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「君も新入生?」
 新入生の女の子達の輪に交じっていたゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)が、十代半ばくらいの少女に甘い笑みを向けた。
 濃いウェーブがかかった赤い髪をツインテールにしていて。瞳は深い緑。アイメイクもばっちりした少女だった。
「はじめまして」
 ぺこりと頭を下げたその娘は、レースのショールを羽織り、丈の短いノースリーブチャイナに、ショートパンツ姿。そして、ブーツを履いている。
 見かけより、若いのかもしれない。そんな印象を受ける娘だった。
「可愛いけど、化粧しない方が君はもっと可愛いかもな」
 ゼスタのそんな言葉に、少女はにこにこ笑みを浮かべる。
「手紙を預かってきたの。誰もいないところで読んでね?」
「ん? 君からじゃないのか、残念」
 ゼスタに手紙を押し付けた後。
 彼女は必要以上には近づかず、彼の話を聞いていた。
 彼の話題は、パラミタのスイーツの話が中心だった。
 空京なら、どこのケーキが美味いとか。
 蒼空学園ならば、近くのアイスクリームショップに、絶品アイスがあるだとか。
 少女達の学校を聞いては、お勧めの店や、スイーツについて楽しそうに語っていた。
「ま、俺にとっての極上のスイーツは。この娘とかなんだけどな」
 そう言って。
 突如ゼスタは先ほどの、ショールを羽織った女の子の腕を引っ張って、引き寄せた。
 それから彼女にささやきかける。
「リンチャン、どうしたの? ウィッグにカラコンに化粧までして。今日はハロウィンじゃないぜ? 声色まで変えてただろ。未憂チャンと一緒じゃないし、しばらく気付かなかった」
「しーっ」
 彼の顔を見上げて、リン・リーファ(りん・りーふぁ)は人差し指を自分の唇に当てた。
 パートナーの関谷 未憂(せきや・みゆう)はこの場にはいない。
「エイプリルフールの嘘だよ」
 それからにこっと笑って。
「極上のスイーツって、吸血鬼にとっての……だから、血のことだよね。それって他の子からでも貰えるでしょ?」
「いや、同じケーキだって、店ごとに大きな違いがあるだろ。他の子からもらえるから、君のはいらないとはならないぜ」
 君を狙っているんだというように、ゼスタはリンの頭をひと撫でした。
「でもね、あたしにしかあげられないものをあげたいなあって思っちゃう」
「んー……」
「……単に他の子と一緒じゃヤだってあたしの我侭かも?」
 笑って言うリンをゼスタはぐいっと引っ張って。
「ちょっとこの娘のメイク落としてくる。地顔の方が好みなんだ。皆も、パラミタで色んなコトあると思うけど、今の美しさ、無くすなよ」
 女の子達に笑みを残すと、ゼスタはリンを控室へと連れていく。

「で、何をくれる?」
 控室のソファに座り、リンをぐいっと引き寄せて、ゼスタが問いかける。
「ぜすたんは星の王子様知ってる? 曰く『大切なものは、目に見えない』んだって」
 それからはい、とリンが差し出したのは、魚の形のチョコレートだった。
「これは目に見えるプレゼントだけどね」
「ん、ありがと。この贈り物に、どんな意味が込められて――」
 るのか、と続けようとしたゼスタの指に。
 リンは不意打ちで口づけをした。
 わずかに驚きの表情を見せた彼は。
 彼女をより引き寄せて肩に手を回すと、首筋に口を近づけた。
「甘噛みなら、いい?」
 くすぐったくなるような息と声が、リンの耳に届く。
「……ごめんね」
 リンは笑顔で答えて、ゼスタを振りほどいた。
「けしょー落してくるよ〜。すぐ戻ってくるからねー」
 そして、化粧室へと走っていく。
 一人部屋に残ったゼスタは、気を紛らわせるかのように貰ったチョコレートを食べて、テーブルの上の菓子を食べて、極甘の紅茶を淹れて飲んでいく。
「そういえば、ラブレターもらったんだっけ」
 そして、一息ついたところで思い出す。
 赤髪のツインテールの魔女から受け取った手紙には、こう書かれていた。
「パラミタ大陸シャンバラ王国タシガン領にお住まいの名家の御曹司吸血鬼さんに質問です。
 キャラクエの必殺技【艶魔凶刃】はなんて読むんですか?」
 その質問に、ゼスタはくすりと笑みを浮かべて、こう答えた。
「俺に必殺技なんてものはない。君が感じた印象が、単語として表れただけさ」

