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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回

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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回
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「石原肥満はどこだァ!」
 ついに、鷹山剛次が乗り込んできた。
 司馬懿とアルツールに守られ、防衛線を敷いていた新生徒会軍を引きずって。
 出て来い、と声を荒げる剛次の前に現れたのは、校長ではなくルカルカ・ルー(るかるか・るー)だった。
「校長と戦う前に、私と戦ってもらいましょうか」
「お前に用はない」
 冷たく突き放す剛次だが、ルカルカはただ単に彼と力比べをしたいわけではない。
 それならば、と条件を出す。
「私が勝ったら願い事を一つ聞いてもらうわ。貴方が勝ったら好きにして」
「何をしたいのか知らんが無駄なことを……」
 苛立つ剛次は妖刀の柄に手をかけた。
 バズラも加勢しようとしたのだが、それは夏侯 淵(かこう・えん)が立ちふさがることによって止められた。
「すまないが、見守っていてくれないか?」
「そんなことする理由はないね。どきな」
「バズラ、よい。この勝負受けてやる」
 剛次のその言葉にバズラは目を丸くした後、あんたが言うなら、と剣に伸ばしていた手を離した。
 夏侯淵はかすかに微笑み、バズラの前から少し離れた横に移動する。
 彼の斜め後ろにはカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)がどっしりと構えていた。腕組みをし、楽しげに勝負の行方を見守る姿勢でいる。
「後ろは気にせずやるといい」
 カルキノスの言葉に軽く手を振って返答とするルカルカ。
 後ろ、というのは攻防戦を繰り広げている新旧の生徒会軍だ。
 新生徒会軍に加勢しているダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、うまくこちらに近寄らせないようにしているはずだ、とカルキノスは言ったのだ。
 そして、ルカルカもそう信じている。
 高周波ブレードとブライトグラディウスの二刀流で剛次に挑もうと、腰を落として構える。
 ルカルカの動きを一瞬たりとも見逃すまい、と剛次は彼女を見据えた。
 周りの者達が、その気迫に思わず息をつめた時、
「その勝負、待ってくれ!」
 飛ぶように割り込んできた者がいた。
 よほど急いで来たのだろう、地面を滑って急停止した彼は肩で息をしている。
 飛び込んできた彼──駿河 北斗(するが・ほくと)は、ルカルカに必死な目で頼み込んだ。
「あんたには悪いが、この勝負、俺に譲ってくれないか?」
 ダメ、と断ろうとしたルカルカの唇は、しかしそれを乗せることはできなかった。
 北斗の、人生を賭けたような真剣さに押されたのかもしれない。
 ルカルカ自身、何故拒否することができなかったのかわからない。
 彼女の内心の戸惑いを知る術など持たない北斗は、じっと返事を待つだけだ。
 そんな二人を剛次が挑発するように笑った。
「まとめてかかってきてもいいんだぞ」
 その言葉にムッとしたルカルカは、
「いいよ、あなたに譲る。必ず勝つのよ」
 と、北斗に場所を渡した。
 カルキノスと夏侯淵は意外そうにそれを見ていたが、口出しはしなかった。
 北斗はルカルカに礼を言うと、ベルフェンティータ・フォン・ミストリカ(べるふぇんてぃーた・ふぉんみすとりか)に託された強化光条兵器『ミストリカ』を剛次に向ける。
 彼の手首には二種類のミサンガがあった。
 一つはベルフェンティータが、もう一つはクリムリッテ・フォン・ミストリカ(くりむりって・ふぉんみすとりか)が編んだものだ。
 同じものがベルフェンティータとクリムリッテの手首にもある。
 『どうか/無事で/勝利を』という願いをこめ、ベルフェンティータが北斗に、北斗がクリムリッテに、クリムリッテがベルフェンティータに。
 ちなみに、ベルフェンティータが編んだのは金・銀・黒の三色で、クリムリッテが編んだのは赤・青・茶の三色である。二人で出来上がったミサンガを交換して結んだ。
