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ハロー、シボラ!(第1回/全3回)

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ハロー、シボラ!(第1回/全3回)

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chapter.12 壁画のトラをくくれ(1)・「くくる」の意味 


 鍾乳洞はどうやらこの階全体に広がっていたようで、地下3階は特に仕掛けらしい仕掛けはないまま、彼らは進み続けた。そして最深部、地下4階へと続く階段を見つけ下りた一行は、すぐに最後の謎解きに出くわすこととなった。それは、周囲を岩に囲まれた丸い空洞だった。生徒たちが辺りを見回すと、壁にトラの絵が描かれているのが見えた。
「教授……」
「ああ、これが3つ目の謎解き、壁画に描かれたトラをくくれ、というヤツだろうね」
「おい、こっちに扉みてえなもんがあるぞ」
 ヨサークが、メジャーたちを呼ぶ。彼の言う通り、壁面と同化していて気付きづらいが、確かに四角い形に線が入っていた。
「ということは……この謎を解くと、ここが開いて秘宝とご対面……ってことかな!」
 メジャーが嬉々として言う。しかし、それが難しいことだった。
「このトラをくくれ、と言っても、絵を縛るなんて出来ないしね……」
 両腕を組み、悩み始めるメジャー。それはつまり、自分たちの出番なのだなということが生徒たちにとってはもう不文律となっていた。
「あたしが、やってみてもいい?」
 まず最初に名乗り出たのは、ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)だった。彼女は別の地で似たような話が存在することを知っていた。
 屏風に描かれたトラを退治してほしいといういじわるに対し、「ではこのトラをまず出してください」と頓知をきかせた話を。
「でもこの場合それはできないし……」
 どうにかうまい答えを出そうと、ネージュはあらゆる分野から知識を引っ張り出す。と、彼女はあることを思いついた。
「……そういえば、アレも、『くくる』って言うよね」
 意味深なことを呟きながら、ネージュは手持ちの画材から一本のペンを取り出すと、トラの前にやってきた。そして、トラの頭と尻尾……つまり、両脇に大きな括弧をきゅきゅっと書き込んだ。
「はいっ、くくったよ! これだってある意味、くくるってことだよね」
 括弧でくくる、という言葉は確かにある。これはまさか、最初から正解が出てしまったか……と思われたが、扉に反応はない。どうやら、ひとり目での最速正解は達成できなかったようだった。
「……違うの?」
 ネージュは残念そうに呟く。遺跡は沈黙をもって、彼女に答えた。トボトボと戻ってくるネージュを見て、メジャーはあることに気付いた。
「ん……ここには罰はないのかい?」
 ネージュが何もされていなかったことを、疑問に思ったのだ。体に異変がないか尋ねても、ネージュは首を横に振るだけだった。
「そうか、最終関門は罰がない代わりに、相応の難易度になってるということなんだろうね」
 立ち往生してしまうこと、それが罰なのだと言うようにメジャーが呟く。
「んふ、そう言われると余計挑みたくなるのう」
それを聞いてより気分を高揚させたファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)が、目を輝かせてトラの前に出る。どうやら次の挑戦者は彼女のようだ。
「壁画に描かれたトラをくくれ……とな。つまり、最終的にこのトラが縛られておればいいんじゃな?」
 ファタはキュポン、と水性マジックのふたを開けると、トラの前で何やら熱心に腕を動かし始めた。
「ず、随分たくさん書き込んでいるね……」
 メジャーが感心する。ファタの体が壁となって何を描いているのかが彼からは見えないが、一生懸命、真剣に何かを描いているのは理解できた。
「さて……これで完成じゃ!」
 10分くらいかけて、ファタが力作を完成させた。メジャーたちは、一体これほどまで時間と情熱をかけて何を描いたのか、気になって彼女に近寄り、覗き込んだ。
「こ、これは……!!」
 メジャーが見た壁画のトラは、見事なまでのリアルさで亀甲縛りにされていた。大人のプレイなどで登場するアレである。ファタが全力で描きこんでいたのは、これだったのだ。その労力を思えばなるほど、縄の細部まで丁寧に描かれており、かなりのクオリティを発揮していた。
