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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第3回/全3回)

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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第3回/全3回)
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リアクション

 
●精霊指定都市イナテミス:イナテミス精霊塔
 
 ルーナの言葉は、イナテミスへも精霊塔を介して伝わっていた。
 ユグドラシルからの衝撃波、そして姿を現したニーズヘッグに、住民たちは怯えた。混乱もした。
 だが、精霊と人間の絆は、街のために動いてくれた者たち、精霊長を始めとした精霊からの協力で、途絶えずに済んだ。
 
「ニーズヘッグを消滅させるのではなく、我々の仲間として迎え入れるべきではないか――」
 
 ジークフリートの言葉が、住民たちの心に引っかかる。
 
「なぁ、キィ。キィはニーズヘッグのこと……どう思う?」
「……ごめんなさい、ホルンさん。私には……いえ、多分この街の多くの人は、ニーズヘッグのことをよく知らないと思います。
 だけど」
 
 精霊塔の傍で、キィが空を、そこに浮かぶ黒き竜を見上げて、自分の想いを口にする。
 
「よく知らないからといって、相手を拒絶してしまうのは簡単です。でも、それだけでは何も解決してくれない。
 私たちには、持っている不安を分かち合い、支え合える『パートナー』がいます。
 互いに分かり合うために、一歩を踏み出す……手を差し伸べられるのは、私たちだと思うんです」
 
 すっ、とキィが、ニーズヘッグへ向けて手を差し伸べる。
「……! キィ、見ろ!」
 ホルンの声が響き、そちらへ視線を向けると、イナテミスの住民たちが大挙して集まり始めていた。
 
 ――ニーズヘッグのことは、正直言ってよく分からない。
 だけど、分からないからといって拒絶してしまうのは、違うと思う。
 違うけど、一人では一歩を踏み出せない。手を差し伸べるには、不安が大き過ぎる。
 
 じゃあ、みんなでやってみよう。
 きっとみんな、自分と同じ、どこかで分かり合いたいと思っているはずだから。
 みんなと一緒なら、一歩くらいなら踏み出せるし、手を差し伸べるくらいなら出来ると思うから――。
 
 そんな思いを胸に秘めた住民たちが、イナテミスの総意としてニーズヘッグに言葉を伝えんと、精霊塔へ集結する。
 
『……かつて私は、精霊指定都市イナテミス成立の際、皆にこう告げた。
 
『イナテミスは、シャンバラに住まう精霊、および精霊と共に在る意思を示す人間の所属如何を問わず、協力姿勢を取る者へ最大限の考慮を行うものとする』
 
 ……今、その言葉を修正したいと思う。
 
『イナテミスは、この街に住まうものと共に在る意思を示すものの所属如何を問わず、受け入れるものとする』
 
 そこには、大きな不安が伴うだろう。これにより、新たな問題が生じるかもしれない。
 ……だが、私はこの街の町長として、この言葉を宣言したい。
 
 この街に住む精霊と人間は、もう互いに手を繋ぎ合わなくとも、決して離れ得ぬ絆を手に入れている。
 一つだった手は、君たちの中に二つあるのだ。今度はその手を、手を伸ばせずにいるものたちへ伸ばしてはやれないだろうか。
 そのものの手の代わりを、私たちが務めるのだ』
 
 町長室から駆けつけたカラムが、精霊塔を介して演説を行うと、イナテミス中から歓声が湧いた。
「……私は、住民の背中を押したに過ぎない。ここまで住民を勇気付け、行動に移させたのは、紛れもなく君たちのおかげだ。
 町長として、礼を言わせてもらおう」
 演説を終えたカラムが、ジークフリートに深々と頭を下げる。
「何をボーっとしてるのだ! 最後までちゃんとするのだ!」
「そうだ。今こそ、ニーズヘッグへ人の心の光を見せる時だ」
「わ、分かっている。今のは心の準備というものだ」
 ノスとクリームヒルトに急かされ、ジークフリートがコホン、と咳払いをして、控えていたケイオースとセイランに告げる。
「手筈は整っているか?」
「ああ、いつでも行ける。精霊塔が声を街へ届けることが出来るなら、街の声を集めて届けることも出来るだろう」
「ふふ、お兄様も分かってきましたわね。わたくしもいつでも行けますわ」
 『ヴォルカニックシャワー』の時のように、光の弓を携えたセイランが微笑み、やれやれとため息をついたケイオースが有事の際の対応に回れるように控える。
「よし……!」
 頷き、ジークフリートが最後の引き金を引く言葉を発する――。
 
