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リアクション
第5章 GOGOピンポンダッシュ
第1騎兵大隊と強襲偵察大隊は現在、先行して街道近くを東、ワイフェン族方面に向かって進んでいる。敵の情報を掴み、反撃のきっかけとするのであるが、今回はあえて、『威力偵察』任務となっている。要するに一撃加えてすぐ逃げるピンポンダッシュである。
街道を行くとしばらくは平地が続いている。ここら辺はかなり広く動きやすい地形である。そのまま行くと左側(北側)に小高い山が一つ見えてきた。高さは百数十メートルである。
「ちょっと待つであります」
マリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)はその姿を見て言った。周辺には山がなくそこだけぽっこり突き出ている感じだ。ランカスターはコーミアが泣いているとは知らず、こっちに来ている。
「あれは念を入れて調査するべきであります」
「そう言えば、あそこだけ高くなってるよねえ」
黒乃 音子(くろの・ねこ)もそれを見て思った。
「この周辺ではあそこだけ高くなっているし、砲兵の観測に使えそうだね」
主部隊がゆっくり進む間、山に登っていく。
「わあ、よく見える〜」
カナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)が頂上で声を上げた。
「うむ、これはいい。この周辺ではここだけである」
ランカスターは周辺を見て言った。この山の周辺十キロ四方は高い山がなく周りが見渡しやすい。この周辺が予想戦場と考えるならここから航空部隊を管制すれば大分遠くまで見ることができる。そう言う意味で絶対に押さえてきたい地形である。
「ここからだと砲兵の観測にも便利だねえ」
「迫撃砲は射程が短いであろう?」
「そうだねえ、山の稜線に並べないといけないかも」
いずれにせよ、高地を押さえるのは戦の常道である。ここは優先確保地形として報告されることになる。そしてここから見るとよくわかるが街道周辺は開けた地形である。東のワイフェン領に向かう地形の南、右側は川が流れている。有り体に言って通行禁止である。
「川は凍るであろうか?」
ランカスターはそこが気になった。
「そうだね、流れが速いようだから多分凍らないよ」
問題は北、左側である。街道の北側にある小山の上から見ているわけだが、そこから街道に沿って東にずっと平行なベルト状に森が広がって視界を遮っている。
「迂回は可能であろうな」
「しかし、森の中だからね。高速での移動は難しい」
森を利用した迂回があり得ると言うことだ。これは注意が必要であろう。
小山は街道に面した南側は急峻だが東西は緩やかで登るのが可能だ。
残りは大分進んでいく。ラク族とワイフェン族との国境?まであと十数キロ、と言うところで部隊は一旦停止した。遠くに集結する部隊が見えたからだ。
「よくわからぬが、ずいぶんいるようだな」
クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が遠目に双眼鏡で覗く、今まで見たこともない人数だ。
「一端ここまで下がったのも可能な限りの戦力を集めて一気に押しつぶすつもりだな」
「ああ、単位あたりの火力はこちらが有利だ。連中は数で押すのが定石だからな」
佐野 亮司(さの・りょうじ)は前回、偵察がうまくいかなかったことから汚名返上とばかりに今回はやる気満々である。
「気になっているのは敵は航空戦力を保持しているかどうかということだ」
シュミットとしては敵側もそれなりに強化してくると見ている。
「俺は主力と離れて回り込んで様子を探る。地上部隊の方はできるだけ確認する」
「こちらは航空部隊の有無を確認するつもりだが」
問題はどうやってやるかだ。
「一撃加える際に、ティーレマンに空から見てもらおう。敵に航空戦力があるなら繰り出してくると考える」
ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)はシュミットに顔を向けられて頷いた。
そして、威力偵察任務隊はその目的の為、わざと姿を見せつつ、敵陣に向かって近づいていく。騎兵部隊と強襲偵察大隊は現状大がかりな重火器を所有していないので大きなダメージは与えられない。そのかわり、全員がバイク、もしくはサイドカー、ちょびっと馬に乗っているため、機動力は抜群だ。
「私に続きなさい〜」
そう叫んで真っ先に突っ込んでいくのはアルチュール・ド・リッシュモン(あるちゅーる・どりっしゅもん)である。敵は簡易な陣地にて警戒しているがそれほど堅陣ではない。
「冗談じゃないぜ、ここで先を越されたら格好がつかない」
ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)と何人かの懲罰部隊の連中は勢いよく突っ込んでいくリッシュモンを追い越そうと進んでいく、幸いバイクなのですぐに追い抜くことができる。なにしろ、すぐ後ろからは怖い女神様が警棒振り回して迫ってくる。
「逃げる奴は射殺する!それ、それ、行きなさい!」
水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は後ろから追い立てるように迫ってくる。
(あの女……絶対ぶっ殺す!)
