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リアクション
第17章 3人で笑い合う未来を思い
2月14日を心待ちにしながら過ごす日々が終わり、バレンタインも無事に過ぎ、山葉 加夜(やまは・かや)の毎日にはいつもの日常が戻ってきていた。1ヶ月後のイベントが近付けば、期待してしまわずにはいられなくなってそれが気になること第1位になりそうだけれど。
とりあえず今は、特別何かに気を取られることもなく学生として、妻として加夜は今日も過ごしている。
その中でふと思うのは、来年、大学を卒業してからのことだった。夫婦で、どんな未来を描いていくのだろう。
「私の今の目標は、花音ちゃんが戻ってきてくれることです」
夕食後の落ち着いた時間。
テレビでは、1月から放送している連続ドラマが流れている。主人公の少女が、進学先を巡って家族と言い合っているシーンだった。
「……花音が?」
その口調からは全く悲観的な響きが感じられず、山葉 涼司(やまは・りょうじ)は意識をドラマから彼女に移す。
「……大切な友達だから」
少しだけ下を向き、加夜は言った。花音が蒼空学園にいた頃のことを思い出す。
「どう行動していいのかまだ分からないけど、道はあるって信じてます。だから、出来る限りのことをしたいです」
彼女はまだ、花音がこのまま戻ってこないのだ、と感じたことは無かった。本当にもう手立てが無いのなら、どこかでそう悟る筈だ。
だから、これは自分が信じたい希望なのではなく信じるべき希望なのだと思う。
そうして微かに笑うと、涼司もまた笑った。
「……そうか。ありがとう、加夜」
――花音がいないまま、彼女を救えないまま、自分だけが幸せに暮らしていいのか。
そう感じていた涼司にとって、加夜の言葉は救いだった。
「花音ちゃんが戻ってきたら……今のまま、幸せな日々を過ごしたいですね」
ドラマをBGMにして、加夜はにっこりと笑う。どことなくしんみりしてしまった空気を変えるように、明るく言った。
「子育てに奮闘してみたいですし。お爺さんとお婆さんになっても仲良く歩いていきたいです」
これまでにも、ケンカをしたことはない。言いたいことは言っているのに意見がぶつかることがないから、この先も何となくしない気がする。
「私の理想の夫婦は自分の親ですね。……話す言葉がないわけじゃないけれど、言わなくても分かることが多いのって、憧れます。……相手を理解して、思い合っている感じが」
楽しそうにそこまで言って、加夜はぴたと口を噤んだ。「?」という顔を向けてくる涼司に、問いを投げる。
「そういえば、涼司くんの夢は何ですか? まだ、聞いたことがなかったような……」
「ん? 俺の夢か?」
「……はい。涼司くんの夢です」
改めて思い返してみると、記憶に無かった。
彼が思い描く理想の未来を。
何をしたいのか。
どうなりたいのか。
そんな、素直な気持ちを知りたい。
「そうだな、俺の夢は……」
流れるCMを見ながら、涼司はすぐには言葉を続けなかった。CMが終わる頃になって、彼は言う。
「……花音を救い、世界を平和にし、胸を張って加夜と幸せに暮らすことだな」
「胸を、張って……」
ということは、今はまだ胸を張れない、後ろめたさをどこかに持っているということだ。
涼司の抱えた悩みの一端を、垣間見た気がした。
「……そうですね、きっと、花音ちゃんも世界も救えます……救いましょう。私はどんなことがあっても、涼司くんとなら乗り越えていけると思ってます」
そして、どんな時でも傍に居て、一緒の方向を向いて歩いていきたい。
以心伝心できるようになるまでには、まだまだ時が必要かもしれないけど。
今のこの気持ちを彼に伝えられるように、加夜は笑った。