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リアクション
chapter.9 この道歩くべからず(2)・踊り踊らされる人たち
「うーん、トラップとは無関係なところで、なんだか犠牲者が出ているね……」
目の前で起こった惨状を見て、メジャーが眉を下げた。生徒の無事を確認しようと道を走ろうとしたメジャーだったが、彼もまた両側からの矢に阻まれ渡りきることが出来ずにいたのだった。
「メジャー教授、きっとこれは、謎かけの本質を見抜かないとダメなんだと思う!」
他の手段を考えていたメジャーにそう話しかけたのは、久世 沙幸(くぜ・さゆき)だった。
「確かに、普通なら歩いちゃダメなら飛べばいいとか、走ればいいとか答えたくなるけど……普通の人は飛べないし、走ったところで移動速度が変わるだけだから、同じことだと思うの」
「なるほど……だとしたら、この謎解きの本質って……?」
沙幸の言葉に耳を傾けていたメジャーが、彼女に尋ねる。しかし沙幸もその答えを出せずにいたのか、うーん、と首を傾げて悩むのだった。しばらく悩んだ彼女は、目の前に広がる道の形状を見て、あることに気付いた。
「……そうか、そういうことなのねっ!」
「おお、何かに気付いたのかい!?」
メジャーの期待に応えるべく、沙幸は浮かんだ考えをまとめ、披露した。
「たぶん、この道は荷重を集中させちゃうと、トラップが発動しちゃう構造になっているんだよ! だから歩いたり走ったり、足の部分だけ荷重がかかるようなことはしちゃダメなの。きっと、荷重を分散させるような渡り方なら進めると思うの!」
確かに、言っていることはなんとなくそれっぽい感じではある。メジャーに、「して、その方法は?」と聞かれた沙幸は、自らその考えを立証すべく、細い道の前に進む。
「そ、それは……!」
次に彼女が見せた行動は、メジャーを、いや、他の生徒をも驚かせた。なんと沙幸は、うつぶせになり、そのまま這いずるようにして進み始めたのだ。いわゆる、ほふく前進である。
「考えましたわね、沙幸さん。地面との接地面積を増やすことによって荷重を分散させるというわけですわね」
それを見ていた沙幸のパートナー、藍玉 美海(あいだま・みうみ)は微妙に説明口調でそう言った。また、彼女と同時に感心していたのは南部 豊和(なんぶ・とよかず)だった。
「やはり、正解はほふく前進なんですね!」
どうやら彼もまた、沙幸に近い考えを持っていたようだ。
「普通、トラップはほふく前進する人間を狙い打つような位置には仕掛けないはずですからね!」
言うが早いか、豊和は沙幸に続くように、同じ姿勢で道を這い始めた。
「えっ?」
「んっ?」
背後の気配に気づき、振り返った沙幸と豊和の目が合った。顔を上げた豊和は、その瞬間、見てはいけないものを見てしまう。短いスカートをはいていた沙幸の、その中身である。
「ちょっ、ちょっとやだっ、見ないでっ……!」
「い、いいいや、これは意図してやったことじゃなくて事故というか偶然というか、想定外のことというか……」
慌てて目を逸らす豊和。後ろへと顔を向けた彼が次に見たものは、一斉に自分たちのところへ押し寄せてくる生徒の群れだった。彼らは、憤慨していたのである。
何お前だけ、羨ましいもの見てんだよ、と。俺らだって、それ見たいぞ、と。
「わ、わわわっ……!」
その勢いに怯えた豊和は、何かに縋ろうと、あるいは逃げようと急いで前進した。が、当然そこにあるのは、沙幸の柔らかいお尻の壁である。
「ひゃんっ、い、息が……っ!」
危機を感じ取った豊和の息は荒くなっていたせいで、沙幸のスカートは何度もめくれ上がった。一度は正面に向き直った彼女だったが、これには再び豊和の方を向かざるを得ない。
「やっ、何やって……」
沙幸が我慢できず後ろを向くと、そこには我先にとベストポジションを取ろうとする男たちの姿があった。
「きゃあぁっ!?」
驚きのあまり大きく体勢を崩した沙幸は、空飛ぶ魔法でどうにか危機を逃れる。
「はぁ……はぁ……」
「あら? 沙幸さん、服が汚れてますわよ?」
出発地点へ戻った沙幸だったが、さらに彼女をトラブルが襲う。美海が、ほふく前進で汚れた沙幸の服を着替えさせようと、脱がし始めたのだ。
「えっ、ちょっ、ねーさま……!?」
徐々に素肌を覗かせ始める沙幸に、細い道の先頭を争っていた男たちは「今度はあっちか」と逆戻りし、またもや一斉になだれ込む。その割を一番食ったのは、本当にただの事故でスカートの中を見てしまった豊和だった。
「いたっ、いたたっ……踏まないでー!」
豊和は、前へ後ろへと大挙して押し合いへし合いをする生徒たちの喧噪に巻き込まれ、ボロボロになっていた。
「うぅ……これならコウモリのフンを落とされたり、好きな人同士でペアを組まされるトラウマを刺激された方がマシだったかもしれません……」
