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ハロー、シボラ!(第3回/全3回)

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ハロー、シボラ!(第3回/全3回)

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chapter.2 裸の付き合い 


 ベベキンゾ族。
 その部族は俗に裸族と呼ばれ、老若男女を問わず衣類を着用していないばかりか、衣服を着用している者には敵意を見せるという徹底ぶりだ。
 先程ヘイリーが空から確認したふたつの集落のうちひとつは、彼らのものだった。そして、そのベベキンゾ族の集落では、早くも生徒たちの一部が彼らとの交流を図っていた。
「そうですか、やはりベベキンゾ族の方々の肌色が黒いのは、常に裸でいるからなんですね」
 ベベキンゾの者たちとぐるりと輪を囲みながら楽しそうに話しているのは、藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)だ。前回ベベキンゾに接触する際もそうであったように、今もその体に衣服はまとっていない。それゆえ、ベベキンゾ族は彼女を快く受け入れていたのだった。
「ベベキンゾ、自然大好き。ベベキンゾ、自由も好き。服着て体縛るのは、自由じゃない」
「一糸纏わぬのが自由と。興味深いですね。ちなみにベベキンゾ族の方々は普段どのような生活を?」
「……なあ藤原。馴染みすぎだろう」
 違和感なくベベキンゾ族に溶け込んでいる彼女にそう声をかけたのは、白砂 司(しらすな・つかさ)だった。司は優梨子と共に参与観察と称し、ベベキンゾ族の生活を学びに来たのだった。ということはつまり、今ここにいる彼もまた優梨子同様、何も着用していない状態ということになる。
「え? 何か言いました? 司さん」
 優梨子が振り向く。その彼女の動きに合わせ、彼女の体が弾んだことで司は慌てて目を背けた。
「きゅ、急にこっちを向くな! う……」
 司は鼻の奥から何かどろっとしたものが流れてくるのを感じ、咄嗟に上を向き、手で隠した。が、既に処置が間に合わなかったらしく、ぽたり、と司の鼻から血が滴り落ちる。それをどこかうっとりした目で見る優梨子をよそに、ベベキンゾ族が司に駆け寄った。
「血、出た。危険か?」
「血出たら、こうすると早く治る」
 言って、ベベキンゾの若者のひとりが立ち上がり、股間にあるものをぽんぽんとソフトタッチした。まるで、泣いている女の子の頭に触れるように。
「それは、ベベキンゾに古くから伝わる風習なのですか? 女性でも効果がありますか?」
 すかさず、優梨子が食いつく。司は近くにあった葉っぱで血を拭いながら、早くもこの参与観察という行動に出てしまったことをちょっと後悔し始めていた。
 元はと言えば、優梨子の提案とパートナー、サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)の悪ノリからそれは始まった。

「文化人類学に携わる者として、この機会を逃すのはあまりにも勿体ありません」
「……まあ、そうだな。服に頼らない人間という特殊な民族から学ぶところもあろう」
「この場合、最も有効な手段として考えられるのが、自らが調査対象の中に身を置く……言わば参与観察だと思うのです」
「……藤原、まさか」
 司が止めさせるよりも早く、優梨子は自らの衣服に手をかけ、勢い良く脱ぎ出した。そして彼女の目は、司をしっかりと捉えている。
「さあ、司さんも脱いでください」
「ちょっ、ちょっと待て近寄るな、自分で……っ」
「サクラコさん、押さえていてください」
「むっつり司君を女ふたりで脱がすとか、役得にされてる気もしますけど……まあ仕方ないですねー。司君チキンですから」
 すっ、と背後から司の両腕を掴んだサクラコが、準備オーケーの合図を優梨子に送る。
「な、なんでグルに……!」
「あんまり暴れられてしまっては、無理矢理脱がさなくてはいけなくなりますよ?」
 優梨子の歯が、一瞬鈍く光った気がした。もう充分すぎるくらい無理矢理状態だよ。司は心の中で思ったが、優梨子にそんなものは当然聞こえなかった。
