シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

ハロー、シボラ!(第1回/全3回)

リアクション公開中!

ハロー、シボラ!(第1回/全3回)

リアクション


chapter.10 対デンタル空賊団(1)・怒れる魂 


 ブイイーン、とヨサークのパートナーでコンバイン型機晶姫であるアグリ・ハーヴェスター(あぐり・はーう゛ぇすたー)が気合い充分で立ち向かう。どうやら今までヨサークが戦い続けだったことを顧みて、今回は自分が彼よりも前線に出て戦おうと決意していたようだ。そんなアグリを手助けするべく、前線に飛び出したのはリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)だった。
「アグリさん、お手伝いしますよ」
 リュースは彼の横に立ち、ティアマトの鱗を構えた。
「さあ、これで千切りにでもしましょうか。それとも、光の刃でまとめてお星様にでもまりますか?」
「どっちも勘弁だね! デンタル船長に歯向かうなら、空賊じゃなくても容赦しねぇぞ!」
 威勢の良い言葉を吐いた船員が、数人がかりでリュースを取り囲む。リュースはそれを邪魔そうに一瞥し、光を体にまとわせた。
「どっちもやだ? ワガママ言わないでくださいよ。オレが負けたくないんだから、あなた方が負けてください」
 言い終えると同時に、彼はその光を刃に変えて船員たちに放つ。敵に深い傷と畏怖を与える技、「我は射す光の閃刃」である。
「うおおおおっ!?」
 回避も、防御すらさせないその攻撃は、囲んでいた船員たちをあっという間に横たわらせた。このやっかいな敵を倒そうと、さらに船員の何名かが彼に剣を向ける。その間合いから離れようとリュースが距離を空け、再び刃を放とうとする。両者がそうして互いの間隔を調整している間に、リュースのパートナー、シーナ・アマング(しーな・あまんぐ)ブルックス・アマング(ぶるっくす・あまんぐ)はそれぞれ光る箒とフライングポニーに乗って上方へと向かっていた。
「シーナ、このあたりで!」
「はい!」
 地面からやや離れたところに位置取ったシーナは、マイクをその手に持った。すう、と彼女が大きく息を吸い込むと、ブルックスはメジャーたちに「耳を塞いで」の合図を送る。その直後、シーナの口からマイクを媒介にして、耳をつんざくような高音が響く。
「っ!!?」
 上方から降ってきた音の凶器に、デンタルらは一瞬動きが止まり体を震わせる。音を響かせることでデンタルの歯痛をさらに悪化させようというシーナの作戦だった。その狙い通り、デンタルは頭を抱えたまま、低く唸り声を上げている。
「うう……痛ぇ……痛ぇよ……」
 さらに追い打ちをかけるべく、ブルックスが氷術で氷を生成し、デンタルに放つ。シーナ同様、歯痛を増幅させるため頭を冷やそうとしたのだ。が、デンタルは自分に飛んでくる氷のつぶてを、拳で勢い良く叩き落とした。
「!?」
 予想外のことに驚くブルックス、そして隣にいるシーナを見上げたデンタルの拳からは、だらだらと血が流れていた。が、彼はまったくそれを気にしていない様子で、己の武器である、先端に尖った突起物がついている斧のようなものを振り回す。
「痛ぇ……痛ぇんだよ……歯が痛ぇぞ!」
 なんと、シーナやブルックスの攻撃は、なまじデンタルの歯痛を増加させてしまったばかりに、彼の凶暴性を引き出してしまったのだった。
「な、なぜそこまで歯が痛いのですか……!」
 シーナが悲しみの歌に言葉を乗せて彼に悲観的思考をもたらそうとするが、もはやデンタルの意識は歯が痛いことに集中し、歌など耳に入っていない様子だ。