「どうじゃ、正解じゃろう!?」
 ぴしっ、と持っていたムチを地面に叩き付けながら、ファタが決めポーズのようなものを取った。背後にある亀甲縛りのトラと相まって、彼女がどこかの女王様に思えてきた。
 しかし、これも残念ながら無反応に終わってしまう。彼女の力作は、何の役にも立たなかったようだ。ただひとり、アグリが微かにライトを光らせた気がしたが、それに気付くものはいなかったという。
「それにしても、きちんとくくったというのに、なぜ扉が開かんのじゃ……」
 ムチをピシピシ言わせながらファタが戻ってくると、メジャーはある予想を口にした。
「もしかしたら、言葉通りただシンプルに『くくる』だけじゃここは駄目なのかもしれないね」
 つまり、もうひと工夫が必要なのだと、彼は言う。と、彼らが話している時、壁画に描かれた括弧と縄がすうっと消えた。
「そして、一定時間が経つと自然に消える仕組みなんだね。うーん……他に誰か、いないかい?」
 ファタがひたすら八つ当たりのようにピシピシムチを唸らせている横で、メジャーが挑戦者を募る。3人目として名乗りを上げたのは、水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)だった。
「そのまま、シンプルじゃダメってことは……まず言葉の意味を理解しないといけないわね」
 そう言うと緋雨は、携帯機器を取り出し、「くくる」という言葉を辞書で調べ始めた。
「縛る、束ねる、まとまりをつける、首をつって命を絶つ……」
 すると、実に様々な意味があることを彼女は知った。特に気になったのは最後の「命を絶つ」だったが、まさか実在しない命を絶つことは出来ないだろうと思い直し、緋雨は「難しいわね……」と難色を示した。
「あ……でも、そういえば!」
 緋雨はしかしその直後、自分があるアイテムを持ってきていたことを思い出した。彼女が自分の荷物からごそごそと取り出したのは、俗に「2Dメガネ」と呼ばれるものだった。
「それはなんだい?」
 メジャーに尋ねられると、緋雨は胸を張って答えた。
「これはね、三次元のものを二次元に見えるようにする画期的なメガネよ!」
 メジャーはそれを聞き、真っ先に「3Dの映画が2Dで見えるようになるようなものか」と思った。少なくとも、そういった類のものであることは間違いないだろう。検索サイトなどで調べると出てくるのは、大抵そういう用途で使われる道具だからだ。と思ったら普通にこの世界で存在するアイテムだったのだということを、メジャーは後で知った。便利な世の中になったものである。
 緋雨はそれを使用する下準備として、ロープを取り出すと、壁に描かれているトラにそれがかかるよう手で調整し、丁度ロープで括られたように見える位置まで持ってくると、そのメガネをかけた。
「これで……はいっ、アラ不思議、トラが括れてる!」
「……」
 大喜びで成功を確信する緋雨とは反対に、メジャーたちは唖然としている。それもそのはず、メガネをかけている緋雨以外から見れば、ただメガネとロープを使って遊んでいるようにしか見えないのだ。
「おかしいわね、扉が開かないなんて……」
「緋雨もまだまだじゃのう! ここはひとつ、わしが謎を解いてやろう!」
 首を傾げる緋雨と交代するようにそう言って壁画の前にやってきたのは、緋雨のパートナーである天津 麻羅(あまつ・まら)である。麻羅はこれまでの失敗者たちが試してきた方法を思い返して言う。
「皆、そもそも基本から間違っていたのじゃ。この壁画に描かれておるのは、トラではなくジャガーじゃ!」
 かなり斜めからの発想で、真相に迫ろうとする麻羅。自信満々な様子の彼女が口笛を吹くと、のそのそと獣が近づいてきた。それは、シボラのジャガーだった。シボラから持ち込まれたものを彼女が飼い馴らしたのだろう。
「ふっふっふ、こんなこともあろうかと、あらかじめこやつを連れてきておったのじゃ! トラではなくジャガーだとすれば、このジャガーをここで括れば万事解決なのじゃ!!」
 何か、数段ほど飛躍した論理に聞こえるが麻羅はそれが正解だと信じて疑わない様子で、緋雨から受け取ったロープを持ち、自らのジャガーにぐるぐると巻き付けていく。もちろん、正解のわけがなかった。
「……」
 周りから微妙に痛い視線を感じた麻羅は、誤魔化すように説明口調で行動を付け足し始める。
「……おっと、わしとしたことが肝心なことを忘れておったのじゃ。ここにジャガーが二匹おってはいかんじゃろうな。こっちのジャガーを消さなければ正解とは言えないということじゃな!」
