イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

胸に響くはきみの歌声(第1回/全2回)

リアクション公開中!

胸に響くはきみの歌声(第1回/全2回)

リアクション

 リネンの声は、戦場から少し離れた位置から様子をうかがっていた白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)たちの元まで響いていた。
 上空から目を配り、仲間たちを援護していたリネン、ヘリワード、そしてフェイミィの意識がアエーシュマに固定しているのを見て、よし、とうなずく。
「本当ならDivas側の追跡者どもも入って、三つ巴になってくれるのが理想だったんだがな」
 このとき、すでにJJたちとコントラクターの間で一時休戦が結ばれていることを竜造は知らなかった。もし知っていれば――そして彼らがここにいれば――状況が変わり、戦法を多少変更しなければいけなかっただろう。それを思えば、今の状況は彼にとって都合のいい状況だった。
「今のうちだ。行くぞ」
 4人は上空からアストー01たちの元へ接近する。さすがに強化人間たちとの戦闘中とはいえ、アストー01を守るのはルドラだけでなくコントラクターもいたが、それは当然織り込みずみのリスクだ。むしろ、死闘を好む竜造には機晶姫1体破壊するだけということよりも、こういう状況の方がよほど燃えるというものだ。
 知らず、口元に笑みが浮かぶ。
「行け、ゼブル」
「ヒヒッ」
 引きつったような笑いを発して、ゼブル・ナウレィージ(ぜぶる・なうれぃーじ)がまず降下した。
 彼の接近は、地に足をつけるより早く全員が知るものとなっていた。
「ヒヒヒッ。
 皆さぁん。本日はお日柄もよく、おそろいでなによりです!」
 よたよた酔っ払いが歩いているような、フラフラ踊っているような、奇妙な足取りでゼブルは近づく。
「おまえはあのときの!」
 ゼブルと面識のある椎名 真(しいな・まこと)が真っ先に彼の正体に気づいた。
「てめぇ。また性こりもなく現れやがったな!」
 原田 左之助(はらだ・さのすけ)がこれで刺されたことを思い出せ、と言うように忘却の槍の穂先を威嚇で向ける。
「おっとっと!」ゼブルは両手を上げててのひらを見せた。「べぇぇつに、今回は、暗殺が目的などでは、あぁーりませーーーんよぉ? そちらのおじょおさんに、データチップをくださぁあいと超懇切無礼にお願いしにきたのでぇぇぇええすっ!」
 一種独特の抑揚をつけた言葉でゼブルは説明をする。
「渡した方がいいですよぉお? だーって、そのデータチップ1枚のせいで、こぉんな状況になっているのですからあ!」青ざめたアストー01を見て、メガネを押し上げる手の下で、ケヒッと引きつった嗤いを発する。「小さなデータチップ1枚で、みぃんな戦わずにすむのですー! どうですかぁ? 安いものでしょぉお?」
「あ……。わたし……わたし……」
「あんなイカレ野郎の言葉なんざ、まともに聞いてんじゃねえ。なんだったら目つぶって、数を数えてな。その間に俺たちが終わらせてやる」
 迷いつつも、アストー01がその言葉に従おうとしたときだった。
「おおーーー!! なんと言うことでしょぉぉぉおおおかぁ!!」
 ゼブルが突然大声を張り上げた。
「断るというのですねッ!? 渡さぬと!! なーーーんというショックを与えるのですかあぁあ!! ワタシを、ショック死させるおつもりですねぇええ? そういうのであればぁあ!! こうなるのもいたしかたなしッッ!!」
 オーバーアクションで死ぬほどの嘆きを表現したあと上空へ弾丸飛翔しようとしたゼブルの耳に、そのとき、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の声が聞こえた。
「おまえ、いちいちウゼーんだよ」
 ってことで。
 踏み込み、てのひらに集中させたエネルギーを腰のひねりに乗せてゼブルの背中の真ん中へたたきつける。
「吹っ飛べー」
 唯斗の言葉どおり、ゼブルは爆炎掌を受けて空高く吹き飛んで放物線を描くと、顔面から地にたたきつけられた。
 ピクピク痙攣しながらも、どうにか顔を起こす。
「フッ……ヒヒッ。
 おいでなさい、ラブ・デス・ドクトル!! ザ・ウィルスをバッラバラに撒き散らし、ヒトの偉大な愚かさを雨のごとく――」