『皆の者! 想いを言葉にして、精霊塔にぶつけて欲しい!
 ここにいる者たちが必ず、皆の声をニーズヘッグに届けてくれる!』
 
 その言葉を引き金として、住民たちが一斉に自らの想いを口にする。
 言葉は精霊塔へ光として蓄えられ、天辺へと駆け上がっていく。
 
「響け、想いの光!
 フィーリングシャワー!!」

 
 ヴォルカニックシャワーと同じ動作で、セイランが弓を引き矢を放つ。
 その動作に合わせて光が塔から放たれ、今度はニーズヘッグへと一直線に飛ぶ――。
 
(凄い……! これが、想いの力……!)
 生じる光に目を細めながら、イシアがその光を生み出すきっかけとなった人物、ジークフリートを羨望の眼差しで見つめる――。
 
●ニーズヘッグ周辺
 
 
『話し中、すみません。イナテミスからニーズヘッグに向けて、言葉を届けに行くそうです』
 
 そんな通信が、ニーズヘッグへ話しかけていた者たちへ届く。その通信の意味が分からずどうしたものかと生徒たちが思っていると、イナテミスの方角から光がこちらへ一直線に飛んでいく。
『て、テメェら! 話だとかなんだとか言っておいて、結局こうするつもりだったのかよ!』
 それを、自らに痛恨のダメージを与えたヴォルカニックシャワーと思い込んだニーズヘッグが、恨みのこもった言葉をぶつけてくる。
 
 そして、光はニーズヘッグを包み込む。だが、そこに爆発や衝撃といった現象は発生しない。
 ……いや、直撃を受けたニーズヘッグは、もしかしたら衝撃を受けたかもしれない。
 
『今度、うちの荷物運ぶの手伝ってくれないか? 君ならひとっ飛びだろう』
『ねーね、オレも乗せてくれよ!』
『えっと……何かできるか分かりませんが、よろしくお願いします』
 
『この街を守ってくださるのなら、ありがたいことじゃのう』
『そうですのう』
 
『なんかよく分かんねぇけど、お前がこの街来たいってんなら、歓迎するぜ!』
『そうだな。この街は、街を好きになってくれるヤツなら誰でも受け入れるぜ!』
 
 その他、老若男女すべての『声』が、光の奔流となってニーズヘッグに届けられる。
 
『……なんだよ、テメェら! どいつもこいつも、ヘンなヤツばっかだな!
 ……チクショウ!!』
 
 光が晴れ、先程と変わらないように見えるニーズヘッグへ、エリザベートが声を上げる。
「……で、どうしますかぁ? あなたの願う通りにしてあげますよぅ」
 イルミンスールの枝が寄り集まり、“腕”を形成する。反抗の意思あらば、その一撃で消滅させる覚悟を固めて、エリザベートがニーズヘッグの返事を待つ。
「私からも、最後に言わせてください。
 契約は、奇跡を起こせると思います。イルミンスールだって世界樹なのに、飛びました。あなたの“命”だって、得られるかもしれませんね。
 ここには、あなたと契約をしたいと思う人達が集まりました。私も、貴方と契約してもいいと思います。
 精霊達や我々雪だるま王国と一緒に、イルミンスールを、イナテミスを守っていく。
 ……そんな“生”も、いいのではないでしょうか」
 
