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嘆きの邂逅~聖戦の足音~

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嘆きの邂逅~聖戦の足音~

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第2章 農家の人々

 清らかな水が流れる川と、のどかな田畑が続く道を馬車は走り、木造の平屋が遠くに見える位置で停車をした。
「ただ今戻りました」
 声と共に、イルミンスールのナナ・ノルデン(なな・のるでん)の姿が現れる。光学迷彩で姿を消し、空飛ぶ箒に乗って周囲を調べていたのだ。
「パラ実生の姿はこちらには見当たりません。農作物も見て回りましたが、一般的な野菜や果物が殆どで、麻薬などは見当たりませんでした」
「うん、ありがと〜」
 ミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)が、馬車の窓から可愛らしい顔を覗かせる。
「こちらの準備も整っております」
 その後から、蒼空学園の本郷 翔(ほんごう・かける)が声を発する。
「武器などは、全て馬車の中においていき、間違いが起こらないよう努めることにいたしましょう」
 農家の母屋に直接向かうメンバーは、白百合団員と、以前の作戦でミルミに協力をしたメンバーだけであり、問題を起こそうな人物はいなかった。……しいて言えば、ミルミ本人が少し心配だが、それは皆で注意し、フォローしていけばなんとかなるだろう。
「それでは、行きましょう」
 ナナは箒を操って、平屋の方へと向かう。
 馬車もナナの後に続き、舗装されていない道をゆっくりと進んでいく。