「もうお婿に行けない……」
 下着まで強引に脱がされた司は、前屈みになりながらそう呟いたという。ちなみにサクラコは既に「毛皮があるからまだマシですかねー」という言葉と共に裸になっていた。そして「おふたりに幸せな全裸新婚生活を」という謎のメッセージを残し、司と優梨子から距離を置いたのだった。

「俺はただ、藤原を放っておくわけにいかなかっただけで……」
 ようやく血が治まってきた司が、小さくぼやく。当の本人は、和気あいあいと周りのベベキンゾ族と触れ合っている。優梨子は、ベベキンゾ族から興味深い話を聞く度それを記憶術で脳に染み込ませていた。おそらくそれを後ほど、ソートグラフィーなどで資料化でもする目論みなのだろう。
「本当に研究熱心だな」
 司が話しかけると、優梨子はにっこりと笑って返事をする。
「本格的なフィールドワークが出来る良い機会ですから。一生懸命脳裏に焼き付けていますよ」
 その視線は、司の裸体に注がれている。
「な、何を焼き付けてるんだ何を!」
 話題を変えようと、司は周囲のベベキンゾ族に話を振る。
「そういえば……服を着ない状態では、普段どうやって身を守っているんだ?」
 司とて、目の前の民族に興味がないわけではない。とりわけ、対立しているもうひとつの部族の存在が、彼の頭に疑問を抱かせていた。
 服というものは擦過傷、毒、細菌、動物の攻撃などから身を守る役割がある。通常、それらが必要であることがほとんどなため多くの民族は服を着る。着ないのは、衣服という文化を知らないからというケースがほとんどだろう。しかし、ベベキンゾ族は衣服という存在を認知しつつ、それでも裸でいる。そのことが司は、不思議で仕方なかった。
「ベベキンゾ、普段から走ったりして体鍛えてる。ベベキンゾの肌、自然の鎧」
「とは言うが……」
 司はちら、と彼らの下半身に目をやった。いくら鍛えていても、鍛えきれない部位があるだろう。
「その、なんだ。ソレはどうやって……?」
「コレか?」
 ベベキンゾの若者は股間を指すと、笑って答えた。
「ベベキンゾではこれ、コエダ言う。時には風に揺れ、時には自然と同化して守ってくれる。コエダは自然から守るものじゃなく、自然が守ってくれるもの」
「そうか……その概念はなかったな」
「つかぬ事をお伺いしますが、仮にコエダと呼ぶにはあまりにも長大であった場合、それは別の呼称に?」
「おい藤原、何を聞いてる」
「時々、大きなコエダ持った男が現れる。ベベキンゾ、それ尊敬の念こめてオオエダ言う」
「なるほどなるほど、それも記憶しなければ」
「資料になるか? これ、本当に資料になるか?」
 この空間は何だろう。司が溜め息をつくと、ベベキンゾのひとりが司の股間を見て言った。
「これ、コエダ」
「なっ、何を……!?」
 動揺のあまり思わず股間を手で隠し、後ろに飛び退った司。が、そこには優梨子が座っており、誤ってぶつかってしまった司は反射的に振り向き、謝ろうとした……が、言うまでもなく、それは至近距離で優梨子の生まれたままの姿を目にするという事態を生んでしまった。
「!?」
 再び鼻を押さえ、「息子よ、荒ぶる力を使うんじゃない……」と自分に言い聞かせる司。しかし彼の意思とは反対に、彼の股間には変化が起きていた。すると、先程のベベキンゾが再び司を指差して言った。
「おお、今、オオエダになった! それを保っていられたら、立派なオオエダ持ち!」
 同時に、司の股間に向かって頭を下げるベベキンゾ。彼らなりの、尊敬の示し方なのだろう。司からしたら、これ以上ない辱めである。もちろん優梨子は、ばっちりこの景色も記憶していた。しまいに彼らは司と強制的に円陣を組み、「自然は素晴らしい、服を着ないのは素晴らしい」と復唱し出した。そんな彼らを、羨望の眼差しで見ている者がひとり。
「あの方々と、お近づきになりたい……!」
 うずうずと体を動かして我慢していた様子のその男は、とうとうその輪に入りたくてたまらなくなったのか、勢い良く飛び出し、名を名乗った。
「どうも、ペ……いや、クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)です。あなた方こそ、至高の部族だとお見受けしました!」
