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第8章 午後の授業がはじまりましたよ?


 キーンコーンカーンコーン。

 昼休みが終わった。
 が、屋上で本を読んでいた刀真は、午後の授業に行けなかった。
「月夜……?」
 返事はない。
 刀真の足を枕にして、眠ってしまったのだ。
「……」
 月夜の安心しきった寝顔を見ると、起こす気が失せた。
(しょうがないな……)
 刀真は服をかけてやって、再び本に目を移した。
 やがて刀真の瞼も重くなってきた。
 2人はきっと夢の中で出逢うことだろう。

 食堂の学生たちは去っていき、残っているのは2種類の生徒である。
 ひとつは、午後の最初の授業がない生徒。
 ひとつは、授業があるのに、だらしなく居座っている生徒。
 坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)は、もちろん後者である。
 彼はのぞき部の部員ではあるが、基本的にインドア派でオンラインゲームをやっている人間であり、部活はゲーム欲をスケベ欲が上回ったときにしかやらなかった。
 だから特に大きなターゲットのない今日のような平凡な日は部室にも顔を出さず、ひっっっっっっっっっっったすらゲームをしていた。
 廃人である。
「それはやはりあのオンラインゲームというものかな?」
 英霊の山中 鹿之助(やまなか・しかのすけ)は何度か挑戦して壊したことのあるケータイを見て、尋ねた。
「教えてせんじよう。では、まず……これでござる」
「これは……?」
「かの有名なエロゲー“蟻地獄の夜”でござる」
 ケータイの画面には、無理矢理ダウンロードしたエロゲーのトップページ。つかさ似のロリ少女とナリュキ似の爆乳女が手招きするイラストが描かれていた。
「ほほう。……お、それはまた別のゲームか?」
「ふっふっふ。まだ拙者以外誰も攻略できていない超難ゲー“羽高☆魅世奈衣”でござる」
 羽高魅世瑠にそっくりのセクシーダイナマイトが胸の前で手を交差、バッテンしている。
「はだか見せない?」
「拙者には……はだか見せた。でござるがな」
「おおお。貴殿、ただ者ではないな」
「何を隠そう。これでも拙者……神! と呼ばれる存在でござるよ」
「なななんとー! 貴殿このパラミタで神と崇められているのか! それでいて一般の生徒とともに食事を、しかも節約して白米とお新香だけの貧乏ランチ。謙虚すぎるううう!」
 剣の花嫁姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)は大きくため息をついた。
「くだらないこと言ってますわね。この場合の神というのは、廃人ということですよ」
 さくら定食を平らげながらもまだまだ食べ足りない雪は、メニューと自分の財布とを交互に見て何度もため息をついていた。
 その頃、弁当を忘れたグランと、パートナーのアーガスとオウガがようやく食堂に着いた。
「さて、さくら定食でも……はて?」
 グランが鞄の中を何度見ても、にんにくと卵黄の錠剤しかない。
 服のポケットも見てみるが……
「財布を忘れたようじゃ……」
 アーガスの方を見て、もう一度言った。
「どうやら財布を忘れたようじゃ」
「……やらんぞ」
 オウガは自分の弁当を指して言った。
「グラン殿。これを2人でわけましょう」
「うむ。すまぬのう……」
「いえいえ。グラン殿のためなら何でもやるでござる」
 根っからの子分気質のオウガは、ぺこぺこしながら言っていた。
 と、そのときグランの前に見知らぬ女性がやってきた。
「はて、なんじゃろう?」
「グラン殿。わたくしが奢りますわ」
 なんと、金のないはずの雪がやさしく微笑みかけている。
「そ、それはありがたいことじゃが、いや、しかしお言葉に甘えるわけには……」
「気にしないでください。わたくしのお金ではありませんわっ」
 雪がニコッと笑った。
「で、では……遠慮なく……」
 こうしてグランはさくら定食にありつけた。
 鹿次郎は相変わらずゲームの神で、大食いの雪の前には次々と皿が積み上げられていった。
「ふう。食べた食べた」
「よし。これで“THE NOZOKI STREET 2010”をクリアでござる」
 鹿次郎もゲームを終えて、久しぶりに顔を画面から離した。
「おや。この食器の山はなんでござろうか。皆、ここを返却場所と間違えているでござるかな?」
 雪が返却してないだけだが、それには気がついてないようだ。
「えーっと、鹿之助殿。悪いがコーヒー牛乳を買ってきてほしいでござるよ。えっと財布財布……」
 テーブルに置いていた財布を見つけ、異変に気がついた。全てがつながった。
 満足そうな雪の顔、その前に食器の山、そして……空になった鹿次郎の財布!!
「ゆ、ゆ、雪……さん?」
「ごちそうさまでした、神様」
 雪は最大級のわざとらしい笑顔を見せて、鹿次郎は本気の泣き顔を見せた。
「さすが鹿次郎殿。さすが神。慈悲の心ですなー」
 鹿之助は最後まで誤解していた。

