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「今日もいい修行だったーっ」
 ミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)は、ぐっと体を伸ばした。
「いい汗かいたでござるな」
 真田 佐保(さなだ・さほ)が、濡らしたタオルで顔を拭く。
 葦原島にある公園で、修行を終えた2人は、爽やかな笑みを浮かべながら汗を拭いたり、飲み物を飲んで休息をとっていた。
「休みの日は、こうして一日修行できるんですよね。先輩にお付き合いで来て、とっても有意義ですし、とても楽しいです」
「そうだな。拙者も1人の日より、そなたが付き添ってくれる日の方が、効率が良いと感じているでござる」
「そうですか、良かったです」
 ミーナは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「あの、それで……」
 ちょっと緊張しつつも、ミーナは佐保に訊いてみることにする。
「佐保先輩。明日の修行、よかったらミーナにお昼用意させてください」
「お昼か、弁当なら自分で用意しているが……」
「あ、もちろんお邪魔じゃなかったら……です……けど……」
 少し不安気なミーナの言葉に、佐保は。
「邪魔などということはござらんよ」
「では、えっと、修行に付き合わせていただいているお礼なんです。先輩から沢山のことを学ばせていただいていますから!」
「そうか……任せても良いでござるか?」
「はい! 先輩の大好きなもの、いっぱい作ってきます♪」
 ミーナは元気よく返事をして、何が好きですか? と質問をしていく。
「好物は……信州の蕎麦や、リンゴ、栗ようかん、だが……。弁当には適さないでござるな。どんな風に工夫してくれるのか、楽しみにしているでござるよ」
「お蕎麦にリンゴに、栗ようかん、ですね……。大丈夫です。任せてください!」
 日本の店によって、信州蕎麦やリンゴを買って帰ろう、栗ようかんは手作り間に合うかな? などと、ミーナは微笑みながら考えていく。
「それでは、拙者が作った握り飯は、ミーナに食べてもらうでござるよ。具の好みはあるでござるか?」
「そ、そんな。もったいないです。先輩は朝、ゆっくり休んでいてください。夜も修行をされているのでしょうから」
「そうか。では今晩は深夜まで修行をさせてもらい、明日の朝は少しゆっくりさせてもらうでござるよ」
「はい!」
 佐保が作った握り飯――食べたいなと思いながらも、ミーナは今回は遠慮した。
 明日のお昼は、この公園で、2人で蕎麦を食べよう。
「晴れるといいですね……」
「そうでござるな」
 共に、空を見上げる。
 空には、星が見え始めていた。
 多分、明日も晴れる、はず。

○     ○     ○


 柔らかく暖かな光が降り注ぐ、優しい春の、普通の日。
 特に用事も予定もない、一日。
 ごく当たり前の、日常。
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)と、遠野 歌菜(とおの・かな)夫婦は、そんな春の一日を、のんびりと自宅で過ごしていた。
「庭でお茶にしない?」
 エプロン姿の歌菜が、焼きたてのクッキーを手に、キッチンから顔を出した。
「そうだな、随分暖かくなったし」
 羽純はソファーから腰を上げて、窓を開けて。
 サンダルを穿くと、庭へと下りた。
 ガーデンテーブルとチェアーの準備をして。
 一旦家に戻ると、ティーセットとポットを手に、羽純は下りて。
 歌菜はクッキーと、テーブルに飾る花瓶をトレーに乗せて、庭へと出た。
 庭の方に体を向けて。隣り合って腰かけて。
 春の空気を感じながら、光の暖かさと、草花の香りを感じながら。
 ゆっくりと、優しい時間を過ごしていく。
 お茶を飲み、クッキーを摘まみ。
 穏やかな時を、大切な人と過ごす――。
(これ以上の贅沢な時間は……きっと無いのだろう)
 羽純はこの時が、何よりも贅沢であると感じていた。
 歌菜はそっと、彼のことを見ていた。
 微笑みながら、彼のことを見詰めていた。
 春の陽射しはとても暖かくて。
 とっても……幸福で。
 安らかな空気に抱かれていて。
そう――
 歌菜は目を、そっと閉じていた。
(聞く必要もない)
 羽純は、歌菜が自分を見ていることに気付いていた。
 そして、彼女の瞳を見ただけで、彼女が何を考えているのかを、理解していた。
 言葉で、聞かずとも。テレパシーで語りかけられずとも。
 歌菜の瞳が語っていた。
(この時間を幸福だと……。言葉には出さなくても伝わる事があるんだな……)
 羽純は実感しながら、目を閉じて眠りに落ちていく歌菜を愛しげに見つめていた。
 穏やかなうたた寝を始めた歌菜を、少しの間そうして眺めていた羽純だけれど。
「風邪など引かれても困るからな……」
 もう少し、この優しい空間の中で。
 彼女の寝顔を眺めていたい気もするけれど。
 羽純は彼女の体に手を伸ばして、抱き上げて。
「続きの夢は――部屋で、な」
 そっとそう囁きかけて。
 歌菜を部屋へと運んでいく。

 寝顔に、幸福が溢れていた。
 暖かな光と、優しく包んでくれる風も。
 運ばれてくる、草花の心地良い香りも。
 2人を――愛する人と生きる人々を。
 祝福してくれている、ようだった。