○    ○    ○    ○


「ああ、地球の学校の方々かい。本当に来たんだねぇ……」
 対応に出たのは40代くらいの蛮族の女性だった。
 予め、優子の使いが視察にこの近辺を訪れていたらしく、その際に改めて相談に訪れる旨、話してあったようだ。
 ミルミ達一向は、建物の中へと通されるが、そこはお嬢様のミルミにとっては、馬小屋以下と思える場所だった。
 むき出しの土の上に一部だけ敷物が敷かれており、家族達はそこに座って作業に勤しんでいた。
 丸太を削ってつくった椅子や、簡単な作りのテーブルが並んでおり、その丸太の椅子に座るよう勧められる。
 何か言い出しそうなミルミをあやすようにエスコートして執事のラザン・ハルザナクがまず、ミルミを座らせ、同行した者達も続いて腰掛けていく。
「少ないですが、召し上がって下さい」
 ナナは持って来た菓子を一家の母親と思われるその女性に手渡した。
「ありがとう。いただくよ」
「それにしても……大家族ですね」
「そうでもないよ。男達は仕事に出てるしね」
 言いながら、女性は陶器のコップに水を注ぎ、皆に出していく。
「こちらのお菓子もよろしければ」
 端に控えていた翔が女性、家族、ミルミ達の順にティータイムで用意した和菓子を配っていく。
 女性の他にその部屋にいる家族は10人。女性の子供と孫達と思われる。
「まあ、女子供は絡まれると厄介だから、最近は仕事に出れないのさ」
 母親が大きく溜息をつく。
「喫茶店がパラ実の人達に占拠されて、大変なんだってね? ミルミ達が助けてあげられるかもしれないよ! その代りに色々お願いもあるの〜」
「前に来た人もそのようなことを言ってたが、詳しい説明は受けてないんだ。一応聞かせてもらえるかい?」
「うん。えっとえっと……喫茶店のパラ実をぶっと……むぐっ」
「これ凄い美味しい。食べて食べて」
 妙なことを言いかけたミルミの口に、ナナのパートナーのズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)が和菓子をつっこんだ。
「この百合園女学院のミルミ・ルリマーレン様のお家では、こことヴァイシャリーの中間点辺りの場所に農園を作られようとしています」
 ミルミに代わりに、翔が切り出す。まずは農園の話しから。
「しかし彼女もご家族も農業を行なったこともなく、何から始めたらいいのかも分からずにいます。そこで、ヴァイシャリーとも縁があるという皆様にお力をお貸しいただけないかと思っております」
 百合園のステラ・宗像(すてら・むなかた)の説明に、母親は難しい顔をした。
「勿論無償というわけではなく、技術提供の対価はお支払いいたしますし、農園の経営が安定した後も引き続きルリマーレン家との交易でお世話になれたらと思っています。利点としては、ルリマ−レン家との取引により百合園女学院とのパイプが出来き、農作物の交易の幅が広がります。またルリマ−レン家から支援も受けられると思います」
 言ってナナがミルミを見ると、ミルミはうんうんと首を縦に振る。
「人手はあるみたいなんだけど素人さんなので技術指導とかしてほしいの」
 百合園の秋月 葵(あきづき・あおい)は、出かけにパートナーのエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)に言われていたように、高圧的な口調にならないよう、優しく微笑みながらお願いをする。
 エレンディラはちょっと不安気な目で、葵の様子を見守っている。
「こちらの方々は、その農園で働くことを希望されている方々です」
 イルミンスールの和原 樹(なぎはら・いつき)が、目つきの悪い少年3人を紹介する。
 彼等はルリマーレン家の別荘を占拠していた少年グループのメンバーだ。樹達の説得に応じ、多くはないが彼等の他にも別荘跡地で働きたい、働いてもいいと申し出た不良達もいる。
「可愛い奴等だ。面倒みてやってほしい」
 念の為、樹のパートナーフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)は、ディテクトエビルを使ってみるが、邪念などは感じられない。
「農業、教えて欲しいっす」
「よろしくお願いします」
 頭を下げる不良……いや元不良達の姿に、樹とフォルクスは顔をあわせて、頷きあった。
「それはまあ、興味深い話だと思うけどねぇ。うちは今大きな問題抱えてる状態だから……」
「喫茶店のことですね。ここに来る途中、遠くから拝見しましたが、パラ実生のものと思われるバイクが沢山止められていました。共に訪れた者達の一部が、そちらに向かっております。この件に関してもご提案があります」
 翔はそう言った後、ステラに目を向ける。
「我が学院の生徒会執行部、通称白百合団の副団長である、神楽崎優子が、パラ実のC級四天王となったことはご存知ですよね?」
「聞いてはいるけれど、百合園の女の子だろ?」
「女性ではありますが、彼女はこの辺りでも有名な『陽炎のツイスダー』という四天王を破り、パラ実の生徒会の任命により四天王に就任した人物です」
「本来なら本人が直接伺うところだが、百合園の方でも色々あって忙しくてな。代理として使わされたわけだが」
 ステラのパートナーイルマ・ヴィンジ(いるま・う゛ぃんじ)が、言葉を引き継ぐ。
「神楽崎優子は品行方正であり、女性ながら男気に溢れてもいる。勇猛果敢な武将のような女性だ」
「それがしはまだ、優子殿のことをよく存じませぬが。ご自身や百合園の利益だけではなく、こちらの農家の方々が困っていることを知り、見過ごしてはおけなくなったのではないかと思うのだが。どうであろう?」
 ステラのもう一人のパートナー陳 到(ちん・とう)がイルマに問うとイルマは強く頷いた。
「そういう人だ。彼女はこちらの家の方々が経営されている喫茶店を占拠しているパラ実生を追い払うことを、自分達に命じた。彼女からの提案は、今後、その喫茶店を分校として使わせて欲しいというものだ。それは、喫茶店を他の勢力から守るという約束でもある」
「無償で場所を使わせていただくつもりはありません」
「うむ。場所代等なんらかの対価についても相談し、より良い関係を築きたいものだな」
 ステラ、到の言葉に、母は家族の方を見ながら戸惑いの表情を浮かべる。
「確かに、喫茶店を占拠している奴等よりはマシだとは思うんだけどねぇ」
「イルマさんの発言とも被りますが、分校が設立された場合、C級四天王神楽崎優子様による統治とバックアップがなされるので、悪徳なパラ実生が手を出しづらくなります。神楽崎優子様は、百合園女学院の顔でもある為、農家にとって不利な事はしないはずです。さらに分校とすることで、人出が増えて農園の拡大が見込めます」
「仕事の方も手伝ってくれるのかい?」
 ナナの言葉に、母親はそう反応を示した。
「相談次第ですが、お手伝いさせていただくと思います」
「そういえば、ここではどんな農作物が作られているの? それにもよると思うんだ」
 ズィーベンが質問をする。
「茶と葡萄、苺、あとは野菜を一年中作ってる。人手が増えたら……桃や蜜柑、スイカなんかにも挑戦したいねぇ。喫茶店のメニューも増えそうだ」
「なるほど」
 ナナも上空から確認したが、やはり麻薬などには手を染めてなさそうに見える。
「そうしたら、ヴァイシャリーからも観光客を呼び込めると思うよ。果物狩りとか楽しそうだ」
 ズィーベンの言葉に、皆が頷く。
「ミルミも、果物大好き〜」
 ミルミが嬉しそうな声を上げる。
「そういった企画も、地球人ならではの発想かもしれない。手を取り合うのは良いことだと思うが」
 到がそう言うと、母親はまだ困ったように唸り声を上げながらも軽く頷く。
「えーと、あくまでも強制では無く、形だけでも傘下に入ってくれたらパラ実生からの被害は無くなると思うよ。C級四天王を狙おうという人もいるかもしれないけど、そのC級四天王自身は殆ど百合園にいると思うし。ここにもしものことがあった場合、分校の生徒とか副団長の舎弟とか、私達白百合団も対応できると思うの」
「私達も協力しますので、どうかよろしくお願いいたします」
 葵の発言に、エレンディラが言葉を添える。
「それは心強いね……」
 母親が家族の方を見ると、
「いいんじゃない?」
「ホント困ってるし」
「とりあえず様子みれば?」
 娘達からそんな言葉が発せられる。
「彼等も分校生になると思うんだ。まだまだ子供だし、迷惑かけることもあるかもしれないけれど、皆さんと信頼関係を築きたいって本気で思ってる。そういう事言うの、苦手な人達だけど……」
 樹が不良達に目を向けると少しだけ気まずぞうな顔を見せた後、不良達は頭を下げて「よろしくお願いします」と言うのだった。
「んー。そうだな。それじゃ、無事喫茶店の連中を追い払ってくれたら、ってことでいいかい? 提案内容によっては飲めないこともあるとは思うが」
「はい、よろしくお願いいたします」
 ナナが頭を下げる。
「やった〜っ」
 葵は明るく笑みを浮かべ、エレンディラが優しい笑みで頷いた。
「喫茶店の方の対策にも既に動いていますので、ご安心下さい」
 ステラがそう言うと母親は頷きながらも心配そうな目を遠くに向けた。
「ところで……喫茶店を占領している連中は、器に虫を入れて難癖をつける等ということはやっていないだろうな?」
 喫茶店の方向を見て言ったフォルクスの言葉に、後方から年頃の日焼けした少女、一家の四女が反応する。
「やってる。で、お金払わない」
「なんてオーソドックスな」
 フォルクスと一同は苦笑する。
「よし、それじゃミルミはそっち見てくるね。皆はここで農家の人達守っててね〜」
 ミルミは立ち上がると、執事のラザンとルリマーレン家の私兵の護衛と共に家を後にした。
「……大丈夫かなぁ?」
 葵が少し心配気にミルミの背を見送る。
 ともあれ、喫茶店からパラ実生を追い出すことが出来れば、そこを分校とさせていただき、この農家と協力関係を築くことが出来そうだ――。