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聖戦のオラトリオ ~転生~ 第1回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ 第1回

リアクション


(・整備中)


 天沼矛内のイコンハンガー。
 整備用のリフトが上下し、工具を持った整備科の人間がせわしなく動き回っている。
 イコンの調整は、各学校で行うことになっている。というのも、まだ空母のようなものもなく、機体の整備を行える場所は限られているからだ。
 つまり、現地で合流し、そのまま作戦行動に移るということになる。
「E―4からC―7まで整備完了です」
 南蛮胴具足 秋津洲(なんばんどうぐそく・あきつしま)が声を発する。
「よし。B班はそのまま制御系等のチェックに入れ。それが終わったところで、確認作業を行う。
 複数の班に分かれ、それぞれで複数の機体を扱っている。

「ジェネレーターのチェック完了。スキャン開始、と」
 朝野 未沙(あさの・みさ)はコックピットのパネルを操作し、確認作業に移った。
 最終調整をパイロットが行う前に、不具合がないようにしておくのが整備科の人間の役割だ。
 イコンのコンディション一つが、パイロットの生死を左右する。特にジェネレーター、動力炉、フローターは念入りに見ておく必要がある。
「終わったか?」
 ツナギ姿の女が未沙に聞いてきた。整備教官長、通称『姉御』である。
「各部の確認はこっちで済ませる。A班はそのままD班のサポートに回れ。あっちは手が足りてねーからな」
 指示を受け、すぐにサポートに回る。
 毎日のように整備科では機体の点検・整備が行われている。いつ出撃してもいいように、だ。
 それでも、いざ出撃となったときに異常が見つかる場合もある。
「エネルギーコンバーターが動作不良を起こしてるみたい。試作品なだけあって、まだ不安定なのかもね」
 すぐに予備のものと交換する。
 魔法技術との互換性も、まだ完全とは言い切れないようだ。
「うちには魔法技術に精通してる人間がいないってのがネックだよなー。仕組みが分かりゃそんな苦労はしないだろーによ」
 その魔法技術が最近の整備科の悩みの種だったりもする。
「あの、教官」
 作業の合間に、未沙が教官長に尋ねた。
「この前のレポート、読んでくれました」
「ん、ああ、あれか。そういえば預かったままどこやったっけか……」
 どうやら読んでないらしい。
「えー、読んでないのー!?
 そりゃ、あのときはまだこの学院の生徒じゃなかったし、ここにはここのルールがあるってことだって分かってるけど……目を通すくらいしてくれたっていいじゃない」
「グダグダ言わずに持ち場に戻れ。取り合ってもらいたきゃ、まずは行動で示せ」
 そんなに怒らなくても、といじけながらも、教官長に睨まれたため作業に戻った。

