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ハロー、シボラ!(第1回/全3回)

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ハロー、シボラ!(第1回/全3回)

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chapter.3 長い言葉を書け(1)・挑戦 


 地下に降りた彼らは、一本道を少し歩いた先に大きな扉を見つけた。重量感のあるその扉は、腕力で開けることが不可能であると言わんばかりの高さと幅を持っていた。事実、ヨサークが先へ進もうと扉に手をかけたが、まったく動く気配を見せなかった。
 よく見ると、扉のすぐ手前の床が他の部分と色が違うことに一同は気付いた。材質も異なっており、その部分が扉の開閉と何か繋がりがあるのだろうということは明白であった。
「これは……」
 メジャーが、思い出したように自らの手帳を開き、パラパラとページをめくる。そこに記してあるメモのひとつを見て、彼は呟いた。
「きっとこれが、3つあるという謎解きのうちのひとつだろうね。古文書によれば、『パラミタ一長い言葉をかけ』だそうだけど……」
 困ったような顔で、メジャーが頭を掻いた。その漠然とした問いかけに、答えを決めかねていたのだ。正解はひとつしかないようにも思えるし、解釈によってはいくつもあるようにも思える。
 パラミタで一番長い言葉とは何だろう?
 メジャーが考えを巡らせていると、何人かの生徒たちが彼の代わりにその謎を解こうと、扉の前へと進み出た。
「長いものといえば、答えはこれに違いありません!」
 その中のひとり、姫宮 みこと(ひめみや・みこと)はそう言ってペンを手に取る。そしてみことは、扉の前の床にしゃがみ込むと、淡々と文字を走らせていった。
「それは!」
 メジャーが驚く。みことが細かい字で床に書いていたのは、ランダムに並んだ数字だった。否、よく見るとその数字の羅列には法則があった。メジャーがそれを頭から読み上げていく。
「3.141592……そうか」
 そう、みことが書き並べていたのは、ただの数字ではなく、円周率だったのだ。「長い言葉」と聞いてみことが真っ先に思い浮かんだ答えである。
 そのままみことは、数字で床を埋めていった。
 3.141592653589793238462643383279502884197169399375105820974944……。
「これなら、他のどんな長い言葉にだって負けません」
 確かに、みことの言う通り数字も言葉にカウントされるのであれば、これ以上長いものはそうないだろう。しかしこの答えには、穴があった。
「ところでこれは……いつ書き終えるんだい?」
 メジャーが思いついた疑問を口にする。そう、この答えは、どこまでが終わりか、判別できないという欠点を持っていたのだ。加えて、書き続ける中で、数字ひとつの間違えも許されないという厳しい制限もついている。
 既に400文字以上書いていたみことだったが、遺跡がその解答では不正解と判断したのだろうか。ふっと床面の文字が一瞬にして消えると、その部分が一瞬赤く変色し、ブー、という音がどこかから聞こえてきた。
「この感覚は……危険が迫る時のものだ! 危ない!」
 数々の危険をその身に味わってきたメジャーは、自然とそれをある程度察知できる。その動物的感覚から、メジャーはみことを突き飛ばした。
「えっ……!?」
 突然のことに驚くみことだったが、直後、それ以上の驚きが訪れる。
「うおおおおっ!?」
 響いたのは、メジャーの叫び声だった。見ると、下から沸き上がった水が彼の体が一瞬浮き上がらせ、勢い良く天井へと押し上げていた。ギリギリのところで水流から逃れ一命を取り留めたメジャーだったが、下手をしたら水圧に押され天井に衝突していたことだろう。
 どうやらこの関門では、誤った解答をすると強烈な水噴射が飛び出し、回答者を襲う仕組みになっているらしい。
「いたたた……なんて強力なウォシュレットだ。これじゃあジョーンズじゃなくて痔ーンズになっちゃうよ、ははは」
 ずぶ濡れになったお尻をさすり、しょうもないジョークを口にしながらメジャーが立ち上がった。その光景を目の当たりにして、生徒たちは謎解きに挑むことへの躊躇いが一瞬生まれた。が、それでもこの扉を開けようと構えていた生徒たちは、危険と知りつつも退くことはしなかった。
「ジョンジョン、大丈夫ぅ? ここは私に任せてね〜」
 変わった呼び方で彼を呼び、下がらせたのは先程メジャーのファンを公言したルーツの契約者、師王 アスカ(しおう・あすか)だった。
「探索とか謎解きなら得意なの〜」
