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リアクション
第4章 秋深し、隣は何をする人ぞ
モン族領内に進んでいく野戦機動車とバイクの一団、志賀達がモン族の方に向かっているのだ。
「モン族の方とも、話を進めるんですよね?」
アンヴィルは採掘にも興味があるようだ。
「ところで、参謀長殿はお忙しそうですが、大丈夫でしょうか?また狙われる可能性はあるかと不安ですが」
野戦機動車を運転しながらサーデヴァル・ジレスン(さーでばる・じれすん)が言った。移動の多い志賀はある意味狙いやすいと考えている。
「ああ、また狙われる可能性はあるでしょうね。ま、それが怖くちゃ参謀長なんてできませんし」
後席の志賀はいたって気楽そうな表情である。
「実際、爆破事件の件は今だ犯人が不明のようですが、はっきりしないのは不気味です」
アンヴィルは丸くなるような感じで座席に沈み込む。
「情報をきちんと整理すればある程度は判断できるけど」
「参謀長はある程度、目星が?」
「まあ、確定じゃないけどね……。そもそも交渉の場所で爆破した以上、交渉に影響を及ぼすつもりなのは間違いないところでしょう。さて、問題ですがぁ〜、ラク族との交渉は結果が三種類想定できます。ラク族がどちらと手を組むか、ですが一つが我々教導団とラク族が同盟する場合」
「もう一つがワイフェン族とラク族が同盟する場合ですよね」
ジレスンはバックミラーで志賀を確認する。
「ええ、そしてもう一つあります。ワイフェン族にも大勢怪我人が出ている以上、相手の狙いは第3の結果でしょう。言うなれば現状は第3の結果に近い。そしてもう一つは戦争の原因となっている両陣営の主張です。我々は『地球人とシャンバラ人が協力して早急にシャンバラ王国を復活させる』と言うものです。これに対してワイフェン族の主張は異なります。『時間はかかってもいいから、地球人を排除してシャンバラ人自身の手でシャンバラ王国を復活させる』と言うことになります」
「現状でワイフェン族は地球人の排除を目的としていますからね」
「では、我々とワイフェン族の共通点は何でしょうか?相手が第3の結果を望むという事は我々とワイフェン族、どちらともラク族を組ませたくない……。つまり、我々とワイフェン族、その共通点……それを否定する者が犯人と考えられます」
まもなく、モン族の拠点、タバル砦に着いた。
出迎えたのはイレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)と月島 悠(つきしま・ゆう)である。
オーヴィルはモン族との連絡を積極的に行っている。オーヴィルも羊毛に目をつけ、内々に調査を行っているようだ。
「航空科の連中が羊振る舞われたって聞きましてね。ま、ちょっといいなあ、とか思っていましたので」
「まあ、肉はあんまり食べる人がいないかもしれませんね、羊ですから」
志賀はちらりとオーヴィルの方を見た。オーヴィルはラピト外縁での戦いでも敵に痛撃を加えている。政戦両略で使えるなら志賀としては万々歳である。
「防寒具に使用できればいいですが」
「やっぱり、軍用セーター。発注しちゃいましょう」
オーヴィルは、産業としてはそれほど考えていないようであるが、羊毛の利用として防寒具という所は狙っていたようだ。
「これから、寒くなりますからね。それと、鉱物資源のサンプルはすでにあたりをつけております」
「それは話が早い」
手際の良さに感心する志賀。早速、サンプルは技術部に送ることとなる。
「今の所、タンタル、インジウム、リチウムとのことですが、他にも出ないかできれば調査したいところです」
「調査は続けてくれていいです。但し、むやみに掘り返さないように。資源採掘自体はきちんと教導団とモン族とで話し合いをしなければなりません。また情報はモン族以外には漏らさないようにしてください」
「了解です」
不用意に情報を流しておかしな連中に目をつけられれば皆が迷惑する。元々の採掘権はモン族にある以上、むやみに勝手なことはできない。
「当面は鉄鉱石を中心に教導団に輸出……ていうほどでもないでしょうがお願いしております」
「それでいいでしょう。レアメタルなども当面は技術部で必要な量だけお願いする様にしましょう。将来、モン族の大事な収入源になるでしょうから」
今の所は物々交換に近い形で物資の交換などが行われている。
「ところで、タバル砦はどうするのでしょうか?」
月島は現状での扱いに心配している。タバル砦を中心にして展開しているが、この先はどうするのか?
