リアクション
prologue ヴァイシャリー。幾度となくシャンバラ地方の物語の主要な舞台となった、おなじみの水の都である。 お嬢様たちの通う百合園女学院のある風光明媚な土地。 ここを、一人の―― 「きゃぁぁ! な、何あのひと」 タキシードを着た、―― 「ひそひそ」「ひそひそ」…… ――とある弁髪が訪れていた。ピンクの弁髪。三メートルはある巨体。 「ふふり。いい土地でありますな。 光を湛えた噴水の広場、縦横に張り巡らされた水路にはボートが行き交い、色とーりどりのゴンドラが街中を廻っているであります。 ううん、メルヘンチック。であります!」 ピンクのダリ髭をさする。ふふり。ふふり。 「お、おっといかん。わてのオッパイがタキシードを爆破寸前であります!」 マリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)。女性だ。 「し、しかしここでわて特注の軍服に着替えるわけにもいかぬでありますし……いきなりピンチでありますぞ」 そして、シャンバラ教導団・第四師団の軍師である。 「まぁいっかぁ?(女子高生ギャル風) せっかくなんだから、観光を思う存分楽しんぢゃお」 マリーが辺りをきょろきょろと見渡していると…… 「あの……マリーさん」 こちらは、百合女学院に相応しい綺麗な青いロングウェーブのお嬢様である。 「お、遅くなりごめんなさい。(本当はさっきからいたのですけど、その、……どうしても……お声がかけづらく。)」 「おお! ロザリン殿! わいはマリー。お会いでき、嬉しいですぞ。では早速」 「しっ。マリーさん? 場所を移しましょう。この件は……きゃぁ!? マ、マリーさんあの、こ、困ります、このような街中で」 マリーはロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)――百合女学院・生徒会執行部『白百合団』班長である彼女――に、土下座をしてみせた。 「この【俺様のクルトガで】と呼ばれた……じゃない、【ブラッディ・マリー】と呼ばれたマリー・ランカスター、この通り……」 「く、くっ……」 ロザリンドはすでに交渉を始めているマリーの巨体を持ち上げて、二人の間に集まっていた観衆の間をこそこそと抜けていった。「み、皆様、すみません、と、通してください〜〜……」 何故、教導団の、弁髪の軍師マリーがこのヴァイシャリーの地に。白百合団班長のロザリンドと、何を? この密会は勿論、重要な意味を帯びていた。 * 「タシガンの空を往く飛空艇、か…… おや、どうやら島に入ったようだね。……ふふ。しかし、この香りはどうも」 薔薇の香り漂うイエニチェリの庭園から、空を見ていた黒崎 天音(くろさき・あまね)。 そう、ここタシガンにも。 「教導団旗。……」 薔薇の香りに混じって、戦の匂いか。「この庭園には似合わない。だけど、いつもこの庭園にいるっていうのも、面白くないからね? そうじゃないかな」 向かいの席に座ってもじもじとしていたまだ幼い少年に向き直り、語りかける。 「とくに君は……(戦場で生きてきた男。今、このような幼い少年の姿になっているけれど……。) ずっとそわそわして。薔薇の学舎にはまだ慣れない? (それとも……)」 「う、んんん。ボ、ボク、ここがとても気に入ってるヨ」 「パルボン」 「う。えっ、え? 何かナ……」 少年をどこかどきっとさせるところのある呼びかけ方だった。 天音は何か言いかけたが、やめ、霧のタシガンに近づいた、夕暮れの風に華奢な白いガーデンチェアから立ち上がり、 「散歩にでも出かけようか。少しね」 「少し……ね。ハハハ、ハ……」 「ブルーズ」 「……」 離れて、瞑想するように目を閉じて座っていたブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)も、静かに立ち上がる。 「はっ。黒崎」 イエニチェリの庭の方から、パートナーと客人を連れ歩いていく天音を見つけた。 タシガンで今、聖騎士(パラディン)となっている鬼院 尋人(きいん・ひろと)。