* * *


「この前はレイヴン、今度はナイチンゲールか」
 十七夜 リオ(かなき・りお)はその機体を見上げた。
 女神を彷彿とさせる白金のイコン、【ナイチンゲール】。
「緊急の際は蒼空学園の基地で応急処置が出来るとはいえ、ここでちゃんとやっておかないと……。ってことで、気合入れてくよ、フェル」
 頭を覆うようにバンダナを巻き、傍らのフェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)へと視線を送った。
 彼女は機体をより熟知するために、今は整備科の一員として主に活動している。
「機体のデータは貰ってるけど……この前のレイヴンの比じゃないな、これは」
 レイヴンの方は、別の班が整備を行っている。
 あちらもマニュアルがまだ確立されているわけではないが、一度整備した際、自分なりにメモは取ってある。レイヴン整備班には一応それをコピーして渡しておいた。
 もっとも、科長のグスタフ・ベルイマンが今回もそちらに加わるため、あまり心配はいらなかったわけだが。
「駆動部や動力炉、基本的な構造はそれほど他のイコンと大差ないみたいだね。問題は管制――システム面か」
 レイヴンに搭載されたブレイン・マシン・インターフェイスとは異なる独自のシステムが組み込まれていることが、リオの受け取ったデータファイルには示されていた。
 その機体へ向かってくるメイド服姿をリオは捉えた。
「そんなに神経質にならなくていいわよ。細かいところはわたしがやるから」
 ニュクス・ナイチンゲール(にゅくす・ないちんげーる)である。
「自分の身体はわたしが一番熟知してるわよ」
 得意げな様子で不敵に微笑んでいる。
「そうは言ってもね、自動修復するならともかく、具合の悪いところが分かっても自分じゃ修理出来ないだろ、ニュクスくん?」
 いくら彼女が【ナイチンゲール】そのものであっても、自分の身体だからこそ気付かないことだってある。
「全く出来ないというわけではないけど、限度はあるわね」
 そこへ、パイロットスーツを着たヴェロニカ・シュルツ(べろにか・しゅるつ)もやってきた。
「そっか、ヴェロニカもこの機体のパイロットなんだっけ」
 その姿を見たフェルクレールトが呟く。
 ヴェロニカが二人に向かって頭を下げた。まだ少しきょどったところがある。
「いつも、こういう風に整備してるの?」
「そうだよ。と、言ってもこの機体を扱うのは初めてなんだけどね」
 ヴェロニカもまた、実際に【ナイチンゲール】の整備に立ち会うのは初めてのようだった。
「まぁ、本格的な整備は別として、調整やなんかの部分はヴェロニカくんも覚えておいた方がいいよ」
 いくらパイロットデータ読み取りによる自動調整機能が今はあるとはいえ、それは目安に過ぎない。搭乗したそのときのパイロットのコンディションに合わせて微調整するならその点を彼女自身も知っておく必要がある。
「ん、どうしたんだい?」
「さっき、扱うのは初めてって言ってたよね。その……マニュアルもないのに、不安とかないのかなって」
 初めて何かをするのには不安を伴うもの、とヴェロニカは思っているらしい。
「そりゃ、自分で整備し切れるかっていえば不安がないわけじゃない。でも、マニュアルってのは、それまでの知識と経験の集大成と効率化だよ。経験に頼れない分をマニュアルが、マニュアルの不足を経験が補うってもんさ。それに、整備する人間が自信ないとか言ってたら、パイロットが安心して飛ばせないだろ?」
 とヴェロニカに告げる。
「すごいなぁ……」
 素直に感心しているようだ。
「そのくらいの気概が必要ってことさ」
 そう言って整備を続ける。
「あの、フェルクレールトさん」
 今度は、リオのサポートをしているフェルクレールトに声を掛けるヴェロニカ。
「ワタシのことはフェルでいい」
「フェル、さん。確かパイロット科だよね?」
 前に会って話したときのことはちゃんと覚えているらしい。
「パイロットとして気をつけなきゃいけないことって、何かある?」
 彼女は今回が初の実戦となる。それにあたり、知っておきたいのだろう。
「無理はしないこと、一人で突っ込まないこと、敵味方周辺に気を配ること……でも、一番大切なのはパートナーを信じること、だと思う」
 指折り数えながらフェルクレールトがヴェロニカに伝える。
「パートナーを信じる?」
「そう。ワタシが初陣のとき、リオが通信とか策敵とかしてくれたから、相手と戦うことに集中出来てたし……」
 イコンは二人で乗るものだ。
 パートナーとの息が合っているか、それがやはり大事なのだろう。
 ヴェロニカがニュクスと目を合わせる。ニュクスが微笑を浮かべていた。
「あと、これは二人に言えることだけど、機体の限界値を知っておくことも必要かな。知ってさえいれば、ある程度の無理はきくしね。初心者向けじゃない上に、故障の原因になるから勧めはしないけど」
 と、リオ。
「でも、その限界値を完全に引き出して戦っていたパイロットがいる、んだよね?」
 ヴェロニカが誰を思い浮かべているかは明らかだ。
「それこそ、パイロットとしての技量、パートナーとの連携、機体の熟知、そして――戦いへの覚悟の全てを兼ね備えなきゃ出来ない芸当だよ。初心者向けじゃないってのは、そういうことさ」

