百合園女学院

リアクション

chapter.5　ブッチョウと謎の聖水（１）　


　そうこうしているうちに、聖水入手班は目的の洞穴へと辿り着いた。
　入口と思われる大きめの空洞から中に入ると、そこは歩くのも困難なほど真っ暗だった。生徒たちは急ぎ火をつくり、どうにか灯りを確保しながら先へと進んでいく。それほど広くない洞穴だったのか、彼らはすぐに開けた場所へと出た。同時に彼らはそこで、見たことのない生物に遭遇する。古文書にあった、体長3メートルほどのドラゴンだ。それだけならさほど珍しくもないのだが、問題はその表情であった。ドラゴンはいかにも不機嫌そうな顔で、自分のテリトリーへと入り込んできた生徒たちに舌打ちをしていた。これほど態度の悪いドラゴンは、あまりお目にかかれないだろう。
　そのあまりの鉄仮面ぶりからか、「ブッチョウ」と名付けられたこのドラゴンと聖水がどんな関係にあるのかは分からない。しかし、いずれにせよここまで明らかな敵意を見せられては、対応せざるを得ないだろう。
　集団の中で最初にブッチョウへと近づいたのは、ここに来る前古文書を確認していた天音のパートナー、ブルーズだった。ブルーズは言語が通じるか、コミュニケーションが取れるかという実験も兼ね、丁寧に話しかけた。
「あの遺跡のミイラや、服を着ていない部族が崇めているという石や、聖水について知りたいのだが、何かご存知ないだろうか」
　自分がドラゴニュートということもあるのだろう、彼の言葉には強い礼節が感じられた。が、それは無惨な反応で返されてしまった。
「ちっ」
「……」
　ブッチョウが、舌打ちをした。一般人ならキレても良いリアクションである。丁寧に話しかけたのに、何事かと。が、ブルーズはその反応を、悪意とは受け取らなかった。
「……歯と歯の間に何か挟まっているのか？　それは辛いな」
　いつも常備しているらしいデンタルフロスを取り出すと、ブルーズはそう言ってブッチョウにそれを差し出した。
「これはデンタルフロスと言って、歯ブラシでは届かない歯間の」
「ちっ」
「……」
　問答無用の舌打ちである。思春期であるこのブッチョウは、ブルーズのこの行動にもしかしたら親に心配される場面を重ねたのかもしれない。このくらいの時期は、なにかと難しい年頃なのだ。
「せっかく水筒まで用意したのに、この調子だと聖水はお目にかかれなさそうかな」
　天音は、やや離れたところでブルーズとブッチョウのやり取りを眺めていた。なんとなく、成人式はとっくの昔に迎えた不良みたいな感じかな、などと思いながら。
「ドラゴンさんが一歩も動こうとしないのが気になりますねー。もしかしたらあのドラゴンさんは、体が固くて動きたくても動けないのかもしれませんね〜」
　ブルーズが諦めて引き下がったと同時に、そう言いながら現れたのは神代　明日香（かみしろ・あすか）だ。横には、ブルタ・バルチャ（ぶるた・ばるちゃ）もいてふたりとも説得の雰囲気は醸し出していない。
「このドラゴンは、今は表情筋が強ばっているけど、実はものすごく喜怒哀楽が激しい生き物だと思うよ」
　ブルタはそう言うと、どこからかエステ用のローションを取り出した。それを見て、明日香は自分と同じような考えをしていた者がいることに気付く。
「きっと、一生懸命マッサージしてあげればドラゴンさんも納得してくれると思うのです〜」
　そう、明日香とブルタは、ブッチョウにマッサージを施そうとしていた。明日香は「体が固い」というブッチョウの特徴を、ほぐれていないからだと推測したようだ。一方のブルタは、ブッチョウの顔……特にあごの辺りをじいっと見ている。ブルタはブルタで、美顔エステを行うことでブッチョウの表情を豊かにするべきだと主張している。つまり、ふたりの狙いは一致していたということだ。
「素手でもみもみしてみることにします」
