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ホワイトバレンタイン

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ホワイトバレンタイン
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リアクション

 
 バレンタインデーの数日前から荒巻 さけ(あらまき・さけ)は妙に張り切っていた。
「…………」
 その姿を見るだけで、パートナーの日野 晶(ひの・あきら)は怪しいと思っていた。
 というか、嫌な予感しかしない。
 晶の予想はまさに的中で、さけは晶にブラヌ・ラスダーとのデートをさせようとしていたのだ。
(我が家には恋愛成分がたりませんの! でも葛の葉ちゃんも晶も全然興味なさそうですし…。ええい、わたくしが何とかいたしますの。より良い男女関係を学ぶためにも!)
 地獄のドーナッツ開発者でありミス百合園であるさけは……今回もブラヌがびびりそうなことを考えていたのだった。

「デートするようにって……男女間のコミュニケーションが不得意な私にどうしろというのでしょうか」
 ぶつぶつと文句を言いながら、晶は指定された喫茶店に向かった。
 さけとしては行ってくれないと困る。
 なにせ荒縄を用意して、ガッツリとブラヌを脅して、この場を用意したのだ。
「晶とデートしていただけるということなら、先日の件は忘れましょう。ただ、これも断られてしまったら、わたくしも傷つきます。おもわずチョコレートまみれのドーナッツを作ってしまうかもしれません……。あ、お一人だったらチュロスですわね」
 その恐怖の言葉に、ブラヌは折れ、さけが用意したデートの場へと向かった。
 もちろん喫茶店にはさけが尾行してきている。
「…………」
「…………」
 会ってはみたもののブラヌと晶の間に会話は生まれず、しばらく2人とも沈黙した。
 晶が何を話題にしたものかと思いながら、紅茶をかき混ぜていると、ブラヌのほうがゆっくりと口を開いた。
「……深く傷ついたそうで、その点は悪かった」
「傷ついた?」
「ああ。言われたんだ。『先日、晶の申し出をお断りになられましたわよね? それによって晶は深く傷付きました……』と」
「…………さけってば……」
 パートナーの適当な嘘に、晶は額を抑えた。
 ブラヌを呼び出すための方便だろうが、晶からするとやれやれという感じだ。
「まあ、そんなことはないからいいですが……それより、教導団での生活はどうですか? 順調ですか?」
「教導団は入れなかったんだ」
「入れなかった?」
「金と学力の関係で」
 ブラヌの言葉に晶の動きがピタッと止まる。
 とってもダメなにおいのする人だったけれど、やっぱり……という思いが晶の中に過ぎった。
 晶は面倒見の良いほうだ。
 「コイツなんとかしないと」という考えがむくむく出てきた、体がウズウズする。
 しかし、詳しく聞いてからでないとと思い、晶は続いて質問した。
「それで、今は何を?」
「パラ実の神楽崎分校で、生徒会長の下で庶務をしてるよ」
「ほう、庶務ですか」
「羽高 魅世瑠って生徒会長のパシリみたいなものだけど、真面目にやってる」
「ふむ……」
 神楽崎分校の話はいろいろと聞き及んでいる。
 晶は説教をしようと思った気持ちを引っ込めこう言った。
「真面目にやっているなら良かったです。これからもがんばってください。私も時間が出来たら、あなたの様子を見に行きますので」
 抜き打ちで行ったときに真面目にやっていないようなら……という脅しを込めているようで、ブラヌはびくびくしながら頷いたのだった。


 バレンタインの夜の公園で久多 隆光(くた・たかみつ)は片膝をつき、跪いて、騎凛 セイカ(きりん・せいか)に言った。
「この久多隆光、今後一生騎凛セイカだけを護っていくと誓う。だから俺の恋人として、今後付き添ってくれるか?」
 差し出された花束をセイカはじっと見つめる。
 ライトアップされた公園の光が花束に当たり、花を輝かせた。
「ね、久多さん……」
 時間を置いて、セイカはゆっくりと口を開いた。
 夜の闇に垣間見えるセイカの顔は今までとどこか違うように見えた。
「護っていくって……何からなのでしょうか?」
「え……」
「私も久多さんも、これからどうなるんですかね」
 セイカはパートナーであるアンテロウムを失った。
 隆光も現在は逃亡兵の身で、自分で自分の身を処すことができず、セイカに自分の身柄を委ねようとしている。
 身柄も処分も惚れた女に……セイカに任せっきりの隆光に、なぜ一生セイカを護れるなどと誓えるのか。
 第三者ならば首を傾げたかもしれない。
 だが、セイカはそこまで思ったのではない。
 ただ、未来に漠然とした不安を抱いていたのだ。
「覚えていますか。私が、このままヒラニプラの山奥で暮らしましょうか……って言ったこと」
「ああ、ビックリした」
「でも、私たちの言ってることって、何の解決にもならないんですよね。現実から逃げて……それは逃亡を続けた久多さんなら、よくお分かりかと思いますが……」
「…………」
 隆光を黙り込む。
 公園には幸せそうなカップルがたくさんくっついていて……自分たちだけがそこから取り残されたようだった。
「誰かがそばにいるのはあたたかいです。一瞬でも、現実の問題は忘れられるかもしれません。でも……それだけです」
 セイカは寂しげに言った。
「一瞬忘れても、問題は消えないし……解決しません。今のような状態で恋人になって連れ添って……それで私たちに未来はあるのでしょうか?」
 行く先の見えない隆光と、未来の見えないセイカ。
 二人が寄り添いあっても、どちらも相手を支えられない。
 自分のことさえ、自分で支えられないのだから。
 隆光は黙って花束を下ろそうとした。
 だが、セイカは花束を受け取った。
「いつも気にかけてくださって、ありがとうございます」
 セイカはそう言うと、チョコを隆光に差し出した。
 隆光は何かを考えるように、そのチョコを抱いた。