力なくそう言ってスポンジの海へ投げ出された豊和。上では、相変わらず生徒たちがいやらしいものを見たい一心で、道の上で騒いでいる。
「俺が先に見るんだ!」
「いいや、俺だ!」
その醜い争いを止めたのは、レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)であった。
「いい加減にしてください! なんであなたたちはそう、変な方向へ突き進むんですかー!」
さらにレイナは、至極まっとうな言葉で生徒たちを正気に返らせようとする。
「女性の下着が目的なのですか? 秘宝を探しに来たのでしょう!?」
まあある意味下着も秘宝なのだが、彼女の言うことはもっともなことであった。脱がされていた沙幸を含め、それぞれが「ちょっとおふざけがすぎたな」と反省し、落ち着きを見せ始めると、そのタイミングを待っていたようにローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が、3人のパートナー、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)、エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)、エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)らを引き連れて颯爽と現れた。
「このままではラチがあかないわね。私が何とかしてみせる」
「おお、何か案が?」
メジャーがローザマリアに尋ねる。もはや彼のこれも、すっかりネタ振りにしか聞こえなくなっていた。
「案? まずは、楽しむことが大事です。アスレチックの要領で、童心に帰るんです、教授」
そう言うとローザマリアは、驚くことに、道のど真ん中に事前に用意していた水を流し始めた。両側からだらだらと溢れる一方、道は水浸しになった。
「な、こ、これではさらに渡るのが危なくなったじゃないか!」
まったく喜ばしい状況ではないが、そこはメジャー教授、どこか嬉しそうな表情で興奮気味に言った。もちろんローザマリアのこの行動は、道を塞ぐためではない。道を渡るための準備なのだ。
「いいですか教授。これはたった今、道ではなく水路になりました。道を歩いてはいけないのなら、道ではなくすれば良いのです。これで堂々と渡れることでしょう」
アスレチックとはそういうことか、と彼女の言葉を聞いて、一同は初めてそこで納得した。が、依然渡りづらい道であることに変わりはない。
「ローザ、準備出来ましたよ」
「うゅっ、ローザー、おわったの!」
もちろん渡り方も既に考えていたのだろう。指示を受けていたエシクとエリシュカが彼女にそう呼びかけた。見ると、彼女らの横には木材でつくられた簡素なカヌーのようなものができていた。これで渡ろうという魂胆だろうか。ただ、カヌーを浮かべるほど空間が水で満ちていなかったのは、ちょっとした誤算であった。というより、バランスの悪さを考えると間違いなくスポンジに落下してしまうだろう。道が川をするだけの水は、さすがにこの場所まで運び込めなかったのだ。
だが、ローザマリアは慌てる様子を見せなかった。カヌーはあくまで予備の策。水路を渡ることに変わりはない、と結論づけた彼女は、ゆっくりとその水浸しになった細道を渡り出した。
「……I have got a bad feeling about this」
少し進んだところで、ローザマリアは急に流暢な英語を喋りだした。嫌な予感がする、と言ったのだろう。その予感は的中し、彼女に向かって矢が放たれる。どうやらこれも不正解だったようだ。危機を感じ取ったグロリアーナはそばにあったカヌーの端をバキンと折ると、それを投げつけることでローザマリアを守った。そして彼女もまた、何かに影響でも受けているのか、ぺらぺらと英語で話しだした。
「I suddenly remembered my Charlemagne. Let my armies be the rocks and the trees and the birds in the sky」
「……うん?」
「カール大帝曰く、我が軍は岩に木々、そして空の鳥たちである、ということだの」
聞き返したメジャーに、グロリアーナは誇らしげな顔で言った。結局後で自分で翻訳するなら二度手間じゃないか、とメジャーは思ったが、口には出さなかった。
結局ローザマリアの策も不発に終わり、ただ水で道が濡れただけという悪化した状態へとなっていた。が、そのデメリットすら活かそうとする者がいた。閃崎 魅音(せんざき・みおん)は、この状況をむしろプラスと捉えていた。なぜなら、彼女は氷術で乗り物をつくり、滑って渡ろうと目論んでいたからだ。目の前の水は、格好の材料である。
「うーん、ペンギンさんが良いかな〜」
無邪気にそう言った魅音は、かろうじて足が乗るくらいの氷を生み出す。彼女の言う通り、それはペンギンに似た形を確かにしていた。そしてさらに、水を凍らせた彼女は、凍った道を勢い良く滑り始める。