　明日香のその言葉をきっかけに、ふたりは一斉にブッチョウへと駆け寄った。ブッチョウは目つきこそ悪いものの、爪を向けるでも炎を吐くでもなく、ただその突進を傍観しているだけだった。その凶暴性はどうやら行動ではなく顔面に集約されているらしい。
　明日香はすっと背後に回り、ドラゴンが抵抗に出ないことを確認するとその手を肩口に伸ばした。
「皮膚？　鱗？　が固いですねー。でも頑張りますよ〜」
　ぎゅっ、とやや強めに揉もうとする明日香。がしかし、ブッチョウの鱗は文字通り硬質で、明日香の指がほぐせるレベルではなかった。仮に刺激を与えることが出来たとしても、それは「マッサージ」の範疇を大きく越えてしまうだろう。
「……ちっ」
　背中で何やらもぞもぞされていることに苛立ったのか、ブッチョウがまた舌打ちをした。
「舌打ちをするということは、マッサージが足りていないということですよねー」
　手で揉むだけでは力不足。そう感じた明日香は、次なる策を考える。その隙を埋めるようにブッチョウに接近したのは、ブルタだった。
「どうだい、このぬるぬる、気持ち良いと思わないかい？」
　ブルタはそう言うと、ローションをブッチョウの顔に塗ろうと手を伸ばした。が、ギリギリでそれに気付いたブッチョウがぷい、と顔を背ける。無闇に触られるのを嫌うのが、思春期ブッチョウである。が、ブルタにとってそれは、むしろ好都合だった。
　目の前でブッチョウが顔をそむけたため、彼の眼前にはブッチョウの横っ面が広がっていた。加えて、ブルタとブッチョウの身長差がそこそこあったことにより、彼は手はブッチョウのあご下に届きそうになっていた。
「キミの方から触らせてくれるなんてね」
　ブルタが、鎧の下で口元を歪ませる。実は彼の本当の狙いは、顔面エステではなかった。彼の目的、それはブッチョウの「逆鱗」に触れることである。
　逆鱗。それは竜のあごの下に一枚だけ逆さに生えていると言われている鱗のことである。逆鱗に触れる、という言葉は誰でも耳にしたことがあるだろう。ブルタは、この逆鱗が竜、ひいてはブッチョウの弱点だと推理し、そこを捕えることでブッチョウを強制的に従わせようと目論んだのだ。が、目的の部分に顔を近づけたブルタは、呆気にとられてしまう。
「あれ……？」
　そこには、ブルタがイメージしていたような鱗がなかったのだ。どうやらシボラのドラゴンは、ブルタの知っているドラゴンとは規格が違ったようである。もっとも、パラミタの他の地のドラゴンにこれがあるのかと問われればその答えも疑問なのだが。元々逆鱗という言葉も、故事から生まれた言葉であるため、事実であるかどうかは分からない。ただひとつこの場で判明したことと言えば、ブルタが外見に反し意外と幅広い知識を持っていたことだ。
「ちっ」
　ブルタが戸惑っているタイミングを見計らって、ブッチョウは舌打ちと同時に体をねじらせ。大きくその場で一回転した。ぶうん、と風を裂く音と共に、明日香とブルタが引き剥がされる。
「手ではやっぱりダメなんですね〜。そういえば、テレビや雑誌でこんなマッサージも見たことがあります」
　無事地面に着地した明日香がそう言って取り出したのは、切っ先の細長い剣――エペだった。
「これが針代わりになれば……」
　もちろん、明日香に悪意はない。むしろ善意で、マッサージをしようとしているだけだ。ただその思いついたマッサージ法が針マッサージで、たまたま持っていた針に近いものがエペだったという話だ。
　きらりと光る切っ先をブッチョウに向け、またもや背後に一瞬で回り込むと明日香は勢い良くそれをブッチョウに突き刺そうとする。が。
「え？」
　パキン、と小気味良い音がすると同時に、エペは折れてしまった。ブッチョウの鱗は、本当に硬度が高いらしい。さらに、いくら明日香にその気がなく、突き刺さりもしなかったとはいえ、ブッチョウからしたら攻撃を受けたという認識なのだろう。ブッチョウは大きく足を振り下ろし、どおんと地鳴りを起こした。その衝撃で、明日香はまたもやブッチョウとの距離をつくってしまう。