 どこかのんびりした口調のアスカは、みことと同じくらいの背格好をした女性である。もし彼女が不正解し、今と同じような罰が彼女にくだされたならば、そこにはとても恐ろしい景色が広がってしまうだろう。それを誰よりも早く察し、懸念していたのはもうひとりのパートナー、蒼灯 鴉(そうひ・からす)である。
「ルーツのヤツが今回は妙なテンションになってるからな……俺がストッパーにならないとな」
 鴉はそう言うと、どこからか取り出した縄をひゅっとアスカに投げ、緩めに縛ることで彼女の動きを止めた。
「はえ? か、鴉さん、この縄は何なの〜!? これが恋人にすることなのぉ!?」
「さっきのを見てなかったのか? 万が一失敗でもしたら危険だろ」
 なんとか挑戦を止めさせようとする鴉だが、アスカはそれを振りほどくと、好奇心には勝てない、とでも言わんばかりに、猫のような笑みを浮かべて彼に告げた。
「だ、大丈夫だってば〜私、これには自信があるのよぉ」
 その言葉を聞いた鴉は少し悩んだ後、冒険が好きな彼女のことを知っているためか、もしくは彼女の意思を尊重するためか、縄を解いた。
 危険には常に気を配り、彼女の近くに控えることを自分の中で最低条件にして。
「さぁて、確かバハァリヤの中にアレがあったから出して、っと〜」
 いざ謎解きに挑むことになったアスカは、携帯していた画材道具をごそごそとまさぐると、そこから油性ペンを取り出した。
「パラミタ一長い言葉を書けばいいんでしょ〜? ご丁寧に何百文字も書いてたら、インクがもったいないわぁ」
 意味深にそう言って、床の前にしゃがむアスカ。と、その時、彼女の次に挑戦しようと思っていた鬼籍沢 鏨(きせきざわ・たがね)が、アスカの言葉を聞きすっと隣へとやってきた。
「?」
 自分の横に座った鏨を見て、首を傾げるアスカ。そんな彼女に、鏨は自分の考えを説明した。
「おそらく、オレの思っている答えとあんたの書こうとしている答えは同じじゃないかと今の言葉を聞いて思った。これを、あんたも考えていたんだろう?」
 そう言って、鏨は床に文字を書き出した。そこに書かれたのは、10文字にも満たない文字列であった。
「パラミタ一長い言葉」
 それが、彼が書いた答えだった。アスカは、自分と同じ答えを考えていた者がいたことに少し驚きつつも、その答えに同調を示した。
「そうそう、『パラミタ一長い言葉、を書け』ってことだからね〜。言葉を区切って読めばいいのよねぇ」
 アスカは自信満々といった様子で遺跡の反応を待つ。その一方で、鏨は、確証のない答えであることも自覚していた。
 彼が最初に思いついていた答えは、数字の最大数という別のものだった。億よりも兆よりもはるかに多い、無量大数をも超えた数の単位。それを使えば答えとなるのではと踏んでいた。が、残念ながら自分の脳にそれを書ききる力はない。
 ならばと次に考えたのが、同じ数の世界の言葉、円周率であった。しかしこれも、目の前で不正解が告げられたことにより候補から消えてしまった。そうして最終的に辿り着いた答えが、シンプルな答えだったのだ。
「この扉がこれで開けば……先に繋がる何かがないものか」
 現在化石状態であると言われている、シボラの世界樹アウタナ。
 それを復活させる鍵がこの遺跡にあるのではないかと鏨は推測していた。同時に、世界樹同様、国を成立させるのに必要な国家神の存在のことも気になっていた。ここに来るまでの道中、鏨はメジャーにさりげなくそのことについて尋ねてみたが、「ちょっと分からないね」としか答えは返ってこず、手がかりは掴めなかった。
 鏨はゆっくりと顔を上げ、扉を見上げた。いずれにせよ、今はこの扉を開かなければいけない。果たしてこれが、正解なのだろうか。床面の文字が消えた。
 そして、辺りに響いたのはまたもや、ブーという無機質な音であった。途端に、今度は左右から同時に強力な水噴射がふたりに迫った。このままでは水に両側から潰され、圧死してしまう。
「危ない!」
 咄嗟に飛び出し、アスカをぐいっと引き寄せることで水の直撃を回避させたのは鴉だった。腕の中で目を丸くさせているアスカに、後ろから鴉が声をかける。
「だから危ないって言っただろ。危険なことを引き受けるのは俺で充分だ」
 その横では、鏨も際どいタイミングではあったが地面に伏せることで、体は濡れてしまったものの体への直撃は避けていた。
「なるほど、真下からだけじゃなく、別な方向からも水は流れてくるんだね……これはなかなか危険な仕掛けじゃないか!」
 メジャーが水浸しになった床を見て言った。この非常時でも、彼の悪癖は変わらないようだった。
「円周率でも、『パラミタ一長い言葉』でもないとすると、答えは何だろうね」
 こんなところで立ち往生するわけにはいかない。
 そう思った一同は、再び謎へと挑み始めた。