 見守るベルフェンティータの脇腹をクリムリッテが肘で小突く。
「そんな顔しなくても大丈夫だって」
「べっ、別にそんな顔なんてしてないわ」
 そんな顔がどんな顔なのか聞くこともせず、焦ったようにそっぽを向くベルフェンティータを、クリムリッテはくすくすと笑った。
 誰にも渡すことはないと本人さえ思っていた強化光条兵器を北斗に渡したことで、ベルフェンティータは戸惑い、また照れてもいた。

「……ちゃんとこの戦いが終わったら返しなさいよ。……わ、私はあんたのことを剣の主だなんて認めてないんだから! クリムがどうしてもって言うから仕方なく──」

 続きの言葉は口の中でもごもごさせていて聞き取れなかったが、北斗に”ミストリカ”を渡せと助言したクリムリッテは素直になれないベルフェンティータと、それを受け取って嬉しそうにしている北斗の二人を微笑ましそうに見ていたのだった。
「使いこなせるかどうかは、あいつ次第よ」
 なおも突き放すように言うベルフェンティータだが、その瞳は北斗の勝利を願ってやまないものだった。
 その彼女の見守る前で、最初の打ち合いが始まった。
 妖刀と剣タイプの強化光条兵器が張り詰めた金属音を鳴らし、火花を散らす。
 その手応えに剛次は楽しげに口角に笑みを作った。
「少しは成長したようだな」
「まだまだ! ──あんたに言っておきたいことがある」
 剛次を押し返すようにして距離をとる北斗。
「確かにあんたは強ぇよ、それは認めてやらぁ。将だ何だじゃなく、やりてぇことがあってそれをしてる。そりゃあ強いさ。でもよ……」
 北斗の目に力がこもる。
「他人を踏みつけていいように利用して、その上で覇道だ王道だ、そんなもん俺は認めねぇ。絶対にだ」
「ふふ、青いねぇ」
 戦いを見守るバズラが小さく笑う。それは嫌味な笑いではなく、好意的な笑みだった。
 直後、再び両者の攻防が始まる。
 北斗の切り込みを跳ね上げ、袈裟切りにしようと振り下ろされた剛次の刀を、身を捩ってかわす。
「なぁ剛次。王ってのはその人間の向こうに夢を見られるから、みんなが自然とそう呼ぶようになるんじゃねぇのか? 将だって、その人間の歩んだ道を己も辿ろうと思う者達がそう呼ぶんじゃねぇのか?」
 皇氣があるから、部下がいるからじゃねぇだろ、と剣を構え直し北斗は続けた。
 剛次は、良い答えだと言うように北斗を見る。けれど、口から出てきたのは反対の言葉だった。
「それはとても理想的だ。だが現実は違う。この荒野を人間の営みを、多様な部族をまとめるにはそれだけでは足りない。──ドージェは確かにパラ実の神だが、ドージェだけではこの荒野はいずれよからぬ者達に勝手に所有権を主張され、蹂躙されるだろう」
 だから、ドージェ信仰を根幹にした四天王制度を布いたのだ。ドージェが自分の存在をそのように利用されていることにまるで関心がないことも都合が良かった。
「そういう意味では、お前も良い旗頭になるだろう。強い者が正しい……それもまたパラ実のあり方だからな」
「それであんたに利用されるなんざ、ごめんだね」
「そう言うと思ったよ」
 勝負をかけるように北斗の剣の輝きが増していく。
 呼応するように剛次の刀の妖気も重くなる。
 同時に地を蹴り、お互い渾身の一撃で相手の急所を狙った。
 二人がもっとも接近した瞬間、ふくれあがった光と闇が反発しあい、渦巻くようにあたりを暴風に巻き込む。
 痛いくらいに叩きつけてくる砂塵に、見ていた者達は目や鼻を覆った。
 落雷──があったわけではないが、そのような錯覚を覚えるほどの闘気がぶつかり合う。
 強風に乱暴に巻き上げられた髪が静かにもとに戻る頃、ベルフェンティータはようやく様子をうかがうことができた。
「北斗……!」
 立っているのは剛次だった。
 クリムリッテも愕然としている。
 飛び出そうとしたルカルカだが、夏侯淵に止められた。
 どうして、と目で訴えるが、夏侯淵は北斗を見つめたままだ。
 思わず駆け寄ったベルフェンティータが北斗を抱き起こした時、ちょうど刀を突き込まれてあいた服の穴から、何かの欠片がこぼれ落ちた。
「これは……玉璽!?」
 ベルフェンティータの呟きに、アッと声をあげるクリムリッテ。
 それはミサンガと共に渡したものだった。
 改めて北斗の様子を確かめたベルフェンティータの頬に、安堵のためか赤味が戻っていく。
 北斗の胸ポケットに捩じ込んだ玉璽が彼の命を救ったのだった。
「見事だ……」
 剛次が膝を着くと同時に、妖刀は半ばから折れた。