 その頃、おいちい総司と小悪魔アルダトは校庭の脇道を歩いていた。
 校庭では、鬼教師の天光寺が体育の授業をしていた。
「こらあ! 御凪真人! バカかお前は! 球をよく見ろと言ってるだろうが! お前のミズノはなんのためにあるんだ! ぶんぶんぶんぶんぶん振り回して、お前は扇風機か!」
 ソフトボールの授業のようだが、その指導はほとんど野次将軍だった。
「罰として校庭10周!!」
「は……はい……」
 総司とアルダトの目の前を、へろへろになりながら走っていった。
「やあ、総司君……こんにひは〜……」
「が、がんばれよお!」
 よろよろの背中に声をかけたが、その姿は見るに堪えなかった。
「御凪さん、勉強はできるのになあ……」
 逆に、勉強がからっきしのセルファはバッターボックスに入ると……
 カキーン!!!
 難しい球を一発で場外に運んだ。
「うごっ!」
 菜の花の緑道で寝ていた比賀一の腹に落ちて、彼はその後しばらく「酸素を吸う」という人として最低限の活動ができなかった。
「ホームラーン! どうだ! へへーん♪」
 午前中、睡眠十分で元気が余ってるセルファは、余計にもう1周して天光寺に怒られた。
「罰として校庭10周!」
「えー? 私も?」
 そりゃそうだ。
 が、セルファは気持ちよさそうに校庭を走っていた。
「遅いぞ、真人! はっはっはー」
「はあはあはあ……」
 アルダトはピッチャーに注目していた。
「あの方、教導団の……」
 天光寺に認められて飛び入り参加した教導団第四師団師団付秘書兼法務科員、御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)だ。
「彼女は37歳って聞いたけど、あの肌……まだ若いですわね」
 小悪魔はそういう点が気になるらしい。
「御茶ノ水! しっかり投げんか!」
「ふう。天光寺先生はさすがに厳しい。あの球を撃たれたら仕方ないと思いますけど……では……」
 ストライクッ!!
「歳のせいにはしたくないですからね……!」
 この後、千代の次の球をバットに当てる者は出なかった。

