シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

第四師団 コンロン出兵篇(序回)

リアクション公開中!

第四師団 コンロン出兵篇(序回)

リアクション

 

現地 5
設営

 
 三船らは、長猫たちの人手を借りて、基地設営に取りかかることになった。こちらも、まだ兵が到着していないので当面の人手は他にいない。
 ミカヅキジマ。
 その住人たちの生活は島の地下にある。地表は、これまでに見たように、建造物はなく、起伏や林の多い荒れた土地。
 クレセントベースを設営していくことになるのは、目下、彼らの利用してきた地下を改築していくことになるか。
 少し見てみよう。
 島の中央辺りの丘陵の影に、ぽっかり空いた地表の穴がある。これを入口と呼ぼう。
 門などもついていないが、かつての古い戦の時代の名残なのか、その形跡と地下へ下る荒れ果てた階段は残っている。
 入口を下りたところはすぐに広い空洞になっている。
 しばらく何者の住む気配もないが、緩い傾斜の空洞を少しずつ下りながらまっすぐに進むと、下るにつれ天井も徐々に高くなり横幅も更に開けた場所に出る。
 ここはかつて、地下の防壁か砦があったのだろうか、まったく崩れ落ちてはいるが、柱の残骸や土壁の破片が其処ここに見られる。
 これより進むと、地表の光は届かなくなり、暗がりのなか、ぽつぽつと灯かりが見え始めてくる。
 壁際や天井近くにも、ところどころに、土くれや朽木を組み合わせて造った丸い家らしきものが見える。これは長猫の住居だ。
 この付近はまだ、"街"ではなく、街外れ・郊外にあたる。
 更に進むと、空洞は終わって巨大な壁に行き当たったかのように思われる。
 しかしこの壁にはまたぽっかりと大きな穴が開いており、このなかは大小の迷路のようになっているのである。ここに幾つものまた巨大な空洞が存在し、そこに街が形成されている……というより、この迷路と空洞がこの島の住人ながねこの街を織り成しているのである。
 その発展度は低く、使われているのは土や木が主である。灯かりには火と魔法が使われている。一部、長猫兵の使用する武具には鉄や青銅が使われている。古い時代の技術は、このミカヅキジマには残されていないか、もしくはどこかもっと奥深くに埋まっているのかもしれない。まだそこまで聞き及んではいないが、長猫の他にも種族が存在した可能性もある。
 長猫は古い軍閥で、知恵のある種族だが、あまり直に戦うことには参加してこなかったのだ。主に防戦に徹し、地上の敵を罠にかけて、捕え、拷問するような戦い方をしてきた。
かつての拷問具や処刑器具等も今は使われることなく、穴のなかの城塞のどこか暗い一室に保管されているという。または他の軍閥に知略を授けるようなやり方で生き残ってきた。今は、クィクモとのみ、わずかな交流があるという。
 
 コンロンの情勢は悪化しており、今後また戦乱になる可能性がある。
 まずは、荒れ放題の入口付近を何とか固めないといけないだろう。
 もし敵が攻めてこれば、ここが基地の門ということになる。
 三船は土木建築のスキルを生かし、ながねこらを使い、現場の仕事を始める。
 また、三船は 天璋院篤子(てんしょういん・あつこ)と話し合う。
「何よりも、食糧と武器弾薬用の大型倉庫を二個程作るべきかと」
 篤子も、その考えは同じだった。
 篤子は、武器・弾薬集積の倉庫を作るなら、地下にと考えていたのだが、基地そのものが地下基地になるのだったとは。
 色々、想定していたことと、現地に来てみると違っており、考え直さねばならないことも多いかもしれない。
 ともあれ、篤子の考えるように、弾薬の質量を考慮して、地下三十メートルはほしい、というのにも適ってはいた。篤子の言うように、基地の襲撃でいちばん先に狙われるのは、武器庫や弾薬庫、食糧庫とのこと。とくに弾薬庫は攻撃を受ければ誘爆を引き起こす。篤子が基地設営に向け心配していたことであった。
 この点を考えても、三日月島の成り立ちは基地設営の目的に最初から適っている面は多い。勿論、逆に困る点も出てくるであろうか……
 
 とりわけ、教導団には、地下入口から、入口を下りた辺りの空洞は自由に使ってくれと言われた。
 長猫居住区の手前に教導団を置くことで、あちらにとっても今後の防衛になるので、都合がよいのだろう。
 それから、入口を下った壁の穴を入って最初の付近一帯(ここに現地組は初日宿泊した)も、今は住んでいる長猫は少なく、兵の宿舎等として自由に改築したり利用して頂いてよいとのことであった。長猫は、どんどん地下入口から遠いところや、更に地下深くに、住居を掘り進めているらしいのだった。
 長(おさ)の住むのは一つの空洞いっぱいに築かれた"城塞"と呼ばれる迷路だが、そこが地下全体のおそらく中心部にあたるだろうということだった。
 
 立場としては現場の総監督になる沙鈴(しゃ・りん)
 防備に関わる入口付近や、また、武器弾薬の倉庫などは、篤子や三船にわりふってある。
 パートナー綺羅 瑠璃(きら・るー)は、現地技師(ながねこ技師)や労働者(一般ながねこ)ら人事面の仕切りに大忙しであった。
 衛生面のケアについても考えていかないといけない。
 そういった整った施設もまだないが、これは壁の穴の内側・居住区方面に設営していくことになるだろうか。
 冒頭のシーンではまだ眠っていた、三船のパートナー白河 淋(しらかわ・りん)。三船の言っていたように、レクリエーション施設を提案していた。白河淋は、綺羅瑠璃と相談して、そういった何か他に必要な施設がないか、またその位置や規模について話し合っていく。
 秦 良玉(しん・りょうぎょく)は迷路のようなその区域を監督していくことを任された。
 緊急時の脱出路も作っておきたいところ、と良玉は考えていたものの、奥へ奥へ、迷路は続いていくばかりで、もし入口から攻め込まれたら、そこ以外に脱出路はないのではないか。島のどこかに、脱出路を設けるべきかもしれない。
 これだけの深い地下。どこかに秘密の通路があるのか知れないが……(どこかの部屋で、タイプライターを打つ音がする?)
 