「これが、歯痛の空賊ですか。とっとと歯医者に行けばいいものを行かずに放置しているなんて……さしずめ今の彼は、レベル4といったところですね。しかし、同情はしませんよ」
 自分と対峙していた敵を掃討し終えていたリュースは、デンタルに近づこうと一歩踏み出した。と、その時彼は、背後から強烈な気配を感じて立ち止まり、振り向いた。彼が感じたのは、激しい憤りを孕んだ怒気。それをまとって立っていたのは、弥涼 総司(いすず・そうじ)だった。
「シボラくんだりまでのぞきに来たってのによぉ……」
 総司は何やらぶつぶつと小声で呟いている。それは、この状況に対する明らかな不満の声だった。
「ヨサークんとこはしょうがねえとして、デンタル空賊団側にも女がいないとは……女航空士とか、女奴隷とかいねーのか!?」
 不満が爆発した彼は、一際大きい声を発しデンタルらの前に歩いてくる。
「なんだ、お前は」
「余計なお世話だっつうの」
 デンタルの船員らも若干不満に思っていたのか、不機嫌そうに彼に答える。しかし総司の熱は上がる一方である。
「長旅の間とか、色々とどう処理してんだ? もしや……」
 そっち系の集まりなのでは。そう勝手に推測した総司は、ふるふると肩を震わせ、怒気をはっきりとオーラへと変えた。
「オーノー! オレの一番嫌いなのは、ホモなんだぜーッ!!」
 ぶわっ、と彼の気がデンタルに被さった。が、勝手にホモ呼ばわりされた彼らもそれに真っ向から対立する。
「誰がホモだ!」
「そうだ、俺らだって女を抱きてぇんだ! 勝手な決めつけしやがって、許さねぇからな!」
「許さん?」
 総司の眉が、ぴくっ、と動いた。総司は、女空賊が色々とおいしいトラップにかかって襲われるのを楽しみにしていたにも関わらず、それを裏切った目の前の男たちを、より強い憎しみで睨みつけた。完全に八つ当たりもいいところだが、総司の怒りは止まらない。
「それはオレのセリフだ。せっかく未開の地でののぞきのチャンスだったのにこの仕打ち……こいつはメチャ許さんよなああああ」
 瞬間、総司のフラワシが発動する。彼のフラワシ「ナインライブス」の本来の能力は回復力を高めるものだった。しかし、今総司はかつてない怒りを覚えたことで、新たな能力が目覚めたのである。
「オレののぞきにかける情熱はッ、真っ赤に燃え上がっているッ!」
 総司の言葉に呼応するように、フラワシの右腕がガトリングガンのように変形した。
「そうか、なるほどな……これがナインライブス第二の能力ッ!」
 総司はフラワシの右腕を船員らに向けると、「READY……」と小さく呟いたあと、溜まった怒りを解き放つようにフラワシの腕から火の弾を乱射させた。
「GAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAーーーーーッッッ!!!」
「うぐおぅっ!?」
 デンタルを守るように陣を取っていた船員らのうち、前衛をしていた者たちが火弾の直撃を受け、叫び声を上げながら倒れた。ふう、と息を吐いた総司は、地に伏している彼らを見下ろして言った。
「……表現できたぜェ〜……オレのハートを! 究極の情熱を! 女がいない罰が当たったな、デンタル空賊団のボケども」
 その勢いのまま、デンタルにまで弾を食らわせようと再度フラワシの腕を上げる総司。が、残っていたデンタル空賊団の後ろの方から突如炎と吹雪がうねりを巻いて現れ、総司に襲いかかった。
「なっ……!? ナインライブス、火弾でふせ……」
 火弾で防ごうとした総司はしかし、迎撃が間に合わず顔面にそれを受け、どおん、と仰向けに倒れた。
「まったく、女がいないだのボケだのって、聞いてれば失礼なゲスね。まあ、あたしは空賊団の団員ではないけれど」
