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薄闇の温泉合宿(最終回/全3回)

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薄闇の温泉合宿(最終回/全3回)
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第4章 新たな年に

 12月31日。
 合宿は今日で終了だった。
 年末年始を別の場所で過ごす者達の姿は、もうなくなっていたが、年明けをここで迎えようとする者達は、この場に残り、カウントダウンパーティーの準備を進めていた。
 地球のインターネットと接続をして、地球の日本と一緒にカウントダウンを行うつもりだった。
 トワイライトベルトの西は、地球に露出しているため、見える太陽や月は地球のものである。
 しかし東側はパラミタの……異世界の天体が見えるのだ。
「ここから見える星はどちらの星なのでしょう」
 ステラ・宗像(すてら・むなかた)は、トワイライトベルトの中の温泉で目を細めて空を見上げていた。
「情勢は落ち着いたようで……これから、なのでしょうね」
 ステラはパートナー達と共に、入浴中だった。
 薄暗いとはいえ、光がまるで届かないわけではない。
 ランプの明かりや、ちらちらと光る空をのんびりと眺めていく。
「このようにのんびりと日常を楽しむのも難しくなるでしょう。そう考えれば、このひと時は予想以上に貴重なものなのかもしれませんね」
「合宿ももう終わりだからな。色々とあったが、振り返るとあっという間だな」
 イルマ・ヴィンジ(いるま・う゛ぃんじ)は、ステラの側で湯に浸かりながら、ふうと息をつく。
「それだけ楽しく充実していたのだろう。きっと、後から振り返って微笑むような、そんな思い出になるのだろうな」
 そう合宿を振り返る彼女の顔には、もう微笑みが浮かんでいた。
 今日は何故だかパートナーのステラも大人しく感じられた。
 いつもなら、変なイタズラをされるところだが。
 だから、いつもより平和を感じられた。
 忙しない日々がすぐにやってくるだろう。
 だから今日のこの時間は、ゆっくり過ごすつもりだった。
「ふふふふ、今日は悪戯もお休みです」
 ステラはそう言うと、湯の中でイルマの手を探し出してそっと握り締めた。
 それ以上は何もしない。
 手をつなぐだけなら、イルマも抵抗もしないし、特別な反応も示さない。
「……うん、手を繋ぐくらいはどうということはない。むしろ心地よいくらいだ」
 そう小さく呟いたイルマを、ステラは柔らかな微笑みを浮かべて見るのだった。
 そして、今日はこうして手をとったまま、彼女を感じて過ごすだけで我慢しようと思う。
(今日だけですけれど)
 年が明けたらまた元通り。また来年も素敵な反応を見せてくださいね。
 少しだけそんなことも思いながら、ゆっくりと時を過ごしていく。
「ふふ、最後の時というものは独特の感傷がありますな」
 陳 到(ちん・とう)も、ゆっくり湯に浸かり、空を見上げていた。
 酒でも飲みたいところだが、若い契約者も多いため、控えておくことにする。
「楽しげな……そう、心地よい空気だけでも十分以上に酒の替わりになるでしょうな」
 自分達だけではなく、今年最後の湯を楽しむ他の合宿参加者達の姿もあるのだ。
(終わらねば良い、と思うひと時であるからこそ。美しく幕を引き、よき思い出へと昇華させたいものですな)
 ステラ達や皆の姿を見て、そしてまた空を見上げながら思い巡らせていく。
「はふー、いいゆなのだわー」
 いつも口うるさい景戒 日本現報善悪霊異記(けいかい・にほんこくげんほうぜんあくりょういき)も、首までたぷーんと浸かって、今は少し静かだった。
 皆、ゆっくりまったりしているようだから、邪魔をするのも無粋と考えて。
 のんびり、のんびり浸かっていた。
「うみゅ、ねいってしまわないようにちゅういするのだわー……」
 あまりに気持ちよくて、景戒は、睡魔に襲われる。
 ふらふらする彼女に、陳到が近づいて肩を貸す。
 景戒は、陳到の肩に寄りかかると、うとうとと眠りについていく。
 可愛らしい寝顔に微笑みを浮かべた後で、陳到はランプの穏やかで淡い光に包まれている、辺りに目を向ける。
 集まっている者達は皆、自分達と同じような穏やかな微笑みを浮かべている。
 肉体だけではなく、心の底までゆっくりとただゆっくりと休める。
 そして、夜が深まり。
 ステラがまず立ち上がる。
「時間ですね。ではそろそろパーティ会場の方へ向かいましょうか」
「ああ」
 続いてイルマが。そして、景戒を起こして、一緒に陳到が立ち上がり、湯から上がっていく。
 心と身体を芯まで温めた状態で、ゆっくりと今年最後、そして来年の始まりのパーティに向かうために。

