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嘆きの邂逅~離宮編~(第2回/全6回)

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嘆きの邂逅~離宮編~(第2回/全6回)

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「放していただきます!」
「うっ」
 突如ベアの背に衝撃が走る。
 その隙に、ウサギの気ぐるみを来た人物はベアの手から逃れて外へと走り出す。
 クマの気ぐるみの男も逃走する。
「くそっ、そこか!」
 ベアは見えにくい――迷彩塗装を使って攻撃してくる相手に、拳を繰り出すも、当たらなかった。
 その人物の気配もすぐになくなる。

「前回の会議、そして先日の舞踏会。……ラズィーヤ・ヴァイシャリーがレンの意図を汲んで自由に泳がせているのは判りますが、レンがヴァイシャリーの為に自分を犠牲にする理由が判りません」
 迷彩塗装で姿を隠していた女性――メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)が、クマの気ぐるみを脱ぎ捨てた男性の背に声をかかえる。しかし、彼は振り向かない。
「……答えを教えてくれないことは判ってはいますが、どうか忘れないで下さい。あなたが守る今の世の人々の中に、あなたも私たちも含まれていることを」
 その男、レン・オズワルド(れん・おずわるど)はやはり何も答えない。
 ラズィーヤが彼を泳がせていたのは事実だが、ヴァイシャリー家での発砲に続き、今回の誘拐未遂及び病院での傷害事件という重犯罪行為が知られれば、レンは確実に放校となるだろう。
「無茶しすぎです……」
 ウサギの気ぐるみを脱ぎ捨てて駆けてきたノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)が不安気な瞳で言った。
 狙撃がミクルを狙ったものではなかったのなら。
 ミクルの護衛体制が強化されるのは、狙撃者の狙い通りだということ。
 それを崩す必要性を、レンは感じたのだが――。
 彼の行動はとある策略と衝突していた。

○    ○    ○    ○


「そういえば、年始の事だけど……この辺りで地面に空いた大穴に落ちた夢を見たね」
 買い物袋を手に、黒崎 天音(くろさき・あまね)は思い出し笑いを浮かべる。
「ふむ。この辺りは一見平和だな。湖畔の景色も美しい」
 天音に誘われて共にヴァイシャリーに訪れたパートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)も、ほのぼのとした表情を浮かべ、休日をゆるりと楽しんでいた。
「……ああ、この橋は『騎士の橋』か、予定より少し足を伸ばしすぎた感じだね」
 天音が足を止める。
「ふむ?」
 と、ブルーズは柱に描かれた人物に目を向けた。
「近頃、ミスドで時折耳にする、離宮、女王の騎士という単語に関わりが有りそうな場所だよ。文献によると、あの6本の柱に掘られているのはヴァイシャリーを護った騎士達らしい」
 共に、柱の前まで歩いて、天音が騎士の姿を指差していく。
「こっちからカルロ、ソフィア、ジュリオ、マリル、マリザ……ファビオだったかな?」
「なるほど」
 さほど興味を持ちはしなかったが、なんとなく騎士を眺めていた2人はファビオの柱の裏に何かが掛けられている事に気付く。
「なんだろ?」
 天音が広げてみる――それは、クマの気ぐるみだった。
「動くな!」
 突如声が上がる。
 飛び退き身構えた2人に銃を向けていたのは、ヴァイシャリー軍の兵士達だ。