 奥の方からそう言って姿を現したのは、彼らと行動を共にしていたメニエスだった。
「さあ、次は誰を仕留めようかしらね」
 思わぬ敵の登場に、メジャーらは一瞬怯み、距離を置いた。残っている敵はデンタルとメニエスを含め10人ほどしかいなかったが、歯痛によりパワーアップしたデンタルと寺院メンバーとして悪名高いメニエスの存在感が、戦況を膠着状態にさせていた。
 この状況を打開しようとしたのは、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)であった。彼はタイミングを窺いアグリに素早く飛び乗ると、彼に呼びかけた。
「アグリさん、ちょっとこの空賊を肥料にして、耕そうじゃないですか!」
 正悟はみんなを鼓舞するように嬉々とした声を発すると、アグリのレバーをぐいいっ、と前に倒した。
「よーし、この大地を空賊ごと耕せ耕〜運〜機ロボアグリ〜」
 陽気なメロディに乗せて、正悟がそのまま敵陣に突っ込んでいく。正直コンバインの操作方法など知らなかった正悟だが、乗り物の運転自体は得意な方だからなんとかなるだろうと踏んでいたのだ。彼の思惑通り、なんとかなった末に生まれた正悟とアグリの即興コンビネーションは、デンタル空賊団のフォーメーションを崩すことに成功する。
「アグリさんのキャラピラーの無限軌道で、どんなところだって走破してやるんだ!」
 すっかり息巻いた正悟だったが、アグリが彼に「それは本来、刈り取りのためのものだよ」という目をして諭す。正悟は軽く頭を掻きながら、「こまけぇことは気にすんな」と言ってからもう一度言葉を発した。
「じゃあ、これでどうだ? 空賊を刈り取りじゃー! ってな」
 薄く笑った正悟は、レバーを横に傾け向きを変えると、散り散りになったデンタルらを威嚇した。
「テメェら、アグリさんのコンバインで全部刈り取るぞ、えぇ!?」
 アグリさんのコンバインというか、アグリさんがコンバインなのだが、きっと彼は興奮していて細かいことなど気になっていないのだろう。ぐるぐると周囲を駆け回り、跳ねた小石がデンタルらを襲う。
「農業機械ごときで、倒せると思ってるのならおめでたい頭ね」
 メニエスは自分に向かって飛んできた小石を、奈落の鉄鎖で重力を加え、減速させてから氷術でごとりと落としていった。デンタルは彼女のように飛来物を防ぐ術を持っていなかったが、元より彼は直撃を受けても問題のない精神構造を持っていた。なぜなら彼にとっては、体にぶつかる小石よりも歯の方が遥かに痛いのだから。
「なかなかやるな……」
 敵自体に致命的なダメージをなかなか与えることが出来ない正悟は、次なる一手が必要だと感じた。すると丁度良く、彼は足元にあるレバーに気付いた。
「あれ? こんなとこにもレバーが……ちょっと届きづらいな! えい!」
 ガン、とやや乱暴に正悟がレバーを蹴る。すると一瞬アグリからうめき声のようなものが聞こえ、直後、アグリの立体放出装置から白い何かが飛び散った。
「なんだ、この白い液体状のものは……まあいいか、えい! えい!」
 これが新たな突破口になるかもしれない、と正悟は立て続けに足元のレバーを蹴った。当然、アグリからは白いものがまき散らされ、デンタルらは慌てて飛び退いた。匂いから察するに、これは農薬の類のものであると思われる。十中八九、ここに書けない類のものではないだろう。が、どちらにしても危険物であることに変わりはない。焦燥と混乱に襲われたデンタル空賊団の船員らは、慌てて退却しようと背中を向けた。
「おーっと、どこに行こうっての?」
「っ!?」