* * *


「センサー、火気管制は……っと」
 カーリン・リンドホルム(かーりん・りんどほるむ)は、高峯 秋(たかみね・しゅう)エルノ・リンドホルム(えるの・りんどほるむ)が搭乗するコームラントの整備を行っていた。
 特に、照準がずれたりしないように、念入りにチェックしている。万が一狙いがずれて、今回共闘するF.R.A.Gの機体に当たったりすればタダでは済まない。精度を保っておく必要がある。
(貴重な体験なんだから、戦闘データをきちんととっておいて後で検証したいわね)
 とはいえ、地球上ということもあり、機体から降りてF.R.A.G側の人間と打ち合わせる時間はないとのことだ。
 現地で合流し、パイロット同士の連携を図ると聞いている。
(今後、協力関係を築いていきたいものね)
 などと考えながら、計器類をチェックしていく。
(さて、あとは……今日のご飯は何をつくろうかしら。んー、ハンバーグ? 帰って来るときに合わせて、用意しなきゃね)

 F.R.A.Gのことを気に掛けている者は他にもいる。
 カーリンらと同じく、ダークウィスパーとして隊を組んでいる天王寺 沙耶(てんのうじ・さや)達だ。
「あれから、もっと調べてみました」
 シャーリー・アーミテージ(しゃーりー・あーみてーじ)が調査結果を伝える。
「『R』の意味するところが違うとはいえ、同じF.R.A.Gという名前なのは偶然ではないようです。
 2015年、マヌエル数機卿……当時はまだその地位にはついていませんが、彼は訪問先の国でクーデターに巻き込まれています。それを鎮圧したのが、当時のF.R.A.Gとフランス外人部隊。直接顔を合わせていたかは分かりませんが、おそらくそれが接点だと思います」
「かつて自分を助けた彼らへ敬意を表し、その名を受け継ごうとしたってことかな?」
 機体の点検を行いながら、クローディア・アッシュワース(くろーでぃあ・あっしゅわーす)が声を発した。
「ただ、あのクルキアータに関しては分からないことの方が多いよね。地球で発掘されたのをヴァチカンが極秘で研究していたのか、それとも誰かがもたらしたものなのか」
 と、沙耶。
 鏖殺寺院の機体を圧倒する力。整備科としては、実に興味を引かれるものだ。
「科長への申請も通ったから、今回はレコーダーと外部センサーの感度を上げておかないとね。F.R.A.Gの機体を知るためにも」
 クローディアが重点的にその部分を調整していく。
 今回の記録は、これまで以上に重要になるだろう。シャンバラでも第二世代機開発プロジェクトが始まるが、既に実用段階にある新型機を知ることで――言い方は悪いが、F.R.A.Gが完全に敵に回った際の対抗策を持った機体を造れるかもしれない。
「それに、今回はレイヴンも実戦投入されるからね。データ収集しておけば、それぞれの『特徴』もはっきりするはずだよ」
 レイヴンについては、まだ見えてこない部分もある。今後整備する上では、実戦における状況というのも知っておきたいのである。
 
* * *


「彩羽殿、こんな感じでよいでござるか?」
 スベシア・エリシクス(すべしあ・えりしくす)天貴 彩羽(あまむち・あやは)の指示で、基礎部分の整備を行っていた。
「ええ。あとは、換装時のタイムラグを失くすためにシステム面を調整して……」
 コックピットの中で彩羽は調整を行う。
「それと、外装の方は敵からの視認率を下げるためにも、迷彩塗装をお願い」
「了解でござる」
 今回、彼女が前線に赴くことを選んだのには、理由がある。
(今こっちから風間……超能力科に近付くと、かえって利用される危険がある。先に実績を作って、上手く立ち回れるようにしておきたいわね)
 学院の暗部を探るため。
 そのためには、今のままでは厳しい。学院上層部が一目置くほどの実績を得ることが出来れば、向こうから迎え入れてくれるかもしれない。
 いつも以上に真剣に、コックピットのモニターと向かい合う彩羽であった。