「こ、こんなに固いんですね〜」
　特にいやらしい意味ではないが、明日香が驚いて呟く。ブッチョウは相変わらず機嫌の悪そうな顔で佇んでいた。

◇

　直接攻撃は効きそうにない。
　そのことを思い知らされた生徒たちは、次なる戦法を取り始めた。
「ううむ、これはぜひとも、描画のフラワシでその宝石よりも価値があるという笑顔を描きたくなるの」
　ブッチョウの手強さを目の当たりにし、伯益著　『山海経』（はくえきちょ・せんがいきょう）は不敵な笑みを浮かべながらそう言った。その表情から察するに、何か秘策があるようだ。
「おせんちゃん、何か策が？」
「うむ、こういう時こそ、ネットで仕入れた知識の見せ所じゃ！」
　契約者、風森　望（かぜもり・のぞみ）の問いにそう答えた山海経――望曰くおせんは、自信満々に望、そして望のもうひとりのパートナーノート・シュヴェルトライテ（のーと・しゅう゛るとらいて）へと告げた。
「とりあえず、ふたりともこれに着替えるのじゃ」
「これは……？」
「笑顔を見るために必要なことなのですわね？　分かりましたわ！」
　眉をひそめる望と対照的に、ノートはノータイムで着替えを始めた。なお、全体的に洞穴の中は暗がりなため、ちょっと岩陰あたりで着替えれば周囲には見られないという安心設計である。
　数分後。おせんの前に現れた望とノートは、否が応でも男性陣の注目を集めた。なぜなら、ふたりとも明らかなコスプレをしていたからだ。望は和服にトラ耳と尻尾、そして肉球グローブをつけており、ノートはバニースーツにウサ耳、黒の網タイツと完全にバニーガールの格好になっていた。
「な、なんだかこの服、色々と際どかったりするのですけど……」
　強調された胸を見下ろしながら、ノートがそう漏らす。はたしてなぜふたりにこのような格好をさせたのか。その理由はすぐにおせんの口から語られた。
「まあこれで解決すれば問題ないであろう？　良いか？　思春期のオスということはじゃ、なんやかんやでアニメに興味があって、えっちなのにも興味津々ということじゃ！」
「そ、それは良いとして、どうしてアニメでこの格好を？」
「何？　ノート、知らぬのか？　今空京TVで放送しておる、タイガーとバ……」
「おせんちゃん、それは駄目です。別な意味で際どいです」
　ノートに言いかけたセリフを、ぴしゃりと望が遮る。どうやらおせんは何かのアニメを見て、ちょっと間違った方向に影響を受けてしまったようだった。
「大体アニメの内容とコスプレがまったく一致していないじゃないですか。本来ならもっとこうヒーローチックな……いや、私のこれも際どいですけど」
　小言を言いながら自分の発言が危険だと気づき、望は咄嗟に話題を転換する。
「まったく、こんな服装に着替えさせて何をするのかと思えば……いいですか、そもそも思春期ならアニメとピンクで笑うだろうということが盛大な考え違いです！　というかもしや、ブッチョウの由来を勘違いしていませんか？」
　確かに、おせんの思春期像は若干偏っていた。が、望の予測もそれに負けず劣らずであった。
「仏頂面だからブッチョウなんていうのは安直すぎです。よく考えてみてください。思春期ということは、成長段階ということです。すなわち！　チンチンからカズイ、クロダイと名前が変わる出世魚よろしく、ブッチョウは成長と共に名前が変わる出世ドラゴンなんですよ！」
　独自の思考を展開する望。そのまま望は、ブッチョウの正しい笑わせ方を説いていく。
「きっとブッチョウは、最初はヒラアだったんです。そこからカッチョウになって、ブッチョウになったんです。そしてこれからセンムウになって、最終的にはシャッチョウになるという珍竜なんですよ！　ゆえに、今は中間管理職状態！　上からも下からも嫌味や文句を言われ、心の底から笑えなくなったというのが現状でしょう。ここまでくれば、答えは分かりますよね、お嬢様？」
　望がノートの方を振り向く……と、ノートは何やら顔を赤らめ、もじもじとしていた。