 そう言うと、何を思ったか、麻羅はどこからともなくつるはしを取り出し、壁画目がけ振り下ろした。ザス、ザスと壁に刺さる音がして、「このままでは壁画が壊される」と慌てたメジャーたちに麻羅は取り押さえられた。
「まだ、まだ気が済まないのじゃっ!」
 どうやら彼女のそれは、ただの八つ当たりだったらしい。なお、便乗してムチをピチピチしていたファタも、麻羅と共にメジャーに注意されたのだった。
 ただ騒ぎを起こしただけだったように思えた彼女らのチャレンジはしかし、新たな発想を生んでいた。
「そうか、動物はトラとは限らないのか……!」
 白砂 司(しらすな・つかさ)が、何かを閃いたように口にした。
「おお、何かに気付いたのかい!?」
 メジャーが司に詰め寄ると、彼はメジャーに尋ね返した。
「確か、この謎解きの話は古文書で得たと聞いたが……?」
「ん? ああ、そうだよ。前回のシボラ訪問時、古い文献に載っていたんだ」
「やはりな……」
 司は、話を聞くにつれ、自分の考えが核心に迫っていることを実感する。
「それだけ古い文字なのであれば、かすれなどで若干の間違いがあってもおかしくはない」
「つまり……?」
「本当に書いてあった手がかりは、『壁画に描かれたトラをくくれ』ではなかったのだろう、ということだ」
 まさかのアイディアに、メジャーだけでなく周りの生徒たちも驚く。よもや、メジャーが持っていた情報からして間違っていたとは。普通なら司に対し「それはない」と否定するところだが、メジャーの当てにならなさを散々目の当たりにしてきた生徒たちは「有り得るよな」と妙な納得をしていた。司はさらに、予想を口にする。
「おそらく『描』の字が違うんだろう。きっとそこに書いていたのは『猫』という字だったに違いない。読みやすいように区切ると、『壁画に 猫か れたトラを くくれ』だな」
 なんとなくそれっぽい感じはするが、司は、そこまで推理すると、驚くことに、まとめを他人へと振った。
「まあ、れたトラってのが何か俺は知らないが、この文に出てくる猫なら知ってるだろ。ということでサクラコ、出番だ」
「ええっ!?」
 近くにいた司のパートナーで猫の獣人であるサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)は突然自分に振られ、驚きの声を上げた。
「いや、それ無茶振り……」
「いいから、さっさとお縄について括られろ!」
 無茶振りな上、暴言まで吐かれた彼女は、うー、と唸った後、納得いかないのか、反撃に出た。
「そりゃ歴史とか文学は得意分野ではありますけど、あくまでそれはシャンバラの話であって、シボラについてはさっぱり分かりゃしません。そんなことより、司君、いいんですか? こんなとこで時間食ってて」
「……何?」
 話題のすり替えに成功したサクラコは、にやりと笑って司を赤面させようと話を展開した。
「遺跡に入る前確認しましたけど、今回の依頼、ユリちゃんがいるじゃないですかっ。遠出、外泊、危険な冒険……盛り上がらないはずがないですよねっ!」
「おい、今この場はそういうこと言う雰囲気じゃ……」
「あれ、司君、ユリちゃんに興味なしなんですか?」
 サクラコの言う「ユリちゃん」とは、おそらく遺跡周辺を散策していた優梨子のことなのだろう。司は反射的に、言葉を返してしまう。
「そりゃ、藤原は綺麗だとは思うし、趣味はちょっとアレだが性格自体はそんな悪くないし……じゃなくて!」
「あれあれー、キスまで貰っておいて、まだ認めないんですか?」
「アレはキスじゃなくて、吸精幻夜だ!」
「まあまあ、唇が触れたのは事実なんだし、あとは司君が一押しすれば……いやむしろ押し倒して」
「……うぜぇ」
 我慢しきれず、ぱしっ、と軽くサクラコの頭をはたく司。
「何しやがんですかこのサスカッチ! いや、司っち!」
「今は謎解きが優先事項だろう! ほら、早くどうにかしろ!」
 結局、司とサクラコは互いに罵り合うだけで、何も妙案は出てこなかった。おまけに話題に出ていた優梨子も遺跡内にいなかったため、誰も何も得をしないという終わり方を迎えてしまっていた。
「これは、僕たちが思っているより難しいかもしれないね……」
 メジャーが言うと、生徒たちも同様に悩み出した。ここに来て、一行は行き詰まってしまったのだ。幾多の罠や謎解きを越え、空賊とも戦ったのに、それらが水泡に帰してしまうのだろうか。
 時間だけが、無情に過ぎていった。鍾乳洞で見た人骨が脳裏に浮かんでくるのを、彼らは必死に打ち消そうとしていた。