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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第3回/全3回)

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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第3回/全3回)
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リアクション

 
「ニーズヘッグ。まだ勝機はあるよ。蛇なのにあきらめが良いなんてキミらしくもないね」
『……あぁ? 何だ、テメェは?』
 
 レッサーワイバーンに乗ってやって来たブルタを、ニーズヘッグが睨みつける。
 しかしブルタは怖気づくでもなく、自らの思惑を秘めた提案を口にする。
 
「キミ、アメイアを喰っちゃいなよ」
『……何ぃ?』
 
 
「……!」
 悪意を持つ存在が、こちらへ近付いている――それを感じ取った明日香が、アーデルハイトに進み出る。
「アーデルハイト様、もう一つお願いしたいことがあります。
 私を、イルミンスールとニーズヘッグの間へテレポートしていただけませんか」
「……おまえが決めたことじゃ、私はもう何も言わん。……帰ってこいよ」
「ええ、もちろん。エリザベートちゃんの我侭を聞けなくなるのは、嫌ですから」
 先に出ていると告げてその場を後にするアーデルハイトに背を向け、明日香はエリザベートに声援を送るノルンへ歩み寄る。
「ノルンちゃん、頑張ってエリザベートちゃんを応援し続けてあげてくださいね」
「へ? あ、は、はい」
 突然言われて何のことやらさっぱりといった表情で、でも「頼みましたよ」と真剣な表情でお願いされて、ノルンが頷く。
「エイムちゃんも、よろしくお願いしますね」
「……はいですの♪」
 一種の疎外感のようなものを感じていたエイムも、明日香に声をかけられ、状況の理解より前に頑張ろう、と意気込む。
 そして、二人に背を向け、明日香がアーデルハイトの下へと向かった――。
 
「アメイアは七龍騎士にして【神】。それをキミが喰らえば、キミは本来の力を取り戻せるはずだ。
 どうせここに来るまでに、ろくな物を食べてこなかったんだろう?」
『……テメェ、何考えてやがる。クセぇんだよ、テメェ。クセぇヤツはたいてい、ろくでもねぇこと企んでやがる。
 テメェの企みをオレがどうこう言うつもりはねぇが、テメェは腐ってやがる。死んだヤツの方がまだうめぇよ』
 
 ブルタの言葉にニーズヘッグが言葉を吐き捨てたところで、二人の視界にテレポートの魔法陣が浮かび上がり、明日香が姿を現す。
 そして、持っていた銃を、ブルタへ向ける。
 
「あなたは……いえ、いいでしょう。
 あなたが何を考えているかは私には分かりませんし、私が諭せるとも思えません。
 ……ですが、あなたの行いがエリザベートちゃんを傷つけるものであるなら、今度こそ容赦はしません」
 
「ああ、キミか。あの時はよくもボクを、まるでゴミを掃除するみたいにしてくれたねぇ。
 キミがいなければ、エリザベートはボクの言う通りに話を聞いてくれるいい子になると思ったのになぁ……」
 
 ブルタの言葉に、明日香が無言のまま、表情を険しくする。
 
「おおっと、そんな怖い顔しないでくれよ。
 キミはボクを殺せるくらいに強いかもしれない。だけど、キミにそれが出来るかい? 今、この場で!」
 
 次のブルタの言葉に、やはり明日香は無言のまま、銃の引き金を引かない。
 
「ほらね、ボクの思ったとおりだ。……さ、ニーズヘッグ、キミの答えを聞こうか。
 キミはこんなところで朽ちるようなタマじゃないよ」
 
 ほくそ笑み、ブルタが明日香に背を向け、ニーズヘッグに自ら問うた答えを急かす。
 
『……オレがもし死ぬようなことがあるとして、それを決められるのはオレだけだ。
 オレを殺せるのは、オレだけだ。オレを生かせるのも、オレだけだ。
 ああ分かったよ、オレにも分かっちまった。どこの馬の骨とも知れねぇヤツに、こうすれば死ななくてすむよ、って言われてその通りにする胸糞悪さがよ!
 オレの始末はオレがつける。テメェは黙ってろ!』
 
 それが、ニーズヘッグの返事だった。
 
「そうか、残念だよ。そこまで言うなら、キミに消えてもらうしかない」
 
 頭を振って呟き、今度はイルミンスールへ向いて、警告を発する判官のごとき振る舞いで、告げる。
 
「エリザベート!
 世界樹の力を使って、ニーズヘッグを消滅させるんだ!」

 
 
「……!!」
 
 ブルタの言葉が、一筋の雷のように、エリザベートを直撃する。
 
(どうして……どうしてそんなこと言うですかぁ!?
 私は頑張って、やり過ぎないようにって、思ってたんですよぅ!?)
 
『戦え……戦え……戦え……戦え……』

(前の私なら、あなたの言うようにニーズヘッグをぶっ飛ばしてたかもしれないですよぅ?
 でも、今は違いますぅ。そんなことしても、誰も心からは喜ばないって、分かりますぅ)
 
『戦え……戦え……戦え……戦え……』
 
(皆さん、ニーズヘッグと仲良くしたいわけじゃなかったんですかぁ?
 だからこうして皆さん、説得しているんじゃなかったんですかぁ?)
 