 授業が終わると、教導団の千代は蒼空学園の学生とは別にプールの更衣室を借りることになった。
「ふう。久しぶりにいい汗かきましたね〜。使っていいというのは、ここですかね。ん? これは……?」
 女子更衣室の扉を塞ぐように台車があり、そこに大きな段ボール箱がひとつ置いてあった。
 箱の表には、何か貼り紙がある。
「なになに……『女子更衣室行き』? もう。こんなところに置いて。きちんと中に入れればいいのに」
 ガラガラガラ……。
 千代は更衣室の中に入れた
 ――鳥羽寛太の入っている段ボール箱を!
(お? ん? なんだ? 誰だ? 部長の彼女じゃなさそうだぞ? でも……誰でもいいっ!!! 作戦成功だ! ふひ。ふひ。ふひひひひ……)
 チキチキチキ……ギギギギ。
 寛太は千代がシャワーを浴びてるうちに、カッターで段ボールに穴をあけ、のぞき穴を作った。
(おお、残念。こっちは壁ですか。ならば、反対を……ちょっと大きいかな。うーん。難しい。こういうところが新人ということでしょうか。まだまだ鍛錬が必要ですね。……そうだ。ついでに上もあけときましょう。いい絵が見れるかもしれません。くっくっく……)
 ギギギギ……ギギギギ……。
「る〜るる〜るるる〜るる〜♪ ふふふ〜ん♪」
 千代は、シャワーから出ればその身体をのぞかれるとは想いもせず、ご機嫌だった。
 寛太は耳をすまし、興奮して待っていた。
 と、そこにもう1人やって来た。
 小悪魔アルダトだ。
「まったくもう。総司さんったら張り切っちゃって。かわいいですわ。プールでいちゃいちゃしてたら、水の中ですものね、何かが何かに何かするなんてことも……あり得ますわ」
 寛太はニヤリ。
(彼女もキター。誰かわからぬ律儀な女性と、小悪魔のアルダトさん。2人いっぺんにのぞけるっ……!!!)
「さて、困りましたね。どちらの水着がいいかしら」
 アルダトは鞄の中から2種類の水着を出した。
 ひとつは、スクール水着。もうひとつは、紐でパラリいやーんなビキニ。
 前者は最近スク水人気がすごいという噂を聞いて自分で用意したもので、後者は……総司が用意して先程渡してきたものだ。
 なんて恥ずかしい奴。
(うわー。スク水にしてくださーい!)
 あつい部のスク水を濡らしてからというもの、寛太はすっかりスク水の魔力に取り憑かれていた。
(スークミズ! スークミズ! スークミズ!)
 心の中で大コールだ。
(うわああ。頼みます。スク水、カモーーーーンッ!!!)
 カモーンが効いたのか、アルダトのスク水が段ボールに近づいてきて……ふぁさっ。
(ふぁさ?)
 穴はふさがれ、寛太の視界は真っ暗になった。
 慌てて別の場所に穴をあけようとするが、千代のシャワーが終わって更衣室は静かになり、音を立てられなくなった。
 寛太は指でちょいちょいと触れて、スク水を感じることしかできなかった。
(す、スク水だ……!)
 アルダトは紐ビキニに着替えて、スク水をそのままにして出て行った。
 千代は、大きな全身鏡に自分の身体を写してじーーっと見つめていた。
(ますます静かになった。何をしているのでしょう……?)
 寛太は耳をすました。
「誰もいないですよね……」
 千代はボソッと呟くと、鏡に向かって様々なポーズをとり始めた。
「ん〜。ふくらはぎ……バッチリ。腹筋……うん、締まってる! おしりは……大丈夫、まだイケル。胸は……元々薄いケド……垂れるわけない! 張りもある! シワ……うん、気にならない! シミ……そんなのあるわけない!」
 37年使った身体のチェックをしていた。
「フフフッ! うん、まだまだ全然勝負できますよねっ♪」
 教導団なので勝負とは軍事的なあれかと思ったら……大間違い。
 次に千代は、髪をかき上げてやらしい目で鏡を見る挑発のポーズをとった。
「はあっ……」
 と吐息を漏らしてみる。
 モーレツにセクシー!
(おおお。な、な、なんなんですか。どういうことなんですか……!!)
 寛太はもう見たくて見たくてたまらない。
(そ、そうだ。このスク水を……)
 のぞき穴からスク水を高速で触って、段ボールからズリ落とす作戦だ。
 ちょいちょいちょいちょいちょい……。
(うへへへへーーーー。待っててくださいよー。そこの見知らぬセクシーレディ!!!)
 そして、ふぁさりとスク水が落ち、のぞき穴が復活!
(やったーーーー!)
 と、のぞいた。
 が、まだまだ新入部員。甘かった。
 興奮しすぎて、別の女子が入ってきたことに気がつかなかったのだ。
「ん? こ、このお顔は……?」
 パンダ隊副隊長の広瀬ファイリアがのぞきこんでいた。
「ま、まさか……は、反対は……!」
 パンダ隊期待の新人、霧雨透乃が睨んでいた。
「う、上は……?」
 同じく新人の緋柱陽子が見下ろしていた。
「ひ、ひいいいい〜〜〜」
 千代は3人に任せて、ロッカーの背後に隠れていた。
「これが噂に聞くパンダ隊……! なんという嗅覚でしょう。その辺の教導団より迅速な行動ですわね」
 あきらめた寛太は、のぞき穴から両手と頭を出し……這って逃げた。
 が、逃げられるわけはない。
 このあと、すっかりパンダ隊お馴染みとなりつつある108回の煩悩退散オシオキを食らったのは言うまでもない。
 