 美央の言葉を最後に、長い、長い沈黙が訪れる。
 誰もが言葉を発さず、その時を待ち続けた。
 
 
 
『……あぁ、決めた。
 オレはテメェらと、契約ってのをするぜ』
 
 
 
 その“声”が生徒の耳に届いた瞬間、生徒の間に安堵したような、一つの決着がついたことにほっとしたような雰囲気が広まっていく。
「……分かりましたぁ。では、早速済ませちゃうですぅ。
 イルミンスール、ニーズヘッグを支えてやるですぅ」
 
 エリザベートが命ずると、イルミンスールは“腕”を解き、代わりに無数の枝を伸ばしてニーズヘッグに絡みつき、ニーズヘッグをその位置に保持するように支える。
「大ババ様ぁ、ここのことは任せましたよぅ」
「ああ、行って来い。他に契約を望む者も、エリザベートの下に集まれ。
 ……契約が一対一でなくてはならぬ理由はない。大勢いた方がエリザベートの負担も少なくてすむじゃろ」
 アーデルハイトの呼びかけに応じ、契約を望む生徒がエリザベートの下へ集結していく――。
 
 
「ニーズヘッグ、根喰らいの妖蛆よ。大いなる長蟲よ。
 
 〈森の魔女〉がここにいる。
 
 いあ!
 『千の仔を孕みし森の黒山羊』の名において、
 おまえの身体に刺さった棘を抜こう、
 おまえの傷を癒そう、
 おまえの魂を安らげよう。
 
 赤心を語れ、
 心の深奥をここに集いし魔道の徒たちに語れ、
 其を代償として〈森の魔女〉は約定を果たそう」

 
 
 瓜生 コウ(うりゅう・こう)の先導で、契約の儀式が進められていく。
「……契約の儀式って、こんな感じでしたかぁ?」
『おまえ、私と契約した時のこと覚えとらんじゃろ。あの時も私は正式な手順に則って契約の儀式を執り行なったのじゃ。
 ……ま、おまえは夢うつつじゃったがの』
「それじゃ覚えてるわけないじゃないですかぁ!」
 ぷんぷん、と怒るエリザベートを宥めるように、アーデルハイトの声が響く。
『魔法に限らず、何事も手順は大事じゃ。だが、執り行おうとする者にその気がなければ、成功するものも成功せぬ。
 ……エリザベート、気をしっかり持って挑むのじゃぞ』
「はぁい、分かってますよぅ」
 エリザベートとアーデルハイトが会話をしている間に、ニーズヘッグと生徒たちとのやり取りが進められていく。
「ねーねー蛇の王様、栗鼠さんみたいにちっちゃくなったりは出来ないの?」
『あぁ? オレはヤツらのように器用じゃねぇんだ、んなこと出来ねぇよ』
「誰が『出来ない』って決めるの?」
 その言葉は、ニーズヘッグの身体ではなく精神に大きな一撃を与えただろう。
『…………ケッ、ああそうだ、テメェの言う通りだな。出来る出来ないはオレが決める。フレースヴェルグみてぇにやってやろうじゃねぇか』
 チラリ、とニーズヘッグが視線を上に向ける、“彼ら”は契約の瞬間まで見届けるつもりのようであった。
「あなたたちぃ、心の準備はいいですかぁ?」
 エリザベートが呼びかける、生徒たちは頷くも、どこか不安げな面持ちを浮かべる。既にイルミンスールと契約を交わしているエリザベートと違い、生徒たちはこのような相手と契約の経験がない。不安がるのも当然だろう。
『おい、早く済ませるんだろ、さっさとしてくれよ』
 だが、それはニーズヘッグも同じようで、響いてきた声は焦っているようにも、怖がっているようにも聞こえた。
 相手も同じ気持ちだと知ると、人は何故か安心してしまうものである。
「では、行きますよぅ」
 エリザベートが、契約を望んだ生徒たちが、その手でニーズヘッグに触れる。
 ニーズヘッグを中心として、柔らかな、暖かな光が満ちていった――。