「……お嬢様？」
「の、望がいやらしいことを言うから……」
「え？」
「そ、その……チ……いえ、やっぱりわたくしにはこんなはしたないこと言えませんわっ！」
「お嬢様、何を……あ、もしかしてさっきの出世魚のくだりですか？　カズイの前に言ったチンチ」
「ああっ、ダ、ダメって言ってますでしょう！？　そんな卑猥な単語……でも……この気持ちは……？」
　何やらひとりで体をよじらせて悶え始めるノート。言うまでもなく望を含めた全員がひいている。どうやら彼女は、少しでも卑猥な単語を聞いただけでも興奮を覚えてしまう体質のようだった。どんな体質だよという話だが。こんな設定を彼女に与えた誰かがいるなら、名乗り出てほしいものである。
「何が卑猥ですか。チンチンは魚の名前であって、卑猥さなんて一欠片もありませんよ」
　とのことだが、大丈夫なのだろうか。やや不安は残るところだが、望がノートに注意したことで、彼女の興奮は治まった。まともに戻ったノートに、望はブッチョウの対処法を伝授する。
「いいですかお嬢様、ブッチョウさんは精神的につらい思いをしているんです。なら、それを労ってあげるのが、笑っていただく最短の道のはずです」
「ね、労う……つまり、親身になって悩みを聞いたり、ジュースを注いであげたりすればいいんですのね？」
　よく分からないまま、ノートは望に教わった通り、ブッチョウに近づきジュースをコップに注ぎながら、ブッチョウに話しかけた。
「えぇと……ブッチョウサーン、ブッチョウサーン、コユコトハジメテ？」
　たぶん彼女は素でやっているが、それはある界隈でよく使われている接待方法であった。主に鴬谷あたりで見られる光景である。
「ブッチョウサン、オカタイヒトナノネ」
　金髪のバニーガールがこの喋り方をしていることが既に違和感を覚えさせるのだが、それでもノートは真面目に、指示されたことをこなそうとしている。そんな彼女の元に、応援がかけつけた。
「そういうお仕事なら、私にもお手伝いできると思います」
　不意に聞こえた声にノートが振り返るとそこには着物をはだけさせた秋葉　つかさ（あきば・つかさ）が立っていた。そういう仕事、と言われてもノートには何のことかさっぱりだったが、つかさは完全に鴬谷の方を連想していた。
「見たところ、あまり大きくもないようですし……あのくらいなら、人間でも受け入れられる……」
「な、何をですの？」
「何をって、そんなものナニに決まっているでしょう。聖水なら、あそこから出るんでしょうし」
　つかさが巻き起こす際どい会話に、またしてもノートは顔を真っ赤にして小刻みに震えだす。もうふたりとも一種の病気である。
　その場にうずくまって動けなくなったノートの代わりに、つかさがブッチョウに歩み寄る。彼女は妖艶な瞳でブッチョウを見つめると、そっと太ももを露にした。
「ふふ、下には何もつけてませんよ？　ほら、見たいのでしょう？」
　思春期には何が効果的か、つかさは分かっていた。が、忘れてはいけないのは、思春期のボーイは色々難しいということだ。色事に興味はあっても、それをストレートに表に出せず、興味ない振りをしてしまうのが思春期ボーイである。
「ちっ」
　強がりともとれる舌打ちをするブッチョウ。つかさはそのリアクションが想定外だったのか、目を丸くして呟いた。
「男なんて出せればいいと思っているような生き物だと思ってましたけれど……これは……」
　が、そこでつかさが思い至ったのは、挫折ではなく再燃だった。
「とはいえ……こういう刺激には反応してくれるでしょう？」
　言って、つかさはおもむろにブッチョウの懐に潜り込むと、自らの体の一部を使って挟んだり擦ったりくわえたりと様々なモーションを見せた。なお、挟まれたり擦られたりくわられたりしたのはブッチョウの指である。
「さあ、白くて濃い聖水をたっぷりと……」
「ちっ」
「え？」
