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リアクション
すべてのパーツが運び出されると、《工場》の扉を封印する作業が始まった。前回の襲撃で爆風を受けて扉がゆがんでしまったため、そのまま閉じて溶接というわけには行かず、結構大掛かりな工事になっている。
「ああぁ……コタツが恋しいんだぜ……」
国頭 武尊(くにがみ・たける)はぶつぶつ言いながら、扉を溶接できる状態に直す作業に参加していた。これまでは扉を入ってすぐの部屋でコタツに篭って自宅警備員気分で警備をして来たのだが、さすがに扉を封印するとなると外に出なくてはならない。
「この看板も、結局無駄になっちまったしなあ……」
完成後に扉の脇に飾ってあった、自作の妲己の彫像にかけた「高濃度アシッドミスト発生中」の看板を見て、やるせなくため息をつく。しかし、ぶつぶつ言いながらも一応作業に参加しているのは、そこそこやっている感は出さないとまずいだろう、という気持ちからだ。
(なんか、強面がこっち睨んでるしな)
さっきからしきりとこちらを見ている督戦隊のジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)を見て、武尊は心の中で呟いた。
そして、そのジェイコブもまた、心の中で呟いてた。
(不真面目な奴は居るが、不審者は特に見当たらないな……)
ジェイコブがチェックしていたのは、義勇隊の生徒に不審者と接触する者が居ないかどうかだった。たとえ鏖殺寺院にくみする者が他校生の中に居ないとしても、義勇隊の生徒に鏖殺寺院の人間が接触して、情報を聞き出そうとすることはあるかも知れないと考えたのだ。
(しかし、だとしたらなぜ、ルドラは《黒き姫》のことを知っているんだ……? それとも、もう必要な情報は引き出し終えた後なのか?)
疑問を抱きつつ、ジェイコブは監視を続ける。
一方、《工場》に居る生徒たちのための物資を管理している沙 鈴(しゃ・りん)は、林に今後の物資管理について確認をしていた。
「扉を封鎖した後も、警備のための人員は残すのですね?」
「ああ。《黒き姫》が中から動かせない以上、まったくの空にするわけには行かんからな。道路も出来たし、そろそろヒポグリフ隊が仕上がってくるそうだから、こちらに置いておく物資の量は減らして構わんと思うんだが」
「馬車でも本校からここまで三日……不眠不休なら二日もあれば着きますしね」
林の言葉に、鈴はうなずく。何らかのアクシデントがあった時のことを考えれば、物資の量をぎりぎりまで絞るわけには行かないが、それでも今までとは比較にならないくらい、ストックしておく物資の量は少なくなる。
「前回の厩舎のように、陽動のために物資置き場が狙われては困りますので、万一に備えて、ちょっと置き方は考えておこうかと思います」
「任せる。……俺は、そういうのが苦手でな」
林は決まり悪そうに頭を掻いた。
「燭竜(しょくりゅう)主計官が良く嘆いておられます。『林は頭のつくりが大雑把すぎる。補給なしに兵を動かせはしないということを、いつになっても理解できない』と」
林のパートナーである生真面目で神経質なドラゴニュートの主計官を思い出し、鈴はくすくすと笑った。
「あいつは逆に細かすぎるんだ!」
林はいまいましそうに舌打ちをする。これで林がパラミタに来て、出来たばかりの教導団に入って以来のパートナーだと言うのだから、喧嘩するほど仲がいいと言うのか何なのか。
しかし、その穏やかな雰囲気を打ち破るように、見張りの生徒の叫び声が樹海に響いた。
「敵襲ーッ!」
「わたくしは、物資置き場の警戒に向かいます」
鈴は林に言うと、物資置き場に駆けつけた。雨よけの簡易テントの下に積んである物資を、防火布で覆って行く。
敵の姿を最初に発見したのは、パートナーのゆる族うんちょう タン(うんちょう・たん)、英霊皇甫 嵩(こうほ・すう)と三機編隊の『サンタのトナカイ』で上空を哨戒していた皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)だった。
「来る来る、来ますですよぅ!」
『殺気看破』を使っていた伽羅は、他の生徒たちより早くその気配を察することが出来た。だが、前回の襲撃同様高速飛行艇に乗った敵は、伽羅が皆に敵襲を知らせている間に、ぐんぐんと《工場》に近付いていた。
「障害物の設置が終わってから来てくれりゃあいいのになあ」
