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それを弱さと名付けた(第1回/全3回)

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chapter.9  愛美の寮(2)・逸らせないもの 


 愛美の部屋の中。
 さっきまで外に立っていた生徒たちは全員室内に入っていた。
 愛美を囲むように各々が座っているが、唯一未沙だけは長時間外で待っていたため、体が限界に来て倒れてしまい横になっている。しかしその顔はどこか幸せそうだ。もしかしたら何か素敵な夢でも見ているのかもしれない。たとえば、意中の女の子とイチャイチャしている夢である、とか。もっともそれは誰も知ることの出来ないことだったが。
「あ……あの……その……こ、これ受け取ってください」
 鬱姫がそっと持っていたお菓子とブランケットを差し出す。よく見ると、そのブランケットは手編みだった。おそらく彼女が頑張って編んだのだろう。
「ありがとう。早速使わせてもらうね」
「元気な先輩が……また……み、見たいです……」
 部屋にあった毛布を未沙に使っているため、自分の分がなくなった愛美はそれをありがたく受け取った。ただ、鬱姫の言葉に首を縦には振れなかったが。
「ボクも、見舞いの品を持ってきたんだ」
 鬱姫に続いて愛美に手土産を差し出したのはジョウだった。彼女は愛美にクッキーを手渡すと、愛美を励ますように言った。
「肌を気にしてるみたいだから、もしかしたら嫌かもしれないけど……それでもお腹が減ってたら元気だって出ないもん。少しでもいいから、よかったら食べてほしいな。あ、それかもしご飯とか食べてないんだったら、何か作ってあげるよ」
 クッキーとその温かい言葉を受け取った愛美は、遠慮がちながらも少しだけ笑みを浮かべた。やはりまだ彼女の心は、どこか黒いものが残っているような気がした。
「やっぱりまだ、いつもの元気はないみたいだね。それとも、トライブが変なことするかもって警戒してたりして。大丈夫だよ、そしたらボクが窓から外に放り投げて……」
「変なことって何だよ! しねーよ!」
 ちょっとした冗談で、場が和む。愛美も笑うが、マスクをずっとしているためか、笑い声は漏れてこない。ジョウはそれでも、どうにか愛美を元気付けようと最後に一言付け加えた。
「辛い時だって悲しい時だって、ご飯を食べれば乗り越えられるってのがボクの持論なんだ。ご飯は明日への活力だよ! だから、ご飯食べよ? そして食べ終わったら、皆でどうするか考えよ?」
 ジョウの言葉に続くように、トライブも愛美に話しかける。
「ご飯はともかくとしても、ひとりで部屋に閉じこもってないで俺たちを頼ってほしい……ってのはあるな。友達なんだから何でも頼ってほしいんだよ」
 少し照れくさそうにしながら、トライブはさらに続ける。
「肌を見られたくないって気持ちは分かるさ。でもな、俺にとっちゃ、愛美の元気な姿が見れないってのは、けっこう淋しいもんなんだよ。あー、その点だけで言えば、俺の個人的都合かもしれないな」
「……そろそろ窓から投げた方が」
「何でだよ! むしろ良いこと言っただろ! てか真面目な話、女生徒の失踪事件も起こってるからな。そんな状態の愛美をひとりにしておけねぇよ。ま、ただでさえトラブルメイカーなんだけどな!」
「一言多いよ」
 ちょこちょことジョウにつっこまれつつも、トライブは愛美に話しかけ続けた。愛美は笑って反応を返すものの、深い理由を話そうとはしない。
 と、そこで誰かがドアをノックする音が部屋に響いた。愛美の返事を聞き、中へと入ってきたのは六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)とパートナーの麗華・リンクス(れいか・りんくす)、そしてローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)だ。ローザマリアの後ろには、彼女の3人のパートナー、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)典韋 オ來(てんい・おらい)の姿もあった。