「初々しい子が沢山いるわね……」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、会場にいる少年少女達を見回して。それから……。
「未来の宇宙刑事たちだね!」
 隣で目を輝かせている金元 ななな(かねもと・ななな)を見て、ちょっと吐息をついた。
「ななな君ももう新入生じゃないのよ? わかってる?」
「うん、先輩になったんだね」
「そう、後輩が出来るの。だからもう少し自覚を持ってほしいのだけ……」
「レーダーに反応あり! あれは宇宙餡蜜〜! 出動せよ、ななな!」
 突如どびゅーんと、なななは給仕の女性が持ってきた餡蜜に突撃していった。
 はあ、とため息をつきながら、リカインとパートナーのサンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)はなななを追う。
「真面目な話が通じない。この1年いろんなところで顔をあわせて、いっつも注意してきたような気もするけれど……なんか、意味があったのだろうか」
 リカインはそんな風に感じてしまう。
「そうそう、どういうわけが、話がパンツの話題になっちゃうし」
 サンドラはそうため息をつく。
「それはななな君だけのせいではないけどねー」
 じーっとリカインはサンドラを見る。
「えー、ううっ。そうならないようにアンクレットをプレゼントしたはずなのに……」
「はい、どうぞ。パンツは入ってないけどね」
 ななながサンドラとリカインに餡蜜を差し出した。
「そんなモン入ってたら困るっ!」
 言いながら、サンドラはなななから餡蜜を受け取った。
「ん? この餡蜜、ピンクの餡子が入ってるんだね?」
「うん、桜餡だって。M76星雲も、今頃桜嵐が吹き荒れてるんだろうなー」
 などと言いながら、なななは外に目を向けた。
 リカインとサンドラも窓の外に目を向ける。
 桜の木が一本だけ見える。
 風が拭くと、花びらがふわふわと空に舞う。
 その春の姿に、なななの顔に微笑が浮かぶ。
「さて、ななな君」
 桜餡蜜を堪能し、しばしの桜観賞を楽しんだ後。
「これからの1年に向けての想いを聞かせてくれる? 素直な気持ちでいいわよ」
 リカインがそう言い、サンドラは……。
「少し離れてようか? パンツな話にならないように」
 そんなことを言いながら、リカインの後ろに隠れてなななの視界から姿を消した。
「宇宙刑事としてシャンバラだけではなくニルヴァーナの平和を守る! 後0.05秒間で装備できるパワードスーツが欲しい! それから、時速100万kmで飛行できる小型飛空艇が欲しい! でもってバナナはおやつに……」
「待て待て待て」
 新入生の前で堂々と話すなななを、リカインが止める。
「最後の方……むしろ、2つ目から欲求になってるんだけど」
「うん、とにかく宇宙刑事として頑張るんだよ!」
 との事だった。
 目を輝かせて言い切るなななを見て。
「つまり、変わらずってことね」
「楽しい1年になりそうな予感……?」
 リカインとサンドラは顔を合わせて笑い合った。

○     ○     ○


「アレナさん、謝恩会には出席しなかったのネ? 懇親会にも出ないノ?」
「はい、ちょっと入りづらくなってしまいまして……えっと、会いにくい、人がいて……」
 会場の側でうろうろしていたアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)を、茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)のパートナーのキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)が、会場の裏に連れてきていた。
「アレナさん、また溜め込んでない? 大声出すとスッキリするワヨ」
 そう言って、キャンディスはスプレー缶のような缶をアレナに差し出した。
「これは……なんですか?」
 缶には、『ボイスチェンジャー缶』と書かれている。
「これは声を変える薬なのヨ。こうして吸い込んで、声を発すると」
 キャンディスは缶の中のガスを吸い込んで「王様の耳はロバの耳!」と叫んだ。
 確かにキャンディスが言っているのに、口からはいつもとは全く違う声が発せられていた。
「ストレス発散には旅行や食事、コスプレにカラオケなど等色々な手段があるわヨネ。カラオケは山でヤッホーと叫んだり、海のバカヤローと叫ぶのと同じで、大声を出す事で発散するものだと思うワ」
 そうでなくても声に出すことで、スッキリする事や心が軽くなる面があるからと。
 キャンディスはボイスチェンジャー缶をアレナに握らせる。
 リーア・エルレンが作った、一瞬だけ声を変えることが出来るガスが入った缶だ――キャンディスは有名人以外の缶を適当に選んできた。
「人に聞かれたらという不安があるから迂闊には言えないケド、この缶を使えば大丈夫ヨ。 聞かれても誰もアレナさんだとは思わないネ。後で使ってネ〜」
 そう言って、キャンディスはアレナを励ますと、その場から離れた。

 アレナはしばらくの間、ボイスチェンジャー缶をじっと見ていた。
 そしてきょろきょろ周りを見回して、上空も確認して。
 更に、積んであるガラクタの中に小さくなって隠れながら。
 ガスを吸い込んで、思い切り吐き出す――。

「ーーーーーーーー!」

 その叫びは会場の裏側にあったトイレに響き渡り、キャンディスの他、十数名の在校生、新入生が耳にしたという。
 ちなみにその缶には『ミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)缶』と書かれていた。