 沙鈴はまた、事前、騎凛に、基地に収容する軍人、軍属の割合について確認を求めたのだが、三日月島からの連絡によれば、たくさん収容できるという曖昧な答えしかなく、現地で確認してくださいとのことであった。沙鈴は非常に困ったことだと思ったのだが……
 こうして説明を聞き、地下を探ってみると、長猫の現在使用している居住区には土地を借りないとして、壁の穴を入って最初の空き迷路には、昨日宿泊したような簡易に寝泊りできる安宿程度の場所は幾らも作れる。利用法によるが、寝泊りの他に医務室や図書室や、三船から案が出ていたようにレクリエーションルーム等の簡易な施設を設けたとしても、200から300人程度の生活できるスペースが確保できるだろうか。
 それから、入口を下りた空洞から壁の穴までに何らかの施設を作ればだが、それで更に4、500人くらいは生活できるのではないか、と判断できた。仮設の寮みたいなものを早急に作る必要はあるだろう。こんなざらざらの地面に布団だけ敷いて寝泊りでは、回復もできないだろうしストレスもたまるだろう。
 これが地下基地として設営していく場合の話なので、地上にも基地を増設していくなら、この限りではない。地表は、まっさらなのだ。しかし、岩肌の露出した丘陵や点在する林のため、そのままではとても使えそうもない地形である。
「無論、地下の方でも、まだ調べれば使える、もしくは使わせてもらえるスペースはあるかもしれないわね。 
 住人である長猫たちに兵舎代わりの物件の買取や借入れも行う必要が出てくるかもしれない」
 地下基地として改良・発展させていくか、それとも地上に可能性を見い出すか、あるいは、その両方を推し進めていくか。これからの戦いにも関わってくるだろう。

 また、沙鈴はこのクレセントベースは、恒久基地としての設営でいいのか、これも騎凛と話をしていた。
 それについても、たぶんそれでいいんじゃないですか? と程度にしか騎凛は言っていなかった。
 沙鈴はこの点は、軍閥の長にも確認したが、それでいいとのことだった。
 そのことで話を進めると、長猫の一族は遠い昔には、人間とこの島で共存した歴史がどうやらあることが窺い知れた。だが、それは千年生きる長が知るよりも以前のことであるらしく、その形跡は現在の長猫の居住区内には見られず、一部の書にかつて人間と思われる者たちと共に戦ったこと、今後、また戦いの起こる時代には長猫が人間と長猫が再び結ぶだろうという預言めいたものが記されていた。
 
 それから、地上部に関して。
 篤子は、船着場の建設を提案した。
 これは、今後確実に必要になってくるだろうことに思われた。
 現地組は少人数ずつを乗せたボートで、直接河岸につけられそうな場所を見つけたのみで、島には船着場と言えるものがそもそも存在しない。
 陸路を来る龍雷連隊の軍師・甲賀から、陸路組は甲賀の設計する筏でここ三日月島へ向かってくることになる筈、と聞いている。現地組と違い次はかなりの数が来ることになるから、安全に確実に乗り降りできる船着場は必要になるだろう。
 更に、だ。
 ゆくゆくパラミタ内海に海軍を作る場合、クィクモは内海の最も西側にあるので、そこを拠点にするよりは、より内海の中心に近い三日月島を海の拠点とした方が、利便性に適うと言える。
 (クィクモには、飛空艇の出入りする港が有名だが、内海の船のための港も備わっている。)
 
 沙鈴は、現地調達における重要な留意点も挙げている。この点は記しておきたい。
 ――設営用物資に限らず注意が必要なことは、過度の調達によって、コンロンの民の消費物資や物価に圧迫を与えないこと(教本『着ぐるみ大戦争』)、である。理想は、現地の経済の循環に組み込まれること(教導団が支払いを行うと同時に、対価を得る存在になる)。これは将来的な課題であろうがとのこと。
 また、地表の開拓の可能性を探るレジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)は、生態系への影響を考え、むやみにシャンバラ地方の農作物を持ち込んだり、現地民の食糧を枯渇させる行為は慎むべきと提言している。互いに、納得のできる開拓を、と。
 
 こういった経済面にまで意識を回して物語を動かしていくのは難しいことだが、こういったことは緻密な世界観を作り上げるならば基盤となってくるところである。この留意点を重要なものとして、意識のどこかには留めて進めていきたいと思う。
 
 沙鈴はおそらく、香取らノイエが現在外交中心に行っているとすれば、内政面の中心として兵站を固めていく人材になるだろうと思われた。
 
 ちなみに現時点では、ながねこ一族のみで成り立つ三日月島の生産はおそらく、貨幣等によるものでなく、生産物の交換によるものではないか。他の軍閥についてはわからないが、クィクモ等は港の発展が見られるように人間か人間並の知能を持つ種族が暮らしている筈だし、エリュシオンと結ぶような種族というのもおそらく知能が高いのではないか。一方で、長猫のような、技術はもたないが古い知恵を持つ、獣や魔物の種族も存在するのだろう。まだ、コンロン地方の物語は始まったばかりである。これから徐々に明かされていくことになるに違いない。