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それを弱さと名付けた(第1回/全3回)

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chapter.11 空京大学(4)・再考 


 外でびゅうびゅうと吹く風は冷たさを増していた。
 もうすぐ夜を迎える空京大学。論文のチェックを一通り終えたアクリトは、机に肘を預け思慮を巡らせていた。
 少しして、ドアをノックする音が聞こえてくる。
「入りたまえ」
 アクリトの返事を聞き入室してきたのは、瀬島 壮太(せじま・そうた)閃崎 静麻(せんざき・しずま)だった。ふたりとも、学長と面会をするということで普段よりもきっちりと蒼空学園の制服を着こなしている。
「ああ、君たちか。話は通っている。そこに座ってくれて構わない」
 アクリトが椅子を指し、壮太と静麻に言った。どうやらふたりは、事前にアクリトに面会許可を取っていたらしい。
「で、話というのは何かね?」
 間もなく、アクリトが対面の椅子にかけてふたりに問いかけた。
「っとその前に……この会話の様子をデジカメで撮って、蒼空学園で映しても問題ないか?」
 壮太がデジカメを取り出して言う。アクリトは特にいぶかしむ様子もなく、首を縦に振った。仕事柄、こういったことには慣れているのかもしれない。
 壮太からすれば、涼司や他の生徒にも見てもらいたいということなのだろう。録画の準備を終えた彼は、そのまま質問へと移った。
「まず聞きたいのは、校長職についてだ。蒼空学園では今、御神楽を復活させるために生徒が奔走してるんだ。もしも、仮に復活したとしたら……校長の座は御神楽に譲るつもりなのか?」
 壮太の問いに、アクリトはふむ、と小さく声を発した後、彼にこう答えた。
「そこは御神楽校長が戻った際に彼女と話し合うことになるだろう」
「話し合い次第ではそのままあんたがうちの校長を続けるってことか」
 その言葉は、どこか疑心を含んでいるようにも聞こえた。
「可能性がゼロとは言わない。そもそも彼女が戻ってこれるのかどうかも可能性の薄い話だ」
「……確かにな。じゃあもうひとつ質問させてくれ。山葉は学長が学園を乗っ取ってしまうんじゃねえかってたぶん思ってるんだ。学長が校長になったら、学園の運営方針は御神楽の頃と極力替えない感じでいくのか?」
 これには、壮太の隣にいた静麻も口を挟んだ。というより、同調を示した。
「俺もそれは知りたかった。蒼空学園の統治者になったアクリト校長が、どのような方法論をもって学園を運営していくのかを」
 壮太と静麻に揃って見つめられ、アクリトは拳を顎に置いた。数秒の沈黙の後、アクリトがその問いに答えを出す。
「基本的には、大幅な方向転換はしない。私が望むのは、改革ではなく安定した統治なのだからな」
 ともすればそれは、現在の校長――涼司では力不足だ、と言っているようにも思える。静麻はそれを聞き、考えを巡らす。彼が思っていたのは、目の前にいるアクリトが出した論文のテーマのことだった。
 今の蒼学は次のステップに進む段階になっているのではないか。静麻はそう考える。
 確かに今アクリトが言った通り、ここで涼司からアクリトにトップが代われば、事態は安定するだろう。しかしそれは同時に、ある意味蒼空学園の終わりを示唆してしまうのではないか。
「常に正解を選ぶことだけが、最良だろうか」
「……どういうことかね?」
 思わず思考が漏れ、言葉となった静麻のそれをアクリトが拾う。静麻は彼にそのまま思いを告げた。
「誤らぬ指導者の下なら、従う者たちも誤らぬ道を進むんだろう。ただ同時に、そいつらの成長が極端に制限されることも否めないはずだ。蒼空学園は人を育てる場所なんだ。時には間違いながら、時には外部の人間に助けられながらでも生徒達自身で舵取りをすべきなんじゃないかと俺は思う」
 誤らないことよりも、過ちを知ることで学ぶこともある。静麻のその意見を後押しするかのように、壮太が口を開いた。
「正直、オレだって山葉が校長の座についてるのは違和感がある。御神楽と山葉はタイプだって全然違うし、山葉には後ろ盾だってねえ。だけどよ、だからといって他の奴にほいほい校長になってほしいわけでもねえんだ」
 アクリトを真っ直ぐな瞳で見据えながら、壮太はワンテンポ置いて言った。
「あれだけ大きな学園だったら、校長になることで乗っ取ろうって思う奴は掃いて捨てるほどいるだろうしな」
 また、沈黙が流れる。アクリトの射抜くような視線に怯むことなく再び声を出したのは、壮太だった。
「あんたが本当にあの学園を考えているのか、本当に信用に足る人物なのか知っておきてえんだよ」
 そこまでを聞いたアクリトは、ふう、と小さく息を吐いて壮太、そして静麻に答えた。
「少し前に論文を出しに来た生徒にも言ったが、勘違いをしないでもらいたい。私は学園の乗っ取りも支配も望んでいるわけではないのだよ。私が望むのはひとつ、シャンバラの平穏だ」
「シャンバラの、平穏……」
 壮太がその言葉を繰り返した時だった。ドン、と大きくドアを叩く音が部屋に響いた。
「……随分乱暴なノックだな」
 アクリトが立ち上がりドアの方へ向かおうとする……が、彼がそこに着く前にドアは勢いよく開かれた。そのまま部屋の中へズカズカと踏み入ってきたのは、左肩に何やら分厚い紙の束を抱えたセシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)だった。
「誰だね、君は」
「よう、学長。論文とやらを提出に来たぜ」
 特に悪びれた様子もなく、鋭い目つきでアクリトを射抜きながらセシルが言う。彼はそのまま部屋の中央まで進むと、右手に持っていた原稿用紙をバン、と机の上に叩きつけた。
 が、その原稿用紙には題名とセシルの名前が書かれているだけだった。後はまったくの白紙である。
「これは何かね」
 無礼とも言える彼の態度に、アクリトが毅然とした態度で言い放つ。セシルは間を置かずに答えた。
「俺は空大生じゃねーし、論文なんて柄じゃねぇ。だからあんたの耳へ直に届けてやろうと思ってな」
 そしてセシルは、論文の代わりといわんばかりにその口から自分の意見を主張し始めた。
「あのさ、なんで折り合いつけるってことしないワケ? 外部からいきなりやってきて、運営やりますって言われて、はいそうですかって学校を明け渡すアホはいねぇだろ。なんでそこで、山葉と協力して運営やろうって考えが浮かばねぇかな」
「それは山葉君の能力が大きな不安材料として……」
「そりゃあんたのいう通り、山葉は全然未熟で運営状態にも不安はある。けど人間成長するもんだ。あんたが後見人、教頭になって、サポートしてやればいい。そしたら山葉も運営の勉強出来るだろ」
 アクリトの言葉を遮り、セシルはなおも続ける。
「あんたのやり方じゃ、反発する蒼学生は少なくないぜ。それじゃ学校を治めるなんて無理だろ。これがその裏づけだ」
 言って、バン、と左肩に抱えていた紙の束をアクリトの前に置いた。アクリトがそれを見ると、どうやら彼が学生相手にとったアンケート用紙であることが見て取れる。
 アクリトがパラパラと覗くと、全てではないものの、ちらほらとアクリトの方法に疑問を示す意見も目に入った。
「なかなか立派な意識調査だな」
 本音か皮肉か、アクリトが言う。セシルはアンケートの結果と自分の主張を示すことで満足したのか、アクリトのその言葉に機嫌を悪くすることもなかった。
「つうか、俺は大方の生徒が納得するなら誰が校長でもいいんだけどな。まあとにかく、しこりが残らねぇようにしてくれよな。みんなそれを願ってんだ。なあ、正悟?」
 セシルが開け放たれたドアの方向に声を投げる。すると、それを待っていたかのようにそこから如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が現れた。後ろから、パートナーのエミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)も部屋に入ってくる。
「学長、俺は俺なりに論文を書いてきました。これを読んでください」
 言って、アクリトに論文を出す正悟。