声に出さずに誓ったバウアーは敵陣近くに迫ると左手でアサルトライフルの一斉射を加える。このあたりなかなかに器用である。腕前はかなりのものだ。バイクを斜めにして滑らせつつ、素早くライフルをベルトで肩に掛けつつ、手榴弾を放り投げる。素早く回り込んだ背後で爆発する。敵も撃ち返している。かなりの火力だが総数が多いためで思ったよりは少ない。敵も急いで兵を集めたので必ずしも精鋭ばかりと言うわけではない様だ。
一斉射を加えて敵前面を横切るように進む任務隊。その中で隙を伺っているのが甲賀 三郎(こうが・さぶろう)である。
「なかなか食らいついてこないですね〜」
甲賀は敵陣の方を見ながら言った。敵が追いかけて来たところで隙を突いて敵を捕虜にするつもりであるが、今の所、敵は簡単に出てこない。
「何か変な音がするよ」
後ろからついてきたロザリオ・パーシー(ろざりお・ぱーしー)がなにやら不安げな顔をした。何かこすれるようなざわざわした音がするのだ。そしてその音はだんだん大きくなってくる。
すると、敵陣のが左右に分かれるような動きをした。真ん中が開いたと思いきや何かが大勢飛び出してきた。
「な、なんだあ?!」
かしゃかしゃわきわきとうごめく生物が大量にこちらに高速で向かってきた。多数の脚が見える。
「こりゃあ……」
「蠍、蠍だよお!」
わらわらとと敵陣から飛び出してきたのは大きな蠍であった。体長は4、5メートルくらいはあるだろうか、はさみと尻尾を動かしながら素早く迫ってくる。
「この野郎!」
バウアーがライフルを射撃する。しかし、大蠍の甲羅に弾かれ、逸れるように明後日の方向に跳弾する。
「ライフルが効かねえ!」
単に大きなだけではない。甲羅が装甲の様に厚いのだ。
「じょ、冗談じゃないわ」
水原も焦っている。バイクを素早く回して一斉射加えるがびくともしない。間接部に当たればある程度効果はあるかもしれないが、高速で動いているため、とても狙って撃てる状況ではない。
「おらあ、急げ!」
皆は慌てて退却を開始する。大蠍の速度はかなり速い。さすがにバイクには劣るようだが油断できない。
「話に聞いてないぞ」
甲賀は驚いた。
「速く逃げるよ、このままじゃこっちが取り残される」
捕虜を捕まえるどころか、自分が捕虜になりそうな状況だ。元々、ピンポンダッシュで逃げる予定である。悠長に捕虜をとるどころではない。いささか今回の作戦を鑑みるに捕虜をとるというのは欲張りすぎである。
「これはとんでもないものが出て来たのう」
「のんきに言っている場合じゃない!」
やや離れた位置で待機している格好の緋桜 ケイ(ひおう・けい)は側車で観察している悠久ノ カナタ(とわの・かなた)にそう言うとサイドカーを走らせた。緋桜達は撤退支援である。必死で逃げるバウアーや甲賀らをわらわらと追いかける大蠍部隊。がちがちと鋏を動かし尻尾を振り立てている。鋏に捕まったら大変だ、上半身と下半身が泣く泣く離婚届に判を押すことになる。尻尾も鋭い槍のような威力が伺える。
その側面から近づくと悠久ノが派手に火術をぶちかました。一匹がひっくり返ったがすぐに起き上がった。
「ぬう、火術はあまり効果がないようじゃの」
蠍の甲羅、馬鹿にできぬようである。緋桜はサイドカーを運転しているので魔法が使えない。アサルトカービンを片手で撃つのがやっとである。
大岡 永谷(おおおか・とと)がランスで横からぶつかった。全速で体当たりする勢いであった為か、腹の所にランスを突き立てることに成功している。幸い、甲羅の継ぎ目だったらしい。しかし、バイクから振り落とされてしまう。そこに緋桜のサイドカーが走り込んでくる。
「つかまれ〜」
