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横山ミツエの演義劇場版~波羅蜜多大甲子園~

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横山ミツエの演義劇場版~波羅蜜多大甲子園~

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スタンドのパラミタ名物


 簡単なグラウンド整備の後、第二試合の選手達が軽く練習を始めたのをスタンドにいるレティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)が気づき、パートナーの高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)の服の裾を引いた。
「見て見て、虹キリンさんが柔軟体操してるよ。けっこうやわらかいんだねぇ」
 もとはミツエの刺客だったが今は乙王朝のマスコットとなっている虹キリンを指差し、ウキウキしているレティシア。
 だが、悠司は先ほどのドージェチームのメンバーを思い返していた。
「いきなりドージェチームに入ってるとか、瑛菜のやつパネェな……」
 レティシアが「虹キリンさーん、がんばってー!」と大きく手を振っている間に、悠司はその場からふらりといなくなってしまった。
 スタンドを一巡りした悠司は観客の様子に違和感を覚えた。
 以前、全日本番長連合と戦いに来たことなどから、客席には柄の悪いのが大勢いるが、どうも雰囲気の違うのがかなり混ざっているようなのだ。
 その時、彼らの会話の一部が聞こえてきた。
「──あれが契約者の力かぁ」
「すげェもんだ」
「わざわざ渋谷から来たかいがあったぜ」
 渋谷から?
 もう少し話しを聞いていたいところだったが、偶然彼らの一人が悠司のほうへ顔を向けたため、何食わぬ顔で移動した。
 一瞬しか見ることはできなかったが、顔の特徴を覚えておいた。
 レティシアはまだそこにいて、虹キリンを見ていた。
「れち子」
「あ、悠司どこ行ってたの? まあいいけど。あのね、さっき虹キリンさんが」
「待て。話しは後だ。ちょっと伝令に行かないか? お気に入りの虹キリンとも話しができるかも……」
 もっと虹キリンを見ていたいのにお使いを頼まれそうなことにレティシアはちょっと不満そうな顔を見せたが、後半の台詞に心が傾いたようだ。
「グラウンドとか入ってみたかったし、別にいいけど……何を伝えるの?」
 悠司は視線だけで周囲に自分達の様子を探っている者がいないか確認すると、レティシアに素早く耳打ちした。
 ふんふんと聞いていた彼女は、怪訝そうな目で悠司を見上げる。
「それって……みんなに伝えないとダメじゃない?」
「じゃあよろしく。ドージェチームとホワイトキャッツの奴らには俺が言っとくから」
 二人はそこで別れた。

「かちわりいかがっすか〜ですぅ」
 サンバイザーに某虎チームのユニホームを着たキャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)が元気に声を張り上げている。
「おーい、こっちー!」
「は〜い、ありがとうですぅ。ついでにパラミタ名物のドクターヒャッハーもどうっすかぁですぅ」
「うまいのか?」
「最高ですぅ」
 キャンティの笑顔の効果か、呼び止めた男はかちわりとドクターヒャッハーを数点買っていった。
「まいど〜ですぅ」
 生き生きと売り子をするキャンティを微笑ましそうに見ていた聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)はというと。
 この炎天下、いつものようにきっちりと執事服を着込み、ビデオカメラを片手にグラウンドの様子を撮りつつ、周囲の会話に気を配るという器用なことをやっていた。
 時折彼の格好に「暑くないのか?」と不思議そうにしながら通り過ぎていくTシャツの若者がいたが、聖は爽やかな気温の中にいるかのように涼しげだ。
 聖が聞きたいのはエリュシオンに関することだったのだが、今のところそういった話は聞こえてこない。
 対岸の火事というか、けっこうどうでもいいと思われているのか。
 と、キャッチボールの球がそれたのか、大きく弧を描いてスタンドに飛び込んできた。それもキャンティのいるほうに。
 そろそろ見慣れてきたとはいえ、生首だ。
 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら観客がササッと引いていく。
 飛んでくるセリヌンティウスの姿を捉えたキャンティは、何でもないことのように抱え込むようにキャッチした。
「ナイスキャッチ」
「あら……本当に生きてるんですねぇ」
 セリヌンティウスから出た言葉に、キャンティは目の高さまで持ち上げてマジマジと見つめる。
「何とも非常識な……。ドージェもそうですけれど、神様ってそんなものなのかしらん?」
「驚いたか? しかし……残念だな。もう少し胸があれば……あがががが」
「お黙りなさい、おっぱい龍騎士め〜」
 キャンティはセリヌンティウスをバスケット選手顔負けのドリブルの刑に処した。
 生首をドリブルするキャンティへ、
「ちょっといい?」
 と、声がかけられた。
 見ると、どことなくスレた感じのする男が立っていた。
「何ですかぁ?」
「写真、撮ってもいいかな?」
「キャンティちゃんは高いですよぅ」
「う〜ん、実はお金はないんだけど……」
 話しながらフォン・アーカム(ふぉん・あーかむ)は、自分の口調が何かヘンだなとか、頭の中がムズムズするな、とか思っていたがたいして気にせず軽く流していた。
 ドリブルをやめたキャンティは、上から下までフォンを眺めると何か納得したように頷く。
「確かにお金持ちには見えないですぅ。……ま、一枚だけならどうぞですぅ」
「ありがとう。あ、一応言っておくけど、いやらしい写真を撮りたいってわけじゃないよ。被写体を美しく撮ることが大事だからね」
「そんなことをしたら私がそのカメラ叩き壊しますよ」
 いつの間にいたのか、聖がフォンの後ろに立っていた。
 驚いたのはフォンよりも、その頭にしがみついていたドラゴニュートのセオドア・アバグネイル(せおどあ・あばぐねいる)のほうだった。
 ヒャッ、と声を上げてずり落ちたセオドアを聖が支えたが、その手は先ほどの台詞のわりにはやさしかった。
 フォンの要望で、セリヌンティウスをドリブルする姿が撮られた。
 お礼を言って聖やキャンティと別れたフォンは、試合が始まるまで別の被写体を求めて再びスタンドをさまよう。
 カメラにはすでに第一試合の様子も収められていた。
 どれも選手の一瞬の輝きを捉えたものだ。
 次にフォンが見つけたのはナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)メニエス・レイン(めにえす・れいん)だった。
 ナガンが呼んだ、今や仲間とも思っている舎弟達の胡乱な視線などまるで気にせず、フォンは二人に声をかける。
 被写体になってくれないか、と。
 キャンティと同じことを言うメニエスに苦笑してしまったが、やはり同じ返答をすると、
「一枚だけよ」
 と、そっくりな許可をくれた。
 メニエスとナガンだけでなく、ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)や舎弟達も加わった集合写真が一枚撮れた。
 レンズから目を離した瞬間、フォンの脳裏に見知らぬ映像が駆ける。
(どこかの遺跡で誰かから何かを奪い取っている……?)
 失くしてしまった自分の過去か。
 頭の芯がジクジクと痛み、やがて胸まで広がっていく。
「おい、アンタ大丈夫か?」
 ナガンの声で我に返るフォン。
 撮影の間、フォンの頭から下りていたセオドアがオロオロしている。
 フォンはセオドアの頭を一撫ですると、
「大丈夫だ。被写体になってくれてありがとう」
 そう言ってその場を後にした。