「ん。別にこのまま」
「立て籠もる状況に備えて間道を封鎖するとかは?」
「まさか、重要な連絡線ですよ。そんな事しませんよ」
志賀は首を振った。
月島はタバル砦で待ち構えるのではないかと考えて間道が封鎖されるのではないかと心配していたが、現状で師団は砦を出て前方の街道の分岐点近くに展開している。タバル砦にいると街道からラピト方面に抜けられてしまうからだ。もし、タバル砦に籠城等と言うことになったらそれこそ間道は貴重な連絡線である。そう簡単に封鎖などする訳にはいかない。
その頃、せっせと間道で作業しているのはハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)である。ヴェーゼルはタバル砦に籠城した際に間道から回り込まれる事態を危惧している。そのため、いざと言うとき、間道を封鎖できるよう、爆破準備を進めていた。
「ベトン作るのは大変ですわあ」
クリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)は封鎖工事の為の資材を調達中である。
基本となるセメント材料はモン族から分けてもらい、火術を利用してせっせと加工していた。そこに月島がやってくる。
「おーい。作業はちょっと待て」
「何かあったのか?」
作業を進めているヴェーゼルは怪訝な顔をしている。
「間道は封鎖しないとの事だ」
「何だと、回り込まれたらどうするつもりだ?」
「むしろ、籠城する場合、ラピト方面と連絡を取るのに必要との見解だ」
月島は間道封鎖に反対している。というか封鎖に前向きなのはヴェーゼルだけだ。
「むう。せっかくここまで準備したというのに」
「仕掛けるのはかまわんが、間違って爆発したりしないようにしてくれ」
月島は大丈夫かな〜という顔で見ている。
モン族の鉱山は割と浅めに作られている。いわゆる露天掘りに近い。これは掘る上で比較的楽と言えよう。石炭などの場合は露天掘りかどうかで大きくコストに影響するからだ。中国では石炭が露天掘りなので未だに燃料として使用できるが日本では深く採掘せねばならず、採算がとれないため、現在では石炭採掘は行われていない。
モン族の鉱山に来ているのは一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)と沙 鈴(しゃ・りん)である。
「まあ、露天掘り中心なのは便利ですねえ」
「電動ドリルも役に立っているようですわ」
一条と沙はモン族の採掘状況を調査に来ている。今まではツルハシ、タガネで掘っていた事を考えると、電動ドリルの部分的導入でずいぶん効率は上がっている。
「まあ、掘るのはいいけど、精錬は効率悪いわ」
さすがにこの点では近代的な方式を使用できていないからだ。
「でもあまりいきなりの技術導入はまずいようですし」
「難しいわねえ」
一応、コークスがとれるので鉄を溶かして精錬できるが細かい成分調整までは無理なので、粗鋼を作ってもらって教導団で二次精錬を行うことになるだろう。
「もう少し、採掘指導すればいいかしら」
一条としては生産量を増やしたいところだ。
「あんまりやり過ぎると問題になりますよ」
「何、技術だけじゃなくてもいろいろできるでしょ」
鉄鉱石はそうでもないが、レアメタルは穴掘って採掘しているらしい。穴を支える鉄材などはある程度教導団から支給することにすればいい。現状のように木材で補強しているよりはましである。事故がないように協力できればそれに越したことはないし、そのための技術導入はある意味やむを得ないからだ。技術導入のみならず、協力できることはそれなりにはある。
モン族周辺ではしばらく一緒にいたせいか、皆いろいろやっているようだ。
カッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)はラガービールを持ち込んできた。冷えたビールは好評であったが、問題はこれを作ろうとすると設備がいる。というか、ビールそのものは現状作っているエールでかなり近いものができる。ただ『よく冷えた』となると冷蔵庫がいるのでちと問題だ。飲みねえ飲みねえと江戸っ子の様なことをやっている。
「なあ、ビール作らせようっていうならモン族じゃなくてラピト族じゃないか?」
久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)が疑問に思っている。