それを地上から見上げて、丸太を手にした松平 岩造(まつだいら・がんぞう)のパートナーのドラゴニュートドラニオ・フェイロン(どらにお・ふぇいろん)が舌打ちをする。
「まったくでござる。完成していれば、こちらが身を隠す場所としても使えたものを」
こちらは大きな木槌を手にした英霊武蔵坊 弁慶(むさしぼう・べんけい)がうなずく。
「二人とも、打ち合わせの通り《工場》の中で待機に切り替えてくれ。私はファルコンと出る!」
岩造に言われて、ドラニオと弁慶は《工場》の内部に引っ込んだ。扉のすぐ内部の部屋にはファレナ・アルツバーン(ふぁれな・あるつばーん)の出案で、天井からボロ布を下げてある。高速飛行艇が突入してきた時、高度を取れば邪魔になるという寸法だ。
一方、岩造は一方のパートナーの機晶姫ファルコン・ナイト(ふぁるこん・ないと)の背中に乗った。
「さあ、行くぞ!」
「了解した」
ファルコンは岩造を乗せて、空へと舞い上がった。
「止まれー!と言っても止まらないですよねぇ。では、これはどうです!?」
「行きますぞ、義姉者!」
伽羅の言葉に応じ、嵩が光術を放つ。さすがに目がくらんだのか、高速飛行艇の軌道が一瞬ぶれる。
「うんちょう殿、例の歌を!」
「おう!」
タンは担いでいたエレキギターを弾き鳴らしながら『恐れの歌』を歌う。しかし、雷は高速飛行艇には効果がなく、『恐れの歌』も風防の向こうには届かないのか距離の問題か、あまり効果があるようには見えない。
「ぬう、小癪な……」
うんちょうはギリギリと歯噛みをする。
「トナカイでは追いつかなくても、野獣の速度ならどうですっ!?」
伽羅は『野生の蹂躙』で呼び集めた鳥を、高速飛行艇に向かわせた。高速飛行艇は視界が悪くなるのを嫌ったか、高度を上げて旋回し、鳥を振り切ろうとする。
「ファルコン! もっとスピードは上げられないか!?」
それを見て、岩造はファルコンに向かって叫んだ。だが、
「加速ブースターを使用しているとは言っても、もともと短時間しか飛べないのだ、その上君を乗せているのだから、限界というものがあるのだよっ……」
ファルコンは岩造の願いには答えられず、だんだんと高度を下げて行く。速度も、それ以上は上がらない。
「くっ、敵に飛び移って、この高周波ブレードを突き立ててやるつもりだったのに……」
岩造は悔しそうに言うが、これは言う方が無茶というものだろう。
「ネット降ろすぞ! せーのっ!」
その間に、高月 芳樹(たかつき・よしき)やアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)が、扉の上の崖から、技術科謹製の防護ネットを降ろす。頑丈なのはもちろんだがしなやかさも兼ね備えており、機銃の掃射や爆風でも簡単には切れない逸品だ。だが、目が細かい上に金属製なので重量もあり、敵が入れないかわりに味方も《工場》の内部に避難するのが難しくなる。
「まさに背水の陣……しかし、こんな場所こそが、俺の望む戦場だ!」
扉の前に仁王立ちし、前田 風次郎(まえだ・ふうじろう)が吼える。
「前回襲撃して来た時は、もっと数が多かったよな……」
一方、上空の様子をちらりと見て、ロイ・シュヴァルツ(ろい・しゅう゛ぁるつ)はパートナーの剣の花嫁エリー・ラケーテン(えりー・らけーてん)に言った。
「う、うん、このあいだは十機くらいだったよね」
まだ雷にびくびくしながらエリーはうなずく。上空にいるのは五機、つまり前回襲撃して来たうちの半分が姿を見せていない。
「残りが後から来るかも知れない。気を抜くなよ!」
ロイは他の生徒たちに向かって叫びながら、用心深く樹海の木々の間を注視する。
「ええいっ、ちょろちょろ煩いですぅ!」
上空では、伽羅が弾幕援護を使って粘っていたが、やはり運動性能が負けていると厳しい。高速飛空艇はサンタのトナカイを轢き殺す勢いで、機銃を掃射しながら突っ込んできた。
「来るぞ! 弾幕を張れ!」
林が怒鳴る。今回は《工場》の外で敵を食い止めるつもりの風紀委員長李 鵬悠(り ふぉんよう)が銃を構えた。
「マスターは自分が守ります。心置きなく戦ってください!」
風次郎のパートナー、機晶姫天 叢雲(あまの・むらくも)が、風次郎の前に、彼を庇うように立った。その背後で、風次郎は精神を集中し、高速飛空艇の動きを見守った。
(素早い敵相手に、今居る場所に攻撃を仕掛けても遅れるだけ。ならば、動きを読み、奴らが行く先を攻撃してやる!)
