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横山ミツエの演義劇場版~波羅蜜多大甲子園~

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横山ミツエの演義劇場版~波羅蜜多大甲子園~

リアクション



ドージェチーム対ホワイトキャッツ


 ドージェにより頭と胴体を泣き別れにされたあげく、野球のボールにされてしまったエリュシオン帝国の龍騎士セリヌンティウスは、今、ホワイトキャッツの選手達にキャッチボールされていた。慣れるために。
 収まらない大きさの生首を無理矢理グローブで受け止めた桐生 円(きりゅう・まどか)は、くるりと首を回して目を合わせると交換条件を持ちかけた。
「アイリスくんに会えないんだって? かわいそうに……ボクがとりなしてやろうか?」
「何、まことか!?」
「ただし、ボク達に都合の良いように判定すれば、だけど」
「判定は審判の努め故、どうにもできぬが……いやいや、正々堂々の勝負にそのような」
 円の誘惑にあっさり傾きかけた心を、慌てて立て直すセリヌンティウス。
 円はもっともらしく頷いた後、ドージェチームのベンチのほうを向いてある人物を示した。
「あの子見て、胸大きいよねー。……ボクの友人なんだ」
 黒鉄亜矢に変装した崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)だった。
「ねぇ、あの子のあれ、触りたい? ボク達が優勝したら、方法をアイリスくんの件と一緒に動いてあげてもいいよ」
「うむ……あれはなかなか……うぬぬぅ」
 もう一押しかな、と円は見た。
 その時、偶然にも亜璃珠がこちらへ目を向けた。
 円が手を振ると、向こうも軽く振り返してくる。
「実はさ、彼女はパラ実分校、神楽崎分校の分校長だよ。ボクらのうちの誰かがパラ実総長になれば、お願い事はたやすいだろうねぇ。もちろん、セリヌンティウスくんの協力があってこそだと思うが」
「パラ実総長にそこまでの影響力が……」
 ヒソヒソヒソ、と円とセリヌンティウスの間で密談が交わされた。
 実際のところ、セリヌンティウスにとってはアイリスのこと意外はオマケのようなものだった。
「よろしくー」
 と、セリヌンティウスを投げた後、円はニヤリと人の悪い笑みを浮かべたのだった。

 ドージェチームのカナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)猫井 又吉(ねこい・またきち)が試合の記録をつけておこうと準備を進めていた。
 あっちィ〜、とベンチに戻ってきた又吉へ、カナリーが「お疲れ〜」と声をかける。
 彼は試合場のいろんなところにデジタルビデオカメラを設置してきたところだ。
 目的は、曹操や乙王朝チームが負けて悔しがる姿を撮る! である。
 後で繰り返し見て笑ってやろうという魂胆だ。
「ゆる族に炎天下は死の宣告だぜ。で、こっちの準備はどうだ?」
「バッチリだよ。ほら」
 カナリーは得意気にノートを見せた。
 表紙には、『スコアブック:お〜のこぎりの観察日記・2020熱闘甲子園編』と大きく書かれている。
「……お〜のこぎりって、王大鋸のことか? まぁいいけど。スコアラーでもやる気か? それとも何かたくらんで……?」
 又吉はカナリーが今日のために持ってきてベンチのあちこちに設置されたデジタルカメラにデジタルビデオカメラ、カメラ、ビデオカメラを見回す。
 カナリーはエヘヘと笑った後にパラ実のお決まりの文句を言った。
「こまけェこたァいーんだよ」
 又吉は胡乱な目を向けた。