「いい麦はラピト族の方が持っているんだろ?」
「でも、あっちは小麦でしょ?」
「それを言ったらモン族だってそうだ。モン族は元々、農業じゃないだろう?」
作りやすさその他で言えば、一番味がいいが作りにくいのは小麦、次が大麦、ライ麦、カラス麦と来る。山岳地帯のモン族はライ麦、カラス麦などが多く、小麦はもっぱら交換で手に入れている。(だからこの間、小麦を運び込んでいる)何人かのモン族兵士がほどよく酔っぱらったところで久我はワイフェン族に関して聞いている。
「まあ〜硬い連中が多いですからの〜」
「融通効かない連中が多いようですな〜」
「働き者は多いですよ〜」
ワイフェン族はかなり真面目で働き者が多いようだ。ラピト族やモン族も働き者ではあるが、やや性格的にのんきで朗らかな感じである、これに対しワイフェン族はガリ勉的な感じであんまり冗談は通じないタイプらしい。割と頑固で思い込んだら命がけになりやすいようだ。ある意味、ラク族もこれに近い。そう言う意味ではワイフェン=ラク同盟はそれなりに成立する可能性はある。
さて、一方でうまくいかないで困っている者もいる。
張 飛(ちょう・ひ)はタバル砦で待機している。AMRを装備しようとしたのであるが、現状AMRは試験用の四挺しかなく、試験に使用するので手一杯である。
「ぬおおおおっ!こちらには回ってこないのか!」
体格的には確かにAMR向きではある。虎髭がかなり強面である。本来試験に参加すべきだったと言うべきであろう。張の場合、試験には参加せず、使用するつもりだったのが裏目に出ている。教導団はまだまだ運用を確立しながらの戦いである。焦って逆に失敗している感じだ。
慰めているのがホリィ・ドーラ(ほりぃ・どーら)であるが、こちらはそれほど残念そうには見えない。
「まあ、残念だったけどしょげないしょげない。ホリィちゃんは元気だよ!」
ドーラは地道に月島を手伝ってタバル砦で、警戒態勢に当たっている。
「近々派手に一戦あるようだし、おいちゃんはそのとき暴れればいいよぉ」
そんな中、タバル砦からモン族の街の方、さらにやや北に出張っているのが綺羅 瑠璃(きら・るー)と麻上 翼(まがみ・つばさ)である。綺羅は周辺の識字率を調べて回っている。予想以上に識字率は高い。ラク族やモン族はかなり高い識字率を持っている。これは交易や、鉱石採掘を行うにはそこそこ『読み書きそろばん』ができないと困るからだ。江戸時代の日本は当時、実は世界一の識字率を誇っていたがそれに近いであろう。ラピト族はやや劣るがそれでもほとんどの者が読み書きできる。これはおそらく古代シャンバラ王国時代の遺産と考えられる。その時代に文字が広く普及したため、現在に至るも名残が残っているのであろう。
「文字による情報伝達には目立った困難はない様だわ」
綺羅としては一安心である。一方、一安心ではないのが麻上だ。麻上の心配は前回、戦車部品の奪還で遺跡に突入した。その際、部品を奪った連中を影で扇動していたと思われる人物がいたからだ。
「件の人物は山越えで逃走したけど、方向を考えるとラク族の領域に逃げ込んだことになるよねえ」
と、言うことは件の人物はラク族領域にいる、もしくはそこを通過している事になる。
「ラク族の方面から敵が来ることはあるのでしょうか?」
「どうでしょう?交渉団の人たちの話ではラク族は今の所軍事的な動きは示していないですし」
綺羅も首をかしげる。
「それより、ラク族は今厳戒態勢と聞いています。怪しい者が通過したら捕まるのではないでしょうか?なぜ見つかっていないのでしょう」
「気づかれないように通過する方法があるのか、それとも通過しているけど怪しいと思われないのか?」
「そのあたりに裏事情がありそうですね」
タバル砦周辺は慌ただしいが、そこから大分南に行ったところはラピト族の領域である。そこの食堂、とは言っても昼は食堂、夜は居酒屋という田舎の店であるがそこで食事をしている二人組がいる。
「思ったより上手かったな」
ごっつい体格のドラゴニュートが匙をおいて言った。食事はそれほど見かけは立派なものではなかった。しかし、取れたてのみずみずしい野菜のサラダは軽く塩を掛けているだけでも美味い。野菜の味が濃厚なのだ。鶏肉も脂っこくなく、さらりとしている。玉子は黄身の色が橙がかっていていかにも栄養がありそうだ。全体的に薄味だが素材が新鮮であるためか味がはっきりしている。