『戦え……戦え……戦え……戦え……』
 
(……私は、間違ってたんですかぁ?
 間違ってたんですかぁ!?)
 
『戦え……戦え……戦え……戦え……』
 
 
 
 
 
 ……分かりました。
 
 そこまで言うなら、戦いますぅ。
 
 戦って、戦って、
 
 戦って戦って戦って戦って、
 
 戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って、
 
 戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って、
 
 ぜ〜んぶ、ぶっ飛ばしてやるですぅーーーーーーーー!!
 
 
 
 
 
 「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 
 
 
 
 
 それは、本人が発した声だったか。
 それとも、イルミンスールが発した声だったか――。
 
「お母さんっ!!」
 奇声を発したエリザベートへ、ミーミルが飛び込むように身を寄せた直後、地面の枝が壁のように迫り上がり、まるでエリザベート自身が籠に閉じ込められるように、二人の間を阻む。
「お母さんっ!! お母さんっ!!」
 枝は硬く、ミーミルがそれを叩いても、びくともしない。
「待って下さい、明日香さんに――きゃーーー!!」
 ここで皆が動揺しては、余計事態が悪化する。その思いでミーミルを止めようとノルンが行こうとして、迫り上がった地面にポーン、と跳ね上げられるように宙を舞い、着地点にいたエイムにぽふ、と受け止められる。
「大丈夫ですの?」
「だ、大丈夫です……ありがとうございます、エイムさん」
「おまえたち、こっちへ来い! 早く!」
 アーデルハイトが、動くのに難を要する情報担当の牙竜たちを中心としたテレポートを準備し、その場にいた者たちに集まるよう指示する。
「ミーミルさん、そこにいたら危ないですよっ!? ミーミルさんもこちらに――」
「嫌です!! 私が離れたら、またお母さんは一人ぼっちになっちゃいます!!」
 ソアの呼びかけに、枝にしがみつくようにしながら、ミーミルが断固拒否する。
「それなら私も――」
「ご、ご主人、それは無茶すぎるぜ!! 今は我慢してくれご主人っ!!」
「せやせや、きっとなんとかなる! だから、な?」
「済まない……今はミーミルの好きにさせてやってくれ……!」
 飛び出そうとするソアを、ベア、ネラ、ヴィオラが必死に引き止める。
「……っ!!」
 心底悔しそうな表情を隠さず、けれど引き止めに応じ、ソアが一行と共にアーデルハイトの下へ集まる。
(すまぬ、エリザベート……私はこの者たちを守るので手一杯じゃ。
 私に出来ることは、おまえがきっと元のおまえに戻ることを信じることだけじゃ……!)
 やはり悔しさを全面に押し出した表情を浮かべ、アーデルハイトが一行をひとまず安全な場所へとテレポートさせる――。
 
 エリザベートの(イルミンスールの)叫びは、外にいた者たちにも聞こえていた。
「エリザベートちゃん!」
 明日香の声も、今のエリザベート(イルミンスール)には届かない。直後、寄り集められた枝が急激な勢いで伸び、天空から降り注ぐようにしてニーズヘッグの身体に突き刺さる。
 ニーズヘッグの翼を、尾を、そして胴体をイルミンスールの枝が貫通する。
『がっ――!!』
 おそらく初めて耳にしたであろう、ニーズヘッグの苦悶に満ちた声。
 それを聞いて、ブルタが至極満悦といった表情で叫ぶように口を開く。
「いいぞ、いい!! ついに、エリザベートがボクの言う事を聞いてくれた!
 さあ、この調子でニーズヘッグを――」
 
 直後、ブルタは自分の身体から何かが抜け落ちてしまったような、喪失感のようなものを感じる。
「あ……?」
 呆然とした表情で、ブルタがその喪失感を与えてくる箇所、脂肪がたっぷり詰まっているはずの自分のお腹に視線をやる。
 
 そこには、拳大ほどの穴が、ぽっかりと空いていた。
 
 まだ自分の身に何が起きたか分からなくて、ブルタが顔を起こす。
 そこでようやく、銃口を向けていた明日香が引き金を引き、自らを撃ったのだと思い知る。
 
「…………」
 
 明日香の表情は、何も映していなかった。
 もはや、ブルタのことなどゴミ以下の存在として見ていたかもしれない。
 それでいて、塵すら残すつもりもないと激昂していたかもしれない。
 
 それは、もはやブルタが確かめられることではなかった。
 
 次の瞬間、魔力の奔流がブルタを包み込む。
 一瞬にも、とても長い間にも感じられる時間の後、途切れた奔流の先には、何も残っていなかった。
 
「…………」
 
 乗り手を失い飛び去るワイバーンに背を向け、無言のまま、銃を仕舞った明日香が、イルミンスールへ向き直る。
 暴走するイルミンスールは、なおもニーズヘッグに攻撃を加えんとしていた。
 
 ニーズヘッグのことは、正直、どうでもいいと思っていた。
 明日香の目には、一人しか映っていない。
 我侭で、危なっかしくて、そしてとびっきり可愛い、一生お世話をしたいと思える女の子だけを。
 
 優しく微笑んで。
 両腕を広げて。
 抱きかかえるようにその身を曝け出す明日香を。
 
 ――伸びた枝が、一直線に貫いた。