 時間になると、ホワイトキャッツのオーダーがアナウンスされ、選手達が各守備位置についた。
 それから試合における特殊ルールとして、指名打者制の有無はチームの自由であること、選手の交代は一人何回でも可能であること、選手枠に制限なしであることも発表された。
 ピッチャーはミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)、キャッチャーはオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)のバッテリーだ。
 そして対する一番バッターは。
「さあ、やってやるぜ! かかってこいや!」
 気合たっぷりにバットを構える夢野 久(ゆめの・ひさし)
 彼ははじめ、ドージェとは対戦する気でいた。
 だが、途中で気が変わってドージェと共に戦うことにしたのだ。
 【瞑須暴瑠】ではなく【野球】で。
 もしかしたら、もう二度とこんな機会はないと思ったから。
 久は、ちらりとドージェを見る。
 ベンチではなく外で腕組みし、じっとグラウンドを見ている。
 ドージェの強さに憧れ、いつか乗り越えてやろうと日々過ごしてきたが……。
(ドージェの立場で考えてみりゃ、そんなのどうでもいいんだろうな。恐れられていようが、神と崇められていようが。だって今日の奴は、メル友に誘われて野球をしに来ただけなんだからよ)
 ミューレリアの手から第一球が投げられた。
 真っ直ぐなストライク。
「いい球じゃねぇか……」
「フッ、貴様に彼女の球が打てるかな?」
 不意にセリヌンティウスが口を開き、久とオリヴィアはギョッとした。
 セリヌンティウスはミューレリアに返され、第二球。
 ミューレリアは直球勝負を選んだ。
 久は軌道を読み、バットを振る!
 瞬間、球は不自然に曲がってストライクカウントをとられた。
 オリヴィアの笑みに、久は彼女が何かやったのだと思った。
 三球目も球の軌道は急に曲がり──。
「なめんなよ!」
 久は無理矢理スイングの角度を変えてバットを叩きつけた。バットが折れる。
 ホギャッ、とかいう悲鳴が球から聞こえたが無視だ。
 久は一塁目指して必死に走った。
 先頭バッターが塁に出ることは、攻撃側にとってとても有利になる。
 何としてでも塁を取りたかったが、ショートを守る手師峰 慎琴(てしみね・まこと)からの素早い送球で惜しくもアウトになってしまった。
 久は小さく舌打ちすると、ベンチに戻っていく。
 出番が来た駿河 北斗(するが・ほくと)はネクストサークルから出るなり、微動だにしないドージェに向かって声を張り上げた。
「ドージェ、見てろよ! アンタがどんなに強くて神がかった力を持ってても、友達がいるのもいいもんなんだって、この俺が認めさせてやる!」
 バッターボックスに立った北斗は、どんな球にも反応してみせる、とミューレリアの手元を凝視した。
 打つ気満々の北斗に、ミューレリアも応えた。
「打てるもんなら、打ってみやがれェ!」
 常人の何倍もの速度で回転する球が、急角度のカーブを描く。
 セリヌンティウスの三半規管は破壊寸前だった。
 ちょっと哀れな生首にバットが襲い掛かる──はずだったが、北斗は寸前で構えを変えると、球の軌跡に合わせてバントした。
 が、直後に顔を歪める。
 打球は高く上がってしまったのだ。
 オリヴィアがすでに落下地点でミットを構えている。
 それでも北斗はエラーの時を考えて走ったが、オリヴィアはしっかりキャッチした。
 ドージェチームのベンチで興味なさそうに眺めていたベルフェンティータ・フォン・ミストリカ(べるふぇんてぃーた・ふぉんみすとりか)だったが、実は北斗の打席はしっかり見ていた。
 キャッチャーフライになった北斗に頬をふくらませて憤慨する。
「もう、全然ダメじゃない、馬鹿北斗!」
 その横でマレーナ・サエフがクスッと笑う。
「まだ一回ですわよ。落ち着いてください」
「でも、あんな大口叩いといて……!」
「勝利はもちろんですが、北斗さんが本当に言いたいことは言葉そのままではないとわたくしは思いますけれど?」
「う……もう、わかったわよ」
 本当はベルフェンティータもそこらへんのことは察しが付いていた。
 少しの沈黙の後、ベルフェンティータは小さな声でマレーナに言った。
「えっと……できたらこれを機に、仲良く……メ、メル友とかに、してくれてもいいのよ!」
 友好を求める言葉とは逆に、そっぽを向いてしまった彼女にマレーナは微笑むと、喜んで、とアドレス交換のため携帯電話を取り出した。
 そんな二人の傍では、すっかりだらけきった姿勢でクリムリッテ・フォン・ミストリカ(くりむりって・ふぉんみすとりか)が、
「あー、もう退屈退屈、退屈で死にそうー。何かこうもっと爆発しそうなこととかないかな。闖入者が突っ込んでくるとか、ミサイルが飛んでくるとか!」
 と、物騒なことをわめきながら足をバタバタさせていた。
 バッターは三番のグレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)
 スタンドのナガンはドージェを殺すなら今がチャンスだ、と警戒心を抱いていたが、その真逆にいるのがグレンだった。
 彼は、過去のある出来事からドージェに感謝していた。命を救われ、人生を変えられたのだ。
 まるで石のように動かないドージェを眩しそうに見上げたグレンは、
「ドージェ……あんたには何のことかわからないだろうが……一つ……言わせてくれ……。ありがとう……」
 と、言ってバッターボックスに向かった。
 九年前とまるで変わらない大きな存在感に嬉しさを感じながら。
 球が生首、というのはどうしようもない違和感をグレンに与えたが、そんな感覚も言いたいことも全部隅に追いやり、打つことだけに集中した。
 久と北斗が倒れ、ツーアウトだ。
 自分が出れば次はドージェである。
 彼ならどんな球でもホームランにしてくれるだろう。
 グレンは戦場において、どこから出てくるかわからない敵に備える時のように神経を研ぎ澄ませた。
「おりゃあ!」
 という掛け声と共にオリヴィアの構えたところに放たれるセリヌンティウス。
 その軌道を見逃すまい、と目に力を入れたグレンは、ハッとして身を捩った。
 鈍器で思い切り尻を叩かれたような衝撃が腰まで響く。
「どうせなら、おなごのやわらかい尻がよかった……」
 情けない台詞を残し、ぽろりと落ちるセリヌンティウス。
 デッドボールを球審に宣言させたグレンは、何とも言えない眼差しを彼に向けてから一塁へ小走りに向かう。
「塁に出たことは……出たか」