上からの命で、学舎を訪れた教導団の使節を迎えにいくところだった。 「何処へ行く……? 黒崎……。 しかし今は、仕方ない」 尋人は、他の数名の薔薇の騎士たちと、学舎の入口に向かった。 * 一方、空京。 ここも、すぐ後、教導団の飛空艇団が立ち寄ることになる。最初の補給点だ。とは言っても、ここでは主に今回の募兵に集った傭兵たちを乗せるので、あまり長居はしない。 研究や論文やに忙しい、空京大学の学生等には傭兵なんかのバイトをしている暇はあまりない筈で…… この男に関しても、今は教導団の事情もすっかりと―― 「うむ。これで戦争難民論IIIの単位は大丈夫そうだ。 あと心配そうなのは詩学特論II、シナリオ解析アルゴリズムI、……」 霧島 玖朔(きりしま・くざく)。教導団のソルジャーとして始まり幾多の戦いに身を投じてきた彼は今、空京大学の講義を多数、受講中。 休憩室の一角で、履修課目を確認する霧島。その傍らには、鬼の王・酒呑童子の英霊として彼を助け、勇ましい戦のエピソードを残してきた伊吹 九十九(いぶき・つくも)。なのだけど、なのだけど? 「ねえ? 霧島。ね?」 今までにない考えられない清楚な服装(シャウラロリィタ)を着用した九十九。燻っている霧島の右側に座ったり、左側に戻ったり、せわしなく今までにない何故か積極的なアピールをしていた。 「ね・え・キ・リ・シ・マ・く・ん・・・・・・」 九十九は、更に気を惹こうと(霧島「俺はまったく気を惹かれていない」)、SPルージュを唇に塗った。 「変わりすぎだ」 「・・・・・・う」 九十九はしかし、めげずに、そのまま抱きついてキスをせがんだり、身体を摺り寄せようと試みる。そこへ、 「霧島玖朔。これが、あなたが常々入手したいと言っていた、例のモノです」 霧島の機晶姫ハヅキ・イェルネフェルト(はづき・いぇるねふぇると)が報告に来ていた。持参したそのプロファイルを渡す。 「どれ。見せてくれ」 「ええ」 「・・・・・・」九十九は瞬時に部屋の隅っこに移動して、掃除用具入れの後ろから様子を見ていた。 「うん。なるほどこれが」 ハヅキは霧島のことを膝枕しつつ、『教導団女子生徒プロファイル』に載っている様々なマル秘情報や○○○写真を見せてあげる。 「どうです?」 「フッ。これはいいな」 「・・・・・・・・・くっ」悔しそうにしている九十九をよそに、ぱらぱらとページを捲っていく霧島。 たまたま捲ったページの先にいたのは、 「ローザマリア・クライツァール、か」 * しかし、そのとき、彼女は教導団にはいなかった。 だけど、彼女は、 「時は来たわ。ヒラニプラよ私は帰ってきた!」――再び教導団の理想を掲げる為に、そして海軍創立成就の為に! 一時、葦原明倫館に籍を移していたローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)。教導団のローザマリアと言えば海軍の軍服がよく似合っていたが、和服の金髪女性の彼女もまた可愛かったという。 出兵を聞き、教導団へ復帰した。 葦原島では、教導団を迎え入れる準備が整いつつあった。 「そうでありんすか、再び教導団に……」 明倫館総奉行ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)。ローザマリアはその御庭番として傍に仕えていた。打倒鏖殺寺院のために全校の協力が必要不可欠というハイナの理念も聞いた。 転校の挨拶の際に、彼女は、一人の友人として艦隊の補給を葦原で行えないかハイナと会って話をしたのだ。 「お願い、ハイナ。力を、貸して……教導団の、いえ――シャンバラ王国海軍の未来(あす)の為に!」 頭を下げる彼女だが、ハイナはすぐに、ローザマリアの目を見、にこやかに微笑んだ。 「その志、しかと受け止めたでありんす」 ローザマリアは、立ち上がる。 「出兵先は……コンロン!」 |
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