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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第14章 兎達、+狼達のために

「……んー、やっぱ専門知識無いとコイツのOSを自分向けに弄くるってムズいな」
 ツァンダ東の森にあるジーバルス一族の村。そこにある簡易イコンデッキで、ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)シアンのコックピットを開放して整備を行っていた。カスタマイズしようとあれこれと試し、どうにもうまくいかなくて頭を掻く。
「詳しい人ってなるとあの人かな……後で連絡してみるかな。……ん?」
 1人呟いた時、視界の端に近付いてくるソイル・アクラマティック(そいる・あくらまてぃっく)の姿を認めて手を止める。ツァンダ中心道から外れた路地の隅にある雑貨屋『いさり火』にいることが多いソイルが、こっちの村に来ることは珍しい。どういう風の吹き回しかと注目すると、随分と真剣な表情をしている事が見て取れた。
(何かあったのか、それとも、シアンに何か用か……)
 ――でなければ。
 いさり火に行った村人から、ここ最近、思い沈んでいる事が増えているとは聞いていた。最近というか、正しくは、あの空京のデパートから帰ってからだ。『過去の出来事』として簡単に片付けるのは難しい事件だった。ハイコドでさえそうなのだから、興味の半分が『うさぎ』で占められているソイルにとっては尚更だろう。立ち直るまでには時間が掛かるだろう、と様子を見ようと思っていたのだが――
「すまんハイコド、動物医になりたいが学ぶための金が足りない。貸してくれ」
 そして、コックピット前まで来たソイルは彼を見上げてデッキの上からそう言った。
「……いいぞー、幾らだ?」
「! ……ちょっと待て。そんな二つ返事でいいのか?」
 意味を飲み込むのに三点リーダー2つ分だけ使い、後はあっさりと答えを返したハイコドにソイルは慌てたようだった。まあ、大学へ行くとしたら100G200Gの話ではない。慌てるのも無理はないだろう。
「そんだけ真剣な顔して動物医っていうんだから、兎が関係してんだろ? それ以上の理由は聞かないさ」
 それに、出資は他に交渉するつもりだったから特に自分の懐も痛まない。
「…………」
 話を聞いたソイルは俯き、少しの間の後に顔を上げる。
「……あの時、俺達は1羽も兎達を救うことが出来なかった。……もし、いつかどこかで同じような事が起こって、その時、また何も出来なかったらと思うと……」
 それは、自分の中で許容できることではなかった。
 だから、助けるための力を付けたい。
 学校へ行き、知識を身に付ける。その先で、助けることの出来なかった兎達の分も命を救っていくのだ。
 そう話をしたソイルは、決意に満ちた目をハイコドに向け、はっきりと言った。
「ハイコド、俺は、きっちり1200羽の――いや、1199羽の兎達の命を生涯かけて救ってみせる」
 そう、実はあの時、1羽だけ生き延びた兎がいたのだ。
 後日、捕獲されていた1羽の兎が空京大学に提出された、という記事が新聞の片隅に小さく載った。ハイコド達は知らないが、エレナが封印の魔石に封じた個体だ。状態が良くなってはいないが、研究に必要な血液と細胞を取られた後に再度封印され、まだ殺されてはいないらしい。
 大学がワクチンの作成、もしくは変異した細胞を元に戻す術を発見すれば、この1羽だけは白兎に戻るかもしれないという事だった。勿論、変異による傷みが回復可能なレベルを超えていたら死亡してしまうのだが――
 助かる可能性は、ほんの数パーセント。もしかしたら、それより低いかもしれない。だが、あの現場で0パーセントであったものが少し上がっただけでも、ソイルは希望を見たような気持ちになった。
 知識があれば、特に、動物に特化した医学の知識があれば、死を待つだけだった筈の兎を助けられるかも――否、助けられる。助けるのだ。

(ふーむ……)
 ニーナ・ジーバルス(にーな・じーばるす)は、その話を彼等から見て死角になる、シアンの陰で聞いていた。妹が居ないうちにハイコドと話をしたり、こっそり匂いを嗅ぎたかったけれども先客というかソイルが居たので少し様子を見ていた――というか、順番待ちをしていたのだ。
 ハイコドとソイルは、まだ話を続けている。
「ソイル、1199羽って言ったか? 違うぞ、男ならその倍以上は軽く救ってみな! 俺達とは違ってあんたは長生きなんだ。頑張れるさ」
「ハイコド……」
「だから、後でニーナに聞いてみるよ」
「……!?」
 それを聞いた時、ニーナは思わずシアンの陰から飛び出していた。これは、ハイコドに抗議兼ツッコミをせずにはいられない。
「ちょっと、自分のポケットマネーじゃなくて村のお金使うつもり?」
「……あ、ニーナ」
 いたのか、とそう驚きもしない調子で言うハイコドにずかずかと歩み寄っていく。だが、その途中でふと思いついたことがあって足を止める。
「……ちょーっと、待って」
「?」というハイコドとソイルの前で考えを纏め、それから言う。
「私からも条件があるわ。ソイル、兎達だけでなく狼達も助けてほしいわ。そしたら、この村専属の獣医として雇ってもらえるよう族長に話してみるわ」
「狼達?」
「ほら、次期族長も未来のソイルを雇ってくれるって言ってるぞ?」
 白狼の獣人であるニーナの言葉に、ハイコドはエールの意味も込めてソイルを焚きつけた。笑顔で答えを待つ2人に、神妙な顔をしていたソイルは誓った。
「分かった。兎達も狼達も、2000でも3000でも、俺は救うよ」

 話を終えると、ソイルはイコンデッキを後にした。ニーナがハイコドと2人になりたそうだったから退散したのだ。
 ニーナと2人っきりで話すのは久々で、ハイコドは何だか落ち着かない気分になってしまう。族長には、彼女と結婚するように言われているし――
(うーん、まずいな。前に俺の脱いだ服の匂いを嗅いでるのを見てしまってからなんかイメージが揺らいでいるような。と、とりあえず……)
 ああいうのはあまりよくないって言っておかないと! と、ハイコドは言い難いながらに気合いを入れて口を開く。
「えっとニーナ、その……」
「? 何?」
「洗濯物は確かに太陽の香りとかそういうので気持ちいいから判るけどさ、洗濯前の衣類は、というか俺のは……もうちょっと隠れて嗅いでほしいな。恥ずかしい」
「な゛!?」
 もにょもにょとした口調に何を言われるのかと若干緊張していたニーナは、飛び上がらんばかりに驚いた。
「なななな何でそれをー!? いぃやー!」
 彼女の絶叫は、イコンデッキに長々と木霊した。