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第四師団 コンロン出兵篇(序回)

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第四師団 コンロン出兵篇(序回)

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現地 2
三日月島(一)

 
 これで、朝か。
 明けてくる時間帯になっても、尚暗い。昨日、到着したときは昼間であったが、そのときもやはり夜のような暗さであった。これが、コンロン地方なのか。
 空一帯が雲に覆われているなどというわけでもなく、ぽつぽつと、北西から浮雲が流れてくる。その方角に、コンロン地方で最も高い山々があるという。コンロンの山がこの地方を天井のように覆っており、それがためこの地方は常にこうも暗いのだとも言い伝えられている。
 
 まだ、任務は言い渡されていない。クレセントベース設営の本部を担当していく者らが、話し合っている筈だが。
 レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)は、パートナーらと外へ出てみたのであった。
「これがコンロンの夜明けですか……」
 しばらく歩くと、パラミタ内海に出る。昨日、到着した島の南側の岸辺とは反対方向に出てみる。北岸はここから見えないが、他の軍閥らが、争っている、という。
 本当は戦争がなくなるといいのですけど……とレジーヌは思う。思いながら、自身が教導団の一員として相応しいのかどうか、問う。平和って難しい、と。でもとにかく、教導団のために頑張りたい。
 エリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)はそんなレジーヌの心情は知らず、
「コンロンにお菓子屋さんってあるのかな。可愛い服とかも売っているかな?
 それから、温泉があったらいいんだけど……」
 色々つぶやいている。
「……」
 徐 晃(じょ・こう)は、ただ静かにレジーヌの成長を見守るつもり。徐晃は自身で思っているかどうしれないが、親心に似たものがあるらしい。無論、戦いになればレジーヌをしっかり守る。しかしこの地で、戦いに関わる全ての者たちのため、早急に争いを終わらせたいと、思っている。
 かつては名立たる武将として生きた徐晃。レジーヌ本人はとくに望んでもいないのだろうが、徐晃としてはレジーヌが功績を立てることも、心のどこかで望んでいた。しかし、レジーヌは武将ではない。戦以外でそういった道が開けるのがいいのか、等親心の徐晃としては複雑に思いめぐらせているのであった。
「おお、レジーヌ。あちらに居らっしゃるのは」
「……え?」
 内海の岸辺に座って、海を見ているのは、ナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)のようである。
「あ、レジーヌ様」
 ナナは、【鋼鉄の獅子】の一員であり、現・隊長となったルースの恋人。今回、皆とは離れてだが、ナナは獅子の一員として現地入りし、皆のためにできることをしておきたい、と思っていた。
 レジーヌも獅子の面々とは既知であり、彼らが獅子小隊の時代に協力して行動したこともある。
 ナナの隣に立っていた音羽 逢(おとわ・あい)と徐晃は武を知る者同士、丁重な挨拶を交わす。
「散歩で御座るか?」
 と、聞いたのは音羽逢の方。
「え、ええ……ワタシは――」
 ――レジーヌは、ヒラニプラからコンロンまでの輸送距離について考えをめぐらせていた。物資を運び続けることには困難も生じるだろうし、そう考えると、ゆくゆく自給自足を考えるのがいちばんではないかと。
 この土地でどういった農作物を育てることができるか、等その可能性を早いうちから探っておきたい、との意図があるのだと言った。
「あれ? 散歩じゃなかったの?」
 と、エリーズ。
「……。見たところこの島の地表はあまり、耕し易い土地とは見えないようですね。
 地下が主な生活の場のようですから、そちらを調べた方がいいかな……」
「うん。その方がいい。どんなお店があるかも、楽しみ♪ この辺は何にもないよ」
 地上をくるっと見渡して、エリーズはそう言った。
「そうでしたか」ナナは感心して言う。「まだ、各々に任務も渡されていないですし、私はどうしましょうかと……」
 それで何となく、地下でふさいでいるのもと、内海を見に出てきたナナだったが、今、この内海を前に、意志も固まってはきていた。
 ねこが来る。
「あ。ねこさん……!」
 ナナは岸辺にこしかけていた状態から体ごと振り向き、ねこの頭をなでた。背中に羽のあるねこ。
 これは、レジーヌについてきたとびねこだった。
「南部にいたねこです。農業研修にと……」
「もふもふ、していいですか?」
 そこへ、また何者かくる。レジーヌが来たのとは別の方角の木々の影から現れた背の高い男。
 レジーヌは一瞬びくっとしたが、鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)だった。すぐ後ろから、松本 可奈(まつもと・かな)も出てくる。
「鷹村様ですか」
「これは、どうも……ナナさん、レジーヌさん」
 鷹村は、恋人のルカルカが鋼鉄の獅子のメンバーだ。ナナや、レジーヌとも、知り合いである。
 レジーヌは知り合いだけどやっぱり男性を前におずおずとしてしまう。帽子を深くかぶって、軽く頭を下げた。
「こんにちはっ!」
 可奈が元気に、駆けてくる。
「いや、何か飛んだようだったので気配を追ってここへ。
 猫、でしたか」
 にゃぁ! とびねこは鷹村の足にぺたっとくっついた。「……ええっと」
「わぁ。可愛い」
 可奈がしゃがんでなでる。
 まだ少数しか現地入りしていないなかで、慣れない土地。皆どこか心細さのあるなか、女子らはねこをなでながらひと時楽しくトークし、鷹村はその近くで何となく会話に入れないままではあったが、それを見て微笑ましく感じていた。
 鷹村は、部隊は率いていないが、現地入りしたメンバーのなかでは武官といっていい位置にあると言えた。戦闘面においては最も頼れる団員の一人だろう。南部平定戦において、彼の気質から土地の傭兵勢を最終局面における協力者とすることに成功していた。だが鷹村はあえて、彼らには彼らの生活があるから、都合のいい部隊のようには使いたくない……と思ったのである。個人的に友といえた傭兵らの大将格ギズムとならともかく、彼らに教導団への協力を求めるのは筋違いではないかと。だが第四師団としては、兵力の増強にも、一案として上げられていた職をなくした南部の傭兵等を雇い入れる、ということは検討していたし、その際には、鷹村と結んだ傭兵連も候補に上がり、投入も考えられてはいるのであった。
 鷹村は彼らしく、もし現地でのこの三日月島で戦いが起こったときのためと、周辺の地形を調べておこうと外を回っていたのである。
 
