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まほろば遊郭譚 第二回/全四回

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まほろば遊郭譚 第二回/全四回

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第三章 遊女の恋2


 透玻・クリステーゼ(とうは・くりすてーぜ)のパートナー璃央・スカイフェザー(りおう・すかいふぇざー)が、東雲遊郭大門付近をうろついていた。
 棗 絃弥(なつめ・げんや)が璃央に声をかける。
「よう、兄さん。遊郭(なか)へ入らないのか?」
「お金が必要だと聞きましたので。私は、もっていないのです」
「金のかからない遊びをしたらいいだろう」
「私は、あ、遊びに来たのではなく……透玻様が心配で」
 璃央の物言いに、絃弥はピンときた。
「遊郭にあんたの女がいるのか? 兄さんも苦労してるんだな」
「これから『竜胆屋』に行くのだが、一緒にどうだ。たいして奢ってやることはできんが」
 と、絃弥のパートナー魔鎧罪と呪い纏う鎧 フォリス(つみとのろいまとうよろい・ふぉりす)
 彼は暁仄に裏を返しにいくという。
 璃央にとって渡りの船だった。
「お頼み、できますか」
 三人は他の男たちと同様に大門をくぐった。


「ようこそ竜胆屋へ。今時、律儀に大金を積んで裏を返しにいらっしゃる御仁がいらっしゃるとは。明仄は幸せ者でございます」
 絃弥たちに1万ゴルダ(100万円)の大金を見せられて、楼主の海蜘(うみぐも)も愛想よくふるまっていた。
「今、幕府の締め付けがきついってきいてるけど、お宅はどうなんだ?」
「おかげさまで、商売させていただいております。胡蝶(てふ)の一件は残念でしたけど、竜胆屋が遊郭の外に知れるくらい、有名にもなりましたしねぇ」
 海蜘は幕府への不満は一切口には出さない。
 幕臣もお忍びで訪れるというくらいなのだから、そのくらいの気遣いは当たり前ではあろう。
 しかし、絃弥は何かひっかかるものを感じる。
 彼はカマをかけてみることにした。
「もし、幕府が倒されて、瑞穂藩が天下を取ったらどうだろう。ここには、瑞穂の人間も来てるって噂を聞いたけどな……」
 さっきまでの海蜘の笑顔がパタリとやんだ。
 探るようにじろじろと絃弥を見る。
「お客さん町奉行の方かい? それとも……」
「いや、違うよ。ちょっと興味があっただけさ。その様子じゃ、瑞穂の天下をあまり歓迎しちゃいないみたいだな」
「そりゃあ、東雲は唯一幕府公認の遊郭ですからね。そのお墨付きがあるから格式を守っていけるわけで……それに、東雲と幕府……いや、将軍家とは……」
「将軍家?」
「え、いや。何でもありませんよ。ただの言い伝え、噂ですから。う・わ・さ。ホホホ……」
 海蜘はまた態度を変えて、ころころと笑う。
 楼主は見世から遊女を彼に紹介した。
「うちは、お座敷遊びを心得ているは良いお客人でしたら、分け隔てなくお遊びいただけますよ。お客人が瑞穂藩の方だろうと、お殿様でもね」
「だから、俺は瑞穂の人間じゃないって……なあ、フォリス」
 しかし、振り返っても魔鎧はいない。
 璃央も消えていた。
 絃弥は急に、遊郭に来ている己自身を意識した。
 もともとこのような場所は得意ではない。
 今日の魔鎧に付いてきただけだ。
「いや、やっぱりどっちかっていうと、俺こういう場所得意じゃないし。また出直すわ」
 張見世をしている色っぽい遊女たちから流し目を送られて、絃弥は早々に退散した。

卍卍卍


 そのころ、璃央・スカイフェザー(りおう・すかいふぇざー)は主(あるじ)の透玻・クリステーゼ(とうは・くりすてーぜ)が、明仄と一緒に茶屋から引き上げてくるのを目撃していた。
 彼女にそっと近づき耳打ちする。
「透玻様、詳しくはわかりませんが。遊郭には幕府の、将軍家の何かが隠されているような気がします」
「それは本当か……、璃央!?」
 透玻の切れ長の目が見開かれる。
 明仄が尋ねた。
「なんだい、何かあったのかい」
「い、いいえ。明仄姐さん。それより、妹女郎の優々花(ゆうか)さんを残してきて良かったんですか?」
「かまやしないよ。あの鼓(こ)も独り立ちさせないとね……ごほごほっ」
「姐さん、風邪ですか」
「ああ、ちょっとね。それで今夜は早く帰ろうと思ってさ。あら?」

 彼女たちの前には先程の魔鎧罪と呪い纏う鎧 フォリス(つみとのろいまとうよろい・ふぉりす)と海蜘がいた。
「明仄、えらくまた早かったね。こちらの方がお前をお待ちだよ。裏を返しに十大判ももって来てくださったんだよ」
「まあ。お待ちしてましたよ、ベイリン様」
 明仄からベイリンと呼ばれたフォリスは満足気に微笑んだ。
 天神(てんじん)と呼ばれる高級遊女である。
 客の顔と名をよく憶えている。
 フォリスは明仄に初めて会ったときに、『ベイリン』と呼んでくれと頼んでいた。
「姐さん、具合悪いんじゃ?」
 透玻は引きとめようとしたが、遊女はにこやかに笑った。
「誰が具合が悪いって? ベイリン様がいらっしゃったんだ。そんなもの吹き飛んじまったよ!」
 明仄はフォリスを伴って赤い階段に上がっていく。
 海蜘は感心したように言った。
「あの鼓(こ)は今まで一度も仕事を断ったことないからね。見上げたものさ」
 海蜘はキセルに火をつけ、すうっを煙を吐いた。
「でも、妹遊女たちの面倒見が良すぎて、借金ばかり抱えちまってさ。本人は『どうせ自分は身寄りがないから構わない』っていうけど、本当なら年季(ねん)もあけているはずなのにねえ」
 遊女は少女のうちに売られて雑用をこなしながら、女郎としての教育を受けるようになる。
 やがて客を取るようになるが、その年季は普通は十年ほどであるといわれる。
 しかし、多くのの者が、年季が明けない二十代前半で病死したり、雪だるまのように膨らんだ借金を抱え、年季明け後もランクを落とした下級遊女として働いていた。
「そうなる前に、身請けでもされればいいんだろうけどね。最近は、やたら男前の大大名様がついてくれたと思ったけど、その気はなかったようだしね。かわいそうだけどさ」
 海蜘はそう言って、また別の客を迎えるのに大忙しだった。
 今夜も、また明日の晩も、こうしてここの女たちは毎日を送っているのだろう。