「すいません、寮長さんにお願いして案内してもらいました」
 優希が丁寧に頭を下げて、中へと入る。
 そのまま優希は、愛美を前に少し黙ってしまった。何かを言いたそうにも見えるし、何も言いたくなさそうにも見える。
「あの……愛美さん」
 しかしやがて、彼女は切り出した。
「幽霊船にいた女性について、何か知っていませんか?」
 優希は今回の失踪事件と愛美の引きこもりがほぼ同時期に起こっていることに、引っかかりを覚えていた。そして、愛美が幽霊船の事件以降から様子がおかしくなっていたことも。
 もしかしたら、まだ幽霊船の事件は終わっていないのかもしれない。
「……」
 優希の問いかけに、愛美は黙っていた。が、やがてその口がゆっくりと開かれる。
「あの時は、暗かったから合ってるかどうか自信はないけど……もしかしたら……」
 そこまで言って、愛美は顔を背けた。とてつもなく嫌なことを思い出してしまったような、そんな様子で。同時に優希は、やっぱり、と思う。失踪事件と愛美に被害をもたらした人物は、同じなのかもしれない。優希は自分の考えが杞憂であることを願っていたが、考えれば考えるほど思い過ごしではないという方向に思考が進んでいく。
「愛美さん、嫌なことを思い出させてしまったのならごめんなさい」
 優希が愛美に謝る。愛美は軽く首を振ってはいたが、目線を優希と合わせようとはしない。否、愛美は、部屋へみんなを招き入れはしたものの、まだ誰ともまともに目線を合わせてはいなかった。そんな愛美を見て優希までもが目を伏せる。
「……ちょっとだけ、いいか?」
 沈黙を生んだふたりの間に入ったのは、優希のパートナーの麗華だった。
「小谷嬢の気持ちは分かるつもりだ。心に痛手を負った状態で、見られたくないものを晒せないという心情も理解できる」
 麗華はそう言うと、自らのフード付マントをばっと取り、その体を愛美に見せた。そこにあったのは、たくさんの痛々しい傷跡だった。何が原因の傷かは定かではないが、人前にそれを晒すには勇気が必要であろうことは容易に読み取れる。
「これを見てほしい。あたしのこの傷痕は、もう消すことは出来ない。だが……」
 マスクで顔の大半が覆われている愛美を見据え、麗華が言う。
「小谷嬢のそれは、原因が分かれば治る可能性があるのではないか?」
「……え?」
 もちろんそれは確証のない言葉ではあった。が、心の負担を減らせるのではと本心から言った言葉でもあった。自らの傷だらけの肌をわざわざ見せたのも、そのためだろう。
「……そう、であってほしいけど……」
 この先を憂うように愛美が言う。そんな彼女に気を遣ったのか、明るい調子で話しかけたのはローザマリアだった。
「Hi,愛美。これ、アボガドのデリ・スタイル・ロールよ。良かったら食べて」
 差し入れを手渡し、ローザマリアが握手を求める。力なさげながらもそれに応じる愛美を見て、ローザマリアは愛美が予想よりは取り乱していないようだと察する。そこで彼女は、幽霊船の話題を振ることを選んだ。
「愛美? 私はあの時、幽霊船にいたわ。そこの典姑を助けに。そして黒幕と思しきフードの女と遭遇したの。アンデッドを操る、ネクロマンサーの特徴を持った女にね」
 その言葉通り、ローザマリアもまた、愛美や優希同様に幽霊船の依頼に関わったうちのひとりであった。
「その後の経過はどうかしら……って聞こうかとも思ったけど、症状はあまり良くないみたいね」
 さらに彼女は、幽霊船の件で最終的に捜索隊によって保護された愛美、その捜索隊にも加わっていたと思われるような口ぶりで話す。
「気がかりだったから、今日は来てみて正解だったみたい。私たちと話してくれるか不安だったけど、そのくらいの元気はあるみたいだからそこは安心ね」
 言うと、ローザマリアは話を戻す。
「ねえ愛美。もしかしてあなた、その黒幕の女のことを思い出すようなことが、最近あったり、してない? そう、例えば……偶然、ネットを検索している時にその女を見かけた、とか」
「あ、あの、あんまり愛美さんに辛いことを思い出させるようなことは……!」
 優希が慌ててローザマリアを止めようと割って入る。それを予見していたかのように、ローザマリアのパートナー、グロリアーナが仲立ちをした。