「テーマ、蒼空学園の現状と理想について」

『御神楽校長がいなくなって以降、運営体制は大幅には変更はないが、明らかに学園のムードは変わってきてはいる。
しかし良くも悪くもそれは改革時のムードと呼べるものであり、楽観はしてはいけないが現状のまま様観すべきだと思われる。
しかしながら、山葉新校長には経営という面でのノウハウは未熟ということもあり、そこに対するフォローは必要だとは思われる。
アクリト学長がそのまま蒼学校長を引き継ぐのではなく山葉新校長のサポートを行いつつ山葉新校長という「人材育成」をするという案を提案する。
ただ、アクリト学長も大学の運営業務があるため、ここで「蒼学臨時運営委員会」等の山葉新校長のサポートを行う組織を設立をし数名の学生を蒼学、空京大学(大学からの生徒は出身校ができるだけ重ならないように出来ればなおよし)からメンバーを出す。活動内容は新校長のサポート兼意見提案を行う、ただし最終決定権は新校長が所有する形にする。』


「これが、俺らなりに考えた結論です」
「無闇に組織を増やすのは、あまり得策でないように思えるが」
「かと言って、学長がそのまま丸ごと引き継ぐことには素直に賛成できません」
 真っ向からアクリトの意見に反対する正悟。彼はもう一言、そこに付け足した。
「学長、山葉は一人で全て出来るほどは強くないですが、彼は本来様々な人に支えてもらって物事を進めて行くタイプだと思います」
「……そんな人物が、統治に相応しいと思うのかね」
 毅然としたアクリトの言葉に、思わず正悟は後ずさる。そこにフォローを入れるように、エミリアが進言した。
「学長、確かにいまの蒼学は色々と大変な状況ですけど……今の蒼学の学生、教師全ての人が決めなきゃ駄目だとおもいます」
 さらにエミリアはこう続ける。
「そこで、私達大学の存在は、彼らが彼ら自身の手で進めるように手助けすべきものだとおもいます。正悟の論文は提出前に見ていますが、もしこのような組織の設立するつもりであれば私達は全力で手伝いますから」
「先ほども言ったが、無闇な組織の乱立は……」
「無闇でも無駄でもねぇだろ。協力して学園をつくっていくことの、何が問題なんだよ?」
 咄嗟に、セシルが横から口を出した。部屋にしいん、と静寂が訪れる。
「……君たちの言いたいことは分かった。とりあえずこのアンケートと論文は預かろう。今日はもう帰りたまえ」
 半ば強引に生徒たちを追い返し、ひとりになった学長室でアクリトは置かれた数々の提出用紙に目を通す。
「共同運営……か。それで確実にシャンバラの未来が開かれていく保障はない」
 口ではそう言いつつも、目の前にあるたくさんの論文が、否が応でも彼の目に入る。
「保障はないが、こうも方向性の類似した意見が出揃っては、取り入れざるを得ないだろうな」
 アクリトはどこか憂いにある表情で、窓の外を見る。もうすっかり日は落ちていた。