「しつけーんだよ。黙っておネンネしときな」
 パーンと音がして、正中一閃突きが入った。音は1つしか聞こえず、こぶしも一撃に見えたが、その実ゼブルの背中には複数のこぶしのあとがついている。ゼブルは最後まで言い終えることもなく、一瞬で気を失った。
「――ちッ。やっぱこうなったか」
 高度をものともせず、竜造は蹂躙飛空艇から飛び降りる。地にめり込むほどの衝撃を屈伸で殺し――とはいえ到底殺しきれるものではなかったが――、そのエネルギーをそのまま瞬発力に変えたように、ゴッドスピードで一直線に距離を縮めた。
「……アストー、ルドラ。おめぇら先行っとけ。こいつらだけは通さねぇからさ。あの野郎程度なら俺たちで十分なんとかなる。
 それと、1ファンとして言うけど、ブログラムとかどーとかは知らねぇ。ただ、おまえさんの歌が気に入ってんだ。だからこんなこたぁさっさと終わらせてくれよ。新曲期待してんだからさ」
 とまどっているアストー01に目くばせをして。
 唯斗は自ら竜造へ向かって行った。できる限りアストー01に近付かせないためだ。アトラスの拳気がこぶしをおおう。
「しゃらくせぇ! てめぇごときが俺の敵になるかよ!!」
 白狸奴刀の鞘を投げ捨て、あざ笑う竜造の全身から錬鉄の闘気が吹き上がった。黒い靄となって全身を包む。潜在解放。利き手に握られているのは新生のアイオーンだ。
 これまで破壊力の高い巨大剣を振り回す戦法とあきらかに違う、スピードを重視したスタイル。
 その驚異的な速度に唯斗は目を瞠り、ぶつかり合う直前で攻撃から防御へ変えた。それでも呼吸を合わせることができず、受け止めきれないと自ら後方へ跳ぶことで衝撃を中和する。
「セリカ、彼だけでは無理だ。僕らも行こう」
「分かった」
 前衛となるセリカが紺碧の槍を手に飛び出して、ヴァイスがそのあとに続こうとする。しかし直後ヴァイスは強化スーツの背中側に引っ張る力を感じて足を止めた。振り返ると、少女がヴァイスとセリカそれぞれを引き止めるように掴んでいる。
「トエちゃん」
「行ってはだめ……。危ないわ、ヴァイス。セリカさんも……。あなたのそばにいろって、言ってくれたじゃないの……」
 涙をにじませ、潤んだ赤い瞳がセリカとヴァイスを交互に見上げる。
 2人は「うーん……」となり、ややしてセリカが少女の両肩に手を置き、言い聞かせるように言った。
「おまえのことは父上が面倒を見てくれる」
「え? 我? ……まあ、それはいいが」
 セリカに無言で圧をかけられ、アルバはうなずく。
「俺たちは大丈夫だ。この手のことには多少慣れてる」
「そうだよ。だからトエちゃんはここにアルバと一緒にいてね」
 何の心配もいらないと笑顔で少女の指の力を緩ませ、服を抜き取ったヴァイスは、ラスターハンドガンを抜いて今度こそ唯斗の元へ行き、竜造との戦いのサポートに入った。
「12……」
 胸に両手を押し当て、心配そうに2人を見守っている少女にアストー01が近付こうとする。
 そのとき、アストー01は突然ひざが抜けるのを感じてその場に両手をついた。
「アストー01さん!?」
 視界の隅に入れていた真が驚く。そちらを向こうとした直後、彼もまた目まいを感じて頭に手をあてた。
「真!? ――うっ?」
 左之助も同様だ。真に続いて地面にひざをつく。
 彼らに限らずその場にいた全員が脱力し、くずおれた。
「……これ、は……一体……」
 足だけではない。体じゅうから力が抜けていく。
 高熱を発したようにガタガタと震えるアストー01の肩に、月谷 八斗(つきたに・やと)の手が乗った。
 ポゥ……と淡い光が生まれ、あたたかな癒しの力がそそがれる。
「みんな、待ってて。今癒すから!」
 これは何者かによるしびれ粉の攻撃だといち早く見抜いた八斗は、清浄化の力で1人ずつ状態を回復させていく。
「ルドラ、おまえも――ああっ!」
 ルドラに向かい手を伸ばした直後、八斗は全身に絡みつく鉄鎖のようなものを感じて地面に横倒れた。まるで強烈な圧をかけられたように身動きもとれない。
「八斗!」
「あっ……ああ……」
 押しつぶされ、地面にめり込んでしまいそうな激痛。しかし肺が収縮し、悲鳴をあげることもできない。
(おじさんのような者には、きみみたいなのがいるのが一番厄介なんだよねぇ)