　信じられない、といった様子で思わず声が漏れるつかさ。まさかここまでしても舌打ちされるとは。色仕掛けが効かないのだろうか。否、ブッチョウのテンションは確実に上がっていた。が、上がっていた故に、それを悟られまいという思春期ハートが彼に舌打ちをさせたのだ。
「そんな……」
　よろ、とつかさはふらつき、なす術をなくしてしまった。ブッチョウには、接待が効かない。その事実を目の当たりにした一同は、「まあ、そうだよなあ」とどこかで納得しつつも、次なる一手を考えていた。そんな時、誰よりも早く策を打ち出したのは、閃崎　静麻（せんざき・しずま）だった。
「思春期ってのは思ってたより難しい気質だな。だが、思春期がヤツにとって武器であると同時に、弱点でもあるということを俺が教えてやる」
　何やら格好良いことを言うと、静麻は自信満々にブッチョウの前へと進んでいく。
「思春期なら、確かにお色気には興味津々だろう。だが、その前にそういう時期なら、甘酸っぱい恋のひとつやふたつに憧れるのが思春期だろ」
　言って、静麻が取り出したのは五円玉に糸をくくりつけただけの、シンプルな振り子だった。静麻はそれをゆっくり左右に動かしながら、ブッチョウに向かって語りかける。
「貴方はだんだん恋をしたくなーる、貴方はだんだん恋をしたくなーる、貴方はだんだん恋をしたくなーる……」
「静麻、何やってるんですか！？」
　突然奇行に走った静麻を背後から呼び止めたのは、パートナーのレイナ・ライトフィード（れいな・らいとふぃーど）だった。彼女は唯一真面目にブッチョウを倒そうと、打撃武器を持ち込んでいた真人間、いや真ヴァルキリーである。
「邪魔するなレイナ、いいか、これは催眠術だ！　こうすればブッチョウは催眠術にかかって、きっと気付いてないうちに恋しちゃうはずなんだ！」
「恋の暗示なんて、なんでかける必要があるんですか！」
「思春期の少年に、恋の必要性を求めるのか！？」
「いや、そういうことじゃなくて！　というかなんでそんなに熱くなってるんですか！」
　レイナが制止しようとするが、静麻はそれを振り切って再度催眠術を試みる。
「貴方はだんだん恋をしたくなーる、恋をしたくなーる、幼女が好きになって幼女に恋をしたくなーる……恋をぐふぁ！」
　静麻が調子に乗ったところで、レイナの持っていたハンマーが彼の頭を直撃した。
「痛ぇ……なんで殴るんだよレイナ！」
「それは違うでしょう！　いや、それはというかもう全部違いますけど、特に違うでしょう！」
「せっかく催眠術で誰かに惚れさせて、平和的に聖なる水を譲ってもらおうと思っ」
「……」
　最後まで言い切る前に、静麻はレイナの渾身の一撃を食らってノックダウンした。
「静麻お兄ちゃん！」
　ばたんと倒れた静麻に駆け寄るのは、もうひとりのパートナー閃崎　魅音（せんざき・みおん）だ。魅音は慌てて両手を静麻に向けると、ヒールを唱え頭部のたんこぶを治癒し始めた。
「ドラゴンが相手って聞いたから癒し手がいると思ってついてきたけど、まさか静麻お兄ちゃんが一番の怪我人になるなんて思わなかったよ……」
　それも、戦闘とかではなく身内のハンマーで。魅音は、ちょっとだけ切ない気持ちになった。
　丁寧に頼み込んで舌打ちされたブルーズ。マッサージを試みて失敗した明日香とブルタ。色仕掛けで思春期らしさを逆に引き出してしまったノートとつかさ。頭部にダメージを受け倒された静麻。
「なかなか、うまく事が運ばないね……」
　時折自身の端末に彼らの挑戦をまとめたレポートを入力しながら、天音が呟く。
「そう思うなら、何か案を出したらどうだ？」
「面白いことはちょっと苦手で……」
　ブルーズに突っ込まれ、苦笑いに似た表情を浮かべる天音。この時、天音と同じようなことをその場にいた生徒たちは思っていた。
　思っていたより、このブッチョウは手強いぞ、と。
　同時に彼らが抱いたのは、「もしかしてこれ、気持ち良くしてにやけさせるとかじゃなくて、ちゃんと笑わせないとダメなんじゃないか」という疑念であった。