 がしかし、彼らは逃げられなかった。退路を断つように、物陰に隠れ潜伏していたヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)、そしてふたりの契約者であるリネン・エルフト(りねん・えるふと)が一味の前に立ちはだかったのだ。
「シャーウッドの森空賊団、今回はヨサークに加勢するわよ!」
「ん? おめえは……!」
 名乗りを上げたヘイリーを見て、ヨサークが記憶を辿る。そう、彼女もまた、以前空族の戦いが起こった時に活躍していた中のひとりだったのだ。その時はヨサークと対峙したこともあったが、どうやら今回は味方として馳せ参じたようだ。ちなみに、彼女たちはデンタルの知らないところで、彼らと縁があった。それは、当時彼女らが必要に迫られデンタルの飛空艇を無断借用したという少々後ろめたい縁である。
「大方、ここにも飛空艇で来たんでしょ? 数隻の船を持ってるって噂だもんね。だったらその飛空艇、奪ってみせる! アグリ、空に戻るチャンスよ!」
 しかしヘイリーはそんな後ろめたさを微塵も感じさせず、野性の蹂躙で奇襲を仕掛ける。鍾乳洞の奥まったところに潜んでいたコウモリのような生物が、一斉にデンタルの船員に襲いかかった。
「私としては、ちょっと心苦しいのだけど……ごめんなさい、覚悟して」
 ノリノリなヘイリーよりは若干の負い目を感じつつ、それでもリネンはハイランダーズ・ブーツをはいた足でバーストダッシュを発動させる。軽々とその身を宙に舞わせたリネンは、手にした魔剣で翻弄されたままの敵を斬り払っていった。
「オレも負けてられねーな。いくぜ!」
 素早い動きのリネンとは対照的に、大剣を力任せに振るい周囲の敵を豪快に薙いでいくフェイミィ。元々正悟とアグリによって陣形を乱されて統率が失われていたこと、加えて退路を断たれたことで虚をつかれたことが重なり、船員たちは瞬く間にねじ伏せられていった。
 気がつけば、デンタル空賊団側はデンタル、そしてメニエスを残すのみとなっていた。
「……このへんが、引き際かしらね」
 さすがにこの兵力差では勝ち目が薄いと踏んだのか、メニエスは生徒たちを侮蔑の目で見てから、デンタルを一瞥してヘイリーらが戦っている隙間を縫うように元来た道へと戻っていった。
「まあ、空族風情ならこんなものよね」
 応戦で精一杯のデンタルに、彼女の最後の言葉は届かなかった。
「くそっ……こいつら……!」
 生徒たちの攻撃を受けながら反撃の機会を窺っていたデンタルだったが、集中的な攻撃を浴びているせいでその隙間が見出せない。
「痛みに強いのは本当なのね……でも、関係ない方法で捕まえちゃえば……」
 デンタルの死角に入ったリネンが、あらかじめ用意していたロープを彼へと投げる。先端に石がくくられたそのロープは、サイコキネシスによって彼女のイメージ通りに動き、デンタルの足に絡まった。
「よし、今よ! 痛くないなら、動かなくなるまで殴るってのはどう!?」
「いいアイディアだなヘイリー! これでも食らいな!!」
 これを勝機と捉え、ヘイリーとフェイミィが同時にデンタルに突撃する。しかし、ここであっさりやられるようであれば、彼は船長を名乗ってはいないだろう。
「っ!?」
 フェイミィが大剣を振り下ろそうとしたその腕を、デンタルは強く掴んだ。そのまま彼は持っていた長物でフェイミィの脇腹に強烈な一撃を見舞うと、フェイミィは声にならない悲鳴と共に大きく吹き飛ばされた。
「な、なんだアイツ……急に強さが……」
 壁面に衝突したフェイミィは、そのままばたりと倒れた。
「痛ぇ……痛ぇんだ……」
 デンタルは自分の周りで気絶している船員たちを見回してからそう呟くと、すっと手をあてがった。手のひらが包んでいるのは、頬ではない。その下、左胸だった。
「ここが、痛ぇんだよ!」
 デンタルが、足首のロープを引きちぎり叫んだ。