「みんなどいて、危ないよ〜」
魅音があまり危機感のない声で言う。彼女の滑る先には、一旦体勢を立て直そうと戻っていたローザマリア。このままでは衝突は避けられない。見ていたメジャーは思わず目をつむった。が、彼の耳に衝突音は聞こえなかった。ゆっくりと目を開けた彼が見たのは、スポンジに落ちていた魅音だった。どうやら、滑りがよすぎてスピンし、転倒してしまったらしい。メジャー教授はその瞬間を目撃せず、先程みんなを正気に戻したレイナも口を挟む隙がなかったことで、魅音は何の反応ももらえずただ落下するだけという、二重の意味で滑るはめになってしまった。
「……仕方ない、俺がいくしかないか」
一連の出来事を見守っていた魅音とレイナの契約者、閃崎 静麻(せんざき・しずま)はそこでようやく、重い腰を上げた。
「つまり、歩きさえしなければ通れるんだから、宙に浮いたり道に何か手を加えたりする必要はないってことだ」
何か考えがあるのか、静麻は自信たっぷりに道の前に立った。が、その姿を見たギャラリーは違和感を覚える。彼は、なぜか燕尾服を着込み、ちょびヒゲを鼻の下につけていたのだ。あの人、あんな格好してたっけ。そんなひそひそ声が聞こえる中、静麻は気にも留めず、作戦を実行に移す。
「んーんーんんんーんーんーんーんーんんーんー」
なんと彼は、鼻歌でリズムを刻みながら、晴れやかな表情で妙な踊りを踊り始めた。両手を外側に跳ねさせ、腰の近くでぴょこぴょこと小刻みに動かすその踊りはどこかノスタルジックな雰囲気を放っていた。
「しず……」
普段の彼からは想像も出来ないその行動に、レイナはすっかり言葉を失っていた。そんな彼女を安心させるかのように、彼は告げる。
「よく考えるんだ。歩いてはいけないとあるが、踊ってはいけないとはされていない。つまり、踊った結果前に進むのはオーケーということだ」
「いや、あのそういうことではなくて……」
「なんだ? 恥ずかしいのか? 秘宝探しのメンツ以外にここには誰もいないんだし、羞恥心なんてものは不要だ」
そう言って静麻は、また「んーんんー」と懐かしいメロディを口にしながら踊り続けた。
「……光の翼で飛んで渡ろうとしていた私が、間違いだったのでしょうか」
レイナが肩を落としながら言う。彼女の間違いはきっとそこではなく、契約者がこの奇行に走る前に止めなかったことだろう。
だが、この静麻の「踊っているうちに体が自然に前に移動したことにすれば、歩いてないよ」理論は、予想外に功を奏していた。遺跡の方も「そこまで恥を捨てられたらお手上げだよ」とばかりに矢を放つことをしない。
「なるほど……これが正解だったということだね! よしみんな、彼を倣ってみんなで踊ろう!」
メジャーが静麻の後に続くように、同じダンスを踊る。一部の生徒は「こんな恥ずかしいことできない」と拒んだが、大半の生徒は秘宝のためならやむなし、とそれに従った。
「……何でしょうか、これは」
大人数が妙な踊りを踊りながら行進する様を見て、レイナはすっかりつっこむ気力すらなくし呆れていた。同時に、これが正解として認められたことにも呆れるのだった。
◇
道を無事通り抜け、穴の中へと入った一同は、薄い暗がりの中階段を見つけた。この階段で地下3階へと下りることができたら、あとは地下4階まで到達すれば遺跡は攻略ということになる。ようやくゴールが見え始めた彼らが階段を下りると、広めの鍾乳洞に出た。そしてそこにはやはり、地下2階に下りた時同様、秘宝が置かれていた。今回の発見者は、遙遠とジェライザだった。
やや小振りな白色の四輪駆動車、そしてヘッドホンとマイクが一体化したようなデザインの道具が無造作に、地面に投げ捨てられている。
「これは……きっと昔僕たちのようにここに来た探検者が、持ち帰ろうとしてここで力尽きたんだろうね」
メジャーが鍾乳洞の一角に目をやる。何本か骨が散らばっていることから、それは容易に推測できた。
「お前たちも、ここでそうなるんだよ」
「!?」
不意に、後方から声が聞こえた。メジャーたちが振り向くと、鍾乳洞へと見慣れない顔の男たちが続々と入り込んでくるのが見えた。
「デンタル!」
ヨサークがその中心にいる人物を認め、声を上げる。
「そうか、彼らが君たちを追ってきたという空賊だね……これは危険だ」
「さあ、お宝を渡してもらおうか」
「誰がおめえに渡すかよ。おめえは酒場に戻って甘いもんでも食って虫歯悪化させてろ」
ヨサークが悪態をつくと、デンタルは引きつった笑みを浮かべて、周りにいた船員たちに告げた。
「『歯肉炎のデンタル』の異名が伊達じゃないことを教えてやる……さあ、力づくでお宝を奪うんだ!」
怒号にも似た雄叫びが鍾乳洞にこだまする中、戦いが始まった。
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