 四番ドージェが姿を見せたとたん、ミューレリアの顔つきが変わった。
 今までも真剣だったが、ドージェには前の試合で貸しがあった。それを返してもらわなければならない。
 今日もギャザリングヘクスをしっかり飲んだ。
 そして、この対決のために新魔球も開発してきた。
 帽子を被り直したミューレリアは不敵に笑う。
「ドージェの弱点に気づいたのはミツエだけじゃないんだぜ」
 それが同じものを指しているかはわからないが。
 ミューレリアが見つけた弱点とは。
「あんたの体格からくるストライクゾーン※の広さだ! 飛びたて! ライジングフェニックス!」
(※打者の肩の上部とユニフォームのズボンの上部との中間点に引いた水平のラインを上限とし、膝頭の下部のラインを下限とする本塁上の空間である五角柱のこと)
 ギャザリングヘクスにより強化された凍てつく炎が球から不思議な輝きを見せる。
 ……が、これは普通の野球ボールではなくセリヌンティウスの生首だった。
「待て待て、これ以上は頭部だか何だかわからないものに」
「いっけェーッ!」
 試合に全身全霊で挑むミューレリアは聞いていなかった。
 炎と氷の結晶を軌跡に描きながら投げられた一球は、低めいっぱいに飛ぶ。
 グッと握り締めたバットの先がピクリと反応した時、球に急激に上昇した。
 顔を目掛けて飛んでくるように見えたドージェが、反射的に背をそらす。
 見上げた先、セリヌンティウスは空の星に──ならなかった。
 そこには、カカオ・カフェイン(かかお・かふぇいん)が空飛ぶ箒でミットを構えて待機していたのだ。
 バンッ、と鋭い音を立ててカカオのミットにセリヌンティウスがめり込むように受け止められた。
 呆然と見上げるドージェチームの面々と審判に一言。
「サブキャッチャーにゃ」
 二本の尻尾で器用にミットを揺らす。
 その時、我に返った審判から怒声が飛んだ。
「こらこらー! キャッチャーが二人いてはいかーん! 降りてきなさーい!」
 今回は【瞑須暴瑠】ではなく【野球】である。契約者同士の試合であるから多少のはみ出し行為は許されても、野球の基本ルールから逸脱したものは反則をとられる。
 カカオは退場を言い渡されてしまった。
 ミューレリアも今の一球で体力も気力もかなり消耗したため、交代することになった。
 名残惜しそうにマウンドを降りるミューレリアに、ドージェが声をかける。
「いい球だった」
 ミューレリアは軽く手をあげて応えた。