緋桜は器用に逆手でハンドルを握って曲がっている。(右手で左側のグリップを掴んでいるのだ)そしてその腕に左手のカービンを乗せている。大岡は側車にへばりつくように捕まると全力で走り出す。大岡の頭越しに悠久ノが再び今度は氷術を食らわせた。脚が凍り付いた蠍は動きを止めた、しばらく脚を動かしていると氷を壊して再び動き出す。幸い、氷術で足止めはできるようだ。
「それにしても頑丈じゃのう」
悠久ノもあきれかえっている。最初に攻撃を懸けた連中は離脱するところだ。緋桜達もこれに続く、殿軍ではフランソワ・ド・グラス(ふらんそわ・どぐらす)が左右に目を走らせている。取り残されたものがいたら大変だ。強行偵察の際は味方が捕まったりしないよう注意がいる。もしそうなったら大分情報が漏れてしまう。
「情報はもちかえってこそ価値がある。急げよ!」
攻撃部隊はわーっと後退した。
ややそこから離れたところの茂みで迷彩懸けて隠れているのは状況を観察している者達だ。
「敵の数はかなりの数やねえ」
「歩兵だけでもざっと三万というところだよね」
ニャイール・ド・ヴィニョル(にゃいーる・どびぃにょる)と熊猫 福(くまねこ・はっぴー)だ。敵兵力は確認したところ、歩兵が約三万、若干の投石機部隊を含む。これに一千ほどの騎兵部隊。そして推定百以上の蠍部隊である。
「敵の補給物資はどこやろか?」
「多分、敵の後ろの方にあるのはまちがいないと思うけど」
今回、二人が位置を確認しようと狙っているのは補給物資である。前回の戦いの件があり、敵が補給に併せて動いたことからその位置の確認は重要と見ている。学習しているのだ。しかし、敵は横に大きく広がっているため、後ろの方にあるであろう補給物資までは正確な位置は不明であった。もちろん、これだけの軍が動く以上、補給物資の集積は行っているはずである。
そして一緒に観察していた佐野は奇妙なものを確認した。
「……あれは……檻車か?」
敵陣の一角に妙な荷馬車が多数あるのだ。荷馬車の上に檻の様なものが構築されている。中世に囚人を輸送するために使った檻車と言って良い。佐野は敵に気づかれないよう、さらに目をこらし、双眼鏡の倍率を上げる。
「……オーク?」
檻車の中に大勢捕らえられているのは人型モンスター、オークの群れである。数は数百と言ったところか。これも何かの戦力として使うつもりなのだろう。
「突撃時の攪乱に使うつもりか?」
どうするつもりかは現状では解らないが、ワイフェン族側もいろいろ戦力強化を図っていることははっきりした。
敵は今だ戦力を整えている最中のようだ。あるいはオークや蠍がきちんと統制がとれるようになったら一斉に攻めてくるつもりかもしれない。
まもなく佐野達は迂回して戻っていく。
集結地に集まったところでシュミットらが情報を確認していた。
「航空戦力は見あたらなかったわけだな?」
「ええ、今の所戦力を集めている最中でかなり混然としています。しかし、先ほどの蠍部隊の際にも航空部隊とおぼしき敵の動きはありませんでした」
ティーレマンが答えた。今の所、敵には航空戦力はないと見ていい。これはある意味、重要な情報だ。さすがに立体的な攻撃は受けなくて済む。
「はい、ご苦労さん」
留守番していたファイディアス・パレオロゴス(ふぁいでぃあす・ぱれおろごす)がしがみついていた大岡を手当てしている。
「それにしても、いよいよ、敵も戦力を強化してきたようですねえ〜」
「あの蠍は対策を考えないと、高速で突っ込んでこられたらやっかいだ」
「尻尾に毒があるかどうかは解りませんが、迂闊に白兵戦はできない様ですね」
今までのような単なる歩兵戦闘では済まなくなってきたようだ。