ロイやエリーが、そして鵬悠が銃や光条兵器を空に向けて攻撃を始める中、じっくりと敵の動きを観察した風次郎は、狙いを定めて遠当てを放った。煽られたように、高速飛空艇の機首が上を向く。
「落ちろッ!」
風次郎はさらに遠当てを放つ。だが、飛空艇は何とか体勢を立て直した。機銃の銃口が火を噴く。
「ちっ! だが、勝機がないわけではないようだな!」
「危ないです、マスター!」
叢雲が、風次郎もろとも地に伏せた。他の生徒たちも伏せたり、まだ残っているバリケードの影に隠れて、何とか機銃をやり過ごそうとする。機銃の弾丸が防護ネットに当たり、じゃりじゃりじゃりと鈍い金属音が響いた。
「ふん、さすがに明花が根性入れて作っただけのことはあるな」
林が呟く。高速飛行艇は旋回反転して、また機銃掃射しながら突っ込んで来る。生徒たちは必死で応戦した。ネットを下ろした芳樹たちも、攻撃に加わる。
そんな攻防を繰り返すこと数度、高速飛行艇は機銃の弾丸が尽きたのか、高度を上げて離脱して行った。
「むぅ……今回は傷み分けですね……でも、突破されなかったからこちらの負けではないですぅ」
それでも少し悔しそうに、伽羅が言う。
「それにしてもすごいな、このネット。柔らかいから、着弾の衝撃を受け止められるんだな。他のことにも使えそうだ」
崖から降りてきた芳樹が、あらためてまじまじとネットを見る。
「……残り半分、来ませんでしたね……」
一方、去って行く高速飛空艇を見送りながら、ロイは呟いた。
「ああ。気になるな……」
林もうなずいたが、ここを空にするわけにも行かない。
「戦闘態勢解除! 衛生科は負傷者の治療に当たれ。他の者は警戒しつつ、作業を再開してくれ」
やむなく、林は生徒たちにそう命じた。
「手当て、手伝おうか?」
エリーが、応急手当キットを広げ始めた衛生科の生徒たちに駆け寄る。
「腹ごしらえをしたい人には、正月限定の『シャンバラン餅』がありますよぅ」
サンタのトナカイから降りた伽羅が、そりに積んでいた箱を取り出す。
「こし餡につぶ餡、味噌味、カスタードクリーム、激辛唐辛子味と各種取り揃えてますぅ」
(……それ、本人に使用許可は取ってるのか?)
生徒たちは、いっせいに心の中でツッコミを入れた。そこへ、物資置き場に行っていた鈴が戻って来た。
「物資置き場の方は、特に被害はありませんでしたが……こちらも、たいした被害はなかったようですね」
「ああ。だがなあ……どうも、連中本気じゃなかったように思えるんだが。何でわざわざ戦力を分散するような真似をしに来たのか。単なる人手不足とは思えん」
林は無精髭の浮いた顎を撫でる。
「楊教官から連絡があった、鏖殺寺院は《黒き姫》や人型機械ではなく《冠》を狙って来るのではないかという話、『当たり』かも知れませんわね……」
鈴は厳しい表情で、本校へ続く道の先を見た。
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