 胸を押さえてうずくまる剛次の足元の色がみるみる変わっていく。
 バズラと、ずっと同行していた崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が静かに歩み寄る。
 亜璃珠は剛次の横にしゃがむと、困った子を見るような、切ないような、そんな目で剛次を見つめた。
「何というか、似た者同士なのね私達。好色で、野心家で、横暴で、そのくせ一途で……」
 そんなことは最初からわかっていた、というふうにかすかに笑みを作る剛次。
 本当なら、隙を見て亜璃珠自身が剛次を倒す気でいたのだが、北斗に敗れた姿を見てとどめを刺せなくなってしまっていた。
 甘い、と自分でも思うがどうしようもない。
 百合園女学院のため、神楽崎優子のため、そして自分のためにも剛次にいてもらっては困るはずなのに、できなかったのだ。
「お前の分校に手は出さんと、言っただろう……」
 亜璃珠は苦笑というには苦すぎる笑みをこぼすしかなかった。


「それで、あたい達をどうする気? 見せしめに殺すかい?」
 周りを見渡したバズラが煽るように言うと、真っ先に進み出たのは北斗に勝負を譲り、じっと見守っていたルカルカだった。
「待って、そんなことするために来たんじゃないわ……少なくとも、私は」
「じゃあ何だっていうんだ?」
 今は武器を持たず、まっすぐに心を伝えようとするルカルカに、バズラも少しだけ態度を軟化する。
「今、世界が危機に瀕しているのは知ってるよね。闇龍だけじゃない、大小さまざまな問題や、まだ影がちらつくくらいの未知の問題。それらと戦うには、新生パラ実はあまりに経験不足。そこを補えるのは貴方達なの」
「ふん、協力しろって?」
「貴方達はここで終わるべきじゃない。ニマさんだってそう思ってるはず」
「……あんた、教導団だろ?」
 パラ実を潰すなら、今が絶好の機会じゃないのかとあやしむような目を向けるバズラ。
 答えたのは夏侯淵だった。
 その後にダリルがいる。剛次が負けたことで旧生徒会軍の攻撃がやみ、こちらにやって来たのだ。
「新生徒会とならうまくやっていけるだろう。ルカは和希との、俺は曹操殿やミツエとの繋ぎ役になれるしな」
 金団長は無益な争いは望まないはずだと笑う。
 接近するダリルを警戒し、剛次との間に立つバズラに彼は「治療させてくれ」と頼んだ。
「おかしな真似したら即座に殺すよ」
「ああ」
 蒼白な顔色の剛次の横に膝を着いたダリルは、頭上からバズラのきつい視線を感じながら治癒魔法の呪文を唱えた。
「バズラ……」
 ルカルカが返事を求めた時、事態を知らされた和希が駆けつけてきた。
「剛次、頼む。俺達の力になってくれ。ミツエの代わりに俺の胸を揉ませてやるからっ」
「……フッ」
 ダリルの治癒魔法の効果で楽になった剛次から、小さな笑いがこぼれた。
 その時、周りのパラ実生の間に小さなざわめきが起こった。
 石原校長が剛次とバズラのもとに歩み寄ってきている。
 勝負がついたことで安心したのか、スレヴィの光学迷彩を解除してもらったようだ。
 とたん、バズラの目つきが鋭くなり、剛次が立ち上がる。
 手を伸ばせば届きそうな位置で立ち止まった校長は、剛次には目もくれず、バズラに向けて静かに言った。
「バズラよ、キマク家の跡継ぎはお前の妹のガズラとなった」
 息を飲み、信じられないというように固まるバズラ。
 校長は和希に目をやり、
「この二人を王宮の地下牢へ……」
「そうはさせん!」
 突如、周りを囲むパラ実生の一画が荒れたかと思うと、彼らを蹴散らし白馬に乗ったシグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)が風のように現れ、あっという間に剛次とバズラをさらっていってしまう。
 驚く校長や和希達の意識が追撃に向く前に、炎が放たれる。
「こちらだ!」
 という誘導の声は司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)のもののようだ。
 ということは、炎はアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)の魔法か。
 これは後で聞いた話だが、魔法を放ったのはイルミン崩れの魔術師で、魔法学校で講師をしている彼かどうかはわからない、とのことだった。
 追うか、という問いかけを受けた校長は、ゆるく首を左右に振った。