 ばっ、と彼らの前に登場したクドは、興奮気味にベベキンゾたちに接近する。
「いやあ、ほんと裸って素晴らしいですな。衣服の窮屈さや常識なんてものから解き放たれた時のこの開放感、たまりませんよな」
 歩きながら、全裸の素晴らしさを力説するクド。言うまでもなく彼は、既に全裸だ。というよりクドは、その必要がないにも関わらず、シボラを最初に訪れた時も、2回目の時も全裸になっていたという生粋の全裸少年だ。きっと彼は、この部族に会うため生を受けたのではないだろうかと思わざるを得ない。
「ナカマ! おまえ、ベベキンゾ!」
 そんなクドを、ベベキンゾ族が受け入れないはずがない。彼は、他の誰よりも早いスピードでベベキンゾに認められた。
「裸は、自由。自由は、裸、おまえ、それ分かってる」
「ええ、たとえ変態と呼ばれようと、自分を偽ることだけはしたくないんでさあ」
 すっかり上機嫌になったクドは、両隣にいたベベキンゾの者と肩を組み、天に向かって晴れ晴れとした顔で言った。
「こんな素晴らしい出会いがあったことに感謝しなければいけませんな! その証として、今日という日をハダカ記念日と名付けましょう!」
「キネンビ! 知ってる! みんなで嬉しいことを祝う日!」
「そうですとも! さあ、皆で祝いましょう! 踊りましょう!」
 言うと、クドは近くにいるベベキンゾたちを一斉に巻き込み、高らかに詩を朗読し始めた。
「雨にも負けず 風にも負けず 周囲の冷たい眼差しにも負けぬ 丈夫なこころをもち
 羞恥心はなく 決して服は着衣せず いつも裸で立っている
 一日に幾度も悲鳴を上げられ 警察に捕まり
 独房の中で シャンバラの未来を憂い そして忘れず
 パンツだけでも着ろと言われれば そんなのは邪道だと言い返して
 東に可愛い少女がいれば 行って裸体を見せつけて
 西に綺麗な少女がいれば 行って悲鳴を上げられて
 南に格好良い少女がいれば 行って拳で殴られて
 北に年端も行かない少女がいれば 行ってすぐさま通報される
 気持ち悪いと言われた時は涙を流し
 服を着せられた時は慣れない感覚に戸惑いおろおろ歩き
 みんなに変態と呼ばれ 褒められはせず 苦にはされる
 そういうものに
 わたしは なった」
 クドが朗読を終えると、ベベキンゾたちは両手を上げ、喜びの舞を踊った。詩の内容が完全に分かったわけではないだろうが、それでも自分たちを称賛している内容だというのは伝わったのだろう。手を取り合い、ベベキンゾと固い握手を交わすクド。
「ほう……活きの良さそうな男共がたくさんいるな」
 はしゃぐクドたちに、ゆっくりと近づきながらそう漏らしたのは、武神 雅(たけがみ・みやび)だった。彼女もまた全裸だが、他の者たちと違うのは、その手に武器を携えていることだろう。それも、剣や銃ではなく、ファイアーウィップである。鞭である。一体彼女は、その出で立ちでこれから何をしようというのだろうか。それは、すぐに明らかになった。
「全裸の男共、こっちを向け!」
 ピシ、と耳をつんざく鞭の音と共に、雅が目の前のベベキンゾ族たちに告げた。驚き、臨戦態勢に入ろうとした彼らだったが、雅が何もまとっていないと分かると戸惑いの表情を浮かべた。自分たちと同じ格好なのに、害意が感じられる。それは、ベベキンゾ族にとってほとんど経験のないことだった。
「いいかよく聞け、貴様らはウジ虫だ!」
 またもや鞭で地面を叩きながら、突拍子もないことを言い出す雅。一体なぜ彼女はここまで機嫌が悪くなっているのだろうか。
「どうした、怯えきっているではないか。女ひとり満足させることも出来ないか? 言っておくが、私が満足するまで休めると思うなよ?」
 口の端を上げ、3度目の鞭の音が響く。どうやら彼女は機嫌が悪かったわけではなく、女王様になりたかったようだった。が、ベベキンゾにそういったプレイの概念は浸透していなかった。右往左往してばかりのベベキンゾ。その中でひとり、クドだけは目つきが違っていた。
「このペ……クド・ストレイフ、少女だけに執着しているわけじゃないんでさあ。お兄さんは、こっちも守備範囲ですから!」
 言うが早いか、クドは雅の前に飛び出し、くるりとお尻を向けた。従順だ。
「物わかりの良いヤツもいるな……どれ、実力のほどを見せてもらおうか!」