 光学モザイクとブラックコートで姿と気配を消した松岡 徹雄(まつおか・てつお)は、八斗を見下ろして考える。
 八斗はまだ15歳の子どもだが、裏世界で『掃除屋』と呼ばれる暗殺者の徹雄にはそんなことは関係ない。『仕事』中は特に。
(じゃあ始末させてもらうねぇ)
 光学モザイクの領域内を抜けて忍の小刀が現れた一瞬を見逃さず、ルドラのエネルギー弾が徹雄をはじき飛ばした。
「!!」
 完全にそちらに背を向けていた徹雄は背中にまともに受けてしまい、飛ばされた先で胸を詰まらせパワードマスクの下で咳き込んだ。口内に血の味が広がる。転がったときに口のなかを切ってしまったのだろう。しかしそれですんだのは幸いだった。背骨を折られずにすんだのは、着用していた強化スーツのおかげだ。
 はじめのうち、徹雄はわけが分からなかった。ルドラはしびれ粉にやられて指1本動かせずに地面に転がっている。だからこそ、注意を払っていなかったのだ。
(今だって転がっていて……ああ、そうか。彼は肉体がないんだったね)
 ルドラはいざとなれば「肉体」に束縛されない、両眼のみの機械だ。能力そのものはタケシのエネルギーを用いているのだろうが、操るルドラはしびれ粉の影響は受けない。
 だが始末しようにも、もはや無理だった。奈落の鉄鎖から自由を取り戻した八斗がルドラに清浄化を施して、ルドラは再び肉体を動かすことができるようになっていた。
 次にルドラはカタクリズムで風を起こし、周囲の砂を巻き上げる。
 光学モザイクとて万能ではない。あくまで「見えにくくする」機器であり、そこにある質量を完全に消してしまう能力はない。
 巻き上げられた砂粒は徹雄にぶつかって、居場所を浮かび上がらせる。
「そこだ!」
 やはり八斗の清浄化によってしびれ粉から抜け出した真が霜橋を飛ばす。短冊状のカードたちは宙を切って飛来し、徹雄を切り刻んだ。
 もんどりうって倒れたところに左之助が忘却の槍を手に走り込み、足に突き差す。記憶を一時的に奪うという効果はまたたく間に表れて、徹雄は記憶を混濁させたあと意識を失った。
 ゼブルと徹雄を失い、形勢は時間が経過するにつれて竜造にとって悪くなっていた。
 セリカと唯斗、2人がかりの攻撃を二刀流でさばきつつ、さらにはヴァイスからの銃撃に気を配らねばならない状態で、とてもアストー01までの距離は詰められない。その上、アストー01は唯斗の指示に従うことを決めたらしく、ルドラたちとともにこの場から離れようとしていた。このままでは何のためにここに来たのか!
「くそったれが……!」 
 しかし竜造にはもう1人、完全にノーマークのアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)がいた。
「アストー01、さん……?」
 光る箒に乗ってはるか上空からイヴィルアイで地上の様子を観察していたアユナは、七色の光を放つ不思議な銀色の髪をした美しい機晶姫、アストー01を見つめる。
 彼女を視界に捉えて以来、アユナはずっとアストー01だけを見つめていた。
 美しい人……。
 なぜこんなにも彼女のことが気にかかるのだろう? どうしても気になって、気になって、目が離せない。
「アユナ!」
「――はっ」
 叱りつけるような竜造の呼び声にようやく現実に立ち返って、アユナは大分時間が経っていることに遅ればせ気づいた。だがまだ竜造は戦っている。遅すぎてはいないはずだ。
 アユナは素早く詠唱し、地上に向けて我は射す光の閃刃を続けざまに放った。
 無差別の広範囲攻撃だ。どこへ落ちるか攻撃するアユナにも分からないものが、地上の者に分かるはずがない。
 雨のように降りそそがれる光の刃を見て、ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)はアブソリュート・ゼロによる氷壁を展開した。
「皆さん、こちらへ!」
 氷壁は70度ぐらいに傾いて地に突き刺さっており、わずかに陰が生まれていた。真上からの閃刃はこれで避けることができる。
「そうは、させません」
 光の閃刃が氷壁に突き刺さり、削りはしているものの、下まで貫通できないでいるのを見て、アユナは攻撃をレジェンドレイへと変える。
「聖なる光の矢をもて、われに仇なす敵に裁きを――!」