○    ○    ○    ○


 誘拐未遂事件の知らせは百合園女学院に即座に届いた。
 知らせをうけたラズィーヤは校長室に篭っており、離宮対策本部では生徒会長の伊藤春佳(いとう・はるか)を中心に作業が進められていた。
「やっていただけるのでしたら助かりますが、人数も多いので大変ですよ」
 春佳が本日より手伝いに訪れたイルミンスール魔法学校生のエリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)とパートナーのミサカ・ウェインレイド(みさか・うぇいんれいど)にそう答えた。
 2人はイルミンスール生の調整役として立候補してくれたのだ。
「理解している。だが誰も引き受けないのなら、自分が引き受けよう。イルミンスールのひねくれ者どもをまとめるなら、おそらく最も冷静な私が丁度いいだろう」
「それではエリオットさんにお任せいたします。ミサカさんはエリオットさんのお手伝いをお願いしますね」
「分かりました」
 ミサカがぺこりとお辞儀をした。真面目そうな少女だ。
「了解した。……ところで」
 エリオットは仕事に勤しむ者達の姿を見回し、協力しあう姿に頷きながら春佳に問う。
「この会議場でケンカを売ったイルミンスール生がいたと聞いている。イルミンスール生には「個人主義」な者が多いからな、それが表に出すぎただけで、まったく協力しないというわけでも無いと思われる。その者の名前を教えてもらえるか?」
「構いませんけれど……上手く調整お願いしますね。利用されてこちらの情報だけを流すようなことは決してないようにしてください」
 春佳はあまりいい顔をしない。その人物、レン・オズワルドのことを快く思っていないようだ。
「僕も心配です」
 春佳の元で書類作成に勤しんでいた菅野 葉月(すがの・はづき)が顔を上げる。
「渉外係志願の際に表明したことと相反することですが、やはり他校生徒の契約者の身上調査を行ってはどうでしょうか?」
 鏖殺寺院と繋がりのある人物が居てもおかしくはないと葉月は考えた。
 学園からの推薦状だけでは判断できないのではないかと。
「直接的に戦闘に及ばなくても、サボタージュによる支援物資の遅延、報告の誤謬、情報の漏洩等を行えるため警戒するに越したことは無いからです」
「それはその通りですけれど……」
 眉を寄せる春佳に葉月は説明を続けていく。
「僕としてもこのような調査を秘密裏に行うことは心苦しいことですが、疑わしきことは放置せず、綿密に結果が明白になるようにすべきです。離宮に居る多くの人たちの安全を守る意味でも必要だと思いますので」
 そして、葉月はイルミンスール生の調整係を担当することになったエリオットに目を向けて、軽く頷いた後春佳に目を戻す。
「前回の会議の際に騒動を起こした人も、もしかしたら同様に疑問を持ったためその反応を見るために敢えてあのような行動をとったのかもしれません」
「仰ることはよくわかります。ですが、誰がそれを担当するかといいますと、今でも人手が足りないくらいですので、調査を行える者はいないと思います。また、人を雇うにしても百人を超える人物の細かな調査を依頼した場合の費用の捻出も私には出来ませんし、調査結果が出る前に離宮調査は終了するのではないでしょうか? 怪しい他校生がいるというのなら、その人物のみの調査でしたら手配できると思います。そう簡単に繋がりを掴むことは不可能だと思いますけれど、そのような人物がいましたら、教えていただければ助かります」
 春佳は少し困った顔をしていた。
 葉月の提案は最もなのだけれど、全員の調査は現実的に難しいようだ。
「……眉間にしわを寄せたままだと、見えるものも見えなくなるよ?」
 春佳と葉月にそう声をかけたのは、事務連絡や、書類の整理を手伝っているミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)だった。
「目が細くなるからね。大きな目で書類を見れば、仕事も2倍はかどって、皆も2倍早く帰ってくるよ〜」
 明るい口調で、ミーナは言う。
 難しいことは分からないけれど、葉月や皆が、離宮に向った皆を本当に案じていることはよくわかる。
 信頼すればこそ、自分達もしっかりと気を持ち、行動していかないと……と、ミーナは思うも、そういう発言は苦手なので、にこにこ笑みを浮かべながら、ちょっとドジをしてみせたり、茶菓子を進めたりして、皆の心の負担を軽くしていくのだった。
「ありがとう」
 そんなミーナに葉月は心からの礼を言う。

 春佳から作戦に参加しているイルミンスール生の名簿や資料を受け取ったエリオットは、その後ひとまず席を離れて、問題の人物――レンに電話をかける。
「……病院で事件があったそうだが、卿の仕業じゃないだろうな?」
 苦笑しながら、話を続ける。
「まあ『イルミンスール生は集団で動くことを好しとする気風に非ず』というのは今に始まった話ではないが、それにしても卿も無茶をするものだ……。ケンカを売るアクションをかけたら、逆上するリアクションが返ってくることを予測できないわけじゃあるまいし……」
 電話を切りこそしないが、レンは無言だった。
「本隊の出発の前に、ソフィア・フリークスが一旦離宮に向うそうだ」
 相手を逆上させる――寧ろそれが狙いだったんだろうかと思いながら、エリオットはこちらの状況についてレンに話して聞かせるのだった。

「もっと力を込めて下さい」
 アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)は、部屋を一つ借りて、探索に不慣れな者の指導に当たっていた。
 ロープを結ぶように指示を出すと、百合園生の中には蝶々結びにする者もいた。
 解け難い結び方を教えると、解けないことに百合園生達は微笑んで喜び合う。
 緊張感が足りなく、少し不安になるのだが、彼女達も立派な契約者であり回復魔法能力だけでいえば、自分達より上だろう。
 根気よく指導を続けていくことにする。
 その後、ロープで作った原始的な罠を、トラッパーの技能で簡単に解除してみせる。
「このような結び目で編んである罠は、この部分を切ればいいみたい」
 口数の少ないアシャンテに代わって、御陰 繭螺(みかげ・まゆら)が説明をしていく。
「まずはパニックを起こさないことね」
「はい」
 百合園生達は素直に頷いていく。
「皆、絶対に一人だけで行動しちゃだめだよ。何かあった時に、誰も助けに行けないからね」
「わかりました。皆一緒に行動します」
 百合園生達が顔を見合わせながら答える。
 この場に集まったのは百合園生だけではなく、こういった探索に慣れていない他校生の協力者達の姿もあった。
「地下ということもあり、植物は殆ど生えていないようですが」
 コケや植物の生え方、壁の崩れ方などから推察できる状況、情報の集め方もアンシャンテは皆に教えていく。
「薬や魔法だけに頼ったらダメよ」
 繭螺は応急手当について、丁寧に教えていくのだった。
 それから、部屋を暗くして、ライトの使い方についても学んでいく。
 ライトに紙を巻いて、広がりを抑えたり、布を巻いて光を抑えたり、と。
 不用意に照らしてはモンスターの類が現れる可能性もあるとアシャンテは考えた。
 どんな敵が潜んでいるのか、解らないのだから。
 百合園生達は素直に学んでいく。
 他校生達は、互いの知識を交換し合いながら準備していくのだった。