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砂上楼閣 第一部(第1回/全4回)

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砂上楼閣 第一部(第1回/全4回)
砂上楼閣 第一部(第1回/全4回) 砂上楼閣 第一部(第1回/全4回)

リアクション

 ブリッジに、外務大臣のいる貴賓室、動力室等、薔薇学生の多くが重要な拠点に配置される中、一人寂しく貨物室の警備を言い渡された者がいた。否、貨物室の警備を「任された」というよりも「追いやられた」と言った方が正解かもしれない人物は、薔薇学きっての奇人変人変熊 仮面(へんくま・かめん)だ。
「まぁ…普段の行動の結果だ…恨むつもりはないがな…どうも裸に慣れてしまうと、動きづらくてしょうがないな…」
 彼は常に裸に真っ赤なマフラー、イエニチェリもどきのマントを身にまとっただけの姿で生活している。さすがに今日は制服を着用をしていたが、やはり何だか落ち着かない。
 と、そのとき変熊は、積み上げられた木箱の向こう側に、人影があることに気がついた。密航者を防ぐため、飛空艇内部にはすべて禁猟区が張り巡らされている。侵入者がいればすぐに分かるはずなのだが…何故、反応しないのか。
 首を傾げつつも変熊は、光学迷彩を使って姿を消すと、人影の方に近づいていく。
 そこにいたのは、薄汚れた身なりをした15〜16才くらいの少年だった。
 膝を抱え、木箱に寄りかかった少年は、天井を見上げて呟く。
「この船…どこに行くんだろう? 楽しみだな〜」
 何故、禁猟区が反応しないのかは分からないが、少年が密航者であることは間違いないようだ。変熊は少年の肩をポンッと叩くと同時に光学迷彩を解いた。
「君は誰だね?」
「うわぁあっ?!」
 誰もいないはずの空間に、突然人が現れたのだ。驚いた少年は、思わずずるりと身体を床に滑らせた。少年は天井を見上げたままの格好で変熊の問いに答えた。
「え…と…梶原大河…」
 少年が素直に名前を告げたことに、変熊は密かに驚いていた。密航という行為は許せないが、根は正直な少年なのだろう。
「ほほぉう、素直なのは良いことだ」
 うんうんと頷きながら、一人で納得する変熊に少年・大河は奇妙なものを見るような視線を向けた。しかし、観念したのか、腹筋を使って起きあがると、大きく両手を頭の上で伸ばした。
「あ〜あ、俺の冒険もここで終わりかぁ!」
 残念だと言わんばかりに口を尖らせる大河に、変熊は興味を引かれた。
「冒険?」
「そう冒険! 俺もアンタ達みたいにパラミタで冒険してみたくってさ〜。こっそり新幹線に乗り込んで、パラミタに来て。そこから船とか飛空艇とかにに乗り込んで、いろいろな街を見て回ったよ」
 密航者の少年はまったく悪びれない。変熊の前で胡座をかいて座り込むと、パラミタでの冒険譚を話し出した。
「でっかいお化けみたいな木の上にできた街も見たし、軍事要塞みたいな所もあったな〜。そこでは、うっかり兵隊に見つかっちまって、もう必死で逃げたのなんの」
 楽しげに話す大河の様子からも、それはすべて本当の話なのだろう。しかし、変熊は彼の言葉に何か引っかかるものを感じた。
「…一つ聞きたいのだが?」
「なに?」
「君のパートナーはどこにいるんだね?」
「パートナー? 何それ?」
 大河はいかにも不思議そうな様子で首を傾げた。
 その瞬間、変熊はすべてを悟った!
「君はパラミタ人と契約も結ばないまま、一人でこの大陸を冒険して回ったというのか!」
 変熊は感激も露わに拳を天井へと突き上げ、叫ぶ。
 対して大河は、変熊が何をそんなに感激しているのかすら分からず戸惑った。
「…まぁ…そうなんじゃん。俺、ずっと一人で旅してたし」
「すごい! すごすぎるぞ!」
 そう言うや否や、変熊は着ていた制服を脱ぎだした。
「君にはぜひ俺の制服をくれてやろう! この制服を着ていれば、少なくともこの飛空艇内ならば自由に動けるはずだ! 君の冒険はこんな所では終わらないぞ!」
 いきなり目の前ではじまった変熊のストリップに、大河は唖然とする。しかし、脱ぎたての制服を目の前に突き出された瞬間、我に返った。
「いや、いいって!」
「遠慮をするな。俺の任務は鼠の駆除ではない。外務大臣や貨物に危害を加えるならば、容赦はしないがな」
「だから、それじゃアンタが裸になっちまうだろっ。てか、とりあえず、その腰のものを隠せってば!」
 二人が「やる」「いらない」の押し問答をしている間に、貨物室の入口に複数の人影が現れた。
「こちらで人の声が聞こえたが、変熊、何かあったのか?」
 入ってきたのは、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)とぬいぐるみのように愛らしいドラゴニュートのファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)。それからスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)だった。
 変熊と大河が慌てて姿を隠そうとしたときには、すでに遅かった。
「あ〜誰、その人?!」
 目敏いファルが、大河を見つけると、短い足でちょこちょこと駆け寄ってきた。
「俺の目にはどう見ても密航者にしか見えないのだが。どういうことだ、変熊?」
 変熊を見る呼雪の視線は鋭い。
「こいつは、俺の大親友だ。別に怪しい者などではない!」
 変熊は呼雪達に向かって、堂々と胸を張った。いきなり大親友に祭りあげられた大河は内心「こんな変態と友達になった覚えはない」と思っていたが、ここは黙っていた方が得策だろう。少なくとも変熊は、密航者である自分を捕まえようとはしなかったのだから。悪いヤツではないはずだ。
「まぁ、怪しいのはお前も同じだがな」
 全裸で仁王立ちをする変熊に、呼雪は大きくため息をつかずにはいられない。出発前、ルドルフからあれほど「服を着るように」と厳重注意をされたのに、この男はまったく懲りていないようだ。
「ほら、アンタも早く服を着ろよ」
 呼雪の嘆息を知ってか知らずか、大河が無理矢理押しつけられた制服を変熊に渡した。
「そうだよ〜。ルドルフさんにまた怒られちゃうよ〜」
 ファルにまでそう言われては、さすがの変熊も分が悪い。
「う…む、分かった」
 不満を隠せないものの、渋々ながらも変熊は制服に袖を通す。何とも表しがたい空気が貨物室に漂う中、スレヴィが場を取りなすように、ティーセットを差し出した。
「とりあえずお茶にしない? みんな少し落ちついた方が良いよ」
「やた〜お茶だぁ! もちろんお菓子もあるよね!」
 スレヴィの提案に甘いものが大好きなファルは大喜びだ。密航者の少年からから話を聞き出す必要性を感じていた呼雪もまた無言で頷く。どうやら少年に抵抗する意志はないようだ。ならば、和やかな雰囲気を演出してやった方が、少年の口も軽くなるだろうから。