○     ○     ○


「返信が来たか……」
 パーティーの準備が進められる中、姫神 司(ひめがみ・つかさ)は携帯電話でメールを受信した。
 彼女はロイヤルガードに志願しており、志願理由と自身の考えを梅琳を通して、西シャンバラ政府に送っていた。
 その彼女の意見は以下であった。
『近頃のシャンバラ情勢を見ていると、どうにも情報統制が既に行われている気がしてならん。
核攻撃を盾にしている事に対して、シャンバラ人の反応が非常に薄いのが気になる……
多少情報が遅いにしても、インターネットが地球のものと同期しているのなら、裕福なものや
利権に聡い商人や識者が、核兵器についての検索を行わない筈がないと思うのだがな。
わたくし達も、ヒロシマ、ナガサキの話は未だに授業で受けているだろう?
少なくともインターネットフィルタリングや、核攻撃に対する緘口令の存在を感じずにはいられない』
 こんな内容では、教導団が採用に係わっていると思われる以上、立候補したところで、採用される気はしなかったが。
 地球の利権一色に染まる前に別視点から発言・行動でき、未だ先行きが不透明なパラミタと地球の関係について一辺倒な考えに一石を投じられるロイヤルガードを目指せたらと思っていた。
 ひいては全てを守るという大きな意思の流れの一部になると考えて。
「私の方にも……」
 パートナーのグレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)も、携帯電話を確認する。
 彼は司を後押しする意味で、彼女の考えは自分の考えでもあること。
 全てにおいてという訳ではないが、正しく守護するためには、慎重な考察と素早い判断、それに対する判断材料は出来るだけ多く必要と考えていることを、述べてあった。
 そんな彼女達の意見に対して、西シャンバラ政府は地球の現状について詳しく返事を返してきた。
 まず、彼女の考えには誤解があるとのこと。
 少し地球人視点で考えすぎであるということが述べられていた。
 シャンバラは、地球の日本ほどにネットが普及しているわけではない。
 それでもごく一部で裕福で時間のあるシャンバラ人が、地球の核というものに関して、興味を持ったとしても、地球人ほどの危機感は抱かない。そして一般人は、核攻撃とほぼ同等の威力を持つ殲滅塔の時と同様の反応を示すだろう。
 つまり『シャンバラが滅ぼされるくらいなら、剣の花嫁はかわいそうだが、使用やむなし』。
 その殲滅塔は既に破壊されてしまっているが、剣の花嫁という犠牲がない分、『核』というものの使用に関して、シャンバラの一般人に抵抗はないだろう。
「……妥当な返事だな」
 全てを読み終えて、司は大きく息をついた。
 司の志願については、受理したとのことだが、採用は保留となった。
 本採用まであと1歩なようだ。人柄や意欲は及第なので、後はシャンバラの現状への理解が伴えば、採用に至るだろう。

 ゼスタの元にも、ロイヤルガードに志願する者達が訪れていた。
「返事来タカ〜」
 茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)のパートナーのキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)もその一人である。
 ロイヤルガードの体制が変わったこともあり、神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)からの返事は遅れていた。
 キャンディスは志願に際に、東西どっちでもない、スポーツ親善名目の東西橋渡し的なロイヤルガードになりたいと希望を出した。
 東西共に安定しなければろくりんピック開催が危ぶまれる。
 女王の存在は重要、国土が栄え衣食が足りなければスポーツも栄えない。
 決死の思いでジャッパンクリフから出稼ぎにでたり、パラミタトウモロコシで飢えを凌ぐ毎日とはおさらばしたい。
 政府に従わないと分かってる者を任命する度量の広さを示して欲しい。
 それが東西の架け橋の第一歩になると願う。
 そんな志願理由に対して、優子から届いた返事は……。
『キャンディス・ブルーバーグには、今後もろくりんピックに力を注いで欲しい』
 というものだった。
 学校に通っておらず、政府にも従うつもりもないのだから、仕方が無い。
 ただ、ろくりんピックでの活躍や、開催への意欲についてはかなり認められているらしく、このまま尽力すれば、援助が出ることもあるかもしれない。
「わかったヨ。それじゃ、温泉卓球大会をしようネ!」
 温泉といえば温泉卓球。
 契約者の行う温泉卓球はダイナミックでスペシャルでミラクルなものに違いない。
 そう信じて疑わないキャンディスはゼスタに頼み、卓球道具を用意してもらっていた。
 ろくりんピック正式競技としての可能性を確かめるべく、キャンディスは温泉卓球大会を提案していく。
「OK〜。俺も卓球、やったことあるぜ!」
 ゼスタは乗り気だった。
「引率者達も皆参加するとイイネ! ミーは大会委員として働くヨー。温泉卓球で年越しダネ〜!」
「わたくしも手伝おう」
 準備を始めるキャンディスの下に、司が現れて手を貸す。
「わたくしは、ピンポンの姫神さんと呼ばれた人間だ」
 司はそう口の端を上げて、強気な笑みを見せる。
「私も是非」
 グレッグも微笑みを見せて、キャンディスを手伝う。
「活躍、期待してるヨ」
 そうして、東のロイヤルガードのゼスタと、東西のロイヤルガードに別々に志願した者達が、一緒に卓球道具を温泉の近くへと運んでいくのだった。