「確かに、小谷愛美にとっては思い出したくはないであろうの」
 そう言うとグロリアーナは、あらかじめ用意していたのか、ハーブティーを淹れ愛美に差し出した。
「これは心身の鎮静だけでなく、肌荒れにも効果がある。飲んでみると良い」
 言われるまま、愛美はそれを口にする。じわりと温かさが染み込み、少しだけ心が落ち着く。愛美がふう、と一息吐くとグロリアーナが話しかけた。
「小谷愛美よ、ただ家に篭ってばかりおると心身が参ってはしまわぬかの? 妾はそれが気掛かりでならぬ」
 これもおそらく、ローザマリア同様愛美気遣ってのことだろう。さらにグロリアーナは続ける。
「もし、其方が外へ出たいというのであればローザが力になるであろ。特殊メイクによる変装術の応用で事件前のように肌を人工的に取り繕う事も可能ではある。だが、根本的な解決にはならぬ故、あくまで間に合わせの措置の域を出ぬがの」
「う、うん、ありがと……」
 お礼を言う愛美。続けて口を開いたのは、エシクだった。
「私も、幽霊船にこそいませんでしたがレポート自体には目を通していますから、事件の顛末は知っているつもりです」
 エシクの見つめる先には、肌を隠す愛美の姿がある。
「誰も失うことなく戻ってこれたのなら問題はないだろう、と時間が経つにつれ誰もがそう思い、気にすることもなくなっていったようですが実際はそうではなかった――むしろ、ここに来て悪い方向に動いて来た感がありますね」
 エシクのその発言に、その場にいた誰もが真剣な表情になる。
 やはり、以前の依頼は完全に解決してはいなかったのだ、と。
「石化させられただけなら、こうはならないかと。これはまるで、そう――肌から生気のみを奪い去ったとしか思えない。恐らく、石化とは別に何らかの呪術の類を受けたのでしょう」
 マスクの隙間から覗く彼女の肌を見て、エシクが言う。その言葉を聞いて、ローザマリアは先ほどの自分の発言を思い起こす。
 アンデッドを操る、ネクロマンサーの特徴を持った女。
 途端に、ローザマリアの全身に嫌な予感が走る。
「愛美、パソコンを借りるわね!」
 愛美の返事すら待たず、ローザマリアがパソコンを起動させる。彼女はそこから愛美が見ていたと思われる履歴を素早くチェックすると、ある画像を見つけた。
 それは、モデルのタガザ・ネヴェスタの画像であった。
 ローザマリアは愛美にそれが見えないよう自分の体で隠しつつ、パートナーの典韋を呼び寄せる。
「典姑。そういえばあなた、石化される寸前に相手の顔を見ていたんじゃないの?」
 幽霊船で石化させられた典韋。その彼女が、ローザマリアの隣に座ると画面を覗き込んだ。直後、典韋が大きな声を上げる。
「あーっ! この女!!」
「やっぱり、典姑、知ってるのねこの人を」
「……誰だっけ?」
 どす、と鈍い音が典韋の後頭部から鳴る。ローザマリアが蹴りを入れたらしい。
「痛ぇー! 何すんだ! でもどっかで見た気がするんだよな……どこだったっけな……」
 頭をさすりながら典韋が言う。
「本当に思い出せないってわけね……ソートグラフィーで念写してみたら?」
 ローザマリアが提案する。典韋はそれに従い携帯画面に念写を試みるが、いかんせん本人の記憶があやふやなため、写し出されたものもぼやけていて視覚的な判別は困難だった。
「困ったわね……」
 ローザマリアが思案を巡らせることに集中し、僅かに姿勢を変えた時。その隙間から、愛美が画面を見てしまった。
「や、やっぱりこの人だ……!」
 愛美は突然立ち上がると、帽子を被り、マスクをつけ顔を隠したまま部屋を飛び出してしまった。
「ま、愛美!?」
 その場にいた誰もが呆気にとられ、一瞬動きが固まる。金縛りが解けた生徒たちが外に出た時、愛美の姿はもうなかった。
 そして、センピースタウンに接続されたままのパソコンのウインドウには、新たな会話ウインドウが流れていた。
「例の失踪事件、また犠牲者が出たってよ」
「蒼空学園、治安悪いなあ」
 それに気付いたローザマリアが、真剣な表情で呟く。
「あっちこっちで、大変になってきてるみたいね……」
 タウン内では、次々と失踪者の話題が広がっていた。