 雅が腕を振り下ろすと、今までより一際大きく、鞭の音が鳴る。赤く腫れ上がった肌に、クドは震えていた。もちろん恐怖のためではない。興奮しているのだ。
「なかなか過激なお嬢さんですな……青空の下、一糸纏わぬ姿でお尻を打たれる……人生って、こんなにも素敵だったんですね」
 嫌がる様子も、痛がる様子も見せないクドに、雅は少し驚きつつも、どうにか屈服させてやろうと鞭を振るい続けた。
「じきにそんな笑顔も浮かべられなくしてやる! ウジ虫っ、貴様はパラミタ上で最低の生命体だ!」
「ああっ、もっと、もっと罵ってほしいんです!」
「ウジ虫が、おこがましいわ! まず言葉の後に女王様をつけろ!」
「罵って、どうか罵ってもらえませんか女王様!」
「その程度か! 貴様の本気を見せてみろ!」
「こうですか女王様!」
 くるりと向きを変え、そのシャープな股間を表に向けるクド。雅はそこにムチを向け、あんなことやこんなことをした。雅の声に混じり、クドの悲鳴が辺りに響く。その音声を、ベベキンゾ族たちに見つからぬよう、木の上に腰掛けながら聞いていたのは緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)とパートナーの紫桜 瑠璃(しざくら・るり)である。ちなみに彼らは普通に衣服を着用しているため、ベベキンゾ族に見つかると大変まずいことになる。故に、遙遠はベルフラマントで気配を消すという用心すら見せていた。
「瑠璃、もっと遙遠の近くに来てください」
 瑠璃の頭ごと包むように、遙遠は彼女を胸の中に引き寄せた。自らの体で、周りの景色をシャットアウトする格好だ。
「兄様の腕の中、気持ち良いの〜」
 幸せそうな顔で微笑む瑠璃。その瞳が上を向き、遙遠を捉えると同時に言葉が出た。
「でも兄様、これだと何も見えないのー」
「瑠璃は何も見なくて良いのですよ」
「見なくて良いの? でも瑠璃も気になるのー。ねー兄様、罵るとか女王様とか股間がとか色々聞こえるけど、なぁに?」
「瑠璃、そういう単語を気軽に言っちゃいけません。気にしてもいけません」
「ダメなの? むー……」
 しょんぼりとする瑠璃、そして自分たちのいる木の下で行われているあられもない光景を見比べて、遙遠は溜め息を吐いた。
「……ほんと精神衛生上よろしくないですね。この旅は全年齢対象のはずですよね」
 悪い夢なら覚めてほしい。そう願う遙遠だったが、残念、ここは現実である。遙遠もそれを分かっているのか、半ば諦めムードで「とりあえず情報収集だけはしておこう」と、身の回りでは一番裸族に近いと思われるスケルトンを彼らの元へと向かわせることにした。
「スレフ、カッシュ。お願いします」
 遙遠からの合図を受け取った2体のスケルトンは、どうにかベベキンゾ族に受け入れてもらおうと身振り手振りで、頑張って自分たちの「服着てないでしょ」アピールをする。が、ベベキンゾたちから見れば突然現れた骸骨が手足をわさわさ動かしながら自分たちを襲ってきたようにしか映らなかった。
「ホ、ホネ! ムチの次、ホネ!」
 咄嗟に迎撃しようとする者、慌ててその場から逃げる者、相変わらず鞭を振るい続ける者、打たれ続ける者、コエダを風になびかせる者……そのすべてが入り交じり、辺りはすっかり混乱に陥った。
「……どうも、自分たちが場違いなところに来てしまったように思えてなりません」
 上からそれを眺めていた遙遠は、機晶爆弾でいっそすべて爆発させてしまおうか、などと物騒なことまで考え出す始末だった。



 ちなみに、雅の契約者、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)はと言うと。
「おい、誰か出せよ! 頼む、出してくれ!」
 病院に連れていこうと思ったが、全裸の男がいるならそちらに行かねばなるまい、という雅のよく分からない動機のため、彼女の手でシボラの大地に埋められていた。股間に装備したアームストロング砲が、あたかも荒野にそびえ立つ墓標のように哀愁を漂わせている。
「みやねぇ! どこ行った!」
 その後牙竜は、全裸だったことも幸いし、たまたま通りがかったベベキンゾ族に助けられた。なお、発見したベベキンゾ族によって彼が埋まっていた場所は、「オオエダ群生地」と名付けられたという。