 ピッチャーは七瀬 巡(ななせ・めぐる)に代わった。
 腕をグルグル回しながら巡はドージェとの対決を嬉しそうにしていた。
 センターを守るイコンの操縦席では、天貴 彩羽(あまむち・あやは)天貴 彩華(あまむち・あやか)が先ほどのミューレリアとドージェの勝負から得たデータを分析しようとしていた。
 ちなみにセリヌンティウスのデータも試合前にとっていた。
 彩羽の豊満な胸にキュッと抱きしめて”お願い”したら、あっさりOKをくれたのだ。
 そのデータを銃型HCに移して分析した結果、戦いに熟練した者なら数人がかりで倒せるだろう、という答えを引き出した。
「頭部だけね」
 と、注意を加える彩羽。
 そして、ドージェは。

 ボンッ!

 銃型HCは爆発した。
「うわっ」
「あっ、彩羽っ!」
「だ……大丈夫よ。ケガはないわ」
 彩羽の笑みに彩華はホッと胸をなでおろす。
 それから、彩羽の膝の上に落ちた残骸となった銃型HCを見下ろした。
「う〜ん、もう使えませんねぇ。あーあ」
「予備を学校に申請しないとね……」
 怒られるかな、と肩を竦める彩羽に彩華は無邪気に笑って言った。
「お菓子をオマケにつければ大丈夫ですぅ」
 そんなことはないだろうが、何となくそう思わせてしまう彩華の笑顔だった。
 そしてマウンドの巡は。
 球を振りかぶったまま、ドージェと睨み合っていた。
 あまりにその時間が長かったのか、球審が仕切り直し、と両手を振る。
 緊張から止めていた息をすべて吐き出した巡に、一塁手のパートナーの七瀬 歩(ななせ・あゆむ)から声がかかった。
「巡ちゃん! あたし達もいるんだから、後悔しないように投げたいように投げていいんだよー」
 巡はその言葉に自分を取り戻したような思いになった。
「うむ、良い表情になったな」
 突然のセリヌンティウスの声に思わず取り落としそうになる。
 巡はセリヌンティウスを持ち直すと、挑発するようにドージェにグラブを突きつけた。
「よぅし、勝負だ!」
 ドージェは頷き返し、改めてバットを構える。
 ミューレリアがドージェの弱点を考えたように、巡もいろいろと考えた。
 出た答えは、ドージェは相手の闘争心に反応しているのではないか、ということだった。
「だからって、やる気のないスローボールなんかじゃ、つまんないよね!」
 試合前にみんなで楽しもうね、と言った歩の言葉を思い出し、巡はこの一球でへばってもいいという強い思いを込めて──投げた。
 それは、槍のように光のようにまっすぐで、岩をも砕くようなストレート。
 オリヴィアが薄く笑んで、奈落の鉄鎖でさらに加速させる。
「……あっ」
 巡は空を仰いだ。それから、スタンドへ。
 まるで巡の対抗心に応えるようなホームランだった。
「あ〜あ……」
 デッドボールで出塁していたグレンとドージェが帰り、2−0となった。
 そして、本当に一球に賭けていた巡は力が抜けたように膝を着く。
 慌てて歩が駆けてきた。
「巡ちゃん、大丈夫!?」
「平気平気……ちょっと、疲れちゃっただけ。う──ン、悔しいなァ」
「でも、かっこよかったよ」
 歩がやさしく巡の背を撫でた。
 再度ピッチャー交代で秋月 葵(あきづき・あおい)が立った。
 差し出されたセリヌンティウスの有様に、思わず葵は手を引っ込めてしまう。
 落とされたセリヌンティウスが恨みがましく葵を見上げた。
「ご、ごめん。でもね、今のあなた、ちょっと……」
 ばっちぃ、という言葉を飲み込み、あいまいに笑う葵。