 三日月島の地表は、荒れた起伏の多い丘陵や、林が点在し地上に(基地の付近に)住む者はないようだった。
 土地の軍閥の一族が、島の地下に小都市(というよりは多少大きな街程度かとも思うが)を形成し暮らしているだけなのか。
 孤島と言え、周囲数キロはあるので、全部回らねばわからないが。ここの一族らは、現在はあまり地下から出ることはないということのようであった。
 ごつごつした起伏の地形のため、地表の移動は面倒に思われる。外からは、攻めにくいとも言えるだろう。街も、地下にある。
 ただ、飛空艇が着陸するのに適したスペースも、設備もない。それで、空路はクィクモを経由して、そこからは内海を来ることになるのだ。
 
「そうそう、クッキー作ってきたんだ。
 基地に戻ったら、皆で食べよう」
「わぁ。いいですね」「では拙者も頂くでござる」ナナも逢も賛成。
「やったー!」はしゃぐエリーズ。
「新人の皆にも、わけて回るといいね」
 
 と、彼女らが去ってしばらくした昼前の内海。
 パンツ一丁で水に浸っている男の姿が。パンツの後ろからしっぽが出ている。パンツ一丁の男ドラゴニュートいっぴきといったところか。
「……」
 冒頭でトイレの排水溝を直しての登場となったアルハザード ギュスターブ(あるはざーど・ぎゅすたーぶ)であった。
 いきなり服が汚れて少し落ち込んで、つめたい内海でそれを洗っているのである。
「あ。ギュスターブ……」
 真白がやってくる。パンツ一丁でしゃがみ込んでいるギュスターブを見て「落ち込んでるかな?」と思いつつも理由は聞かず、
「りんごたべる?」
 ギュスターブは、まだ落ち込んだ表情で真白を向き、「手が汚れてるから後でな」とだけ応えた。ため息まじり。
「……」
 真白はりんごを手に海に入ってギュスターブに近付くと、「それじゃあ、食べさせてあげる! ギュスターブが元気になるように作ったんだよ! はい、あーん」はあとまーく付きでりんごを差し出す。
「う、うむ」
 少しだけ、コンロンの空気が和やかになるひとときであった。
 真白は、この相棒が落ち込んだ原因が自分だと、相棒の方も落ち込まされた原因が目の前にいると気付かないまま。
 そこへ食堂の掃除を終えた真黒が来て、
「どーしたの? 二人で海に浸かったりして……
 先輩たちにクッキーもらったよ。りんごも皆に用意したから」