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砂上楼閣 第一部(第1回/全4回)

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砂上楼閣 第一部(第1回/全4回)
砂上楼閣 第一部(第1回/全4回) 砂上楼閣 第一部(第1回/全4回)

リアクション

「これからタシガン家へ向かう。皆の行動如何では、今後の交渉に影響を及ぼす可能性もある。全員、気を引き締めて警備にかかれ」
 校庭に集まった生徒達にディヤーブは淡々と告げた。普段は寡黙な男だが、別に他者とのコミュニケーションを拒絶しているわけではない。必要なときに必要なことだけを…ディヤーブとはそんな男だった。
 背筋をピンッと伸ばし、訓令する様はまるで鬼教官さながらの雄々しさだ。しかし、話を聞く生徒達は一様に、必死の形相で笑いを抑えていた。何故なら、ディヤーブの肩には、アラビアンナイトに出てくる小さな王子様さながらのアリス・リリルシュディー・ルクン(るしゅでぃー・るくん)がちょこんと乗っかっているからだ。初めは物珍しそうに校庭に並んだ薔薇学生を見ていたルシュディーだったが、すぐに飽きたのか。足をバタバタさせながら、ディヤーブの耳にささやきかける。
「おとーさん、はやくおでかけしようよぉ〜」
 苦笑いを浮かべたディヤーブは、ルシュディーを宥めるように頭を撫でる。
 大柄で無骨なアラブ人と、幼い少年。それは一見、微笑ましい親子の触れ合いだが、彼らが親子ではないことを生徒達は知っていた。だからこそ恐ろしくて聞くに聞けないのだ。校長は男色家、その側近であるイエニチェリは幼子嗜好だなんて、嫌すぎる。
「もしかしてディヤーブってショタコン?」
 誰しもが口に出せずにいた一言を大声で呟いた怖いもの知らずは、カーリー・ディアディール(かーりー・でぃあでぃーる)だった。性別は女性だが、見た目が中性的であることもあってか、生徒でもないのに堂々と薔薇の学舎の校舎まで平気で踏み込んでくる。
「バッ、馬鹿姉貴ッ! 何てことを言ってるんだっ!」
 カーリーの弟であるアルカナ・ディアディール(あるかな・でぃあでぃーる)が飛び上がるようにして、彼女の口元を抑えた。姉が自由奔放すぎるのは今に始まったことではないが、こんなくだらない発言でイエニチェリに目を付けられたら、後々面倒である。通常できるだけカーリーには「近づかない」と決めているアルカナだったが、今回ばかりはそうも言ってはいられない。これ以上、暴言を吐く前に何としても止めなくては。
「ちょっとっアル?!」
 アルカナに押さえつけられたカーリーが抗議の声を上げようとするが、二人の契約者であるサトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)が慌てて手を挙げた。
「あのっ、地図とかもらえないでしょうかっ?! それから入ったらいけない場所も教えて欲しいです!」
 苦し紛れではあったが、サトゥルヌスの発言はこれから警備に向かう者にとっては確認が必要な事項である。ディヤーブは苦笑いを浮かべると、アルカナに向かって頷いて見せた。カーリーの発言は不問と言うことなのだろう。
「我々はあくまでもタシガン家に雇われた門番に過ぎないことを皆にはわきまえてもらいたい。屋敷内への立ち入りは一切禁止だ」
 ディヤーブの言葉に生徒達の間でざわめきが起きる。タシガン家の警備を担当すると聞いて、皆一様に物々しい警備を予想していたのだ。それがただの「門番」とはあまりにも期待はずれだ。
 しかし、その後に続いた言葉に、生徒達の目は輝いた。
「だが、中に入っていく者や出て行く者、すべて顔を覚えておいて欲しい。これは警備という名の隠密調査だ」
 隠密調査…なんて格好良い響きだろう。それは冒険譚や英雄に憧れパラミタへとやってきた少年達のやる気を掻き立てるには十分な理由だ。もちろん一連の指示を出したジェイダスの目的が別にあることをディヤーブは知っていたが。
 しかし、俄然やる気になった少年達の中で、異なる反応をしている者も中にはいた。黒崎 天音(くろさき・あまね)だ。
「上手いこと言うもんだね」
 気怠げな表情を浮かべた天音は、些かひねくれている部分はあるものの思慮深い少年だった。外務大臣の来訪に沸き立つ生徒達を、一歩下がった位置から冷静に観察している。それ故、イエニチェリであるディヤーブを含め、警備を買って出た他の生徒達を頭から信用していないし、するつもりもない。
 天音の契約者であるブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は、彼の斜め45度から他人を観察するような態度を見かねたのだろう。半ば呆れながらも黒崎を諭した。
「そういつも他人を疑ってかかるのはどうだろうな?」
「こればかりは性分だから仕方がないね。それとも君が僕に他者を純粋に信じる心を与えてくれるのかい?」
 天音はいつもこんな風に相手を試すような物言いをする。それでいて、命にかかわるような状況でも一人で何とかしようとするのだ。契約者であるブルーズにすら頼ろうとしない。ブルーズはそれが不満だった。万が一の場合は、天音が何と言おうと身を挺して守るつもりでいるけれど。
 と、そのとき、ブルーズは天音がある生徒をジッと見つめていることに気がついた。天音の視線の先にいたのは、金髪の少年クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)と銀の髪を持つクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)だった。
「タシガン家の隠し通路とか見つけられないかな?」
「外から探すだけじゃ難しいんじゃない。簡単に見つかるようなら隠し通路の意味がないし」
「それもそうか」
 まるで一対の彫像のように、金と銀、それぞれに異なる輝きを秘めた髪を持つ2人の少年が肩をすくめて笑っている。隠し通路から領主邸に潜入する冒険譚でも夢想していたのであろうか。別に注目するような行動をとっているとも思えないのだが。
「どうした、天音?」
 それでも視線を移そうとしない天音を訝しがったブルーズが問いかける。
 しかし天音は「いや、別に」と静かに首を左右に振っただけだっただ。
 と、そのとき。
「隠密調査なんて柄じゃないな。オレは白馬で屋敷の周りを見て回ろうか」
 天音は、まるで自らの行動を申告するかの如く呟かれた声を耳にした。不審に思って振り向いてみると、そこには一学年下の後輩である鬼院 尋人(きいん・ひろと)がいた。
 一瞬二人の視線が交差したが、尋人はふいっと顔を背ける。尋人は常に独立独行を実戦する天音に対し、密かな憧れを抱いていた。この機会に自らの存在をアピールしたいと思いつつ、いざ目が合うとまともに会話することなんてできない。不器用な性格なのだ。
 天音の心のノートを紐解くと、このときの鬼院に関する記述が書き込まれている。流暢な筆跡で書かれた文字は「コイツも怪しい」。たったそれだけ。尋人もつくづく報われない少年である。