 これまでボールとして投げられたり打たれたりしてきたせいか、セリヌンティウスは集団にフクロにされたような形相になっていた。あまり近づきたくない。
 ふと、葵は何かを思いついたように手を打つ。
「ちょっと待っててね」
 葵は球審にタイムを要求すると、ベンチに走っていった。
 集まってきていたチームメイトの中にいたイングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)が、どこから拾ってきたのか木の枝でセリヌンティウスをツンツンと突付いている。
「おい……」
「生きてるにゃ……そーだ! これあげるにゃ〜」
 イングリットはニコニコと言うなりセリヌンティウスの口に真っ赤なせんべいを突っ込んだ。
「ほがっ、ふがっ──!!!!」
 そこから先は言葉にならない奇声を発しながらゴロゴロと転がる。
 イングリットが食べさせたのは激辛せんべいだった。
 無理矢理それを飲み込んだセリヌンティウスがイングリットに文句を言おうとした時、戻ってきた葵が黒いビニール袋を被せた。
 スポッと袋に詰め込まれたセリヌンティウスを持ち上げた葵は、
「これで大丈夫だね。だって、あのままだと青少年の教育上良くないと思うし」
「臭いものに蓋をしたところで問題は解決せんぞ」
「自分でそれ言っちゃうの……?」
「……ところで、息苦しいのだが」
 強引に話題を変えた感じだが、セリヌンティウスの主張はもっともだった。
 葵は慌てて空気穴をあける。
 酷い扱われ方に、セリヌンティウスは円との交換条件への気持ちが薄れていった。
 袋の口をしばって、試合再開である。
 守備位置の三塁に戻ったイングリットは、ベース横にペタンと座り込むとどこからともなくスナック菓子の袋を取り出し、ムシャムシャと食べ始めた。
 三塁塁審として参加していた周瑜 公瑾(しゅうゆ・こうきん)が不真面目なその様子に眉をひそめる。
「こら、イングリット……少しは真面目にしなさい」
「これ食べたらね〜」
 周瑜の注意も右から左のイングリットだった。
 何球か投げて具合を確かめた葵と対するのはソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)
 がんばれよ、といつになく気合のこもったグレンに励まされて送り出されたソニアだったが、正直なところ生首を打ったり投げたりということに抵抗を感じていた。
「どうして……どうしてボールが生首なんですか……っ」
 泣きたい気持ちをグッと堪える。
 大切に思っているグレンの、この試合に対する意気込みはわかっている。
 それに応えるためにも──。
 袋に入れてもなお危険な菌がついているかのように、サイコキネシスでセリヌンティウスに触れずに投げた葵。
 ヒプノシスを球にまとわせ、催眠魔球とした必殺ボールだったが、
「こ、来ないでください!」
 見た目は黒いビニール袋が飛んでくるだけなのに、まるでその中身を透視しているかのように拒絶したソニアは、眠るどころかバットを落として思い切り平手打ちで弾き返した。
 打球は意外と伸びていき、ライトの安芸宮 稔(あきみや・みのる)へのフライとなった。
 野球初心者がフライを取るのは難しいのだが、経験がある安芸宮 和輝(あきみや・かずき)にコツを教えてもらったので何とかキャッチ。
「あの……生きてますか?」
「脳髄を揺さぶるようなビンタであったな……」
 一応心配して聞いた稔に、袋の中のセリヌンティウスは褒めているような感心しているような返答をよこした。
 こうしてドージェチームの攻撃は終わった。