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横山ミツエの演義劇場版~波羅蜜多大甲子園~

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横山ミツエの演義劇場版~波羅蜜多大甲子園~

リアクション

 ホワイトキャッツの選手達を、ベンチでずっとサポートしてきたクレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)があたたかく迎える。
 一人一人にタオルと冷たいドリンクを手渡していく。
 負けてしまった彼女達はうつむき、口数も少なくってしまっていたが、クレアにお礼を言いつつタオルで汗を拭いたりドリンクを飲んだりしながらロッカールームへ下りて行った。
 最後尾を歩くミューレリアと並んだ時、イコンから下りてきた彩羽が残念そうに苦笑しながらも感謝の念を瞳にこめて言った。
「ミューレリア、参加させてくれてありがとうね」
「あぁ。……勝ちたかったな」
「お二人とも、これで最後と決めてしまっているのですか?」
 クレアの台詞に二人は不思議そうに首を傾げる。
 試合はもうこれで終わりのはずだ。
「また違う日にやれるかもしれませんわよ」
 その可能性があったか。
 何の約束もないが、もう終わり、と寂しくなるよりはいいかもしれない。
「はい、どうぞ。ゆっくり休んでくださいね」
 クレアは彩羽と彩華にもタオルとドリンクを手渡す。
「後でみんなでお菓子食べようですぅ」
 明るく笑う彩華に、三人もつられて微笑んだ。


 ドージェチームでも同様に猫井 又吉(ねこい・またきち)ロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)が選手達を労っていた。
 もう何度も作ったカチワリを又吉が全員に配り、背を叩く。
 ロザリィヌもタオルを渡したり道具の片付けを引き受けたりしていたが、女の子への態度が圧倒的に親切だった。
 それから、シーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)
 セリヌンティウスは今、とても癒されている。
「大丈夫ですか? 今、手当てしますね」
「うむ。やさしい娘よ……」
 すっかり汚れてしまった顔を硬く絞ったタオルで拭いていくシーリル。
 彼女の膝の上でセリヌンティウスは気持ち良さそうだ。
 思えばボールにされてから初めて受けたやさしさかもしれない。
 土埃や煤をきれいに拭い取ったシーリルは、続いて小さな擦り傷にヒールをかけて治していった。
「次の試合も大変でしょうけれど、がんばってくださいね」
「任せておけ。ところで娘よ、もう少しこう、胸元に引き寄せ」
「おーい、行くぞー」
 気を良くしたセリヌンティウスが調子に乗ったことをシーリルに要求しようとした時、遠くからパートナーの呼ぶ声があった。
 偶然か故意かはわからない。
「はい、治りましたね。それでは、また後で会いましょう」
 すっかり元通りになったセリヌンティウスをベンチに残し、シーリルは行ってしまった。

卍卍卍


 ロッカールームを出た鷹山剛次を黒鉄亜矢こと崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が呼び止めた。
 彼女は優雅な笑みを浮かべてゆっくりと剛次に歩み寄る。
「ひとまずお疲れ様」
「見ていただけだがな」
「いつでも行けるように準備していたのに?」
 おかしそうに亜璃珠が笑うと剛次もフッと短く笑う。
「一人になりたいでしょうけれど、我慢してくださいね」
「ふん、愚かな襲撃者など返り討ちにしてくれる」
 亜璃珠が剛次の傍にいるのは、万が一の暗殺に備えてのことだった。
 今日ここに集まっている面子は名の知れた者ばかり。何があってもおかしくない。
 剛次の相変わらずの強気な発言に、しかし亜璃珠はわずかに表情を曇らせる。
「……心当たりがありますの。あなたを狙う輩に。だから、今日一日守らせてくださらないかしら?」
「少し見ない間に心配性になったか? 亜矢」
 わざわざ偽名で呼んだのは、好きにすればいいという剛次からの合図だった。
 亜璃珠は軽く肩を竦めて、違いますわ、と返す。
「一緒に戦って……篤い男だったから、惚れ直してやっただけですわ」
「ほう」
「勘違いしないでね? 色は好んでも想い人が他にいるのはお互い様ですわよ」
「前言撤回。何も変わらんな」
 しばらく二人で笑いあった時、亜璃珠の肩の向こうに見えた人物に剛次の笑いは途切れた。
「ニマ様……いや、こんなところにいるわけが……」
 戸惑う剛次の呟きに亜璃珠も振り向く。
 そこには、旧生徒会長のニマ・カイラスがやさしげな微笑みを浮かべて立っていた。
 彼女は今、入院中のはずだ。
 亜璃珠もきょとんとしてニマを見つめる。
 剛次はゆっくりと亜璃珠の脇をすり抜けてニマへと歩み寄った。
「ニマ様……お目覚めになられたのですか? もう、大丈夫なのですか?」
「心配を、おかけいたしました……」
 ニマもゆっくりと剛次へ歩み寄り──。
「待って!」
 妙に切羽詰った声で剛次を引き止める亜璃珠。
 それから彼を押し退けるようにしてニマの前に立つと、じっとその目を見つめた。
 ほんのわずかに揺れたニマの瞳。
 亜璃珠は辛そうに目を細める。
「ロザリィヌ……」
「亜璃珠……!」
 ロザリィヌは鬘を落とすと、どうして、と今にも泣きそうな目で亜璃珠に訴えた。
「どうして邪魔をしますの? 亜璃珠に一番大切な人がいるのも知っていますし、鷹山に近づいたのも、その人との約束を守るためにしたことだと理解もしていますわ……。でも、絶対に納得はできませんのっ」
 亜璃珠に詰め寄り、感情に任せるようにまくし立てるロザリィヌ。
 亜璃珠は黙ってそれを聞いている。
「男に身を投げ打つまでしたことに……それを止められなかったわたくし自身も!
 わたくしは……大切な人にはなれなくても、仲の良い姉妹でいてくれれば幸せでしたのに。たとえ、戻るものが何もなくても」
 いったん言葉を切り、ロザリィヌは憎しみに満ちた目を剛次に向ける。
「──その男を許して受け入れることはできませんわ。わたくしは……すべてを受け入れてやさしくなれるような人間ではございませんの。だから、その男を殺させないつもりなら、亜璃珠の手でわたくしを殺してくださいませ……!」
 胸の張り裂けそうなロザリィヌの痛みが声に乗って響いた。
 自分を刺せ、と突き出された短剣を持つロザリィヌの手を、亜璃珠はそっと下ろす。
 そして、まっすぐに目を合わせて自分の気持ちが届くようにゆっくりと言った。
「あなたの気持ちを裏切ったのは、悪いと思ってる。けど、これじゃ誰も喜びませんわ。私は、誰のものでもない。どこにも行きませんから、あなたも逃げないでください。本当はどうしたいのか。ちゃんと聞かせてください」
 ロザリィヌの目がゆっくりと伏せられていき、手から短剣が滑り落ちる。
 震える睫毛を、亜璃珠は見つめた。
 と、ロザリィヌは亜璃珠を振り払うように身を翻し、駆けていってしまった。
 剛次もこの時ばかりはからかいの言葉も皮肉も出ずに、亜璃珠の背を見つめていた。