「まあ、こういったのも悪くない。素朴な郷土料理と言う感じだな」
ドラゴニュートの向かいに座る黒崎 天音(くろさき・あまね)がそう言った。
ドラゴニュート、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が外を見ると、秋も深まりほぼ収穫も終わる頃である。畑ではそろそろ冬支度の時期である。
「あれだな。ゆる族が多いってのは聞いていたが」
見ているとウサギとモモンガのゆる族が多い。元々ラピト族はウサギのゆる族が多いがモモンガは用事があって来ているモン族の者らしい。食堂の娘が食器を片付けに来た。
「お嬢さん、ここに来る途中、トラクターを見かけたが、この辺には珍しいものだねぇ」
「あれですかあ〜。あれは教導団から村がもらったものです。お陰で農作業が楽になったっておじいちゃん達、皆喜んでますよ」
「ふむ、この辺は麦の産地らしいが、麦を買うことはできるだろうか?」
「麦ですか?向こうのお店に行けば売ってますよ」
話がかみ合っていない。娘が言っているのは米屋で一袋買う感覚である。黒崎は大規模な買い付けを考えている。話によると、大分、教導団が買い付けてるらしい。教導団は安くて良質な小麦を近くで調達できるので喜んでいるらしく、食料やエタノールの材料として買い込んでいる。一方ラピトは大量に買い付けてくれるのでほくほく顔の様で上手く共存しているらしい。黒崎の問題はタシガンまでは無茶苦茶遠いと言うことだ。輸送コストがかかるので果たして採算がとれるかどうかは解らない。この場所から見て、タシガンが主要学校の中で一番遠いからだ。
一番、遠くまで出張っている者がいる。正確には一人で残っていると言うべきか。国頭 武尊(くにがみ・たける)は戦車開発部品を奪った連中がいた遺跡周辺にまだ残っていた。西方の部族の動向が気になって偵察していたのだ。実際、前回の戦いの影響は出ていると言って良い。教導団が素早くかつ断固として鎮圧したため、周辺の敵対的中立部族はおとなしくなっている。あのまま放っておけば部品を奪った連中と結託してさらに反教導団的な動きに拍車がかかった可能性が大きい。第3師団に迂闊にちょっかい出すと痛い目にあう、と言うことが解ったためかおとなしくなっている。そこまでは安堵すべき事ではあるが、ここに来て事態が急展開し始めた。国頭の悩みはそこにある。
「参ったな〜」
波羅蜜多実業と教導団が戦闘状態に入ったからだ。表向き教導団の行動に反発して、と言うことになっているが大規模侵攻の素早さを見ると念入りに準備していたのは明らかだ。戦力的には圧倒的にパラ実であるが、パラ実はまともな軍事組織とは言い難く、パラ実の部隊同士で喧嘩している有様である。一方、教導団側は教導団長自ら精鋭第1師団を率いて迎撃に向かっている。こちらは数こそ劣勢だが精強であり、指揮系統もがっちりしている。また蒼空や百合園もどちらかと言えば教導団寄りであり、義勇兵が多く教導団に参加している。これはパラ実が軍隊と言うより略奪集団の傾向が多分に見受けられるからだ。パラ実中央としては何とか統制しようとしている様であるが末端まで行き届かず、あちこちで被害を出しているようである。そのためかパラ実生徒の中にもあえて教導団に義勇兵として志願する者が大勢いる状況だ。
まともに戦えば、数では劣勢でも教導団はそう簡単にやられないはずであるが、一つだけ問題がある。パラ実総長ドージェである。無茶苦茶に強く、常識が通用しない。そのため、第1師団は苦戦を強いられているようだ。
そして、この周辺の敵性部族はドージェを信奉している者が多く、ドージェが動き出したことでそちらに参加する者が続出している感じである。まあ、ドージェに憧れる若い連中が軒並み大荒野に向かった為か、こちらの方は奇妙な平和が訪れている。さすがに第3師団方面に攻めてくる余裕はない様だ。
「それにしても、どうしたもんかな〜」
本籍パラ実の国頭はどうするのか?立場的にも苦しいのは事実であろう。
教導団とモン族との交渉は順調にいった。モン族にしても羊毛の輸出により稼ぐことは望ましく、自分たちで使う分のみならず、多くの羊を確保することはその分、病気などで失うリスクを減らせるからだ。またこの事は間接的に大きな副次効果をもたらす事が予想される。羊を増やすことができれば、これを餌とするワイヴァーンの数を増やすことにつながるからだ。
細かな調整をヴァンジヤードに任せ、志賀は師団主力の所へ向かった。