(……あれ? でも私、どこかほっとしていない……? アストー01さんを傷つけずにすんで……)
 アユナがとまどう間にも、集束した光は垂直に氷壁へと落ちて穴をうがつ。しかしその下で展開されたバリヤが光を散らしてしまった。
「アユナ、こっちだ!!」
 竜造の声にそちらを向くと、竜造は唯斗の不可視の封斬糸の攻撃を受けていた。新生のアイオーンにほとんど巻きつかせて捕縛を逃れていたが、腕が一緒にからめとられている。
 アユナはすぐさま光の閃刃を飛ばして斬糸を断ち切った。そして唯斗、セリカ、ヴァイスを光の閃刃で攻撃し、けん制をかける。その隙に、竜造は標的のいる氷壁へ走った。
「来ないで!!」
 ヴェルリアは竜造の迫力に押されながらも必死にアブソリュート・ゼロを連発し、氷壁をあちこちに障壁として建てる。足りない魔力は融合機晶石【フリージングブルー】で補った。
「うおらあああっ!!」
 並の者であるならゴッドスピードの勢いを殺してでもその氷壁を迂回するだろうに、ウェポンマスタリーとキマイラレッグでことごとく砕いていこうとする竜造はまさに鬼神のごとき迫力で、見る者を圧倒し震え上がらせる。
 おびえてルドラの腕にぎゅっとしがみつくアストー01の姿に焼けつくような胸の痛みを感じて、アユナは「ああ」と悟った。
「ねえ、アストー01さん」
 アユナは攻撃の手を止めて、優しくアストー01に話しかける。
「アストー01さんが遺跡に行く理由は、私、分かりません。でも、その用事を終えたあと、あなたはどうされるんですか?」
「……えっ?」
 アストー01は思ってもみなかった質問を受けて、驚きの表情で宙のアユナを見上げる。目をぱちぱちさせているアストー01がとてもかわいらしくて、アユナはほほ笑んだ。
「もしあなたが……その用事を終わらせて、何もすることがなくなるんだったら……それなら、私の『トモちゃん』になってくれませんか?」
 そうよ。そうだわ。だって、アストー01さんは私と同じなんだもの。
 やっと分かった。この人は、私と同じなんだ。
「私、あなたがほしいの。私の『トモちゃん』になって、ずっと、ずっと、私たち、一緒にいようよ!! ――ああっ!!」
 感極まって叫んだ瞬間、アユナは脇腹に激しい痛みを受けて身を折った。終焉のアイオーンによる黒い光丸は常闇の帳でも完全に防ぎきれず、アユナは激痛に一瞬意識を失い、バランスを崩して落下する。
「アユナ!!」
 竜造は叫んだが、彼の前には10人近いコントラクターが立ちふさがり、その包囲は到底突破できるものではなかった。
 地表に横たわるアユナに向けて追撃をかけようとするリネンを、アストー01が止める。
「待って! 待ってください!!」
「離れなさい、アストー01! その娘は危険なの! 壊れているのよ!!」
「……うっ……うう……」
 アユナは苦痛に顔をゆがめながら意識を取り戻す。骨がバラバラに砕けたように全身が痛い。でも、本当に砕けているわけじゃない。
 力なくよろめきながらも、どうにか上半身を起こしたアユナの横にアストー01がひざをついた。そっと地面についた手に手を重ねる。
「アストー01さん」
「あの……アユナ、さん。私、どう言ったらいいか……。
 あなたのお言葉は、とてもうれしかったです。歌でも、データチップでもなく、「私」を求めてくださったのは……あなたが初めてです……。ありがとうございます。ですが、私は、そのトモちゃんという方にはなれません。トモちゃんという方も、あなたにとって、だれかが代わりになれば足りる存在だと思われるのは……きっと、悲しまれると思います……」
「…………」
 アユナは自分の手に重ねられたアストー01の白い手を見た。その重み、ぬくもりを、感じる。
「………………あなたは…………トモちゃんじゃ、ない…………」
 とても小さな声でつぶやくと、アユナは手を振り払った。光の箒にまたがって上空に戻る。そして蒼き涙の秘石を用いてゼブルや徹雄、竜造の傷を癒し体力を戻すと、竜造を囲んだ者たちに向かってSインテグラルポーンを差し向けた。
 Sインテグラルポーンに彼らを抑える力はない。しかし、竜造が包囲から脱出する隙をつくるくらいはできる。
「撤退するぞ!!」
 それぞれが飛空艇や箒に飛び乗って撤退するなか、アユナは1度だけ振り返った。
「アストー01さん……あなたはトモちゃんじゃない。だけど……」