「ほんっとここってすごいよな〜。その辺の道を歩いていたら、人間くらいでっかいクワガタが空を覆うくらいの群れになって飛んでくるし、海辺で日光浴していたら三つ目のでっかい鮫が襲いかかってきたし。この前、こっそり飛空艇に潜り込んで木の街みたいな所に行ったときなんて、ドラゴンが集団で襲いかかってきたんだぜ」
 スレヴィが入れたお茶で喉を潤しながら、大河は先ほど変熊にしていた冒険譚の続きを話し出した。
 興奮を隠せないファルは、身を乗り出すようにして大河の話に耳を傾けている。ファルの中で大河は完全に世界を旅する英雄だった。
「タイガってすごいんだね〜! そんな大きな怪物を全部一人で倒しちゃったんだ!」
 大河はファルの期待に満ちた問いかけをあっさりと否定した。
「そんなことできるわけねぇじゃん。いつも俺は必死で逃げているだけ」
「普通、簡単に逃げられるものではないと思うがな」
 大河の話を総合すると、彼が行く先々で出逢った災難はすべて、パートナーを持たない故にパラミタに拒まれた結果だと推測された。しかし、呼雪が言ったとおり、普通、何の力も持たない人間が、無事にパラミタに生息する怪物達から、逃げ切れる可能性はコンマ以下だ。現地の者達とパートナー契約を結んだ者ですら、仲間の存在もないままで、その強大な力の前に一人身をさらされたとしたら…?
「君はどれだけ強運なんだ…」
 呆れたように呟く呼雪の横で、変熊が脳天気なことを言い出した。
「もっしかして、この船もドラゴンの集団に襲われたりしたりしてな〜!」
「馬鹿なことを言わないでください!」
「この船には外務大臣が乗っているんだぞ!」
 スレヴィと呼雪はテーブルを叩いて立ち上がると、二人同時に変熊を怒鳴りつけた。二人の剣幕に変熊はたじたじだ。
「いや、まぁ、なんというか。その。ただの冗談どいうか…」
「冗談で済まなかったら、どうするつもりなんですか!」
 空賊の襲来を知らせる警報が、飛空艇中に鳴り響いたのは、スレヴィが再びテーブルを叩いたのとほぼ同時のことだった。