、ですか? ……さあ。できるでしょうか……」
 複雑な表情のなか、なんとかほほ笑もうとするアストー01にペトラは言う。
「追われてるから? でも大丈夫、僕がちゃーんと守ってあげるから! これでも結構強いんだよ! もともと戦うために生まれてきたらしいし」両手を持ち上げて、二の腕に力こぶをつくるポーズをとる。「べつに、戦うのが好きなわけじゃないけど黙って見てるわけには行かないよね!」
 もちろん筋肉がムキッと盛り上がるわけはなかったが、ペトラが懸命に自分を励まそうとしているのを感じて、アストー01は笑顔をつくる。しかしペトラには、笑顔の向こうに彼女の苦悩が透けて見えていた。
「あれ? もしかしておねーさん、歌うの好きじゃなかったりする?」
「……それは」
「歌がうまいのって、すてきだと思うけどなぁ」
 無言でうなだれてしまったアストー01を、ペトラは不思議そうに見上げていた。




 泰輔たちの行為には即効性がないためこれは後日談になるが、その後パラミタの動画サイト、ニャコ動において膨大な数の「みんなで歌ってみた」「弾いてみた」【Astres】の動画が公開され、大変好評を博したという。