|
|
リアクション
●らばーず! らばーず! らばーず!(4)
空京神社の大きな鳥居が、二人を見おろしているかのようだ。
はぐれるなよ、と言って高円寺 海(こうえんじ・かい)は、さりげなく杜守 柚(ともり・ゆず)の手を握った。
にこっとして柚は海を見上げる。
「どうかしたか?」
あんまり彼女が嬉しそうなので、海は思わず訊いていた。
「え? えーっと、そういえば年始のあいさつ、まだ言ってませんでしたね」
「そうだった。あけましておめでとう、柚」
「海くん、あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします」
言いながら柚は、しっかりと海の腕に自分の腕を絡めたのだった。
「これくらい、いいよね」
「なにが?」
「もう……海くん!」
察して下さい、と言わんばかりに彼女は、自分の体を海の体に押しつけた。
「あ……腕? ああ、うん」
やっとそれで意識したのか、そして意識すると、突然緊張してきたというのか、海は視線をさまよわせつつ、
「その……なんていうか……いいんじゃないかな、えっと、オレたち……もう付き合ってるんだし……」
などとむやみに後頭部をさすりながら言った。
人出があるので境内は意外と暖かい。
賽銭を投じ、並んで柚と海は本殿に手を合わせた。
柚の願いは言うまでもないだろう。
――海くんとこれからも一緒にいられますように。
一心に祈った。
このことを祈るのは今年が初めてだ。これまでは、海に想いが通じることが柚の願いだった。
柚の願いが成就したのは去年のことだ。その瞬間は、予想外の形で訪れた。
「この試合に勝ったら、俺は、おまえに気持ちを伝えようと考えていた」
待たせてすまなかった、そう前置きして、海は柚に言ってくれたのだ。
「柚、好きだ……!」
そう言ってくれた。夢じゃなかった。でもまだ、夢じゃないかとも、思ってしまう柚がいる。夢なら覚めないでほしい。
「なに願った?」
本殿前の階段を降りながら海が言った。
「内緒です」
「そう言われると気になるなあ」
「じゃあ、海くんはなにをお願いしました?」
「オレ? オレは……内緒だ」
「それじゃ同じじゃないですか」
「いやオレの『内緒』ってのは……うん、なんというか、恥ずかしいから内緒なんだ」
「それも同じですっ」
思わず柚は吹きだしてしまった。海も釣られて笑う。
たぶん、いや、きっと、まちがいなく、海も同じことを祈ったに違いない。
柚は絵馬に願いを書き入れた。その言葉は、『海くんの夢が叶いますように』だ。
夢に向かって努力する彼を、横で見守り、助けたい――そう考えて書いたのだ。これを見て、
「ありがと……でも悪いな、柚は自分の願いを書けよ」
「いいです! 海くんの夢が叶うことが、私の夢なんですから」
「じゃあおかえし」
ふっと笑んで海が自分の絵馬に書いたのは、『柚の夢が叶いますように』。
――私の夢……それは、海くんと将来……。
思わず口に出しそうになったが、柚は笑ってごまかした。叶ってほしい、本当に。
おみくじも引いた。
「去年は『大吉』でしたけど……」
今年も良い結果だといいな――そう軽く考えただけだったが、天は微笑んでくれたようだ。
「『大吉』です! 今年も!」
「すごいな! オレは『末吉』、柚にあやかりたいよ」
「でも気になること書いていますね、これ……『ただし落下物に注意』ですって」
「落下物ねえ」
何気なく海は空を見上げた。
それが幸いした。
「リアジュウバクハツシロー!」
呪いの言葉を吐きながら、二人の頭上より怪物が襲ってきたからだ。
とっさに海は柚を背中から抱き、地面を蹴ってその場から逃れた。落ちたゴム怪物は「リリリ、リアジュー!」などと恨みがましい(が甲高い)声を発している。
ピンクのゴム怪物、襲われているのは二人だけではない。空京神社の敷地内に、つぎつぎと怪ゴムが飛来している。
「なんだこいつら! リアジュウ? どういうことだ!?」
「どうやら、『リア充』……つまりカップルを一方的に敵視しているようです」
「ということは」
海は白い歯を見せて笑った。
「オレたち、ちゃんとカップルに見えるってことだな!」
「はいっ!」
怪物に呪いの言葉を吐かれて喜ぶというのも妙なものだが、しかし嬉しいのは事実だ。
「こいつらウヨウヨいるな……囲まれたらやばそうだ。突破して神社から出よう」
「はい! 海くんには怪我なんてさせません! 私の大切な……大切な人なんですから!」
「お、おい、こんなときにいきなり……照れるな。じゃなくて、うん、それはオレのセリフだよ」
ふっと笑うと海は、シャープな視線で状況を確認した。柚はすぐに判った。バスケをやっているときの彼の目だ。それも、ドリブルで敵陣を突破しようとするときの……!
「こっちだ! 行くぞ相手ゴール……いや、神社の外へ!」
「はい!」
柚は力いっぱい答えた。
「どこまでも一緒です!」