 かわいい新入部員のピンチに気づきながら彼女に夢中なのか、彼女に夢中で気づかなかったのか、とにかくのぞき部部長の総司は他に誰もいなくなったプールの中で、アルダトといちゃいちゃしていた。
 後日このことが他の部員の知るところとなり、部長でありながら皆に囲まれて厳しく糾弾されるのだが、今はそうとは知らずに……ビキニの紐を外していた。
 アルダトの声は“波のプール”に反響していた。

「PPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPP」

 荒巻さけは、ヘッドフォンを外してフッと息をついた。
「どうしようもありませんわ……ね……。聴力検査のこれ……放送禁止用語にしか……聞こえません……」
 保健室で身体測定をしていた。
 貧血は限界に近く、さくら定食を食べて元気いっぱいの沙幸に支えられてやっと立っているような状態だった。
「さけ。大丈夫?」
「ええ……なんとか。それより美海さんに見つかったら……」
「それなら平気。なんか、誰かに怒られるとかなんとか言って、どっか行っちゃったから」
「そうでしたか……よ……よかった……で……す……」
 最初は心配していた保健室の先生も、さけの貧血の理由、すなわち体重測定のためということを聞いて心配するのをやめた。
「はあい。荒巻さぁん。次は視力ですよぉ〜」
 さけは定位置について黒い目隠しを片目に据えた。
 と、片目になるだけでバランスを崩し、もうまっすぐ前を見ることすらできない。
「荒巻さぁん。視力が悪いとぉ、ひきつづき詳しく眼球検査をすることになりますからぁ、ごはん食べるの夕方になりますよぉ〜。がんばってねぇ」
「は……はい……」
 視力どころか、前も見られない状態では夕方ごはんは確定的だろう。
「はぁい。丸が切れてるのはどっち方向〜?」
「……」
「荒巻さぁん。見えないのかなぁ〜? じゃあ眼球検査に――」
「み、右ですわ」
「あら、見えるのねぇ。じゃあこれはぁ〜? だめなら眼球け――」
「……ひ、左下……ですわ」
「む。やるわねぇ。じゃあこれはぁ〜?」
「……上ですわ」
「じゃあこれはぁ〜?」
「……右ですわ」
「じゃあこれはぁ〜?」
「……下ですわ」
「じゃあこれはぁ〜?」
「……右下ですわ」
「じゃあこれはぁ〜?」
「……左上ですわ」
「じゃあこれはぁ〜?」
「……上ですわ」
「じゃあこれはぁ〜?」
「……上ですわ」
「じゃあこれはぁ〜?」
「……左ですわ」
「はあはあはあはあ……」
 保健室の先生は肩で息をしながら驚いていた。
 さけはよろよろしながらも、パーフェクトに答えていたのだ。
「それなら、これはどうかしら?」
 きゅきゅきゅきゅ。
 視力2.0の下に、さらに小さく丸を描いた。
「……右下ですわ」
「す、すごぉい……!」
 きゅきゅきゅ。
「じゃあ、これはぁ〜?」
「……左ですわ」
「すすす、すごぉおおい!」
 きゅきゅ。
「じゃあ、これはぁ〜?」
「……左上ですわ」
「もんのすごおおおおい!!!」
 きゅ。
「これはさすがに、わからないでしょお〜?」
「……右上ですわ」
「!!!!!」
 先生はさけの視力欄にこう記した。
『マサイ族レベル』
 ずっと先生の陰でサインを出していた沙幸は、舌を出した。
「てへっ。やりすぎたかな?」
「そんなことはありませんわ……ありが……とう……」
 そして、さけは最後の体重測定を狙い通りにいつもより1キロ減で済ませ……ぶっ倒れた。
 ベッドに横になって、点滴を受けた。
 隣のベッドには、天光寺にぶん殴られたレイディスが寝ていた。
「やあ。さけも天光寺にやられたのか?」
「ち……ちがい……ま……す……」
 そして、2人は沙幸の大きな声を聞いた。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
 沙幸の体重は、いつもより2キロ増えていた。
 美海ねーさまが家の体重計が壊れていると言ったのは、嘘だったのだ。
 こうして、失神した沙幸も、さけとレイディスの隣で休むことになった。3人とも、お大事に……。